古本報告遠のく

 5月半ばに古本を14箱売りました。さすがに売った後は、しばらくのあいだ買いそびれるもので、6月半ばまで購入したのは2冊のみ。これでは、古本報告も遠ざかるのみと、先週土曜日に、阪神今津で呑み会があったついでに、久しぶりに天神橋筋商店街の古本屋に立ち寄りました。

 一軒目の矢野書房で、下記3冊。
設楽哲也『音と匂と味と』(金原出版、90年7月、500円)→耳鼻咽喉科の先生が綴った随想集。文芸作品からの例が多く楽しく読めそう。
小寺健吉ほか『世界美術巡禮』(アトリヱ社、昭和5年2月、500円)→日本の洋画家たちが怒涛の如くパリを中心にヨーロッパに絵の修行に出かけた時期に書かれた旅の随想集。蕗谷虹児、小島善太郎、向井潤吉ら28名が執筆。
井辻朱美『魔法のほうき―ファンタジーの癒し』(廣済堂出版、03年3月、1000円)→読みやすそう。タイムスリップテーマに言及があったので。
    
 次の天牛書店では、1冊のみ。
ヴィルヘルム・ハウフ寺田正二譯『小人の鼻吉』(中央公論、昭和22年7月、480円)→表紙の絵を見て買わずにはいられなかった。

オークションでは、美術関係で探究書が手に入りました。
小柳玲子編『リヒャルト・エルツェ』(岩崎美術社、97年6月、580円)→表紙の絵はまさしく象徴主義的予感を醸し出している。後半の作品はどれも夢魔的。
「版画藝術68 特集:柄澤齊」(阿部出版、平成2年4月、500円)→高柳誠との詩画集「洪水の前」や、「私説木口木版画史」、出口裕弘との対談など面白そうな特集。
ハリー・レヴィン若林節子訳『ルネッサンスにおける黄金時代の神話』(ありえす書房、88年12月、500円)→難しそうだが楽園テーマなのと安かったので。
富田仁・長谷川勉編著『欧米文学交流の諸様相』(三修社、83年12月、440円)→ごたまぜの論集だが、長谷川勉「二人の蕩児―ファウストをめぐるゲーテバイロン」、宮永孝「イタリアにおけるポー」、高遠弘美「シェーラザードの息子たち―スティーヴンソンとプルースト」、安藤勉カフカと英国幻想・SF小説」が面白そうだったので。
      
 アマゾン古書では1冊。ちなみに購入店のヴァリューブックスは、扱う本の種類が手広く、価格が安い割に本がきれいのでよく買っています。
須賀敦子『イタリアの詩人たち』(青土社、98年9月、398円)

赤祖父哲二『異界往還』

 
赤祖父哲二『異界往還―文学・宗教・科学をつなぐもの』(夢譚書房 1998年)


 赤祖父哲二の本は、これまで『イメージ・ウォッチング』と『日本のメタファー』の二冊を読んでいて、二冊とも◎の評価がついてますが、25年以上も前の話で覚えておりません。しかも読書ノートを取っていないころのものなので探りようもありません。何となく私のテイストと合ったという印象だけ残っています。この『異界往還』は、科学と宗教と近代文明の関係を広く歴史を見渡しながら考察しています。私は昔から、梅棹忠夫『文明の生態史観』など、大風呂敷を広げつつオリジナルな考えを述べた本を好んでいて、この本も、独創性は少ないかも知れませんが、世界全体を大きく俯瞰しようとする意志が感じられて好きです。

 ただ、あまりに守備範囲が広く、また古今東西の文献からの例証が頻出し、しかも当然知っていることとして詳しい説明が省かれているので、読者を蚊帳の外においたまま著者がひたすら自分ひとりの世界にこもって自問自答しているように感じるときもあります。著者の説が間違っているかどうかはともかく、問題意識の強さや視野の広さだけはよく分かりました。


 ここで問われているいくつかの問題を、理解できた範囲で自分なりに整理してみますと、著者はまず、西洋近代に関する一般的な解釈の仕方に対して、いくつかの疑義を呈するところから出発しているようです。
①「近代」という時代設定を、検証することもなく紋切り型のように持ち出す風潮はどうか。とくに、苦闘の上にその概念を勝ち取った西洋ならまだしも、日本において「近代的自我」を必要以上に理念化し、それを異なる文化風土に移植しようとして、実態との齟齬に苦しむのは馬鹿げている。

