久しぶりに二つの古本市

 コロナもようやく下火となり、古本市も続々と再開されました。その第一弾、昨年秋以来の開催となった四天王寺秋の大古本祭りに、初日に出かけました。真っ先に駆けつけた100円均一はものすごい人だかりの密状態。肩越しに本を見つめるのに疲れて早々に退避して、不死鳥ブックスの300円均一の大量の棚でのんびりと本を眺めました。

三井秀樹『形の美とは何か』(日本放送出版協会、07年2月、300円)→科学の眼から造型を論じた文理を総合した本のようなので。
松田良一『永井荷風 オペラの夢』(音楽之友社、92年7月、300円)→荷風が欧米滞在時に出かけたコンサートの記録が克明に出ており、当時の演奏曲目が分かる。
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 次によく覚えてませんが、たぶんピエト文庫で、
川路柳虹詩学』(耕進社、昭和10年4月、200円)→立派な装幀の割に値段が安いが、革が腐食してかぼろぼろになり手に付くので、慌てて紙のカバーをつけた。日本の革装幀の本は革の質が悪いのかぼろぼろになっているのをよく見る。
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 稲野書店というところでは、金井紫雲の「○○と藝術」シリーズがずらりと並んでいました。10冊以上あったでしょうか。『花と藝術』だけ所持していますが、こんなにあるとは思わなかった。
金井紫雲『天象と藝術』(芸艸堂、昭和13年1月、1000円)→ちょうど月に興味があったので。
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 郁書店では、戦前の海外文学関係が充実していましたが、ほとんど持っているものばかり。
内藤濯『実習仏蘭西文典』(白水社、48年6月、300円)→昔の大家に少しは教えられてみたいと思って。
メアリ・ラム/チャールス・ラム西川正身訳『レスター先生の学校』(國立書院、昭和22年10月、300円)→姉メアリの生徒たちの話をもとにしたということだが、ラムが書いた物語も3篇入っている。
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 結局、いつもより少なく6冊だけ。久しぶりに古本仲間と昼食とお茶を楽しみました。

 天神さんの古本まつりの初日は、偶然、近鉄阪神沿線を各駅で飲み歩く会(と言ってもメンバーは二人)が1年ぶりに復活して、鳴尾・武庫川女子大学前で飲むことになったので、途中で1時間ほど立ち寄ることができました。下記2冊のみ購入、いずれも矢野書房の出品。
J・A・シュモル=アイゼンヴェルトほか種村季弘監訳『世紀末』(平凡社、94年8月、500円)→900ページ以上もあるのに500円は安い。ただしカバーなし、本自体は新品同様で何の問題もなし。ドイツの学者が書いた世紀末芸術・文学に関する28の論文が収められている。種村自身が訳した「冒険小説とデカダンス」、「世紀末抒情詩における贅美な=えりすぐりの物質に対する偏愛」などが読みたくて(がたぶん読まない)。
山内昶『青い目に映った日本人―戦国・江戸期の日仏文化情報史』(人文書院、98年10月、500円)→幕末明治の日仏関係の本はたくさん持っているが、戦国・江戸期にそれぞれ相手国をどう見ていたかについては珍しい。
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 オークションでの購入は下記4冊。
「流域 85」(青山社、令和元年10月、500円)→「長谷川潔堀口大学の往復書簡」には、日夏耿之介と絶交した直後の堀口大学の残念な気持が綴られていた。
森川平八『短歌文法入門』(飯塚書店、81年12月、100円)→今頃読んでも手遅れか。
永井荷風『あめりか物語』(福武書店、83年12月、260円)→なぜか読んでなかった。フランスへの憧れが綴られているはず。
高柳誠詩集『卵宇宙/水晶宮/博物誌』(湯川書房、83年6月、1200円)→架空都市的散文詩と私が呼んでいるジャンルの作品。
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庭園に関する本三冊

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野田正彰『庭園との対話』(日本放送出版協会 1996年)
円地文子編『日本の名随筆―庭』(作品社 1983年)
高木昌史編訳『庭園の歓び―詞華による西欧庭園文化散策』(三交社 1998年)


 とにかく庭に関しての本。『庭園との対話』はNHK教育テレビの番組のテキストで、日本庭園と中国、イスラム、西洋庭園の全体を論じたもの。『日本の名随筆―庭』と『庭園の歓び』はともにアンソロジーで、前者は日本の作家、随筆家たち、後者はドイツの作家、詩人たちの庭に関する文章や詩が集められています。


 野田正彰は医学畑の割には、庭園への思い入れが強く、日本はもとより、中国、イタリアなど、いろんな庭園を熱心に研究されていて造詣が深いのに驚きました。とくに京都の非公開の庭が詳しく説明されていました。専門外だけあって、どきりとするような着眼点があり、また、精神病理学者らしく庭を人間の心との関連で語るなど、示唆に富んでいました。

 例えば、冒頭、「はたして数時間、たまたま観光用に公開された古庭園をまわって、何の意味があるのだろうか。旅から帰れば、公園らしい公園のない乱雑な都市が待っている」(p2)と疑問を投げかけ、「朝起きて一歩家を出ると、精神の重要な層をなしている景観の文化のスクリーンに、流れる外界を映して歩き始める・・・精神は対人関係によって形成されると同時に、風景との関係によってもつくられているのである」(p9~10)と、人間にとって日常の外界風景の重要さを指摘しています。

