古希を前に、古本の買い方を考える

 今年もあっという間に過ぎてしまい、いよいよ来年は古希を迎えることになりました。いつまでもだらだらと古本を買い続けるのもいかがなものかと、反省しつつも病気は治りません。せめて探求書中心に絞って、無駄なく、少々高くても買うというかたちに変えなければ、と決意を新たにしているところです。

 と言いながらも、店頭100円均一にどうしても目が行ってしまうのが、長年の習性恐るべしというところでしょうか。尼崎での飲み会の途中、天神橋筋の天牛書店にて、下記。
Pierre Louÿs平井啓之/梅比良節子編注『LES CHANSONS DE BILITIS』(白水社、91年3月、100円)→学生向けの教科書。注釈が貴重。

松浦寿輝『不可能』(講談社、11年6月、450円)

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 また別の日、三宮で小学校時代の同級生との飲み会ついでに、元町まで足を延ばしました。「元町みなと古書店」というのが新しくできていましたが、そこでは買えず。近くの「神戸古書倶楽部」にて下記二冊。
ベルナアル・フアイ飯島正譯『現代のフランス文學』(厚生閣書店、昭和5年2月、1000円)→19世紀末から20世紀初頭の動向がよく分かる。
Mircia Eliade『Le serpent』(Christian Bourgois、90年10月、500円)→『エリアーデ幻想小説全集』に翻訳が入っているようだが、高すぎて買えないし。
 三宮駅前にも新しい古書店ができていました。その名も「三宮駅古書店」。
佛和対訳仏蘭西映画名作選『巴里祭 商船テナシチー』(平原社、昭和27年10月、300円)

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 日本の古本屋では、街の草書店の出品で、
岩崎昇一詩集『藍染の家』(ふらんす堂、11年5月、1100円)→同著者の『無みする獣』という詩集が衝撃的だったので。

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 あとは、すべてヤフーオークション
「三田文學 貮月號」(籾山書店、大正4年2月、200円)→アドルフ・レッテが象徴主義運動について書いた「落穂」(岡野かをる訳)が出ていたので。
『共同研究 デカダンス』(共立女子大学文學藝術研究所、93年3月、500円)→鹿島茂武藤剛史らが執筆。
フェルプス大津栄一郎訳『氷結の国』(筑摩書房、昭和45年4月、800円)→古書仲間が熱心に薦めてくれたので。
『中山省三郎七篇』(エディトリアルデザイン研究所、00年7月、500円)
和田徹三『形而上詩論素稿』(沖積舎、89年6月、330円)
『香山雅代詩集』(土曜美術出版販売、11年3月、100円)

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吉岡実の詩集二冊

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吉岡実詩集』(思潮社 1968年)
『新選吉岡実詩集』(思潮社 1978年)

 引き続いてイロジスムの詩、これも学生時分に心酔していた吉岡実です。シュルレアリスム詩と言えばいいのでしょうか、その手の難しさがあります。初期の詩について本人も北園克衛が格好いいと思って真似をしたというようなことを告白していますし(『新選吉岡実詩集』p106)、『紡錘形』や『静かな家』の幾篇かは自動記述で書かれているのではと思えるものがあります。また「美しい旅」(『僧侶』所収)などは安西冬衛の影響がある気がしますし、『神秘的な時代の詩』の幾篇かには鈴木志郎康に似ているようなところも感じました。

 気に入った詩のタイトルを以下に。
◎過去(『静物』)、紡錘形Ⅰ(『紡錘形』)、突堤にて(未完詩篇)〈以上『吉岡実詩集』〉、回復(『僧侶』)〈『新選吉岡実詩集』〉

静物1,2,4、挽歌、犬の肖像(『静物』)、告白、苦力、聖家族、喪服、死児(『僧侶』)、馬・春の絵、桃(『静かな家』)、サーカス(「拾遺詩篇」)〈以上『吉岡実詩集』〉、或る世界、樹(『静物』)、喜劇、冬の絵、美しい旅(『僧侶』)、首長族の病気(『紡錘形』)、サフラン摘み、聖あんま語彙篇、舵手の書(『サフラン摘み』)〈以上『新選吉岡実詩集』〉


 学生の頃の評価を見ても、「静物」、「僧侶」などに〇がついています。しかし、学生の頃あれほど熱中していたのに、歳を取ると欠点が目につくようになりました。今回読み進めていて、『紡錘形』ごろから卑近な表現が混じるようになりまず失望し、さらに『静かな家』から『神秘的な時代の詩』になってくると、作品に対する信頼が崩れて続けて読む気も失せるほどで、『サフラン摘み』冒頭の「サフラン摘み」まできて、ようやくホッとしたぐらいです。学生の頃きちんと読めていたのか疑問に思ってしまいます。

 難解な詩のなかでも、いいと思う詩と読んでいてつまらない詩があるが、どうして違うのか、何が違うのか、受ける側の感覚で考えてみると、次のようなことではないでしょうか。
①つまらない詩は、焦点が定まらず拡散した印象を受けて、詩句に集中できないのに対し、面白いと思う詩は、張り詰めていて、何かに収束した凝縮したものが感じられる。物理用語を使えば、エントロピーとネゲントロピーということになるか。