②二分法の考え方は、例えば、一神教多神教、自然・超自然というように、不毛に二分してしまうのはどうか。二分法は物事のいくつかの側面を単純に二分するだけでなく、二分を固定化してダイナミックな運動態を無視してしまう。


 そして、近代社会を形成するにあたって、宗教、とくにユダヤキリスト教プロテスタントの犯した罪の大きさを語ります。
①古いヤハウエの天地創造説では、「無からの創造」も唯一神の存在も主張されていなかった。唯一神は捕囚期の祭司たちの創造になる。旧約聖書には土着の呪術的なものが滅ぼされる記述が多く、教義を形而上学化する意図が見える。ユダヤキリスト教は人間の異界往還を禁じることで、豊穣な生みの力を追放してしまった。

カトリックはまだマリア信仰を許容し、ゲルマンの土俗と妥協していたが、プロテスタントになり、脱魔術化が促進されてしまった。プロテスタントの改革は、信仰を教会の儀式や制度から切り離したことにより、無神論者発生の道を開き、聖書の解釈を個人に任せ、物語として読むことを許した。


 近代社会をもたらした自然科学のあり方についても、キリスト教と関連して、次のような性格を強調しています。
①自然科学が、魔術から解き放たれて、純粋な合理性を獲得したというような理解はまったくの間違いであり、ルネサンス以後に科学が教会にとって代わった、つまり、科学は新種の宗教になっただけである。

下村寅太郎の言うように、魔術の威力を恐れたキリスト教思想が、魔術を排除し、その代わり魔術を人間自身が遂行しようとしたわけで、現代人も結局は原始人と同じということである。

③今日の環境破壊をもたらすことになった科学技術の大本にはキリスト教の自然観がある。キリスト教アニミズムを破壊し、人間による自然の搾取を認めた。さらに、人間が神に似せられて作られたことを、人間は中身においても似ていると錯覚し、自らを全知全能と思い込んでしまった。


 そして近代以降の産業社会とそれを支えている思想について、次のように厳しく批判します。
ルネサンス以降の人間中心主義とは、神の国を地上に実現するための飽くなき欲望の追求であった。とくに18世紀末からの産業主義の貪欲が、進歩という旗印によって醜い現実を隠してきた。

②当初は、神と人間と自然の三つ巴の関係であったが、そこから神が消え、人間と自然の関係のうち人間が自然を支配する関係だけが残され、人間の傲慢を助長させた。

③日本の場合、幕末の黒船ショックで劣等感に取りつかれ、進歩という名の貪欲に身をこがしてきた。とくに第二次大戦後は自然愛好国民という自負を投げ捨て、多量消費の経済に狂奔し自然破壊に手を貸した。人々は死までを病院や葬儀業者の管理に委ね、異界への往復という古来の美風を忘れてしまった。


 それでは、著者はそれに代わって何を賞揚しようとしているのでしょうか。
①ひとつは、農産的自然、アニミズム、汎神論的世界:系譜をたどれば、中国の盤古神話など世界各地の天地創造説に始まり、古代ギリシアの自然概念、ルネサンス期の新プラトン主義が宇宙創成の母体と考えていたカオス、ルネサンス以後であれば、異端として処刑されたジョルダーノ・ブルーノの「農産的自然」の考え方、汎神論へ接近していったワーズワースなどロマン派の自然観へと続く。

②言い換えれば、民俗学的カオスの世界:日本では草葉の蔭に祖先の霊が宿るという信仰があり、かつて異界との往復譚が豊富に存在していた。それが、明治以降、現人神(あらひとがみ)や国家神道など上からの宗教によって排除されて行った。底辺に生き続けてきた民俗信仰は、かろうじて柳田や折口らを生み出すことになった。

③中世の多元的世界:世の通念に反して、中世と近代の間には断絶はない。中世こそ近未来のあるべき多元的世界の見本である。

④往還という言葉に現われているダイナミズム:現世と異界の間の往復のあり方の相違が文化・文明に差異をもたらしており、近代科学の迷妄から醒めるには、遠い宇宙でなく身近にある異界との往還の習慣を取り戻す必要がある。また、知覚と観念を二分化するのでなく、両者がダイナミックに干渉し合う中間領域を考えるべきである。