 それとともに、時間の感覚を外界との関係で捉え、「私たちは事物からときを感じることがどれだけあるだろうか」(p30)と問いかけ、「雲や空の光の変化や、木々の影の短長や、風が運ぶ気温の上下は、事物に寄り添う時間を感じさせてくれる。特に水の流れは、私たちに生きている時間を伝えてくれる」(p31)と自答しています。

 その水の人間の心に対するインパクトとして、①清浄な生命の息吹きを感じさせる、②時間を感じさせてくれる、③空や光、雲、月を映す、④停止し、潤み、靄のなかにかすむことによって、私たちの生命や感情を溶解し、かすかな混沌のなかに誕生や死や喜びや生きてきた疲れを包み込む、という4点を挙げています。

 そのほかいくつか印象深かったのは次のような指摘。
①かつては権力者や富豪の持ち物だった絵画や工芸品は、近代になって一般に公開されるものに変わり、大衆の眼にさらされることによって近代の芸術になり得たが、作庭には私有して秘かに楽しむという面がどうしてもあり、近代の芸術になりきれない。

②公開された庭を訪ねたからといって、作庭家が意図し古人が味わったようには庭を体験したことにはならない。なぜなら、古人は舟を浮べて水の面まで視線を落とし庭を見ていたし、昼以上に夜を味わっていたに違いなく、また古人のように早朝の光を浴びた雪の庭を知ることはできない。

③日本人の好んだ風景を、山懐に抱かれ、南のやわらかい日射しの明るい、平野を見下ろすような山の辺の景色、それに四方を低い尾根に囲まれた盆地の二つに見ていること。いずれも何かに包まれているという感じがポイントのようです。

④中国の官僚や富豪の庭園である私家園林の特徴を、1)築山や洞門、建物や回廊などの組合せと屈曲がつくる意外性、2)様々の形の洞門によって景色を絞り込み、額縁の中の絵のように見せること、3)太湖石や黄石で山をつくり、その中に迷路のように山洞をつけ、窓のある小室を設けて仙人境を現出させ、自己充足空間をつくっていること、としている。

 2)の風景を枠で切りとることによって美を生みだす技法の例としては、日本庭園でも、大徳寺孤蓬庵の方丈前庭の二重刈込み籬による囲い込みや、同じく孤蓬庵忘筌(ぼうせん)の障子で区切られた坪庭があるとしています。


 『日本の名随筆―庭』は、東西庭園の比較、本格的な日本庭園、さらに自邸の庭や家庭菜園についての話題などを、庭園研究の専門家や、作家、随筆家、他分野(画家、建築、哲学、歴史、書)の人たちが各人各様に書いています。

 なかでもとりわけ面白かったのは、東西の話題が豊富な澁澤龍彦の「東西庭園譚」と、現代生活への疑問を突きつけている上田篤の「庭」。次によかったのは、義政の愛した12の盆石の名称が凄い伊藤ていじ「有為自然の庭」、現代の抽象美に満ちた非情の庭を語る大山平四郎「昭和の庭―光明院庭園」、思い出の庭と自然との関係に思いを巡らす篠田桃紅「庭」、パリと東京の庭のあり方について語り文章の勢いが尋常でない開高健「一鉢の庭、一滴の血」、わが家の庭についての愛情をしんみりと吐露する尾崎一雄「草木茂る」、ユーモアの溢れた遠藤周作「わが庭・わが池」。


 『庭園の歓び』では、西洋に脈々として流れる造園への情熱を感じることができました。なかでも、散文では、O・シュペングラーの「ルネサンス庭園」、A・W・シュレーゲル「造園術」、E・ブロッホ「城内庭園とアルカディアの建築」、詩では、S・ゲオルゲ「架空庭園の書」、G・トラークル「ミラベル庭園の調べ」、Fr・ヘルダーリン「パンと葡萄酒」、R・M・リルケ「秋」が秀逸。

 シュペングラーは、西洋絵画の直線的遠近法の出現と、視線が遠方で吸収されて行く大庭園の「眺望地点」の導入を並行したものとして語っており、さらにそれを遠さへの志向を持つクープランの牧歌的音楽にまで敷衍しています。また、遠さの中で空間は時間となり、移り行くもの、はかなさを想起させるとし、遠さが西洋の叙情詩では、哀愁を帯びた秋のアクセントを持つという詩学を語っています。また大都市の街路が、ヴェルサイユ庭園の特徴に従い、直線的な遠方に消えゆく街路線となっていることも指摘。

 シュレーゲルは、古典古代の庭は邸宅の延長として考えられていたので、小規模で涼しさや木陰が求められたこと、また、フランス式庭園で木々を人工的な姿に刈込んだりするのを悪趣味とみなす風潮があるが、自然の岩を削った石から建物を組み立てると言って非難するようなものと主張しています。さらに、イギリスの風景式庭園について、人々がそれまでの庭園に求めていたつましい快適さを放棄し、風景的な場面を眺めることで精神を高揚させようとしたが、どこまで人間の技術の影響を隠蔽することができるかの限界や、自然のどんな点を模倣すればよいかの選択を見誤ったことが、衰退の原因であるとし、もし崇高な畏怖の念を起こさせる自然の光景を賛嘆したいと思うのなら、それを自分の所に呼び寄せるよりも、そこへ出向いていく方が何と言っても得策と、喝破しています。

