今年は2ヶ月でまだ7冊

 今年初めての古本報告です。今年に入って、特別な古本市もなく、わざわざ古書店に行くにも気乗りがせず、興味のある本を細々とネットで注文するのに留まりました。さすがにこれ以上買ってどうする?という声も内から聞こえてきて、この調子で古本買いもそのうち終息するのかと思ってしまいます。以下、購入本。

 今回は、アマゾン古本での注文が多く、オークションは、下記の2点のみ。
西出真一郎『星明りの村―フランス・ロマネスク聖堂紀行』(作品社、08年5月、605円)
→『木苺の村―フランス文学迷子散歩』が抜群に面白かったので。
『終末の文学―矢内原伊作の本2』(みすず書房、87年1月、600円)
→これも、『顔について―矢内原伊作の本1』が面白かったので。
  
 「日本の古本屋」では、古書ワルツから下記1点。
宇佐見英治『見る人―ジャコメッティと矢内原』(みすず書房、99年9月、900円)

 あとは全部、アマゾン古本です。
犬飼公之/緒方惟章/立花直徳/山田直巳『古代のコスモロジー―日本文学の枠組み』(おうふう、00年3月、309円)
→以前読んだ犬飼公之『影の古代』が面白かったので。
植村卍『卍・逆卍の博物誌―第一部 日本編』(晃洋書房、08年10月、462円)
→「海外編」もあるようだが高い。
『モンマルトル便り―矢内原伊作の本5』(みすず書房、87年9月、780円)
高橋たか子『巡礼地に立つ―フランスにて』(女子パウロ会、05年2月、825円)
      
 矢内原伊作関連本が三冊になりました。

博学系評論二冊

  
篠田一士『三田の詩人たち』(講談社文芸文庫 2006年)
松浦寿輝『黄昏客思(こうこんかくし)』(文藝春秋 2015年)


 この二冊も、たまたま続けて読んだというだけで、そんなに共通点はありません。強いて言えば、二人とも大学の文学の先生で、文学芸術全般にわたって造詣が深く、まわりから博学の士と見られているというところでしょうか。

 『三田の詩人たち』は、慶應義塾大学と縁の深い久保田万太郎ら6人の作家、詩人について語ったもので、好感を持てたところは、どこかでの講演録かと思われるぐらいの語りかけるようなやさしい文章ということです。文芸作品をたくさん読んでいて、敬服しますが、作家や詩人に対する評価では、私の感性とはどうしても相いれないところが結構ありました。しかも理由も言わずに一方的に決めつけ切り捨てるような感じで評価を書いているのが、不満。

 読んでいていくつか印象に残ったことを書いておきます。
①ひとつは、久保田万太郎の俳句が私好みなのにあらためて気づかされたこと。20の句が紹介されていたが、そのなかで下記が傑出していた。

短夜のあけゆく水の匂かな

波の音はこぶ風あり秋まつり

だれかどこかで何かさゝやけり春隣

また道の芒のなかとなりしかな

雪の傘たゝむ音してまた一人

春の灯のまたゝき合ひてつきしかな

 うまく表現できませんが、言外の情景までが浮かんでくるような喚起力の強い言葉が並んでいます。これは単なる写生ではありません。

②文壇の動きに関して、現代では、ジャーナリズムの商業主義が高度に発達しているが、戦前の文壇は作家一人一人の交友関係を軸に形成されていたという指摘と、それに関連して、大正文壇においては、小説家だけでなく、詩人や歌人も、同じ一つの文学的世界のなかでお互いに交流していたが、現代では文壇と詩壇は交流がない、これは、西脇順三郎モダニズム詩の登場が契機となったという指摘。文壇側は、訳の分からない詩は文学でないとそっぽを向き、詩壇側は、自分たちの高度な作品の価値は、小説家のような俗な連中には分かるはずがないと馬鹿にしたという。

③自作年譜で書いているが、自分の文学的な成長に大きく影響した人物として、旧制松江高校時代に森亮先生と出会ったことを挙げ、また学者・評論家になった後では、川村二郎との深い交友を特記していたこと。