 感想三題。
 最近のプーチン習近平金正恩の振る舞いを見ていると、近代とか、法(条約)とか、合理性などというものは一体何だったのかと思ってしまいます。現実に跋扈しているのは野蛮な原始人で、そうした理念は所詮幻だったということになります。こうした考えも理念と現実を二分法で考える悪癖でしょうか。

 科学の発展が、原子力や環境破壊、生命倫理などの壁に当たっています。そこで近代科学をあっさりと否定したくなるのはやまやまですが、現代人が科学の作った世界のなかにどっぷりと身をおきながら、私たちの祖先が、その時代その時代に必死になって考え、血と涙で築きあげ、そして恩恵を施してきた科学の成果をゴミ屑のように思うのは傲慢ではないでしょうか。科学の壁は科学自身によって乗り越えなければならないというのが私の考えです。もしそれができなければ人間は愚かな生物だったというだけの話です。科学が専門家の手に委ねられるようになって、一般人の手の届かないところへ行ってしまい、一般人は科学が作り出した与えられた環境のなかで生きるしかすべがなくなりました。それだけに科学の専門家の責任は重いということになります。

 ロマン主義には、産業社会への反発、自然や風景美の発見、古代・中世回帰など、著者の言うようなカオス的側面もありますが、一方、個人の苦悶や感情の発露を表現し、自我を特別なものとして分離させたのもロマン主義です。しかし個別の自我というのは幻想に過ぎず、人間が言語を持つ生物であるということが証明しているように、もともと集団的な営みのなかに生きる存在だと思います。西洋の近代社会において個別の自我が称揚されるようになったことが、間違いの始まりだったのではないでしょうか。

井口正俊/岩尾龍太郎編『異世界・ユートピア・物語』


井口正俊/岩尾龍太郎編『異世界ユートピア・物語』(九州大学出版会 2001年)


 西南学院大学で行なわれた同名の公開講座と福岡県リカレント講座の講義をもとに編集された書物で、9名の研究者がいろんな視点から論文を書いています。巻頭の2論文は私には難しすぎてよく分からなかったので、他の7つについて、簡単に紹介します。

 とくに興味を惹かれたのは、モアの『ユートピア』とデフォーの『ロビンソン・クルーソー』が、交錯しながら享受され変形されて行った過程を考察した岩尾龍太郎「ユートピア物語とロビンソン物語」と、中国の二つの仙郷観、ならびに道教が登場して以降の仙郷伝説について論じた王孝廉「中国における仙境伝説」の2論文。次のような部分が印象に残りました。

 「ユートピア物語とロビンソン物語」では、
①ロビンソン物語の絶海の孤島という場所は、ユートピアと通底するポイントである。デフォーの原作では、ロビンソンは罰当たりな奴隷商人であり流れ着いたのはオリノコ河口の島なのに、ロマン派的な誤読により、絶海の孤島で勤勉に励む人物として流布していった。

②西洋のユートピア物語群の基本型は、旅の部分とユートピア部分の二つからなる。東洋の異界では、旅の経路の記述がなく、桃源郷、仙界が忽然と現われることが多い。経路よりむしろ参入資格が問われる。

ユートピア社会の労働時間の短さ、食事時間の長さ、祭礼の多さは、労働者の享楽のためというより、剰余生産物の蓄積による歴史的変化を拒否するため。ユートピアの空間は幾何学的で清潔・秩序癖が顕著、便所、墓地は忘れられ、赤ん坊、病人、老人の居場所がないこともある。

④これから求められるのは、完璧な幾何学的建築・街路ではなく、フーリエが言うような、かなりの変動に耐え得、時間・変化に対応できる異種混在郷(ヘテロトピア)であろう。

 「中国における仙境伝説」では、
①古代の中国人は、川が東に流れて海にどんどん入っているのに海の水は溢れないことから、渤海の東に幾億万里あるか分からない大きな底のない無府の谷というのを想像し、その中に蓬莱山を含む五つの仙山があるとした。一方、西に黄河の源流をたどれば崑崙山が聳え、そこを天柱と見なし、仙郷があるとした。そして漢代になると、この二つの東西の仙郷伝説は完全に融合した。

②神仙の観念は道教の成立後に生まれたものではなく、古来からの仙郷神話に源を発している。道教の世の中になってから、仙郷は東方の無府の谷あるいは西方の崑崙ではなくなり、近場の名山や大きな沢など、いたるところが神仙の居るところとなり、多くの仙郷物語が生まれた。