 いろんな人の文章のなかに、クロード・ロランの名前が頻出していますが、19世紀から20世紀初頭にかけては、ヨーロッパでは、まだ17,8世紀が重要視されていたことが分かります。戦後の日本では、なぜかルネサンスと19世紀末の絵画が異様にもてはやされ、その間の絵画にあまり関心がなかったみたいですが、世界的にもそうだったのでしょうか。

MICHEL DE GHELDERODE『SORTILÈGES et autres contes crépsculaires』(ミシェル・ド・ゲルドロード『魔法―薄明物語集』)

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MICHEL DE GHELDERODE『SORTILÈGES et autres contes crépsculaires』(bibliothèque marabout 1962年)


 大学時代に買った本。単語の意味を余白に丁寧に書き込んでいて、読もうと努力したあとが見えます。がそれもあえなく数ページで挫折しているのが可愛らしい。いちばん短い短篇を選んでいますが、よりによってそれがこの本の中でいちばん難しい箇所で、しかも挫折したその後の部分は急に易しくなっているのは、運命の悪戯でしょうか。もしもう少し先まで読んでいたら、自信がついて、別の人生が開けていたかも。 

 12篇からなる短篇集。うちタイトルともなっている「Sortilèges」(松籟社刊『幻想の坩堝』所収)と「L’écrivain public(代書人)」(「幻想文学13号・フランス幻想文学必携」所収)の二篇は翻訳があります。

 集中、最高作は「Tu fus pendu(オ前首吊ラレタ)」。次に「L’écrivain public」、「Le jardin malade(病んだ庭)」、「L’amateur de reliques(聖遺物マニア)」、「L’odeur de sapin(樅の香り)」といったところでしょうか。いずれも語りが滑らかで、細部の描写や人物造形も素晴らしく、会話も生き生きしていて、ゲルドロードの作家としての才能を感じさせます。ジェラール・プレヴォと同じく北方の霧の立ち込めた寂びれた町の雰囲気が味わい深く、また畸形、病気、狂気が散りばめられたグロテスクな世界が濃厚です。

 幻想小説を形成するさまざまなテーマが見られます。幽体移動(「L’écrivain public」、「Brouillard(霧)」)、悪魔(「Le diable à Londres(ロンドンの悪魔)」、「Rhotomago(ロトマゴ)」)、廃墟(「Le jardin malade」)、骨董(「L’amateur de reliques」、「Tu fus pendu」)、カーニバルと仮面(「Sortilèges」)、奇蹟(「Nuestra senora de la Soledad(孤独の聖母)」、「Un crépuscule(黄昏)」)、幻聴(「Brouillard」)、前世の記憶(「Tu fus pendu」)、死神とのチェス(「L’odeur de sapin」)。

 序文でアンリ・ヴェルヌは、ゲルドロード作品の特徴を、装飾と人物像の二点にあるとし、装飾として、「フランドルの町、霧に包まれた切妻壁、船頭の竿にひっかかる目も鼻もない屍体、解体を目前にした館と腐りつつある庭、人が恐怖を紛らわしに飲みに来る酒場、ずっと昔に誰かが首を吊られた首吊り台、泥に沈みつつある教会、存在しない者の呼び声のする霧の道」、人物像として、「手品師メフィスト、魔猫に追いかけられ広大な館で迷子になるホムンクルス、冒瀆の骨董屋、瓶に閉じ込められた悪魔、生まれてこない子どもたち、人の靴を履いて命を奪おうとする死神、主人が幽霊か案山子扱いにしている赤毛の醜い女中、年老いた渡し守」などを挙げています。

 ちなみにそのアンリ・ヴェルヌは、SF大衆作家で、マラブ社の名高い幻想小説シリーズの編集主幹でもあったようですが、今年7月に102歳でお亡くなりになったとネットに出ていました。

 各短篇の簡単な紹介をしますと(ネタバレ注意)。                                         
◎L’écrivain public(代書人)
人形を集めた博物館を付設したベギン会修道院には、忘れられた礼拝堂があり代書人が座っていた。私は蝋人形か人間か分からぬまま、代書人が好きになり毎日のように訪問した。そのうち秘密を告白したくなり代書してもらおうとしたが、猛暑で外に出る気力もなく、仕方なく家から代書人に向けて念を送った。秋に久しぶりに行ってみると、代書人は暑さで蝋が溶けたのか部屋の隅に寝かされていた。そして代わりに座っていた管理人から、夏の間毎日来て手紙を書かれていましたがどうぞお持ち帰りくださいと、ぶ厚い紙束を差出された。

〇Le diable à Londres(ロンドンの悪魔)
霧の町ロンドンで退屈に蝕まれ、悪魔にでも会わないものかと呟いていたら、「メフィスト」という表札のかかった家の前に出た。ひとりでに扉が開き、中に招じ入れられると、そこは劇場で、メフィストが現われて帽子から兎を出した。手品師かと思いきや、私が子どものころ体験した劇場での出来事を話し、大事なのは悪魔がいるとまだ信じているかどうかだと言う。悪魔は地獄でまた会おうと言って去るが、悪魔の世界に憧れる私は、この退屈な町こそが地獄だと思えるのだった。

