
FREDERICK TRISTAN『Curieuse histoire de la GESTE SERPENTINE racontée par Jean-Arthur Sompayrac, accompagnée de notes et commentaires rédigés par le Professeur Adrien Salvat(ジャン=アルトゥール・ソンペイラックが語り、アドリアン・サルヴァ教授が解説と注釈を付けた蛇状叙事詩の奇妙な物語)』(différence 1978年)
正式なタイトルはとんでもなく長い。本作は、トリスタンの比較的初期の作品ですが、私のこれまで読んだかぎりでは彼の最高作だと思います。舞台は、ヨーロッパはもちろん、中近東から中国と幅広く、『千夜一夜物語』やインドの説話集『カター・サリット・サーガラ』を思わせる枠物語の構造をしているのが特徴です。
「LA GESTE SERPENTINE」という言葉をどう訳すか。最初は、マニエリスムの用語で、蛇状姿態(figura serpentinata)というのがあるのを知っていたので、それに引きずられて蛇状姿態と訳していましたが、念のため辞書を引いて見ると、Gesteには二つの意味があり、身ぶりは男性名詞で、女性名詞なら武勲詩だったことを知り、蛇状叙事詩と訳し直しました。
トリスタン本人のものと思われる献呈署名入り。「友人のアントワーヌ・フェーヴルへ。この『いや、どこ?』の国への旅は、彼が道を知っている。著者より愛をこめて。トリスタン、78年9月19日」となっている。フェーヴルは、物語のアイデアの一つに関与しているらしく、この本の献辞の3人の中にも入っており、ウィキペディアで調べると、エゾテリスムの研究者で、クセジュの『エゾテリスム思想』を書いています。所持している『エゾテリスム思想』の「エゾテリックな芸術と文学」の項を見ると、エゾテリスムが顕著に現われている作品として、フランスの小説では、フレデリック・トリスタンの『名前のない男』と『バルタザール・コベルの艱難』が挙げられていました。お互いの友人に対する気遣いが窺えます。
長編小説ですが、入れ子構造の挿話がたくさん入っていて、一種の短編小説集ともとれます。枠物語のメリットは何かと考えたら、場面展開が鮮やかで興味が持続し、物語が凝縮されることで、長編なのに短篇の味わいが連続するところにあるのでしょう。
語りの外枠としては、ソンペイラックが蛇状叙事詩の物語を収集した経緯が、7つの場面で語られます。まず、彼が考古学者としてカイロ滞在時に、エジプト在英国大使マークウェルに連れられて行った長老シラズィの語る話、次にプラハの酒場で知り合ったデンマーク船員の語る話、そしてソンペイラック自身がダマスで発見したある文書、大英博物館の階段で出会った老人からの話、第二次世界大戦で南京の収容所に入れられたとき同じ房の中国人が語る話、その後記憶喪失となりボストンの精神病院での回復期に思い出しながら書いた話、最後に故郷に戻り近所の子らと遊んでいるとき、子の一人が古い手帳を見つけたと渡してくれたなかに最後の物語が記されていたという仕掛けになっています。
「蛇状叙事詩」として語られる本編の物語は、大きく二つの系統に分けられ、一つは、仕事に身の入らない職工のハッサンの冒険、もうひとつは職工の師匠アシュラフがハッサンを探し求めて遍歴する話です。その二つが並行して語られ、ハッサンは、いろんな挿話の中では、金細工師ガーネンという人物になったり、サミュエルの息子や、中世騎士フォルティンブラとなったりする一方、アシュラフも、教皇秘書ジャコポ・サンスィとなったり、別の挿話の魂を抜き取られた婚約者アル・ジャーリになったり、中国兵士チャンキァンになったりします。そしてときには、二つの系統が合流したり、また同じ系統の中でも以前の話に双六のように後戻りしたりしながら、錯綜して進み、最後にアシュラフのもとへハッサンが帰ってきて、アシュラフがハッサンに師匠の座を譲って死ぬという場面で終わります。メモしながら読まないと、頭が混乱してしまうほど込み入っています。
全貌を順番に正しく伝えるのはとても難しいので、いくつかの挿話的物語の中で、印象的だった場面をご紹介します(ネタバレ注意)。