 他に、
アイスランドでは、自由農民が全員参加可能なアルシングというユートピア的で隣人共同体的な集会の制度があったが、時間が経つにつれて首領たちが争うようになり島が荒廃していったことを報告した中島和男「北欧のユートピアアイスランド植民をめぐって」、

鉄道網の発達やトマス・クック社のパック旅行によるマス・ツーリズム誕生を背景として、イギリスの女性旅行家ビアトリス・グリムショーが20世紀初頭にオセアニアと東南アジアの島々を広く歩き回った事例を紹介したうえで、結局、彼女の旅はあらかじめ抱いていた南海楽園イメージという鋳型を再認するに過ぎなかったと厳しく指摘した大谷裕文「旅とユートピア―楽園幻想とポリネシア旅行」、

中国の二つのユートピアの系譜、すなわち儒家・法家の考えに基づき、理想的支配者によって営まれる中央集権的階級的で、官僚制度、礼・法の完備した平和国家と、老荘ユートピア思想に基づく、閉ざされた「小国寡民」の自給自足的村落共同体的国家について詳述した邊土名朝邦「桃源郷―中国的ユートピア世界」、

皇室の父方の祖先は太陽神、母方の祖先は海神で、ともに稲作に必要な太陽と田圃の水を表わしているとする山中耕作「日本人の他界観―『古事記』を中心に」、

モアのユートピア物語の源泉の一つにコロンブスなどの新世界発見があったことを指摘したうえで、各ユートピア物語に共通する特徴を、1)航海による漂着、2)洋上の島、3)都市計画に基づく幾何学的人工都市、4)堅牢な城壁の存在、5)孤立あるいは自閉への欲望、と分析した後藤新治「ユートピア図像学」。

 各論を総括する論文があればよかったですが、少しテーマがばらけすぎて、全体としてはまとまりのない印象を受けました。

marcel béalu『PASSAGE DE LA BÊTE』(マルセル・ベアリュ『獣道』)


marcel béalu『PASSAGE DE LA BÊTE』(pierre belfond 1969年)


 続いて、マルセル・ベアリュ。今回は、あまり気持ちのいい読書ではありませんでした。冒頭しばらくは落ち着いた筆致で、たまに洗練された表現が出てきて期待を抱きましたが、途中から一転、夫婦間の揉め事が事細かに出て来て、それが最後までぐだぐだ続いてげんなりしてしまいました。ミステリー的な要素も、幻想的な要素もありません。ポルノ的な味わいがあるのみ。これまで読んだベアリュのなかでは、もっとも魅力のない作品です。

 一言で言えば、同性愛の妻の不倫に悩まされる男の話。三分の二までが三人称の物語、最後の三分の一は男の日記で、男の側からの不満を綴っています。簡単にまとめますと、

主人公の男は54歳で、若い美人妻と7歳の娘がいて、フランス北西の海岸の村に住んでいる。男が仕事で出ているあいだ、娘と散歩していた妻は、海岸で馬の群を連れている女(初めは男と勘違いする)と出会う。その女は母が死産、父親もなくなって莫大な遺産を相続して、女の召使と館で暮らしていた。幼い頃女中に女同士の性愛を教えられた同性愛者だった。

妻はその女と頻繁に会うようになる。男は、妻の退屈しのぎの相手ができたと喜んでいたが、妻は酒を飲まされ誘惑され、同性愛に引きずり込まれ、夜も出て行くようになった。ある日、男が館の近くを歩いていると、妻がその女と手をつないで歩いており、別れ際にキスするのを目撃する。家で妻の帰りを待ち、男は初めて妻に暴力を振るう。

それ以来、男と妻の関係はぎくしゃくし、修復しようとイタリア旅行を企てるが一向に元に戻らない。妻は年末休みや夏休みに実家に帰ると称して、その女と旅行に出かけたりし、その嘘がばれる。女は妻と結婚したいと言い、洞窟内の怪しい儀式に連れて行く(この部分のみ怪奇グロテスク趣味がある)。どんどんエスカレートし、妻は精神錯乱を見せるようになり、精神科医に連れて行くが、医者は離婚を勧めるだけで、男は納得しない。男はそもそもの原因はあの女にあると、計画を練り、ついにある日、女のもとへ行き首を絞めて殺してしまう。車で死体を運ぼうとしたところ妻に見つかってしまった。妻は女の死を知ると逆上して、男が車から離れたすきに、車を運転し断崖から落ちていく。