◎Le jardin malade(病んだ庭)
かつて修道院のあった古い地区。子どものころから憧れていた館の一室を借り愛犬とともに住む。廃墟同然で、2階には謎めいたご婦人が住んでいるだけ。庭は鬱蒼として足の踏み入れようもなく、かつての修道院の墓場があった。ある日、小人のような老人が茂みから現われ館に走って行くのを見た。取り壊される運命の館が日々凋落衰微していくさまが、日記形式で怪奇的に語られる。皮膚病の大猫と水頭症の畸形の娘の存在感が凄い。

◎L’amateur de reliques(聖遺物マニア)
裏通りのうらぶれた骨董屋の店内でいつも居眠りをしている老人が目障りだ。目を覚ましてやろうと、聖遺物マニアのふりをして、この聖体容器に聖体パンをつけるなら1万フランで買うと無理難題を吹きかけ、1週間後にまた来ると告げた。数日後、普段外に出ない老店主が教会に入って行く姿を目撃する。盗みまでして!と感動するが、約束の日、もうその店主は店に居なかった。ある日、大通りの高級アンティークショップで、例の聖体容器を見つける。アメリカの美術館に売却済みの由緒ある品だった。店名を見ると老人の名前が書いてあり、奥にはあの老人がまた居眠りをしていた。

〇Rhotomago(ロトマゴ)
未来を予見すると書かれた筺。てっぺんの羊皮紙を押すと浮沈子のガラスの悪魔が浮き沈みする仕掛けだ。椅子に座って見ていたら、夢を見たのか、触りもしてないのに悪魔がなかで暴れていた。蓋を開けると、悪魔が飛び出て、椅子に座ってゴム風船のように膨らんで人の大きさとなった。未来を占いますというなら、5分後の自分の未来は予見できるだろうと、暖炉の燭台を手に取って近づくと…。何ということのない話だが、読ませる。

〇Sortilèges
何かから逃亡している私は、カーニバルの町に降り立つ。仮面の人々が群れ騒ぐ町中を避け海辺に行くと、仮面をつけた人々を乗せた船が近づいてくる。よく見ると、ぶよぶよした胎児のような生き物だった。急激に増殖したその生き物に取り囲まれ、気を失って溺れ、目覚めると、天使が立っていて、高台から町のカーニバルの様子を見せてくれる。あの胎児や天使は何だったのだろうか。魔法か、単なるペテンか。仮面をつけた人間のようなものが船で近づいてくる場面は、アンソールの絵を思わせて不気味。

Voler la mort(死神から死を盗む)
大勢の飲み仲間のなかで、陽気と無口の対照的な性格の二人の親友がいた。主人公が突然重度の病気になったとき、陽気な友が部屋に見舞いに来て何かを盗もうとし、無口の友に見つけられて追い出された。結局入院したが、今度は無口な友が何かを新聞にくるんで帰って行くのを見た。奴も泥棒だったのか。恢復後、盗っていったのは靴で、死神に履かれると死ぬという伝説を思い出して、友を死なせまいとしたことが分かる。

Nuestra senora de la Soledad(孤独の聖母)
生まれたときから孤独な男。話し相手といえば動物や亡くなった祖先だけだったが、ただひとつ教会の孤独の聖母には毎朝欠かさずお参りしていた。他の豪華なマリアと違って、死にゆくマリアを表現した暗い姿だった。あるお祭の日、他のマリアが行列で出て行ったあと、残されたそのマリア像が起こした奇蹟を語る。

〇Brouillard(霧)
誰も居ない筈なのに突然名前を呼ばれることがある。霧の濃い日、あと少しで家というところで名前を呼ばれた。振り返っても霧があるばかり。しかし足音が聞こえ項に熱い息がかかった。誰かが後をつけている! 家の中に転がり込み、高熱にうなされていると、唇が窓ガラスに多数現われて何かを告げようとしていた。あとで昔の親友が亡くなったことが分かる。霧の町の描写がすばらしい。

〇Un crépuscule(黄昏)
雨の日、部屋も町も湿気を帯びて臭気を放っていた。夕暮れに外に出ても誰もおらず、町の明かりも灯ってなかった。世界の終わりを感じ、たまりかねて古い教会に逃げ込むが、やはり誰も居ず蝋燭も灯っていず、磔刑キリスト像に当っただけ。教会の崩壊とともに死ぬのを覚悟していると、神が差し伸べてくれたのか目の前に綱があった。それを引くと、鐘が鳴ると同時に、教会にも町にも明かりが灯り、人々のざわめきも戻る。雨の日の黄昏の陰陰滅滅とした雰囲気がよい。

◎Tu fus pendu(オ前首吊ラレタ)
フランドルの小さな町に住むことになったが、古い一角になぜか魅せられ、夕方に「小さな首吊り台亭」という居酒屋に行くようになった。骨董を集めている変わった店主とあざ笑うようなカササギがいた。不吉な店名の由来を聞くと、店主は広場の向かいの壁を指さした。よく見るとブロンズの腕が壁に塗りこめられており、そこに首吊り縄をかけるようになっていた。死刑執行人のひ孫がまだいて、先祖代々の縄を持ってるという。それを聞いてから執拗な幻に苛まれるようになる。そして刑が執行される幻を見たとき、実際その苦しみを体感したように感じた。カササギが目の前に飛んできて鳴いたが、「オ前首吊ラレタ」と聞こえた。

