JEAN LORRAIN『LE SANG DES DIEUX』(ジャン・ロラン『神々の血』)


JEAN LORRAIN『LE SANG DES DIEUX』(EDOUARD-JOSEPH 1920年


 10年ほど前、パリのサン=シュルピス教会近くの古本屋CLAUDE BUFFETで買った詩集。Émile ALDERという人の木版画挿絵が10点ついた1920年の再版です。初版は1882年、ジャン・ロラン27歳のときに自費出版した処女詩集。扉に、「Cruenta diis, divina belluis」というラテン語が添えられていて、グーグル翻訳では、「神々にとっては血なまぐさい、獣にとっては神聖な」とありました。
  
 それぞれの詩に献辞が添えられています。18歳のときの初恋の人ジュディット・ゴーティエ、アルベール・ドアザン、ヴィクトル・ユゴー、ジャン・リシュパン、シュリ・プリュドム、ギュスターヴ・フローベールテオドール・ド・バンヴィルギュスターヴ・モローら。詩集全体はルコント・ド・リールに捧げられています。

 64篇の詩からなり、吟遊詩人の誕生を歌った序詩と、その死を歌った終詩に挟まれた本篇は、「Ⅰ LÉGENDES DORÉES(黄金伝説)」、「Ⅱ PARFUMS ANCIENS(古の香)」、「Ⅲ LE SANG DES DIEUX」の3部に別れ、さらにその中にも、いくつかの詩群があります。また、物語的な長詩が4篇ありました。

 内容は、ギリシア神話を題材にしたり、中世騎士物語の登場人物が出てきたり、ヴァイキング伝説らしきものがあったり、ルネサンス期イタリアが舞台になったり。フランス詩史を読むと、ロマン主義象徴主義の端境期にあって、高踏派詩人らが、古代ギリシアやラテン古典を題材にした詩を書いたとなっていますが、ルコント・ド・リールを筆頭に、高踏派の詩人らに多く献辞が捧げられていることから分かるように、詩には高踏派的な雰囲気が濃厚にあります。私がこれまでフランス語で読んだ詩のなかでは、アルベール・サマン『AUX FLANCS DU VASE(壺絵集)』(2018年10月17日参照)に近い。

 話が少しそれますが、こうした神話や聖書のエピソードが土台になっている詩を読んでいて、西洋絵画の伝統に通じるものがあるように思いました。西洋絵画もある時期までは、ギリシア神話や聖書を題材にした絵が多く、背景のギリシア古典や聖書の知識のない私などは、説明書きを一生懸命読むことになってしまいます。今回も登場人物や地名をネットで調べながらの読書となりました。つまりそうした知識がないと深い味わいができないということです。西洋における古典素養の役割を考えると、少し飛躍しますが、俳句でいう季語のような存在であるような気がします。つまり作品のなかに込められた背景の広がりを作る爆弾のようなもの。

 4篇の物語的長詩というのは、次のような内容。その後のジャン・ロランの頽廃的幻想的物語の種があるように感じられました。
「Le Miracle d’Odile(オディルの奇蹟)」:聖女の秘蹟譚。聖女オディルは、傲慢な貴族と仲間の紳士らを懲らしめるために1か月間石と化して動けなくする。
「La douleur du Roi Witlaw(ヴィトロー王の苦悶)」:異教の王の系譜に終止符を打つキリスト教の王を描く。娘が遠くの臨終の床から亡霊となって、父の過去の秘密を父に告げに来る場面が幻想的。
「Loreley(ローレライ)」:ローレライ伝説の前日譚。数多くの男を誑かし傷つけ死に至らしめたことを後悔する娘ローラが、被害者の父親やドイツ騎兵の証言を受けた司教に説得されて修道院に行くが、最後はライン川に飛び込む。
「Ennoïa(エノイア)」:イヴ、エロス、シドンのアスタルテ、トロイア戦争のヘレナ、サムソンの髪を切ったダリラ、ユディトと変身を重ね、またネロンが死刑にし、カリギュラから毒殺され、ティトゥスが追放した女。フランク族の王が魅せられ彼女を引き取ると、戦争、憎しみ、首切り、毒殺、殺人、姦通が、一緒に入って来た。

 短い詩も、いくつかの詩群として次のようなまとまりがあります。
Ⅰ部では、メリュジーヌ、イズー、ジュネーヴルら伝説上の女性を題材にした「Les Héroïnes(女傑)」(7篇)、アンドロメダ、アンドロマック、カッサンドラなどを歌う「Les Capitives(囚われの女)」(7篇)、Ⅱ部では、トゥーレの王、母の思い出、古のフィレンツェなどテーマ混在の「Sonnets(ソネット)」(6篇)、水平線、深淵など海にまつわる「Sonnets Marins(海のソネット)」(6篇)、ラグーザ、パロマヴェローナとイタリア地名が出てくる「Sonnets」(6篇)、Ⅲ部では、ギリシアの美青年の同性愛的な側面も垣間見える「Les Ephèbes(青年たち)」(10篇)、エロス、セレネ、ゼウス、ヘリオスらが登場する「Les Dieux(神々)」(6篇)。

 なかで、秀逸と思われた作品は、上記の長詩「LA DOULEUR DU ROI WITLAW」、波間の泡に消えるつかみどころのない虚無的な金色の想念を歌った「C’ÉTAIT UN SONGE(それは想念だった)」、柵も閉じ池には魚影もなく、香が陰影に漂う古びた庭園を描く「SUNT LACRYMAE RERUM(涙もある)」、窓から見える丘の道、そこを辿れば新しい運命に出会えると希望を抱くが山が崩れてしまい、遅きに失したと嘆く「LE GRAND CHEMIN(大いなる道)」、過去の心痛を抱いたまま怯え震えながら墓の中に閉じ込められ忘却の無力さを呪う「L’OUBLI(忘却)」、タツノオトシゴに騎り嵐のなか海の娘らのもとに行くノルマンディの若者を歌った「CHANT D’HAROLD(ハロルドの歌)」、深淵には、イスの都など古い世の伝説の数々が眠るという「LE GOUFFRE(深淵)」、水を汲もうとして泉の精にさらわれる「HYLAS(ヒュラス)」、女性なるものの系譜を一身に具現した女性が登場する「ENNOIA」(本詩集内の最高作)。

 フランス詩のリズムの流麗さは、短歌のリズムの流麗さに似ているように思いました。