②何が面白い詩を張り詰めたものにしているか、ひとつは作品全体を通して通奏低音のようにつなげるものがあるように思う。ストーリー性がなくバラバラのように見えても、何か関連する語が飛び飛びにあってつないでいるとか、謎を追うかたちになるので支離滅裂な展開であっても興味をつなげているとか、また無意識の領域で実は通底器のようにつながっているなどが考えられます。吉岡本人が、「わたしの作詩法?」で「能動的に連繋させながら、予知できぬ断絶をくりかえす複雑さが表面張力をつくる」(『吉岡実詩集』/p102)と書いているのもそのことを指していると思います。これは脳科学用語で言えば、シナプスか。

③つまり面白い作品とは一個の生命体となっているということではないだろうか。このつなげているものが何なのかについては、個々の作品に即してもう少し考えてみる必要がある。


 それは別として、吉岡実の詩の特徴を考えると、まず目につくのが家族を表す言葉が頻出していることです。父、母、兄、姉、夫、妻、妻子、両親と家族を直接示す言葉の他に、異父弟、族長、家系という少し広がった言葉、さらには人の属性を示す老人、老婆、少年、少女、花嫁、赤ん坊などがあり、胎児、次には死児にまで至ります。この「死児」を詩語として見つけたのが吉岡実の功績のひとつでしょう。これは吉岡実のもう一つの大きな詩語である「卵」と関係があるのかもしれません。ほかに属性としての職業を示す言葉、運転手、理髪師、床屋、女中、医者、船長、パン職人、マダム、下宿の女主人、老給仕、兵士、老裁縫師、判事、舵手などが出てきますが、どこか芝居の台本のような印象を受けます。

 もう一つの特徴として、詩の語り手がいて、一人称が圧倒的に多いことです。二冊の詩集を通して、「わたし」22、「ぼく」18、「わし」1、「わたしたち」5、「われわれ」6、「われら」1、「ぼくら」3、「ぼくたち」2、合わせて58篇(125篇中)ありました。上記の「家族」の頻出を考え合わせると、どうやら吉岡実は自身にまつわることに囚われていて、生い立ちや家族に対して思いが強いことが分かります。ところが一方で、とくに『液体』など初期の詩には、一人称を排した造型的な冷ややかな作品があり、本人も「『僧侶』や『静物』は、日本のウェットな風土や近代性に反発して書いたものです」(『吉岡実詩集』p138)と言っているように、土着的なものや家族などから離れていたいという願望も垣間見えることから考えると、家族や粘着的なものに対するアンビバレントな感情があるように思えます。

 詩の技法で、いくつか気づいたことを書いておきます。
①面白い技法では、とくに初期の詩において、作品の終わり方、最後の1、2行のフレーズが印象的で、作品がきりっと引き締まった感じがすること。例えば『吉岡実詩集』から、「ときに/大きくかたむく」(p10「静物1」)、「最初はかげを/次に卵を呼び入れる(p11「静物2」)、「そこから充分な時の重さと円みをもった血がおもむろにながれだす」(p21「過去」)、「ここでこの事実は他の人に告げられる」(p22「告白」)などの終わり方。

②『紡錘形』や『静かな家』から『神秘的な時代の詩』には、「?」や「!」を使った行が多く見られる。がこれは成功しているとは思えない。

③『サフラン摘み』の「聖あんま語彙篇」あたりから、書物や発言の引用を交える技法が目立ってくる。これは面白いと思う。だんだん理屈っぽくなってくるが、逆に理路整然として来て読みやすくなった。

④イロジスムの詩として見た場合、無駄な説明が多いように思う。「秋のくだもの/りんごや梨やぶどうの類」(「静物1」)などは説明に過ぎる。


 最後に、面白いと思ったフレーズと短歌を引用しておきます。まず詩のなかのフレーズ。
その男はくもの巣のいとにひっぱられて 地に伏してゆく陰惨な形態をとる(「単純」『吉岡実詩集』p26)

次々に白髪の死児が生まれ出る(「死児」『吉岡実詩集』p39)

その夜の窓をのぞく鳥はどれも 死んだ妻の髪のかたちをするので射ち落す(「喜劇」『新選吉岡実詩集』p12)

赤ん坊は力つきそこから先は老人が這う(「衣鉢」『新選吉岡実詩集』p21)


 次に、歌集『魚籃』より。
夜の蛾のめぐる燈りのひとところめくりし札はスペードの女王

白孔雀しづかにねむる砂の上バナナの皮の乾きたる午後

手紙かく少女の睫毛ふるふ夜壁に金魚の影しづかなり

黒猫のかげひきよぎる宵の町犯人は手錠をはめられてゆく(以上『吉岡実詩集』p84~86)

谷川雁『大地の商人』

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谷川雁『大地の商人』(母音社 1954年)

                                   
 イロジスム(非論理性)の観点から詩を読んでいます。前回取り上げた石原吉郎と同様、若き日情熱を燃やした谷川雁の詩を再読してみました。この本は最近、と言っても今から10年ほど前に買ったものです。昔読んでいた現代詩文庫の『谷川雁詩集』がどこかにある筈だといくら探してもでてきませんでした。ひょっとして処分してしまったのかもしれません。