◎L’odeur de sapin(樅の香り)
ついに死神の訪問を受けた。死神は、チェスをしようと樅のチェス盤を取り出した。わしが「詰み」と叫べば、お前はこの世からおさらばだと言う。チェスは五分五分で進んで行ったが、何とか時間稼ぎをしようと、酒を飲ます手を考えた。死神は思いのほか大酒のみのスケベで、酔うに連れて女中が気になり始め、指し手もしどろもどろになり、今日はこれまでと去って行く。が、代わりに女中が犠牲になっていた。グロテスクで滑稽な雰囲気が何とも言えない。

日本の庭に関する本二冊

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宮元健次『月と日本建築―桂離宮から月を観る』(光文社新書 2003年)
栗田勇/岩宮武二(写真)『石の寺』(淡交社 1965年)


 異質な本ですが、同時期に読み、また二冊とも日本の庭に関連しているので並べてみました。かたや、月を軸に日本の建築や庭を論じた本で、分かり易く書かれた新書。かたや前半分を写真が占め、石の庭のある京都の寺を紹介した本、といっても、観光案内的なものでなく、美学を語った一種哲学的味わいもある美術書です。淡交社は、この頃、当時の思想家たちに日本の美を語るシリーズを出していたようで、矢内原伊作会田雄次川添登らの本を所持しています。


 『月と日本建築』は、日本の美意識に大きな位置を占める月を軸に、桂離宮伏見城銀閣寺が月をどう取り込んで設計されたか、中世の文芸や物の見方のなかで月がどう捉えられていたか、楼閣建築など月を見るためにどんな工夫がされたか、そしてそうした建物や庭を造らせた為政者はどういう思いでどんな振舞いをしたかを述べています。

 何と言っても驚くのは、桂離宮のそれぞれの建物が、月をいかに美しく見るかという一点に集中して設計されていることで、春夏秋冬に応じて、それぞれの月の昇ってくる位置にあわせて建物をその方角に向けているというところです。また秀吉が晩年、伏見の月を見るために、伏見屋敷、指月城、向島城、伏見城、指月円覚寺と、次々に建造、改築、移設を繰り返す執念、義政の銀閣寺造営に対する妄執には、凄まじいものがあります。

 それはともかく、月を見ることがいかに日本人にとって大切なことだったか。月を見るためにさまざまな工夫がなされています。楼閣というのは、もともと月が上って来るのを見るための建築で、床を高くし軒を短くしたといい、そのほか夕方の茶会の折に月を見るために開口部を大きく開いて縁側を広くとった茶亭を造ったり、橋の真中に屋根や腰掛を配した亭橋を、城にさえ月見櫓というものを造ったりしています。

 月の見方もさまざまあって、月を水に映して見るために、楼閣の前に池を配したり、池に舟を浮べたりして、上下両方の月を眺め、手水鉢に月を映しそれを掬うように手を洗ったりしたといいます。なぜこれほどまでに水面に映る月にこだわったのか。著者は、その理由として、月の虚構性をより強く感じるためと指摘しています。月自体が光を反射するという虚構で、はかないものだが、虚構である月がさらに水面に映ったさまに「もののあはれ」を感じた、と書いています。また、月の夜に、月明りを利用して見る観月能が厳島神社や各地の屋外の能舞台で実施されているのは、月が夢幻的な能の内容にふさわしい幽玄美を持っているからと説明しています。

 ほかに、一般の民衆の間にも、月の出に向かって歩きながら月を待つ「迎待ち」や、川の岸に立って待つ「瀬待ち」という風習が広まって、江戸時代には大勢の人々が海辺や高台に群れをなして集まったということで、観月の習慣がほとんど見られない西欧との違いを指摘しています。

 金閣寺が上二層に金箔が施されているのと違って、銀閣寺は表立って銀を使っていないのに、なぜ銀閣と呼ばれるようになったか。実は軒下に銀箔を施していた可能性が高く、池や銀沙灘(ぎんしゃだん)という白砂に反射した月光を、さらに軒下に反射させて家のなかに光をもたらすための仕掛けであったと推測しています。銀閣寺には、ほかにも月の出を待つための月待山や、水面に映った月を洗うということから名づけられた洗月泉という滝、それに向月台という砂の台があり、観月をかなり意識した建物であったことが分かります。

 その銀閣寺の造営に晩年の精力をつぎ込み、結局完成を見ずして亡くなった足利義政は、この本を読む限りでは、かなりな馬鹿殿ぶりで、あきれるほかはありません。異常気象がもとで大飢饉が発生し、1460年には、1,2ヶ月のあいだで、京都で当時の人口の約半数の約8万2千人の餓死者が出たというときに花見の宴をはったり、自らが応仁の乱を引き起こすもととなって京都が地獄絵のように破壊されているのに、戦乱をよそ目に、湯水のように酒をくらい能を舞っていたといいます。さらに銀閣を造るために、自らあちこちの寺へ出向いて木々や石を見つけては、それを強引に銀閣に運ばせるという掠奪のようなこともやっています。


 『石の寺』の著者栗田勇は、もとはロートレアモンの翻訳などをしたフランス文学者ですが、日本文化に関する本をたくさん書いています。フランス文学者の多くが、長じて日本文学の専門家のようになったり、日本文化の伝道者のようになるとよく言われますが、著者はその代表格のひとりのようです。近代文学や芸術を研究しているうちに、西欧的な作家崇拝や芸術崇拝の傾向が鼻についたり、現代文学や現代芸術が前衛的になったりするのに嫌気がさして、日本の伝統的な美意識に向かって行ったような気がします。