④作家、詩人の評価で、私の感性と相いれないのは下記のような言い方。
「『邪宗門』とか『思ひ出』なんかは読むに耐えませんね」(p47)、「『茂吉と朔太郎』という一文を書いて、なんとか朔太郎を持ち上げようとしたことがありましたが、いかんせん駄目でした」(p48)、「上田敏・・・自分で自分の言葉に酔ってしまい、そこに深入りしすぎてしまったというようなことなのか―とにかく、訳詩としても創作詩としても何かよく分からない、あまり上等なものとは言えないんですね」(p126)、「『珊瑚集』という、日本の近代訳詩集の中では、五指は無理にしても」(p170)、「レニエの訳詩は必ずしも荷風の『珊瑚集』の中ではいいものとは思えませんから、忘れられても致し方ない」(p175)。

⑤さらに腹が立つのは、荷風がフランスの小説をたくさん読んでいることに触れて、「荷風は批評家じゃないから、あくまで自分の小説にどれだけ参考になるか、使えるかという、プロフェッショナルな下心で読んでいるんだろうと思います」(p195)と功利的な邪推を働かしているところ。楽しみのために読む人もいることを忘れている。


 『黄昏客思』は、大学退職後に自由気ままに感想、回想を綴ったエッセイ。この人も、『あやめ 鰈 ひかがみ』、『もののたはむれ』の幻妖な世界を創出したり、抒情的な詩を書く人で、崇敬していたのに、今回、この本で、人間性に疑問が生じてしまいました。文章が好きになるとは、結局、最後は書き手の人柄に魅せられるかどうかになるのでしょうか。

 いくつかの論点の抽出や、感想は下記のとおり。  
①老いていくなかで、自分と縁のあった人々や、自分が過去に経験した営みも、有と無のあわいに揺れる影のように見え始め、「ひょっとすると居なかった、なかったのかもしれない」と人は呟くが、その呟きの中にはたぶん、老いにのみ固有の幸福があるのだろうと書いていた。これは、前回読んだ森於菟の「耄碌寸前」の境地と同じだし、また上林暁が書いていた記憶楽観性(思い出はつねに美しい)にも通じる現象ではないか。

②詩の言葉に対する繊細な感性には同意できる部分が多い。例えば、吉岡実の詩「静物」について、「増してくる」「沿うてゆく」から、「最も深いところへ至り」「よこたわる」へ、さらに「重みを加える」「かたむく」まで、多様な運動が次々に組織されてゆく、と鑑賞しているところ。バシュラールの「引き出し」「小箱」「巣」「貝殻」「片隅」「ミニアチュール」といった「内部」のテーマに関する文章を、美しい詩想のつづれ織りと表現しているところ。

③現代詩は、形式の束縛から解き放たれたが故に、叙述の冗長さに汚染されやすくなったと指摘したり、言葉を増殖させ物事を限定することで個物の特異性を際立たせることが小説の方法とすれば、詩の領分でその方法を取り入れると、詩自体は痩せていくという指摘には共感した。詩とは、芒洋としたものであり、詩には訳の分からなさが必要なのだ。

④科学の発展と人間の関係から、人間の行く末を論じた部分は、私の問題意識とも重なるものがある。世界を改変しようという人間の姿勢は、地面に一本の線を引くことから始まったが、科学の発展は、いまや自動運動のようなありさまになっていて、ついに原子力発電やゲノム解読までに至った。核廃棄物をとめどなく産出させ続けるのは、もてなしてくれるあるじの家に、刻々増大する汚物を無理やり持ち込むのと同じことではないのか。しかし科学的努力を止めようとしてまた努力するというのも明らかに論理的撞着であり、観念的曲芸であると指摘している。ではどうすればいいのか。

⑤残念なことに、文章の端々に、斜に構えたような態度が窺えて鼻持ちならぬ。自分の立ち位置を皮肉っぽく確認するやり方は嫌味。例えば、「ただ平凡に、わが国にも優れた民主的リーダー出でよとだけ言っておけばいいのかもしれぬ・・・毒にも薬にもならない新聞社説ふうのそんな物言い」(p41)、「わたしはせいぜい『町人』にすぎず、フランス文学の勉強をしようがパリに留学しようが、『市民』に成り上がりたいと思ったことなど未だかつて一度もない」(p70)、「『連帯を求めて孤立を恐れず』などという骨董品のような言葉がふと頭をよぎり、思わず苦笑してしまう」(p141)といったような文章。