 というのは、あれほど昔は熱中していたのに、いま読んでみると、憑き物が落ちたように色褪せてしまっているからです。谷川雁の詩はやはりあの時代の雰囲気と離しては考えられません。戦後の労働運動や学生運動など一連の社会運動の熱気はすさまじくて、若くしてあの時代に遭遇した人間なら、与する与しないは別に、避けては通れないものでした。

 谷川雁の作品の特徴のひとつは、そうした当時の社会運動につながる共産主義へのシンパシーが深く刻まれていることで、毛沢東北朝鮮も出てくるのは時代を感じさせますが、革命や社会運動を思わせる具体的な言葉がちりばめられ、また感情的には、決意表明や命令口調、断言など、パセティックな雰囲気が溢れているのが大きな魅力になっています。

 前者の例は、「くすんだ赤旗をひろげて行った/息子はもうおまえを抱かないのだから」(「母」)、「かれの背になだれているもの/死刑場の雪の美しさ」(「毛沢東」)、「警察の鞭で熟れはじめた桃の頬」(「丸太の天国」)、「おれたちの革命は七月か十二月か」(「革命」)、「あゝ未来の国家 それだけのこと」(「人間A」)、「割れもせぬ革命の手形をしのばせ・・・五時を指す尾行者の影にかこまれて」(「破産の月に」)。後者には、「鐘が一つ鳴ったら おれたちは降りてゆこう」(「革命」)、「東へ旅立つ人々よ/にくしみを夜明けの庭に植えて/立ちたまえ」(「異邦の朝」)、「おれたちの地区はますます青く/西の空は赤い」(「おれたちの青い地区」)といったものがあります。

 特徴のもうひとつは、詩句の意味がよく理解できないことです。比喩が多用され、その比喩に何か特別な意味が与えられているように感じ何となく分かるような気もしますが、結局は詩の全体の意味は明確には理解できません。しかし石原吉郎のときと同様、それが魅力につながっています。ひょっとして私の読みが足りないだけかもしれませんし、高木敏次のように完全な意味不明の世界にまでは行っていませんが、イロジスムの詩と言えるのではないでしょうか。

 例えば、この詩集の冒頭の「商人」をみると、「おれは大地の商人になろう/きのこを売ろう あくまでにがい茶を/色のひとつ足らぬ虹を//夕暮れにむずがゆくなる草を/わびしいたてがみを ひずめの青を/蜘蛛の巣を…」という詩句で始まります。どうやら詩人は大地の商人になることを決意していて、これら畳みかけるように列挙したもの「そいつらをみんなで//狂った麦を買おう/古びておゝきな共和国をひとつ」というふうに物々交換をしようとしていることがおぼろげに分かります。どうやら大地の商人とは詩人のことで、身辺のつまらぬもの或いはありもせぬ夢のようなもので、共和国という幻想を買おうとしていると言っているかのようです。しかし「それがおれの不幸の全部」なので、「つめたい時間を荷作りしろ/ひかりは桝にいれるのだ」とどこかへ旅立とうとしています。そしておそらく天上の人となった詩人は、最後の詩句「なんとまあ下界いちめんの贋金は/この真昼にも錆びやすいことだ」で、資本主義下の現実の商人の世界の偽善と虚偽と策謀を笑っていると思われます。的外れな解釈かもしれませんが、この詩を読むとき、無意識にせよそういった雰囲気が感じられるのです。

 いま読んで懐かしく思うのは、やはり「東京へゆくな」、次に「商人」「革命」「異邦の朝」「人間A」「おれたちの青い地区」です。最後に学生の頃愛唱していた「東京へゆくな」の前半部分を引用して終わります。

ふるさとの惡霊どもの歯ぐきから
おれはみつけた 水仙いろした泥の都
波のようにやさしく奇怪な発音で
馬車を売ろう 杉を買おう 革命はこわい

なきはらすきこりの娘は
岩のピアノにむかい
新しい国のうたを立ちのぼらせよ

つまずき こみあげる鉄道のはて
ほしよりもしずかな草刈場で
虚無のからすを追いはらえ

あさはこわれやすいがらすだから
東京へゆくな ふるさとを創れ

二階武宏の木口木版画

  先日、地元のケーブルテレビを見ていたら、私好みの木口木版画の紹介があったので、覗いてきました。これは、「学園前アートフェスタ2019」という催しの一つとして展示されていたものです。この催しは、奈良の学園前駅周辺の自治連合会と学校(帝塚山学園)、美術館(大和文華館、中野美術館)、企業(淺沼組)が集まって主催となり、多くの地元企業商店が協賛して行われているもので、今年で5年目だそうです。若手芸術家を応援するというのが目的で、1週間の間、12か所の会場に20名の作家の作品が展示されているとのことでした。

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 私は時間がなかったので、浅沼記念館だけしか見ませんでしたが、あとでパンフレットを見ると、面白そうな作品もたくさん出展されていたようで、コンサートなど関連イベントもあり、地域の文化活動として意義あることなので、来年は少し時間を取って回ってみようかと思ったりしています。で、お目当ての二階武宏の木口木版画ですが、11点ほどの版画とその彫りの入った版木が展示されていました。