①織工のハッサンは、毎土曜に経糸、月曜に横糸を持ってきて、火曜日に織物を買い上げる3人の女に騙され、貰った金は砂と化し、部屋に毒茸が繁茂し家も崩壊してしまう。怒りが高じたハッサンが気絶して目覚めると、墓の中に居た。すると戸が開いて婦人部屋に案内される。そこで三姉妹から、お前はガーネンという金細工師だと言われ、ガーネンの冒険を聞かされる。複雑な話しで頭が混乱してきたので、酒宴にしようと、酒を呑んだ瞬間に、壁は崩れ粉々になり、その場所は、深い峡谷となって、谷底でハッサンはぐっすりと眠りこけた。
②金細工師ガーネンが皇子から恋人のスルタンの娘に送る指輪の作成を命じられるが、手に入れた二つの函は、一方は宝石の函だが金の台座ができるまでは開けてはならず、もう一方は金の函だが宝石が手に入るまでは開けてはならないとされた。困り果てたガーネンのところに、バドルールブドゥールという女がやってきて、「その二つの函には私の婚約者アル・ジャーリの抜き取られた魂が入っているから、この金と宝石の入った函と交換して」と言われ交換する。指輪を完成させ皇子が恋人の指にはめた途端、スルタンの娘は誰も目覚めさせることのできない眠りについてしまう。スルタンの命で、皇子は地下牢に閉じ込められ、金細工師を逮捕すべく捜索隊が結成される。
③アシュラフは、大天使ガブリエルから、「バグダッドへ行き、橋の横にある市場にカッシムという盲人がいるから、右手を彼の左肩に置いて合言葉を言え」と命じられ、そのとおりにすると、盲人は「何があっても手を離すな」と言った。市場を抜け、バクダッドを出て、断崖を越え、森の中を進み、剣士たちが練習している空き地で盲人の首が飛び、手足が切り落された。しかしアシュラフは盲人の肩に手を置いたまま進み続けた。森が火事となり、二人が森を抜けたときは二人とも炭になっていた。蛇が蠢く沼を渡り、洞窟の中の水盤の中に入り、馬鹿でかい魚に呑み込まれ、それでも魚の腹の中を歩き続け宮殿に入ると、老人が居て、「カッシムよく来た。試練によく耐えた」と迎えられ、また送り出される。魚の背中に上がったところ天界の釣り人に吊り上げられ、油で揚げられる。それでも肩から手を離さなかった。溝に投げ捨てられ、花に持ち上げられたところを蜜蜂に攫われ、蜂蜜を塗りたくられた。そこから歩いてバグダッドの市場に戻ると、ちょうど棚に物を並べる時間になっていた。二人は抱き合って別れた。
④ガーネンは、自分の指輪でスルタンの娘が眠りについてしまったことを知り、逮捕の危機を感じて砂漠に向って逃げ出す。バドルールブドゥールも二つの函を持って婚約者アル・ジャーリがさまよっている砂漠に向うが、アル・ジャーリはバッタを食べ過ぎたせいで大きなバッタと化していた。彼女が悲しんでいるところに、実はアシュラフが変身した黄色い犬が現われ、人間に戻るには人間を食べればよいと諭す。スルタンの命令でガーネンを追跡してきたフセインがそこに合流し、いきなりバッタを切り殺してしまった。それを見たバドルールブドゥールは、陶器の像のように粉々になって砕け散った。黄色い犬が残された函をこじあけると、犬はアル・ジャーリの姿となった。アル・ジャーリは、スルタンの所へ行き、「皇子を斬首してその血を椀に入れて持って来れば娘を目覚めさせることができる」と告げる。娘は無事目覚めるが、助けてくれた人が皇子でないので、結婚を拒否する。
⑤谷底で眠っていたガーネンは目覚めてから歩いて町に着いたが、そこは住人もおらず廃墟と化していた。すると老婆が現われ次のような話をした。お前はサミュエルの息子というプラハ生まれの巡回医療師で、ルドルフ2世という占星術の好きな国王に呼ばれたが、皇子のしゃっくりすら治せないというので牢に入れられた。牢名主から死者を蘇らせる法、金を作る法、鳥たちの言葉を知る法を教わった。それが英国の高名な錬金術師ジョン・ディーの知るところとなり、ローマ教皇に呼び寄せられることになる。サミュエルの子は、ルドルフと二人でローマに向けて出発するが、道中二人の服はぼろぼろとなり乞食と間違えられて、農民から袋叩きに遭う。二人は別れ、ルドルフは森をさ迷い、サミュエルの子は小屋の前で倒れる。