 夫婦間の諍い、罵り合いの会話のありさま、爪で引っ掻いたり、電話器で頭を殴ったりという妻の暴力が、そこまで書くかというぐらい克明に描かれているのが特徴です。妻は逆上すると、手が付けられなくなり、矛盾したことを言い散らし、娘の前でも平気で夫を罵倒し殴りつけます。

 男の日記は、女の殺人を計画した段階から書き始められ、将来裁判にかけられた場合に、自分の悲惨な立場を裁判官や陪審員に印象付けようという目的で書かれたもの。自己を正当化しようとしていますが同情はできません。妄想が綴られ、また男女の愛に関する箴言のようなフレーズがちりばめられています。ベアリュは、二度の離婚をしているようですが、この小説には、彼自身の体験が盛り込まれているような気がします。

異界に関する本と漫画

    
恋田知子『異界へいざなう女―絵巻・奈良絵本をひもとく』(平凡社 2017年)
諸星大二郎『異界録―諸怪志異(一)』(双葉社 2007年)
諸星大二郎『壺中天―諸怪志異(二)』(双葉社 2007年)


 変な取り合わせになりましたが、たまたま読んだ時期が近いだけの話。「異界」を扱っているという以外に、無理やり共通点を探すと、『異界へいざなう女』は100ページほどの挿絵の豊富なブックレット、片や諸星大二郎は漫画で、ともにヴィジュアルが関係しているということでしょうか。恋田知子の本は、室町から江戸時代前期にかけて流行したお伽草子など種々の物語にまつわるいくつかのテーマを考察したもので、諸星大二郎の漫画は、中国の古典にヒントを得て、物語を独自に創作したものです。


 『異界へいざなう女』は四部に分かれていて、冒頭の一篇「異界へいざなう女」が、ストレートに異界と関連しています。お伽草子酒呑童子』に出てくる血で染まった衣を洗う洗濯女、『地蔵堂草紙』の法華経聴聞に訪れる美女、『道成寺縁起絵巻』の蛇になる女、『磯崎』の鬼面を被って取れず鬼になる女、『よみがへりの草紙』の地獄を経巡ってから蘇った尼、『稚児いま参り』の姫君を庵にかくまい姫君と稚児を救う尼天狗など、いろいろな女性登場人物を取りあげて、次のような視点から解説しています。

 ひとつは、異界への案内役としての女性。物語の冒頭に出てくる洗濯女や、三途の川の奪衣婆のような存在には、境界的・両義的性格があり、妖異の世界へ導く機能がある。また写経している僧を誘惑し竜宮という異界へいざなうのも、美女に変した竜女である。

 もうひとつは、嫉妬や執心に捉われやすい女の悪性を強調し、功徳によって救済するという女性教化のための物語がある。こうした物語を語り継ぐのに寺社が果たした役割は大きい。

 さらに、寺社と世間のあいだを渡り歩く尼御前や、俗化した存在である比丘尼が、当時の現実を反映して物語のなかでも活躍しているが、姫君を助ける尼というパターンが見られること、また尼が聖と俗を媒介する役割をしていることを指摘している。

 尼と同様な存在として、山神に仕える巫女としての山姥を取りあげたり、老いてさすらう小野小町が老女神として信仰されるようになったことにも筆が及んでいる。

 他の3篇は、源氏物語を書いて地獄に落とされた紫式部を救おうとする「源氏供養」の儀礼とその供養を物語化した『源氏供養草子』について述べた「源氏物語を供養する女」、室町後期から江戸中期に盛んに制作された彩色の絵入り写本である奈良絵本の制作者を探究した「嫁入り道具としての奈良絵本」、真盛上人という天台僧の三種類の伝記を比較し論じた「尼と絵巻」。

 「源氏供養」が宮中の女官や貴族女性を中心に営まれ伝承されていたこと、また奈良絵本は大名屋敷が嫁入り道具として発注したもので、恐らく京都の特定の工房で制作されていたらしいこと、同じような女性向けの物語草子が寺や公家のあいだで書写されていたことなどが書かれていました。日本の中世から近世にかけては、武家社会のことしか念頭にありませんでしたが、公家社会がある領域では大きな役割を果たしていたことを教えられました。