 

 私は版画も好きで、若い頃に銅版画教室にも通ったことがありますが、木口木版画は銅版画に近いテイストがあるので、とくに好んでいます。18世紀にイギリスで誕生した技法で、主に書物の挿絵として印刷に便利ということから重宝されたもののようで、後にフランスにも伝わりました。有名なところでは、ウィリアム・ブレイク、バーン=ジョーンズも作っていますし、それにギュスターヴ・ドレの大量の挿絵があります。私は、神話的世界を画いたエドワード・カルバートや『トリルビー』というゴシック小説も書いているジョージ・デュ・モーリアの作品が好きです。

 

 日本では、先日買った『日本の木口木版画―明治から今日まで』(板橋区立美術館発行)によると、明治10年ごろから新聞に活用され、合田清という人がフランスから帰って一時隆盛を極めたようですが、明治30年代になると印刷技術の発展で廃れていったとのことです。その後長谷川潔の一部の作品(堀口大學譯詩集『月下の一群』など)に見られる程度となりましたが、戦後日和崎尊夫が復活させ、その影響下で柄澤齊らが出てきたということです。このカタログで言えば、日和崎尊夫、柄澤齊小林敬生、栗田政裕の作品に惹かれました。

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 二階武宏の作風は、このカタログのなかでは小林敬生、三塩英春のテイストに近いものがありますが、現代の幻想的イラストに通じるようなところがあり、淵源を辿れば、デユーラー、ピラネージまで行かなくとも、マックス・エルンストやウィーン幻想派のエルンスト・フックス、あるいはフランス幻想派のディマジオ、『エイリアン』のH・R・ギーガーなどとの類縁関係が感じられます。雲か海がうねり、樹々の細い枝が絡み合うような模様を背景に、奇怪な人造的な人物や大貌、また解体された馬の模型のようなものが中心に座し、全体としてはSF的な架空世界が描かれています。単色の暗い絵柄のなかに光が出現するように見えるのはいったいどんな技法でしょうか。

 

 係員の人に写真を撮っていいかと尋ねると、どうぞどうぞご自由に、できればSNSで宣伝していただけたら、とお勧めいただいたので、蛍光灯が映りこんでしまった下手な写真ですが、何点かアップしておきます。タイトルは控えてこなかったので、現物だけご覧ください。

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石原吉郎の三冊

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「現代詩読本 石原吉郎」(思潮社 1978年)
石原吉郎詩集』(思潮社 1969年)
『新選石原吉郎詩集』(思潮社 1979年)


 日本の現代詩の続き。イロジスムの観点から、高木敏次や貞久秀紀の先達である詩人たちを読んでいきたいと思います。まずは石原吉郎から。学生の頃惹かれた詩を今になって読み直して、自分なりに整理しようというのは何か感慨を覚えます。と言っても学生時分に読んだのは現代詩文庫の一冊『石原吉郎詩集』だけでしたが。それでも詩のフレーズは今も頭に焼き付いています。

 今回読んでみて、いくつか気がついたことを書いてみます。
石原吉郎の基盤にあるのは聖書。ひとつは精神的な背景で、石原吉郎は倫理の人であるということ。もうひとつは表現法で、対句の使い方、断定や命令口調は聖書からの影響ではないか。

石原吉郎は、シベリアの悪夢のような体験から、今で言うPTSDを長く引きずっていた人ではないだろうか。ついに逃げ切れずに自死同然の最期を遂げたのでは。

③現代詩読本の特集や詩集の作品論などで共通して指摘されているのは、詩句の難解さであり、またそれにもかかわらず(というかそれゆえにと言うべきか)魅力を放っているということ。面白いエピソードとして、清水昶が「ある行・・・石原さん、これどういう意味なの?って聞いたら、俺にもわからない」と言ったことが紹介されていた(「現代詩読本」p36)。

④「詩作にあたって何に最も心をくだくか」という質問に対して、石原氏が即座に「リズムである」と答えたように(『石原吉郎詩集』p144)、石原の詩の魅力は短い一行がつながっていくリズムにあると思う。これは本人も書いているが(「現代詩読本」p241)、散歩しながらメモを取らずに頭のなかだけで詩を作るということと関係していると思う。

⑤晩年の詩の変質もみんなが指摘していることで、「死」という言葉を直接書くなどストレートな表現や、トートロジー的な表現が出てくること。また侍や和服の女性の居住まいなど日本的美学に傾斜したという点。この日本的美学は石原の詩の全般に見られる簡潔さと関連していると思う。すでに「埋葬式」、「対座」、「北冥」、「像を移す」など、石原の中期の詩にもその萌芽が現れている。

 この三冊を読んだ限りで、石原吉郎の詩で気に入ったものを羅列すると、まず◎は「位置」「納得」「事実」「Gethsemane」「葬式列車」「耳鳴りのうた」「アリフは町へ行ってこい」(以上『サンチョ・パンサの帰郷』)、「ひとつの傷へ向けて」「泣いてわたる橋」(『いちまいの上衣のうた』)、「残り火」「泣きたいやつ」(以上「未完詩篇」)、「ドア」(『斧の思想』)。