⑥誰か具体的に不愉快に思っている人物が居るのか、次のような言葉は、読んでいて気持ちの良いものではないし、痛々しさも感じてしまう。。「世界の本質が『売り』と『買い』にしかないという痛切な真理を子供のときにつくづく感得するといった哀れな体験などとはまったく無縁の、育ちの良いインテリふぜいが、一葉について気の利いているふうのさかしらを書いているのを読んだりすると、おのずと唇の端に憫笑が浮かばないわけにはいかない」(p68)、「死の接近とともに自分自身にますます執着してやまない不幸な老人も少なくないが、その醜状からは眼を背けていたい」(p215)。

⑦「いかに高度な専門知で武装していようと羞恥の倫理を持っていない者は専門家の名に値しない。専門家の誇りとは、自らが知的に優位であることについてではなく、知的優位が容易に権力へと堕しうることを絶えず自覚し、羞恥のモラルを備えていることの矜持でなければならない」というようなすばらしい言葉もあるが、そもそも知的優位を感じること自体がおかしい気もする。

森於菟と上林暁の随筆集

  
森於菟(池内紀解説)『耄碌寸前』(みすず書房 2011年)
上林暁/山本善行編『文と本と旅と―上林暁精選随筆集』(中公文庫 2022年)


 この二人は、森於菟が1890年生まれ、上林暁が1902年で、年も少し離れていますし、仕事の畑もまったく違って、何の関係もありません。ただ入院中の気楽な読み物ということで、たまたま手に取ったものです。この後読んだ篠田一士松浦寿輝の才気煥発風で尖った文章に比べると、ともに脱力系の純朴で穏やかな筆致が共通していると言えるでしょうか。


 森於菟はご存じのとおり、森鴎外の長男で、解剖学がご専門の医学の先生。なので、この本の半分ぐらいは、「なきがら陳情」「死体置場への招待」「解剖随筆抄」など、死体の話や、解剖などの話、あとは「観潮楼始末記」「鴎外の健康と死」の父森鴎外の思い出の2篇と、「耄碌寸前」「抽籤」などの身辺雑記・回想となっています。森鴎外に関するものは、真面目な筆致ですが、それ以外は、軽妙でとぼけた味わいがあります。

 とりわけ、「耄碌寸前」は抜群に面白い。「私は自分でも自分が耄碌しかかっていることがよくわかる」(p2)と書き出し、「これからの私は家族の者にめいわくをかけないように、自分の排泄機能をとりしまるのがせい一杯であるらしい」(p3)とか、「若くして才気煥発だった人が顔をそむけたくなるような老醜をさらすのは同情に価するが、そこは私は気が楽である」(p4)と自虐的な感想を洩らし、最後に「あまりにも意識化され、輪郭の明らかすぎる人生は死を迎えるにふさわしくない・・・人は完全なる暗闇に入る前に薄明の中に身をおく必要があるのだ」(p5)と一種悟りの境地に入っていきます。

 「観潮楼始末記」は、鴎外が多くの文人らと交わった家にまつわる思い出で、当事者ならではの報告。蔵書の虫干しに、森鴎外が指揮を執り、書生も含め一家総出で、一、二週間かけて行った様子や、日露戦役から凱旋した鴎外が、「右の肩をそびやかしながらロスケロスケと大声を出していた」(p41)という意外な一面が描かれ、鴎外の死後、家を人に貸した結果、暴力団が住みつくようになって警察沙汰になり、別の人に貸したら、その人が酒精を瓶詰めする作業をしていて、家を全焼させてしまうという顛末が語られています。

 アダムとイヴの絵に臍が描かれているが、アダムとイヴには親はおらず、臍のあるべきはずはない、という指摘は、医者ならではの発想で、これまで見過ごしていました。


 上林暁は、私小説の作家。東京帝国大学の英文科を卒業し、改造社の編集者を経て作家になった人。この本は、タイトルにある、文、本、旅の話題に、酒、人を加え、それぞれのテーマ別に、随筆を編集したもの。実は、私は上林暁の小説も随筆もこれまで読んだことがなく、山本善行の「関西赤貧古本道」や、山本善行岡崎武志の対談「新・文學入門」で推奨されていたのが頭に残っていたので、買ったもの。本書は、その山本善行編となっていて、氏の思いが詰まった一冊となっています。