⑥その小屋にはアナンダという娼婦が住んでいて、二人は歓楽の後、小屋の前にやってきた馬に乗って、宝探しに出かける。馬とイスラエルの息子がやってくれば3つの王冠の財宝が見つかるという予言があったのだ。長い旅の後、海辺で馬が突然立ち止まる。そこには地下に続く階段があった。階段を降りると、そこはティンタジェル城で、アーサー王と円卓の騎士たちが、夜の女王ガルガントと戦うべく作戦を練っているところだった。サミュエルの子は口頭試問を受けて騎士の仲間入りを許されフォルティンブラと命名される。そしてガルガントと戦う命を受け、深夜に、一人馬に乗って出発する。指定された場所に着くと、小人が待っていて藁葺小屋に案内されるが、誰も居なかった。料理が用意されていたので飲み食いし、ベッドで寝て、気がつくと横に若い女が寝ていた。「ここで何をしている?」と聞くと、「あんたこそ人の家で何してるのよ」と言われる。フォルティンブラはもう眠れなくなって、また出発した。森の中で、兵士に捕まり、墓の中の死者と対面した形で縛り付けられる。助けに来たアシュラフに起こされたと思ったら、そこはまだ若い女が横に寝ているベッドの中、起き上がろうとすると、さらにまた場面が変わって、ティンタジェル城のベッドの中だった。夢を見ただけで、まだ出発していなかったのだ。
⑦アーサー王は、フォルティンブラが出発したのを見送ったのにおかしな話だと、確かめるために3人の騎士を森へ差し向ける。そこでは剣の音は聞こえるが姿は見えなかった。別の時空間で戦いが行なわれているのだった。戦っていたのは、アシュラフと夜の女王ガルガントで、決着のつかない二人は、剣を捨て、謎かけの闘いをすることにする。立会人として、アシュラフは3人の騎士、ガルガントは三姉妹をたてた。答えを出さないまま次々と謎かけだけが続くという展開になり、アシュラフが「騙したな」と剣を抜くと、すでに遅く森は火の海と化した。3人の騎士は骸骨となり、アシュラフが気がつくと、バグダッドの壁の下で、子どもたちに囲まれて笑われていた。
まだまだありますがこれくらいで。
話の流れや会話がまったく同じという場面が、2カ所ありました。ひとつは、ハッサンが墓の中から広い部屋に引き入れられて三姉妹と会話する場面(p23)と、アシュラフが骨の散らばっている薄暗い所から大広間に案内されてと三姉妹と会話する場面(p83)が文章もまったく同じ。もうひとつは、ハッサンが、三姉妹のさし出した酒杯を一気飲みした途端、谷底に眠りこけていたという場面(p45)と、ルドルフが三姉妹から饗応を受け、酒杯を一気に飲んだ途端、壁が粉々になって、石ころだらけの峡谷となり、深い眠りに落ちていたという場面(p162)。
アシュラフとハッサンが入れ替わる趣向もありました。アシュラフが、大天使から弱っているルドルフを助けよと命じられ、サミュエルの息子すなわちハッサンとなって行き、ルドルフと一緒に旅をするくだり(p106~111)と、アシュラフが、ハッサンの馬と鎧を借りて夜の女王と戦い、謎かけ合戦を行うくだり(p122~124)。
そうした荒唐無稽な何でもありの世界が繰り広げられています。全体をとおして、一種のお伽噺で、動物がしゃべったり、人が動物に変身したり、また死者が飲食しながら喋ったり、カッシムとアシュラフがずんずん歩いていく話など、とんでもなく壮大なほら話です。でもそれが無性に面白い。
迷宮や錯綜への嗜好を示唆するような言葉が何度も出てきました。
鏡、障害物、ヴェール、迷路が必要。それが巧妙であればあるほど、私たちは真実に近づけるのだ。真実は単純ゆえ、それを見ると眼が焼けてしまう(p85)。
今頃そのアシュラフはあんたの夢の中に三重に閉じ込められて、もう一生抜け出せないわ(p119)。
わしは皇帝を否定して以来、結び目、策略、迷路、錯綜が好きになったんだよ(p141)。
時間と空間を渡り歩いた気分だ。何か誰かを探そうとしたんだが、それが何で誰かが分からないままだったんだ。それでも我々の想像力や記憶のなかの迷路を手探りで彷徨ったんだよ(p147)。
神秘主義的な言説も目につきました。
理解というのは、中心のある円のようなもので、よく考えれば、よく見えてくるんだ。輪のなかへ一つずつ入って中心に近づいて行くように(p31)。
降りることは登ること、登ることは降りること、右へ歩む者は左へ行き、左へ歩む者は右へ行く、同じように、進む者は後ずさり、後ずさる者は進むのだ。動かない者は旅し、旅する者は動かない(p79)。
「この世界は空箱の中に空箱が入る入れ子状態になってるのよ。お前はその一つを開けただけさ。どの箱にも隠れようがないのさ・・・」。「そうじゃない。この世界は互いに嵌め込まれた球なんだ。いちばん大きな球の表面はいちばん小さな球の中心と同じなんだ」(p93)。
私、君、彼、我々、貴方ら、彼らは、ただ一人が変化したものなんですか。昨日、今日、明日も同じ時、空間も、すべて我々が見分けているものは、錯覚とでも。区別があるように見えて実はないんですね(p136)。