 次に位する〇は、「馬と暴動」「夜がやって来る」「さびしいと いま」「足ばかりの神様」「伝説」(以上『サンチョ・パンサの帰郷』)、「ひとりの銃手」「霧のなかの犬」「決着」「鍋」「対座」「寝がえり」「橋をわたるフランソワ」「馬に乗る男の地平線」「霰」「死んだ男へ」「点燭」(以上『いちまいの上衣のうた』)、「像を移す」(「未完詩篇」)、「石」「くさめ」(初期未完詩篇、「くさめ」は現代詩読本所収)、「見る」「皿」「足あと」「背後」「銃声」「方向」(以上『斧の思想』)、「非礼」「うなじ・もの」「右側の葬列」「墓」「帽子のための鎮魂歌」「片側」「測錘(おもり)」「蝙蝠のはなし」(以上『水準原点』)、「義務」(『禮節』)、「痛み」(『北條』)、「足利」「亀裂」「風景」(以上『足利』)、「前提」「なぎさ」(以上『満月をしも』)。

 「現代詩読本 石原吉郎」は、石原吉郎の死後に編まれた特集号で、代表詩50選、石原本人のエッセイ、新たに組まれた対談や書き起こし評論、大勢の詩人が寄せた追悼の言葉や詩、それに石原についての過去の代表的論考からなっています。冒頭の鮎川信夫谷川俊太郎清水昶の鼎談、石原の生の言葉を伝えて貴重な大野新、石原吉郎がデビューしたころの思い出を語った谷川俊太郎、『墓』という一作品の解読を試みた大岡信、収容所など戦争体験を語った大岡昇平石原吉郎の対談が出色。ほかに、郷原宏、月村敏行、佐々木幹郎北村太郎の文章が心に残りました。菅谷規矩雄や芹沢俊介など、誤解に基づくのか、あるいは石原の体験に対する感受性を欠いているのか、死者を貶めるような無神経な評論には違和感を感じました。

 やはり具体的な事実について書かれた論評が読みやすくまた面白い。また本音を包み隠さず吐露した談話や文章には共感できました。二つの詩集に掲載されたものを含め、石原本人のエッセイがもっとも迫力、説得力があり、散文家としても優れた資質があることが分かります。「肉親へあてた手紙」を読むと、シベリアでの地獄のような体験を何とか乗り越えてきた石原にとって絶望がもっとも深くなったのが日本へ帰ってきてからだったということがよく分かり、それが詩を書かざるを得ないという原動力になったのだと感じました。

 二つの詩集を読んで、詩の技巧としていくつか目につきました。
①対句の多様。例えば、「鼻のような耳/手のような足」(「位置」)、「老人は嗚咽し/少年は放尿する」(「納得」)、「酒が盛られるにせよ/血が盛られるにせよ」、「ひとつの釘へは/みずからを懸け/ひとつの釘へは/最後の時刻を懸け」(「Gethsemane」)などいくらでも出てくる。対句がいくつも続くとマンネリ、安易さに陥るので、使い方に細心の注意が必要だが、「ひとりの銃手」の畳みかけるような反復と対句は例外的にクレッシェンドしていく迫力がある。

②対句の一種であるが、左・右に関する表現があちこちに出てくる。その変形として、二つの間の中間、真ん中、前や後という表現も目に付く。例えば、「その右でも おそらく/そのひだりでもない」(「位置」)、「われらのうちを/二頭の馬がはしるとき/二頭の間隙を/一頭の馬がはしる」(「馬と暴動」)、「ただ いつも右側は真昼で/左側は真夜中のふしぎな国を」(「葬式列車」)、「右手をまわしても/左手をまわしても」(「五月のわかれ」)。これもいくらでも出てくる。「馬と暴動」の表現は、石原が書いているシベリアでの捕虜の三列での行進の話で、隊列の両端にいると転んだ時に脱走と間違われて銃殺されるので、みんな左右の列を避けて真ん中に入りたがるということとの関連があるような気がする。

③逆から見る視座。貞久秀紀の詩にもあったが、主体と客体を転倒して逆から見ることで不思議な世界が現出する。例えば、「もはやおれを防ぐものはなく/おれが防ぐものが/あるばかりだ」(「絶壁より」)、「彼が貨幣を支払ったか/貨幣が彼を支払ったか」(「貨幣」)、「そのとき測錘(おもり)は決意するそのとき測錘は逆さまに彼らの吊り手を吊るであろう」(「測錘」)、「とむらったつもりの/他界の水ぎわで/拝みうちにとむらわれる」(「礼節」)。

④肉体的な言葉の多用。そこに抽象語が寄り添って奇妙な感覚が生じる。例を引くのが難しいが、「しずかな肩には/声だけがならぶのでない/声よりも近く/敵がならぶのだ」(「位置」)、「うずくまるにせよ/立ち去るにせよ/ひげだらけの弁明は/そこで終るのだ」(「納得」)、「われらのうちを/ふたつの空洞がはしるとき/ふたつの間隙を/さらにひとつの空洞がはしる」(「馬と暴動」)、「たとえば背へ向けてか/信頼を背後へのこし/陰謀のように打った寝がえりを」(「寝がえり」)。