 しかしそうは言っても、フランス文学者らしい視点があちこちに見られました。例えば、茶庭の飛び石が一直線に方向を示さず、とぎれとぎれでばらばらなところに、大きくゆるやかなリズムを感じとり、そこに手段を目的化する深い考え方を見て、それをヴァレリーの舞踏の理論になぞらえたり、石のうちに生動する気韻を説明するのにボードレールの「万物照応」の詩を引用しています。本の最後も、ジッドの『地の糧』かららしき言葉で締めくくっています。

 いくつかの印象的な論述を書いておきます。
①自然そのものに、美しいという要素がはじめからあるはずはなく、美しいと見る人間がいて、初めて自然の美しさが生まれる。また、美を理解するために解説を知ることは有益だが、解説にもとづいても美は再構成することはできない、という美についての二つの指摘。

②庭のなかでの石の特性を、垂直性と堅固感に見ていること。水はつねに平らであり、土もときに起伏するとはいえ、垂直に屹立するものではない。また水や土は連続的なものであるが、石は断絶したリズムを刻み、打楽器のような効果をもたらしているとする。

③庭園を仏像に代わる仏教芸術上の現象として捉えていること。禅宗の勃興とともに、それまでの浄土信仰とそれにともなう仏像崇拝が下火になり、その代わりに自然との合一が目ざされるようになり、自然の模倣である庭園造型に置き換わっていったという。

禅宗の特徴を、思想内容そのものよりも、禅林という知識人の集団のサロンとしての役割に見ているところ。信仰の人も技芸の人もあつまって、絵画、詩文、漢学、梵唄にいたる高度の文化集団を形成していたらしい(この部分は太田博太郎、玉村武二からの祖述)。

 バロックは装飾的だが、不定形な創造の気持ちをそのまま移りかわる形にしたもので、様式ではないとし、ロマンチックも創造する過程の美で、様式的ではないとしています。気持ちは分かりますが、様式というものは必ずどこかに表われているもので、それまでのルネサンスやクラシックの様式を、過剰にしたり不安定にさせたりする様式が見られるということでしょう。

 また西洋音楽を精神の秩序とみたり、西洋建築を静的な調和を大前提としているというふうに西洋を秩序と捉え、日本を、調和や秩序からはみ出す動的で劇的な激しい情念と見ようとしていますが、主観的な思い込みが過ぎるようで、その反対の例はいくらでも見つかるように思います。

作家の書いた「日本の庭」二冊

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室生犀星『日本の庭』(朝日新聞社 1943年)
立原正秋『日本の庭』(新潮文庫 1983年)


 日本の庭についての本。同じ作家で、しかも二人とも寺で育ったという境遇も同じ。しかし印象がまるで違った本になっています。生きていた時代が異なるせいもありますが、やはりご本人の性格に主たる要因があるように思います。後で説明するように、私は室生派です。


 室生犀星の本は、前半が、石や竹、垣根、木や花など、庭の細部の作りについての考え方を述べ、それが鳥についての話あたりから次第に庭から離れて随筆の味わいを強め、日誌風の記述となって、小杉天外徳田秋声らと酒を飲む話や、哈爾濱を訪れた話、金沢から馬込に庭を移設する話などがあり、最後に京都の庭の探訪記が付いているといった構成です。

 批評家や研究者の目線でなく、実際に馬込の自邸と金沢の別邸に庭を作った愛好者だけあって、着眼点も個性的です。例えば、見るときの時刻や天候の状態によって、庭の美しさの変化を描いているところ。朝日の出る前の石の面の落着きのある奥ゆかしさや、日没前一時間くらいの夕暮れの庭の美しさ、夜来の雨じめりで濡れた石が空明りを仄かに慕っているさま、霜で荒れた土がむくみ下が凍って上が灰のように乾いた冬の庭の味わいの深さなど。

 また、さすが作家で詩人の筆だけあって、微細な想像力、微妙な表現がすばらしい。これまで読んできた庭の本と違って、論理よりも文章の綾で読ませるところがあります。例えば、そのまま引用しますと(ただし新仮名遣いに変えている)。

わたくしは石の上の蝸牛、いなご、せきれいの影を慕うものであるが、真寂しい曇天或いは雨日の景をも恋うものである/p36

燈籠が木と木との隙間から木の葉の蒼みより最っと深い蒼みで、すれすれに姿をかくしているのは清幽限無きものである/p39

松のみどりは冷たく幹は温かいものである。石は枝を透いた日を帯びてしばらくは秋をとどめている/p48

日本の水仙・・・陶器でいえば青磁のような透明な感じ・・・青磁は形態から飽きても質から飽きるものではない/p79

冬すみれ・・・蕾を破って見るなら、まだ紫には間のあるうすあかい色の花弁が、幾重にも累なり包まれていることに気がつくだろう/p85

京城に旅して二基の石人を伴うて帰って来たがこの等身の石人は私が庭を歩くとうしろから就いて来もするし、街区に乱酔した時に眼にするのもこのふたりの石人である。深夜の庭に戻ればこれらの石や石仏らは私の留守中に山も崩れんばかりに笑いさざめき、層塔は叫び石仏は艶笑し五輪塔や屋敷神は踊るのである/p99

小鳥を商う男とか、亀やうなぎの命をとる男とか、凡て生きているものを取り扱うて商いにしている人間が持っている特有な、どこか浅猿しい衰えようでもあった。彼自身の病気はさることながら、その他から来ている特異な憑きもののような気はいも、その病気の上に感じないわけにゆかなかった/p220