 全篇を通して、女性筆者ならではの女性目線で探究しているのが特徴です。


 諸星大二郎は、デビューの頃によく読みました。水木しげるとともに好きな漫画家です。いちばん印象に残ったのは、『異界録』に収録されていた「小人怪」で、鼠が小さな人物となって現実を模した世界を見せ、主人公が怒って蹴飛ばすと現実の人物が蹴殺されていたという異世界と現実が照応している不気味さ、『壺中天』「三山図」の、仙人が奇岩三山をくるくると地図のようにして持ち去る場面、そして、岩のかけらが破損したためその地図には穴が開いていたという怪。

 その他は、「犬土」の眼のない豚のおぞましさ、「異界録」の身体が裏返しになるという奇想、「妖鯉」の顔を削ぎ落としたら別の顔が現われるという怪異、「幽山秘記」の魂を掴んで土人形の胸におさめる不思議(以上『異界録』)。「盗娘子」の、切り絵が命を吹き込まれて大きく立体となって動き出すが未熟な技はすぐ見破られるというユーモア、「狗屠王」の、犬が術を掛けられて人間のように働く可愛らしさとその犬たちが人間に化けて復讐する恐怖(以上『壺中天』)、など。

松田修『日本逃亡幻譚』


松田修『日本逃亡幻譚―補陀落世界への旅』(朝日新聞社 1978年)


 日本における異界概念の種々相を追った書物。松田修は、大学時代に集中講義で、『雨月物語』と『好色一代男』を2年続けて受講したことがありました。まともに出席した数少ない授業のうちのひとつです。先生が単位をつけ忘れたか、それとも故意に落としたかは分かりませんが、卒業の際、当てにしていた単位が足らなかったので、電話して単位をもらったのを覚えています。

 歯切れのいい凝縮した文章で、漢文交じりの文章や古文が頻出して、読みにくいと言えば読みにくい。しかし思考の道筋が明瞭に示されていて、全体として、ばらばらなテーマを扱いながら、「出離、遁世、逃亡、逃竄、脱出、亡命」という一本の流れにまとめあげた問題意識の強さと並々ならぬ博識には、驚嘆しました。

 著者は、異界を幅広く解釈して、いろんな様相のもとに見出しています。
①古代人においては、ヤマもウミもともに、死者=デーモンの国であり、その界線は、サカであり、ウナサカであり、またハシであった。またオキとは澳、奥であり、奥津城ということばがあるように、死者・霊魂に属する空間である。

イザナギノ命の黄泉訪問においても、よもつ平坂のサカが現実と非現実の接点として機能している。男の好奇心―破約―逃亡という図式は、その後の文学・芸能における男女関係の原型をなすもの。

③死者に出会えるというみみらくの島に言及する文章や歌は数多い。遣唐使が最後に日本を離れるときに船出をした五島列島福江島にある三井楽であるとされるが、現実の島ではなく、異次元の島、幻の島であるからこそ、死者に出会えない嘆きが歌われたとしている。

④吉野や、『今昔物語』に酒の湧き出る泉があると書かれている大峯山は、古代より桃源郷と見なされ、隠れ里として政治的脱落者を吸収する役割を果たしてきた。

⑤大陸から渡来した仏教の南方補陀落浄土がなぜ日本に定着したか。日本の始源的ユートピアが南方海上常世としてあったからである。『日本書紀』にすでに、少彦名命が熊野の御碕から常世郷に行ったという記述がある。補陀落のイメージは、水上に浮かぶ聖なる島、聖なる宮殿という一種の山上ユートピアである。

聖徳太子少納言信西平重盛畠山重忠源実朝加藤清正という系譜が考えられる。彼らに共通するのは、知性の卓抜さであり、自らの滅亡、子孫断絶を予見しつつ生きたということで、民衆のヒーローになった。彼らは達観し、滅亡という名の未来へ逃避したのである。

⑥中世では、朝鮮が異国として一種の逃亡地の役割を果たした。足利義教を暗殺した嘉吉の乱のあと赤松左馬助が国外脱出をし高麗国で名を上げたり、橘正通がやはり高麗国で宰相までなったり、壱岐守宗行の郎党が新羅に行って虎退治をしたり、朝比奈三郎義秀が朝鮮で大木を根こぎにし神として祭られたなどの物語がある。