 石原吉郎の詩のいちばんの特徴は、やはり断言、命令口調でしょう。これによって力強く男性的な印象が生まれ、切迫した感じすら受けます。月村敏行が指摘しているように(「現代詩読本」p196)、「ので」や「だから」という「行為を因果の連鎖に結びつける言葉」が断固として排除されているのが特徴です。本人も、「私を支配するものは事実であって、思想ではない。私はただ事実によって立っているにすぎない」(「現代詩読本」p192)と書いていますが、これは石原が苛酷なシベリアでの生活を通じて獲得した貴重なものの捉え方で、シベリア体験の核心が封じこまれているものなのです。

 俳句や短歌にも心惹かれるものがありました。短いので引用しておきます。
今生(こんじょう)の水面を垂りて相逢はず藤は他界を逆向きて立つ/p81

懐手蹼(みずかき)ありといってみよ/p132(以上「現代詩読本」)

廻転木馬のひだり眼夕日をひとめぐり/p93

大寒のふぐりを垂りてののしりぬ/p94

石膏のごとくあらずばこの地上になんぢの位置はつひにあらざる/p95

夕まぐれゆふまぐれして身じろがぬものの気配を背にはもたぬや/p95

鍔鳴りのありてや刀(とう)は鞘に入(い)る鍔鳴りなくばすべり入るのみ/p95(以上『新選石原吉郎詩集』)

 今回読み直してみて、ますます石原吉郎の詩の魅力に惹きつけられました。もしシベリア体験というものがなかったとしても、石原吉郎は詩人になっていて、かつ戦後史の重要な位置を占めたという気が今はしています。

ドン・ジョヴァンニとゲルンスハイムのヴァイオリン協奏曲

 しばらくぶりで音楽の話題。今年の後半は、モーツァルトのオペラ「ドン・ジョヴァンニ」とゲルンスハイムのヴァイオリン協奏曲にはまっておりました。ドン・ジョヴァンニは8月末に予定していたドイツ旅行で、ベルリンでドイッチュ・オーパーの公演を見ることにしていたので、それがきっかけです。勘所が分かっていると、長大なオペラ公演も楽しめるのではないかと、CDを何回か聴き、ときにはイタリア語・日本語の対訳の台本(音楽之友社、オペラ対訳ライブラリー)で意味をたどりました。すると不思議なもので、何度か聴いているうちに、いくつかのアリアや重唱がつぎつぎと頭にこびりついてきたので、今度はそれを抜粋して(全79曲中21曲)1枚のCDを作成し、それをまた何度も聴きました。

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 CDは話題のテオドール・クルレンツィス指揮ムジカエテルナによるもので、冒頭の序曲から強弱のメリハリが著しく、第5景のエルヴィーラのアリアでも弦のリズムの刻み方が打楽器的なくらい明瞭、第13景のドンナ・アンナのアリアの叫ぶような歌い方、第15景のドン・ジョヴァンニの早口言葉のようなアリアなど、目覚ましい印象があり、第1幕の最後や第2幕の石像が登場する場面など、もの凄い迫力で劇的な盛り上がりを見せています。また緩やかな部分では、第1幕14景のドン・オッターヴィオのアリア、第2幕第3景のドン・ジョヴァンニのカンツォネッタ、ともにセレナード風の甘美な恋歌でとても気に入りました。

 

 ベルリンでの公演は、若手を中心とした新演出とやらで、値段も日本円換算で一人3000円という格安の設定となっておりました。20年ぐらい前に、この劇場で「トロヴァトーレ」を見たとき、ヒットラーの映像が背景に映し出されて唖然としたことがありますが、案の定、冒頭、背広姿の男たちがゴルフクラブを持って登場するなど、度肝を抜かれました。しかし、ドン・ジョヴァンニ、レポレッロの二人の熱演がとても好感が持て、第一幕の最後では、サーカスのような場面もあり楽しめました。帰ってからもCDを聴くたびに、劇場の光景がよみがえってきて感激を新たにしました。ドイッチュ・オーパーの外観と休憩中の飲食コーナーの様子の写真をアップしておきます。

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 ゲルンスハイムは1839年生まれのドイツの作曲家。いつも参照している三省堂の『クラシック音楽作品名辞典』(2001年)に名前も載っていないところを見ると、最近評価の出てきた作曲家でしょうか。ひとことで言えば、ビーダーマイヤーの雰囲気を持った音楽で、こじんまりと美しく愛玩したくなるような楽曲です。この時代の他の曲、例えば、ワーグナーブルックナーマーラーなど後期ロマン派音楽に見られるデモーニッシュな情念や、重苦しい雰囲気、執拗さはなく、軽やかですが、かと言って、フランス音楽の華麗さ、洒落たセンス、悪く言えば気障な曲想ともまた違います。フランス音楽と比べてしまうと、どうしても田舎者の感じはぬぐえませんが、明るく牧歌的なところがあります。誠実で、目立とうとすることなく穏やかな雰囲気は、メンデルスゾーンブルッフに近いかもしれません。