 一読して、上林暁という人が、きわめて正直で真面目な人だということが分かりました。自分の至らなさを素直に反省し、自分より優れている人には純朴なまでに敬服し、謙虚な姿勢で自らの特性を分析しています。具体的には、デビュー作に対して、「まだ作家として肝の据わっていなかった私は、これを純然たる私小説に仕上げることが出来なかったのだ。私は臆病で、勇気がなかったので、何もかもぶちまけることが出来なかったのだ」(p12)と告白したり、「私は雑誌記者としては腰が重く、交渉も下手で、冴えたプランもなく、わずかに広告文を書くことに所を得ているくらいなものであった」(p16)とか、「私は中学時代に、自然主義系統の『文章世界』という雑誌を愛読したため、その影響を受けて、自然主義風な古臭い文章を早く身につけた」(p60)といった具合。

 その真面目で小心なところにどことなくユーモアさえ漂っています。例えば、作品のなかに妹や娘らのことを赤裸々に綴っているため、彼女らには作品を読ませないことにしているし、彼女らも作品には目に触れたくなさそうにしていたが、作品がラジオで朗読されることになった。いつも隣家ではラジオを大きな音でかけているので、困り果てたあげく、放送時間にラジオをつけないでくれと頼みに行ったりします。

 全体としては、自分の体験を振り返って、それを些か情緒的に綴った身辺記です。そこに普遍的な問題を見つけたり、社会的な問題提起をするとかはありません。本人も「思考力、批判力の貧しさを嘆いている」と、自ら認めているように、物事を論理的に問い詰めるという点では弱いような気がします。

 中央線沿線の文士の集まりは有名ですが、青柳瑞穂の家で行なわれていた阿佐ヶ谷会を中心に、酒呑みの交流の様子が面白く紹介されていました。井伏鱒二は、夜通し飲みかつ語って、始発の電車まで飲むことも度々だったが、酒を飲むテンポが遅かったとか、いちばんの酒豪は青柳瑞穂のようで、ビールから始め次に日本酒、最後にウィスキーと三段階に分かれ、入院した時もベッドの下にウィスキーを忍ばせたといい、河盛好蔵辰野隆、外村繁は酔うとよく歌ったと書かれていました。酒宴に紛れ込むことができたらさぞ楽しいでしょうね。

André Dhôtel『La nouvelle chronique fabuleuse』(アンドレ・ドーテル『新・架空噺』)


André Dhôtel『La nouvelle chronique fabuleuse』(Pierre Horay 1984年)


 2年前読んだ『Les voyages fantastiques de JULIEN GRAINEBIS』(2022年1月15日記事参照)が面白かったので、手に取ってみました。期待どおり、不思議な冒険譚の数々が収められていました。文章は、このまえ読んだJ.-H.ROSNY AINÉ『LA FEMME DISPARUE』より少し難しくなったように思います。

 冒険譚といっても、大掛かりな冒険が語られているわけではありません。日常的なささやかな冒険、少年時代に近所の野原に行くような冒険です。序を含め、全部で11篇の短篇が収められていて、一人称で語られていますが、うち5篇がマルティニャン君への呼びかけのかたちで、綴られています(ほか1篇にもマルティニャン君が名前だけ登場)。

 内容にも共通したところがあります。それは、偶然の出会いのテーマです。出会うのは、人けのない駅のベンチで隣り合わせた男であったり、森のなかでじっと動かない男であったり、廃線になったプラットフォームのベンチで寝ている男であったり、ベンチに腰かけている老人であったり、歩いているとき横に並んだ美少女であったり、踏切番の娘であったり、あげくは鷲であったり、犬と狼の出会いであったりします。

 出会った人物には不思議な秘密があり、話者は好奇心を刺激されますが、なぜかまた偶然の再会が何度も起こります。小説ならではの出来事です。偶然に出会うという状況にふさわしい場所として、駅のプラットフォームとか、駅の構内、待合室、反対側の列車の窓に見える顔、森のなかの小道、橋、カフェ、市場さまざまな場所が登場します。

 郊外の土手があり線路があり小川が流れている景色が、いくつかの物語に共通して出てきましたが、なかで、この本の三分の一を占める中篇「L’enfant inconnu(見知らぬ子)」では、田園、荒地、森、小川など自然を舞台にした少年期の黄金時代のような体験が語られ、『モーヌの大将』を思い出させるところがありました。

 蛇足ですが、いつも私が気にしている日本の話題については、「日本の建物も、想像上の寺に通じるように入口をつくると聞いた」(p15)という言及がありました。

 面白さをうまく伝えられるか自信はありませんが、各篇の内容を簡単にご紹介します(ネタバレ注意)。
Mon cher Martinien,(マルティニャン君)
序にあたる部分。「世の中に神秘などない・・・とにかくすべては遠くにあるんだ。だから遠くを見つめるしかない・・・幼時のみ遠くを知っていた」(p7)と語り、いくつかのそうした謎を書いてみようと宣言する。