⑦浦島譚でもっとも重要なのは時間の要素であり、匣を開けてはならないという禁忌を犯したことによって、一切の時間が無になり、同時に常世も消えてしまったことにある。

茶の湯は、マリファナのような一種の精神刺激剤であり、回し飲みという似た集団享受法を持っていた。また茶室と遊郭は、茶庭のくぐりや廓の大門を一歩入れば別次元になるところが共通している。芝居の木戸、風呂屋ざくろ口にも同様の一貫したイメージがある。

⑨五百石積以上の大船建造は、江戸時代の寛永14年以降禁止されているが、大名たちは、危険と知りつつ、造船を行なった。陸上支配の有限性の自覚が、海上支配に向かったということだろう。一方、飛ぶ船、飛行する車や籠が物語られるのは、それらの乗り物が異界に通じる手段として幻想されていたということである。

⑩琴にまつわる伝承に共通するのは、琴が人間と人間ならざるものの間を結ぶ役割をしていることである。船がある地点とある地点を結ぶものであると考えれば、船と琴とは同じ機能を果たしている。

 このあと、秋成の物語のなかの異界、明治以降の異界としての外国体験についてなど、いろいろ考察がありましたが長くなるので省略。


 本筋のテーマとは別にも、面白い指摘や文章がありました。
①信仰の向かう先が、清水寺から長谷寺、そして熊野と、距離が大きくなり続けたのは、労力困難を支払うことによって、霊験の確実性を信ずることができたからである。ここに信仰と苦痛の関係が見られ、苦行修業の意味がある。たやすく得られるものには価値がないということ、そして得られるものよりもその過程が重要ということである。

②日本のジャーナリズムに、パターン化した自責性・自虐性が認められるが、これを国民性・民族性と見ることも可能である。孝や忠の倫理的徳目にも自己犠牲的・自虐的性格があり、他国に類例を見ない「心中立て」は、愛し合う者が、髪切り、指切り、入れぼくろ、そして究極の愛対死(あいたいじに)と、自らを傷つけるのは異様である。→ジャーナリズムの自虐性についてはかなり早い時期の指摘であると思う。
 
③吉野の地が到達した一つの新しい美は、「花と刀」との共存というあり方である。

④異界へ発つのとは逆に、異界から現世へ来る神のケースも多い。『国性爺合戦』には、浜辺に流れ着いた船の中に、やつれてはいるが若く美しい女性を見出す例があり、これは神なるもの、霊なるものの流離往還の一形態である。

⑤飛行幻想は、役小角以来、修験道関係においては多くの例があるが、飛行の「具」や、「具」による飛行譚は、あまり語られない。

⑥『日本霊異記』の話で、広達という僧が、橋から悲鳴が上がっているのを聞き、木のなかに仏を見出して、その木を彫って阿弥陀・観音・弥勒の像を造ったという。

⑦『春雨物語』の「二世の縁」の怪異譚。学問好きな当主が深夜鐘の音がするので、ここと思う場所を掘ってみると、大きな石があり、その下に棺があった。蓋を取ると、鮭のように痩せ、膝まで髪の毛を伸ばした男が手にした鉦を打っていた。昔入定した僧であろうと思い、湯水をすすらせると、50日ほどで潤い体温も上がってきた。がつがつと魚を骨まで食べるようになったが、入定前の記憶はまったくなく、今は下衆下臈となって、後家のところへ婿入りしたという。

 他にもいろいろありましたが、長くなるので。

シベリウスの小品名曲

 昨年末ごろから、シベリウスの小品をたまに聴いています。『シベリウス:きわめつきの小品集』というCDで、とくに「聖歌(喜べ、わが魂よ)」と「献身(わが真なる心より)」の2曲が心にしみます。ずっと以前に、北欧小品名曲集のヴァイオリン篇、チェロ篇の2枚をよく聴いていた時があり、この2曲も収められていますが、その頃は、メリカントとか、メラルティン、ヤルネフェルトの方に気を取られてあまり印象に残ってませんでした。