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 CDの解説を読むと、実際に13歳の頃に、ライプツィッヒでメンデルスゾーンの弟子に教育を受けているようです。ついでに書くと、ゲルンスハイムはいろんな作曲家と知り合っていて、リスト、アントン・ルビンシュタイン、ロッシーニワーグナーブラームス、フンパーディング、サラサーテなど。他にも会ったとは明確に書いていませんが、ベルリンで音楽監督に就任する際、ゲルンスハイムを後任に推挙したのがブルッフで、ヨアヒム、ビューローも推挙に加わったということです。またマーラーとも手紙でやり取りしたりと書いてありました。この時代のヨーロッパの音楽家同士がいかに交流が盛んだったかということが分かります。

 

 このCDにはヴァイオリン協奏曲の第1番、第2番と、幻想小曲が収められています。幻想小曲は単楽章のヴァイオリン協奏曲と言えるもので、第1番より前に書かれています。私の好きな曲は、第1番の第1楽章、第2楽章と、幻想小曲です。第1番第1楽章の冒頭は、金管木管群がティンパニーの音に導かれるように牧歌的な旋律を奏ではじめ、次第に弦楽も加わってクレッシェンドしていく雰囲気が、高いところから広大な風景を眺望しているかのような気にさせられます。第2楽章はゆったりとして悲しみと寂しさの溢れる美しい曲。幻想小曲は緩徐楽章を取りだしてきたようで1番の2楽章と似た寂しい曲です。独奏ヴァイオリンの繰り返すパッセージが何とも言えません。行ったことはありませんが、何か北欧の暗く寂しい風景が広がってくるような曲です。美しい旋律が部分的に際立つというよりも連綿と続いて、曲が鳴り止まないでほしいと思うほど、その中に浸ると気持ち良さが広がります。ゲルンスハイムのほかの曲も聴きたいと思い、チェロ協奏曲とチェロ・ソナタピアノ五重奏曲を注文しました。

イロジスムの詩集二冊

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髙木敏次『私の男』思潮社 2015年)
『貞久秀紀詩集』(思潮社 2015年)

                                   
 定年後に、学生時分によく読んでいた日本の現代詩をまた読み始めましたが、なかなか昔のようには心に突き刺さるような詩が見当たりません。私の知らないだけで、なかには気に入る詩があるのかもしれませんが、最近では、この二人の詩人が気になっています。二人が描いている世界はまったく異なりますが、共通しているのは、イロジスム(論理を脱臼させる)の技法があるという点です。


 高木敏次については、前作の詩集『傍らの男』について書いたことがあります。
:高木敏次『傍らの男』に衝撃を受ける - 古本ときどき音楽
 この詩集『私の男』も同様の詩の技法が採用されています。例えば、①次の行の予測不可能性、②詩行を文章として読むと文法が破壊されていること、③脈絡のないなかで何度も同じ言葉が繰り返されること(一番目の詩に出てくる言葉が遠く離れた最後の詩にも出てくる)、④否定語を効果的に使っていること、など。今回は、詩が描こうとしている世界にも目を向けながら、詩の特徴を何とか解明してみたいと思います。全体は、15篇の短詩からなる長編詩ですが、短詩にはタイトルもなく、どの詩もほとんど同じトーンなので、同じ詩が反復されているような感じを受けます。

 「盲人のように壁を手探りし/目をもたない人のように手探りする。/真昼にも夕暮れ時のようにつまずき/死人のように暗闇に包まれる」(イザヤ書)というエピグラフに表れているように、追われたり逃げたりする切迫感、迷ったり思い出せなかったりの混迷感が横溢しています。どうやら、ある男が約束や書置き、合図を頼りに、ある使命を持って、見知らぬ町の市場や広場を彷徨いながら、道をたどり、舟で川を渡って進んでいるようですが、結局どこにも到達できず、また帰ることもできない宙づりの状態が続きます。

 もう少し実際の詩に即しながらみると、「男とは約束だった」、そして「あの書置きを握りしめ」、「往かねばならない」という強い意志も露わに、「路地をたどり」、「ここに来いと旗がふられ」、「そこで探せばよい」、「噂を訊けばよい」、「ここを進めばよいのか」、「入り口を見つけて」、「肩をならべて歩き出した」りしながら進んでいく様子が描かれ、「長い声が合図と」なったり、「声が湧きあがる」、「歓声が上がり」と外部の反応も見える反面、「行先はわからない」、「ここがどこなのか」、「行く道など知らない」、「書き入れた地図をたどれない」、「たどり着けない」と迷うさまも描かれ、おまけに、「道に迷いたいのに/どう間違えればよいのか」、「行方不明になるために」、「誰が男なのか」、「私のことなど何も知らない」、「待ち望む広場には/目の前を歩く/私」という訳の分からない詩句も出てきて、「逃げようと/すきを狙うのだが」、「逃げられない」、「追われている」、「逃げられるかもしれない」と煩悶したあげく、とどのつまりは、「男などいない」のである。