 室生の庭や石の趣味には、中国を範としていた昔の文人趣味の名残があるような気がします。戦前の作家には、川端にしても谷崎にしても、文学以外の趣味素養が豊かだったように思います。今の作家についてはよく知りませんが、どうでしょうか。庭いじりというのは、老成した感じを受けますが、室生犀星がこの本を書いたときはまだ54歳でした。


 立原の文章も、昔の文士風の文体ですが、室生が愚かさもまじえ素直にさらけ出しているのとは対照的に、少し上から目線で気取った印象。青山二郎小林秀雄に通じるような断言調があります。自分の美学にかなりのこだわりを持っている様子で、この庭はつまらないと一刀両断していますが、主観だけで説明もあまりないので、非常に分かりにくい。また美とか芸術といったものを神格化し、人格を絶対的なものとみなし、かつ具体的な理由も提示しないまま、「この人達はやはり天才であった」とか、「彼はまぎれもない芸術家だった」、「遠州がやはり人物だったからだろう」などと書いているのを見ると、少々げんなりしてしまいます。

 真面目でストイックな人だと思いますが、他人に対して難癖をつけ、悪しざまに言う箇所が多すぎるのが気になりました。以前小説を読んだときも、男尊女卑が露わに出ていて不愉快になったことを思い出しました。何か幼少期に不幸なことがあって、ルサンチマンが募っているのだとすれば、気の毒なことです。

 つい興奮して悪いことばかり書いてしまいましたが、有益だったことを挙げますと、「侘び」という言葉の説明で、不自由、不足、不調にあってその念を抱かぬ、という意味づけがあるのを知ったこと。枯山水は、禅や悟りという理念よりも、たんに暗さから逃れるために造られたものと指摘していること。一休の、自らの虚栄を見据え、情欲、嫉妬を隠そうともしない態度、かつそれが自己顕示であることも自覚していた、という凄さを知ったこと。道元は、禅僧が文筆詩歌を嗜むのを戒めているが、自らは、「人の悟をうる、水に月のやどるがごとし。月ぬれず、水やぶれず。ひろくおおきなるひかりにてあれど、尺寸の水にやどり、全月も弥天も、くさの露にもやどり、一滴の水にもやどる」という名文を残していること。

 巻頭のカラー写真を見て、行ってみたいと思った場所は、妙心寺春光院の茶席「来也軒」に通じる露地、浴竜池をへだてて鞍馬・貴船の山並みが見えるという修学院の隣雲亭、桂離宮の書院を正面に見る池の中の園林堂、これも修学院の窮邃亭から降りたところにある土橋、山形有朋の別荘だった無鄰菴。  

日本の庭についての本二冊

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海野弘『都市の庭、森の庭―未知なる庭園への旅』(新潮選書 1983年)
奈良本辰也『京都の庭』(河出新書 1966年)


 いよいよ日本の庭が中心の本です。この二冊に共通するのは、アットランダムな個々の庭の探訪が主軸になっているところです。正面を切って、庭園を歴史的に叙述したり、庭の特徴を分類したり、作庭家を系統だって追ったり、歴史や思想との影響関係を論じたりしていません。ところどころにそうしたものの片鱗が出てくるという作りになっています。

 海野弘は、どちらかというと西洋のとくに19世紀から20世紀にかけての美術を中心として芸術、都市文化に詳しい人で、学生の頃から愛読しておりましたが、日本の庭というのが意外な感じがしました。と言っても、この本は前半でこそ、いろいろと庭について語っていますが、後半は旅日記風の味わいとなっています。奈良本辰也も学生の頃よく聞いた名前ですが、今回初めて読みました。断言的な表現に時代を感じさせるところがあります。

 これらの本で取り上げられている有名な庭のうち、いくつかの庭には行ったことがあるはずですが、まったく覚えていないのが情けない。『都市の庭、森の庭』の方は写真、『京都の庭』には庭の絵が添えられていますが、写真は白黒で不鮮明、絵はぼやけた画き方なので、庭のかたちがよく分からないのが難点。目の前に庭、あるいは庭の写真を見ながらでなければ、文章でいくら説明されてもイメージが湧いてこないのは、私の想像力の欠如が原因かもしれませんが、困ったものです。

 そんな状態に加えて、日本史の素養も薄く、結局、この二冊について正しく理解できたかは心もとないですが、心に留まったものを記してみますと、
『都市の庭、森の庭』では、
①庭のニは土のことであり、ハというのは場のことで、ニハというのは土場のことだといわれているように、庭というのは作業場でもあった。一方、人間は、道や空間を実用を目的として生活のために作るが、空間に戯れることがあり、それが庭であった。

②「温泉というのは庭に関係があるのではないか。そもそもお風呂というのは庭なのではないだろうか」(p83)という記述があったが、西洋の庭でも泉が欠かせないのと通じるのだろう。

ラフカディオ・ハーンの美学にヴェイパー(水気)というキーワードを見ていること。それは、すべてを彩る暁の黄金の霧のように、さだかならぬもの、かくされたもの、見えない気配であり、雲、霧、雨、雪とさまざまに変化してゆく混沌としたもの、アンフォルメルなものである、という。→これはまさしく象徴主義的美学ではないか。