シベリウス『きわめつきの小品集』(フィンランディア WPCS-6219)
(演奏者は多数につき省略)。
 「聖歌」https://youtu.be/fqEn18KQrdcと「献身」https://youtu.be/qMG2hH04SX0の2曲は同じ雰囲気の曲で、ブルッフの「コル・ニドライ」を思わせる重々しい音楽。フィッツハーゲンの宗教的無言歌「諦念」やサン・サーンスの「祈り」にも少し似た沈痛で聖なる響きがあります。2曲ともに音階を少しずつ上げていく技法があり、とくに「聖歌」の開始2分ぐらいのところは、エルガーのチェロ協奏曲第1楽章の高鳴りと感じがよく似ています。

 ヴァイオリン曲では、フィンランドにもジプシー・ヴァイオリンがあるということを、小野寺誠の『白夜のヴァイオリン弾き』で教えられましたが、そうしたジプシー風のスペイン的情熱と北欧的悲哀が混じった「マズルカhttps://youtu.be/iOXE-ukaiJ4や、「ユモレスク」、「子守歌」が印象に残りました。

 チェロ曲では、「ロマンス」https://youtu.be/qzy-CIUKfSo、「エレジー」、「悲しきワルツ」、いずれもどこかしら悲しみが感じられます。

 オーケストラ曲では、舞踏会の情景とともに、穏やかで古き良きヨーロッパが眼前に広がるような気がする「ロマンティックなワルツ」、「聖歌」「献身」の曲想に似ているが素朴な「弦楽のための即興曲」。

 ピアノ曲では、単調な和音の響きの進行のうちに、どことなしの悲しみ、淋しさが表現されていて、どうしてこれが牧歌なのかと思ってしまう「牧歌」と、やはり寂しさと悲しみの入り交じったような「樅の木」https://youtu.be/NtTrOadtMJU、典雅な響きのある「ロマンス」が素敵です。


 シベリウスの曲ばかり、「フィンランディア」やピアノ曲チェロソナタ形式にアレンジしているCDも最近買いましたので、その中の「樅の木」https://youtu.be/tU-2WERV1_Qと比較してみます。

『SIBELIUS Original Works and Arrangements for Cell and Piano』(NAXOS 8.570797)
Jussi Makkonen(Vc)、Rait Karm(Pf)

 シベリウスが、1890年頃ウィーン音楽院でロベルト・フックスの作曲法の授業に出ていたと言います。マーラーやヴォルフ、ハンス・ロット、ツェムリンスキーも学んだ先生で、彼らと作風が少し似ているのもそのせいかもしれません。シベリウスは1965年生まれ、ロットが1958年、マーラーとヴォルフが1960年、ツェムリンスキーが1871年生まれと、少しずれているので、一緒に授業に出たという可能性は低そうです。ネットで見ると、マーラーシベリウスは1905年頃に出会っています。


 ついでに、以前聴いていた北欧の小品名曲集にも触れておきます。
  
『Violin Favourites』(FINLANDIA 3984-24527-2)
『Celo Favourites』(FINLANDIA 3984-24528-2)
(演奏者多数につき省略)。
 ヴァイオリン編では、Merikantoの「Valse lente」https://youtu.be/HF2aCejSgH4、Melartinの「Berceuse」、Raitioの「Elegia」、チェロ編では、Järnefeltの「Berceuse」https://youtu.be/3mXtKjU9ezU、清冽な抒情と哀愁のあるSohlströmの「Elegie」https://youtu.be/E9QOWOzchJY、Mielckの「Romance」が秀逸。全部引用したい名曲ですが、あまり引用ばかりしていると叱られるので、3曲程度に留めておきます。

 前にも書いたことがあるように思いますが、北欧の曲全体に通じて言えることは、リズムが単純で、日本の昔の唱歌に似ているように思います。南欧的な情熱、男っぽさとか、うねるようなリズムとか。性的な蠱惑とかがあまりかんじられません。素朴で、素直で寂しい感じ。たまたまそういう曲を集めただけで、北欧にも南欧にあるような熱っぽい曲はあるのかも知れませんが。イギリスの曲にも通じるところがあるように思います。


 最近、あまりコンサートへ出かけることもなく、情報を探ったりすることもなくなったので、間違ってるかも知れませんが、日本のクラシック界は、交響曲中心の大曲主義に陥っているように思います。大ホールで、2時間も大曲を聞かせるのではなく、中・小ホールで、洒落た小品を1時間程度で紹介するのも、クラシックファンを増やすひとつの方法ではないでしょうか。クラシックの小品名曲は山ほどあり、そのなかには人知れず埋もれているもの多いと思います。もっと愛でられるべきものでは。