 こういう直線的なストーリーを考えることにはあまり意味がないと思います。「祖国へ帰る」とか、「私が/何と呼ばれていたのか/思い出すために行く」、「素性をあばくために」とか過去をさかのぼるような表現もありました。一般的な詩にはあるのに、この詩に欠如しているものは、色彩感、季節感、女性の存在で、登場するのは男ばかり。海や川、森が舞台となり、モノクロームな印象があります。第一人称で想定されている男は兵士あるいはスパイのようで、映像で考えると、最後に奮起する前のボロボロにされたマカロニ・ウェスタンの主人公のような男が立ちすくんでいる姿を思い出してしまいます。現代詩の多くが、ふにゃふにゃした語感を冗漫に羅列するのに終始しているなかで、これほど固く屹立した詩句はなかなかお目にかかれず、現代詩界のハードボイルド詩篇と言っていいかと思います。先立つ詩人を考えれば、断言口調の恰好よさが際立つ石原吉郎谷川雁、あるいは謎めいたものが繰り返し出てくる吉岡実ら、1950~60年代の詩人の影響でしょうか。

 例えば、第五篇の冒頭の数行「男が入って来た/うわさがあった/バスに乗り込んでも/身振りを見つめている/話しかけられても/居場所ならまだ知らせない/追っているのなら/連れて行くことも知らせない/見え隠れする私が/犬を見つけた/日暮れまでの長い雨に/鹿はいない」という詩句を何度論理的に解明しようとしても不可能で、結局、これらの詩を読んでみるほかはないというのが結論です。イロジスムの激しさでは、次の『貞久秀紀詩集』よりも『私の男』のほうに軍配が上がるでしょう。


 『貞久秀紀詩集』は、今回初めて通読しました。高木敏次の詩と違って、詩集ごと、またひとつひとつの詩に、明らかな表現法の違い、質の違いが見て取れます。第一詩集『ここからここへ』から『明示と暗示』まで、一冊選べと言われれば、『石はどこから人であるか』を推薦します。詩篇では、「緑からの送信」、「山」(『ここからここへ』)、「口」、「大阪」、「甘いものの集い」(『リアル日和』)、「柳」、「水主」、「巣」(『空気集め』)、「水塗り」(『昼のふくらみ』)、「板」、「この世は黒子のまわりにある」、「青葉」(『石はどこから人であるか』)が秀逸と思います。

 詩の技法の特徴は、
①主語と述語、あるいは主節と従属節の言葉を入れ替えることによって、意味に逆説的な膨らみを与える表現。例えば、「わたしたちはなにか大きなものの中をなぞっています/あるいはなにか大きなものがわたしたちを?」(p10)、「あるきながら考えていると/考えながらあるいてもいた」(p59)。
②言葉尻を捉えて、それをふだん使わない言葉遣いで、ひとつのモノのように扱う方法。例えば、「正坐をもちあるきはじめて」(p16)、「自分のどこかにこんにちはというものがあり」(p74)。
③それまでの語調とはまったく別の世界へ外して、意外な印象を与える終わり方。例えば、「正坐のままはげしく/放尿するために」(p16)、「石ころをあれこれ並びかえては遊び、おさない知恵をしぼるようなことをしていたが、石ころはよくよく数えてみれば、どこかで拾われてきたものがそこに一つあるきりだった」(p67)
④それ以外にも、論理のタガをはずすような表現が散見されます。例えば、「ひとの耳なりがもれてくる」(p12)、「おれには背中が二つある 前と後ろに/・・・/おれはいつも うつぶせで寝る あおむきながら」(p101)。

 詩を作るに際して、言葉のイメージや喩に頼るのではなく、言葉の論理を軸に考えているのが特徴だと思います。鈴木大拙を引用しているところをみると、禅の非論理の影響があるとも考えられます。イロジカルさが強く現れるのはやはり一行一行が断片的で、詩形式がはっきりしている作品で、第一詩集『ここからここへ』に特徴的です。散文を行分けしたような作品は、非論理的なフレーズがあっても、劇的な印象は薄れるようです。

 著者は、「俳句と短歌において写生がいわれて百年を過ぎているにもかかわらず、わたしたちの志す非定型詩がそこを一度もへずして今に至っているのはたしかにおかしなことかもしれません」(p125)という問題意識から出発し、写生における「明示と暗示」という考え方を提示し、実作も行っていますが、実はまだよく理解できておりません。眼前にあるものをありのままに表現しようとする場合、五官による知覚を通して得た素材を読む人に分かるように明示するわけですが、その明示のなかに暗示を忍ばせることにより、たんなる説明や描写を越えて、文自体がそのもののあり方を体現するようになると言います。別の言葉では、「読みとりの構造が、その読みとられている記述内容の構造でもある」という境地のようです。ここにはものの認識と、想像力の働きの両面で、何か重大なものが潜んでいるような気がします。

 あと、細かいところで、印象的だったのは、著者が住んでいると思しき「菜畑」という地名や、「キトラ文庫の有さん」という私も知っている生駒の古本屋の主人が登場して親しみがわいたのと、ところどころ関西弁がうまく差し挟まれて効果を上げていたこと、また子どもの頃の思い出がテーマとなった詩もあり、自分の身の回りを大切にしている人ということが分かります。