上記のような神秘主義的な言説が至る所に出てくることや、物語の基本になっているのが、誰かを探して次々と試練を受けながら旅をするという構造になっていることから、どうやらこの物語は、イニシエーションの過程を表わしたものらしいということに気がつきました。ウィキペディアによるとフレデリック・トリスタンは、フランスのフリーメイスンリーと深い関わりがあったようです。
最後に、アドリアン・サルヴァによる解説と注釈がついていますが、このアドリアン・サルヴァというのは、前回読んだトリスタンの小説『Le fils de Babelバベルの息子』に出てくる精神病院長と同じ名前。注釈は、トリスタンがその部分を書くときに参照した伝説や人物に関する研究や書物に関するものが多い。ですが、このもっともらしい注釈が嘘かほんとかよく分かりません。例えば、(50)の注釈は、ソンペイラックがボストンの精神病院に入院しているときに見た有名な芝居からの引用となっていますが、その有名な芝居というJ・W・Faltinの『Who’s who』をネットで調べてみてもどこにも見当たりませんでした。嘘とすればよく作りこまれているのに感心します。
解説でさらに、嘘かほんとか、この物語の核心部分に触れるような補足を二つつけています。
①そのひとつは、ソンペイラックが収集した以外の蛇状叙事詩の歴史的な俯瞰。蛇状叙事詩のいちばん古い文献は、シンプリシウスが編集したエピクテトスの『エンキリディオン』の解説(1528年)で、そこでは3人の女の蛇的運命の餌食になって、二人の男が互いに探し合い、遍歴の果てに聖性に到達するという話だという。次に、フランソワ・ペローの『マスコンの反悪魔』(1656年)では、3人の老婆がジェスト(叙事詩)の道で、聖人や狂人を苦しめるという話になっている。アラブでは、3つの顔をもつ女が人々のアイデンティティを消失させて、自分の思いどおりに変化させ、一人の僧とその弟子が世界中をさ迷う話がある。この蛇状叙事詩は、ペルシアの物語だという者もあれば、アラブでも、ユダヤでもなく、中国かヒンドゥの物語だという者もいる。また、表面に蛇状叙事詩の3人の女、裏面に弟子を探す織工の師匠の姿が彫られた木彫も見つかっている。物語の源を、イスラムのシーア派、さらには『アヴェスタ』に求める者もいる。フレデリック・トリスタンは『Journal d’un Autre他者の日記』(1975年)で、「この蛇状叙事詩は、神話的なものであり、今日では判断できない象徴的な機能をもつものである」と書いている(→さりげなく本当の著者が姿を見せるのが面白いところ)。A・ド・クランセは、「蛇状叙事詩の中心的意味は、砕け散った鏡ということである。場所はどこであれ、人物は誰であれ、一つの物語、一つの場所にすぎない。それは無名で、どの場所・時間にも属していない内面的なものだ」という。
②もうひとつは、蛇状叙事詩と類似した物語「バルラームとヨサファトの伝説」(→これは本当に存在している)との比較。バルラームとヨサファトの伝説は、ダマスコの聖ヨハネの作品に出てくるが、これこそ世界中に伝播している伝説で、元はサンスクリット語で書かれた釈迦牟尼の生涯が元になっている。それがパフラビー語に訳され、次いでアラビア語、グルジア語、ギリシア語に訳され、名前も変遷に連れ変わり、ボディサトヴァがブダサフ、ジュダサフ、そしてヨサファトとなった。バルラームは仏教の一派であるヒンドゥーの聖者ビラハールからきた。この仏教の物語は姿形を変えながら世界中に広まった。イスラム暦3世紀(9世紀)、インド、中国を旅した商人は、ジュダサフという名の織工仲間を探すバラダムの冒険譚を聞いたと記している。987年のある書物には、ジュダサフという弟子を探す賢人が、最後に自分自身の中に彼を見つけたという話が書かれている。その弟子は自分自身の影にすぎないと悟ったのだ。
③そしてこう結論づける。このバルラームとヨサファトの伝説と蛇状叙事詩の交叉点にわれわれは居る。両者とも、秘教的な構造を隠し持っている。バルラームの話は改宗の物語で、父王によって宮殿に閉じ込められている皇子ヨサファトに、僧のバルラームが三蔵経の伝説を教えることで、彼を解放する話となっている。結局、蛇状叙事詩は、地理上の出来事か内面での出来事かは別にして、旅路の果てに、アシュラフ(バルラーム)が、ハッサン(ヨサファト)を改宗させるという話である。
力が入りすぎて長くなってしまいました。反省。