〇Autrefois et toujours(かつてそして今もずっと)
ある男と偶然に出会い、あと2回会えば秘密を話そうという妙な提案を受ける。不思議なことに、偶然2回会うことになり、その男から学生時代に知り合った一人の女性への思いを聞く。絶えずその女性のことを考えているうちに、現実の中に女性の幻影が忍び込んで来たと話す。男の狂気を感じさせる話。

〇Martinien, tu ne m’écoutes pas(マルティニエン君、君は私の言うことを聞いてないね)
あるときポンヌフの橋で不動の姿勢をとっている男を発見した。すると女性が近づいてきて、その男に指輪を見せると仲良く一緒に歩いて行った。不思議な現象に好奇心を刺激され、次に男を見かけたときその訳を問うと、14歳のとき市場で偶然出会い安指輪をプレゼントした美しい少女と、また偶然邂逅したという。「わしと彼女は恋をする年頃になる前と、もうそんな年ではなくなってから出会ったわけだが、恋よりも素敵だと思う」(p29)というセリフがいい。

◎Le train de l’aurore(明け方の列車)
駅のホームで廃線の前のベンチで横になってじっと待っている男。駅員は、空想の列車を待っている男だと言い、男が3回のデートをすっぽかして女性に振られた話を物語る。がその夜、たまたま事故の影響でそのホームに留まった列車のなかに彼女の姿を見て、恋が復活した。何かしようとして、いろんな理由で3回続けて失敗するという民話風語りのある物語。

〇Paroles perdues(言葉のない世界)
家の前のベンチに腰かけている老人の隣に座って話をする。お互いに、美しい少女を一瞬見かけたり、束の間同じ空間に居たりして、言葉も交わさないまま別れ、その後心の中にずっとその少女のイメージが残りつづけるという共通の体験を話し合い、敬服し合う。ほのぼのとした雰囲気が漂う一篇。

〇L’aigle de la ville(街の鷲)
森の奥まで建物が建ち、平野は耕され、工場が立ち並び、狭い街路に大勢の人々が暮らす大都会。そこに鷲が舞い降り、子どもたちに、眼の中の不思議な景色を見せてくれる。鷲は見たものを眼の中に留めるという。人はそこに失ってしまったものを見つけるのだった。

〇L’oiseau d’or(金の鳥)
郵便配達員が配達の途中、森でキノコを探そうとしたら、薊の葉の下に強く輝くものを見つけた。金の鳥で後を追いかけているうちに遠くまで行ってしまい、配達が深夜までとなる。一晩草叢で寝て、明け方列車に乗ろうとしたら、そこでまた不思議な少女と出会う。金の鳥の化身だろうか。それともこの世以外の空間に紛れてしまっていたのか。郵便局に戻って何と言い訳したらいいのか。

〇La folle oseraie(狂った柳園)
恋人同士だが喧嘩ばかりしている。河岸で待ち合わせしたが、それぞれ河を挟んで反対側で待っていた。お互い譲らず男の方がストライキをし二日間意地を張り合った。三日目男が遂に背を向けて柳園の道を去っていこうとしたとき二人の感情のもつれが消えた。また喧嘩になって男が背を向けて柳園に去ろうとしたら女が寄り縋った。それ以来、柳園で二人が仲良く歩く姿が毎日目撃された。柳園には不思議な作用があるらしい。

〇Histoire printanière(春の物語)
春の訪れで浮き浮きした気分で、雪見草を摘み歩いていると、美少女が歩いて来て一瞬横に並んだ。少女の去り際に雪見草をプレゼントした。次の年、駅の待合室で偶然会ったら、彼女が雪見草を置いて立ち去った。次の夏、今度はカフェでガラス越しに彼女がこちらを見ているのに気づいた。その後もホームで反対側の電車に乗ってる姿を見かけたり、階段で手すりを隔てて擦れ違ったりした。片思いの初恋のときめきを思い出させる話。

La longue histoire(長い話)
狼が出没する村。狼よけに飼われている獰猛な犬と狼が戦った後、強い友情で結ばれることになった。村人は狼と仲の良い犬を怖れて撃ち殺し、狼は犬の代わりに、遠くからその家を見守るようになった。が、その家の幼な子が若者になったとき、狼に護られていることを不名誉と感じ狼を撃つ。傷ついた狼は若者に愛の眼差しを向け、若者は後悔するという話。