④「庭は、過去の永遠の時を閉じこめておく器なのではないだろうか」(p164)というふうに、庭はその時代の様式を留めていると書いている。たしかに建築物は焼失したり崩れたりするが、残存するものもある。なにより永遠の時を閉じこめているのは山、川、海の自然だろう。

 ほかに、神戸のトア・ロードの西側には中華料理店が多く、東側にはステーキ・ハウスが多いという指摘や、グレアム・グリーンの『ブライトン・ロック』の「おれは殺されようとしている―そのことをヘイルは、ブライトンに来て三時間と経たないうちに知った」という冒頭部の引用が印象的。


 『京都の庭』を読んで、いつかまた行ってみたいと思った庭は、
「ならべられた十五の石がいずれの方角からながめてもひとつだけ隠れて十四しかみられない」(p9)という龍安寺の庭、

「あの静まりかえって、しかも胸にせまるような圧力を感じさせる滝の石組こそは、仏を刻むかわりに山水をもってした夢窓の異常なまでに鋭い求道の精神をあらわしている」(p45)という西芳寺枯山水

「銀沙灘の大砂盛が幻のように鈍色の光をはなって・・・月光が淡い縞を織り、洗月泉の滝の音に相応じて、不思議な夢の諧調音を奏で始める」(p60)という夜の銀閣寺、

瀟湘八景とか近江八景を写したと言われている孤蓬庵の庭、

小書院を東方にむかって障子をあけはなったときの景色がすばらしいという桂離宮

「岩の怪異さといい、蘇鉄がただよわす異国的な匂いといい、また夢を追うかのようにあるともなくたっている石塔といい、すべてが詩文を介してみた中国文化へのあこがれとなっている」(p144)という詩仙堂

 ほかに、金閣寺の黄金は、卑しむべき黄金趣味、権力の誇示ではなく、黄金はたんなる色彩で、浄土の世界を追求したに過ぎないという指摘や、江戸時代以後、庭の表現がひとつの形式を踏襲するだけで、こわばっていくという江戸の大名庭園に対する京都の学者らしい口吻が印象に残っています。

ほそぼそとネットでの購入続く

 相変わらずコロナで外出もままならないなか、もっぱらネットで古本を買っております。最近の特徴は、アマゾンや「日本の古本屋」での発注が増えたことでしょうか。ヤフーオークションは、安値で落札ができるかもというオークションならではの楽しみもありますが、いかんせん出品の量が少ない。「日本の古本屋」は値段は少し高めですが、的確に本が見つかります。アマゾンは安いですが、最近、検索で余計な本が大量に表示されるのがうっとうしい。

 「日本の古本屋」では、下記二冊。
『世界人生論集4』(筑摩書房、昭和38年11月、800円)→熊本の天野屋書店、トマス・ブラウンの「醫師の信仰」、バートン「恋愛病理学」など所収。
久世光彦『花筐―帝都の詩人たち』(都市出版、01年7月、770円)→キリン書房、北原白秋三好達治西條八十津村信夫萩原朔太郎など。
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 アマゾンの古本では、
リズ・ベリー田中美保子訳『月影の迷路』(国書刊行会、17年7月、630円)→イギリスの風景式庭園が舞台と知って。
ジュウ・ドゥ・ポゥム『パリの本屋さん』(ジュウ・ドゥ・ポゥム、08年5月、312円)→若干だが、古本屋、古本市も紹介されている。
久世光彦『悪い夢―私の好きな作家たち』(角川春樹事務所、95年10月、451円)
日仏演劇協会編『今日のフランス演劇Ⅰ』(白水社、66年10月、504円)→昔持っていたが売ってしまったらしく買い直し。イオネスコ、ゲルドロードなどが入っている。ゲルドロード「エスキュリアル」は学生時代上演を妄想して断念した思い出の作。
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 ヤフーオークションでは、最近ほとんど一つの出品者(Kanro30)から買っています。甘露書房という新丸子駅前の古本屋で、むかし二子玉川に住んでいたころ、ときどきお店を覗いたことがあります。詩歌とキリスト教本が充実していました。
井辻朱美歌集『水晶散歩』(沖積舎、01年2月、660円)→「われもまた異土の木の卓打ちながら来む世の綺羅のものがたりせむ」、「われ建てるゆゑにわれあり 百塔をめぐればむすうの風の穂の死者」など。
『スネークドリーム―蛇精の肖像』(北宋社、89年5月、913円)→蛇に関する伝承、詩・小説、評論を集成したもの。
エドゥアール・デュジャルダン鈴木幸夫/柳瀬尚紀訳『もう森へなんか行かない』(都市出版社、昭和46年9月、1111円)→象徴主義の作家で、「Les Hantises」という怪奇短篇集を書いている。
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 こちらの出品者(rasennyuh)も良書を格安で提供いただいてよく利用しています。森開社を設立された編集者のようです。
清水茂『詩集 光の眠りのなかで』(舷燈社、00年8月、800円)→とても洒落た造本。清水茂は中期以降、詩の静謐感が増しているように思う。
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 今回、古本ではありませんが、古河文学館の発行している展示会図録で、珍しいので取り上げました。二人は従兄弟同士で、粒来氏はすでにお亡くなりになっていますが、ともに古河市に住んでいたようです。
『粒来哲蔵と粕谷栄市』(古河文学館、平成18年10月、1000円)
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 10月は、四天王寺、天神さん、京都百万遍と野外古本市が続きます。楽しみです。