〇L’enfant inconnu(見知らぬ子)
農場主の息子と女友だちは、土管の奥から悪態をつく踏切番の娘と出会い、その野性的な振る舞いに魅力を感じ、仲良くなる。その後貧しい娘は農場に雇われよく働いたが、農閑期に倉庫で煙草を吸っているのを咎められ解雇される。しばらくして金の鎖がなくなっているのが判った。事件は結局お蔵入りとなったが、息子が森の井戸のところで金の鎖が隠されているのを見つける。そのとき娘が現われて返せと迫り、娘は鎖を手に取ると小川の中へ捨てた。その後、娘は失踪し、別の町でふしだらな生活を送っていた。あるとき、娘が泥棒呼ばわりされて取り囲まれているところを息子と女友だちとで救い出す。やがて年月が経ち、息子は女友だちと結婚し、踏切番の娘も馬具商と結婚して、それぞれ二人ずつの子も生まれた。家族同士で交流するようになったある日、ピクニックへ行ったとき、小川の水かさが減り、金の鎖が現われた。見知らぬ少年がそれを素早く持ち去って逃げる。

中西進『ひらがなでよめばわかる日本語』


中西進『ひらがなでよめばわかる日本語』(新潮文庫 2008年)


 入院することがあり、ベッドで寝転がっても読める文庫本を持って行ったので、しばらく文庫本が続きます。日本の古語に疎いので、この本を読んでみたところ、新しく知り得たことが沢山ありました。言葉の基本的な成り立ちに関すること、それと個別の言葉の由来や仲間語に関することです。少し長くなるかもしれませんが、驚きの発見を書いてみます。

 まず、基本的な成り立ちについては、下記のとおりです。
①一音のことばは、日本語のなかでも最も古く、かつ基本的なことばであること。例えば、「み(身)」「て(手)」「ち(血)」。

②ことばは、母音を変化させながら、新しいことばを生むこと。「ぼんやりと漂うもの」という意味の「け」も、「か」「き」と変化していきます。たとえば「かおり」の「か」や「きもち」の「き」に。

③音自体が意味を含んでいること。
「い」の音で始まることばはどれも厳かで、「いのち」「いむ(忌む)」「いつく(斎く)」「いのり」。
摩擦音のサ行ことに「す」で始まる古いことばには激しい動作を表わすものが多く、「すさまじ」「すごむ」。
「ち」は不思議な力のあるものを指し、「いかづち」「おろち」「ちち(父)」「ち(血、乳)」。
「と」で始まることばには鋭いといった語感があって、「とぐ(研ぐ)」「とがる」。

④文字数の多いことばはいくつかの要素に分解できること。例として、
まほろば」は、美称の「ま」+秀でるの「ほ」+愛称の「ろ」+接尾語の「ば」で、すばらしい場所をいう。
「けはひ」は、ぼんやりと漂うものという意味の「け」+長く続くという意味の「はふ(延ふ)」で、何となく漂っている「け」がだんだんと延びて、こちらに近づいてくる状態をさす。
「かおり」は、「け」が変化した「か」+酒を醸造することをいう「をり」で、何となくたちこめている匂いのこと。
「さいわい」は「さきはひ」で、花が咲くの「さく」が変化した「さき」+ある状態が長く続くという意味の「はひ」。
「たましひ」は、霊魂を表わす「たま」+「しひ」で、この「(し)ひ」は永遠を表わし、「いにしへ」「とこしへ」の「しへ」との関係が考えられる。
「ねがふ」は、和らげることを意味する「ねぐ」+反復継続の意味を表わす「ふ」で、何を和らげるかというと、神様の心を和らげるということ。神職の「ねぎ(禰宜)」や、いたわる意味の「ねぎらう」も「ねぐ」の仲間。
「あはれ」は、「あ」+「はれ」で、ともに感動すると自然に発生する声から生まれたことば。

⑤おなじことばでも使い方が違えば別語とするモノ分類に対し、働きが似ていれば同じことばだと考えるのが働き分類。例えば、「うつす」は、「映す」「移す」「写す」と漢字を当てれば違う言葉になるが、共通する概念は「移動」。

⑥渡来した漢字が和語のようになっている例があること。
「むぎ」は、外来語の「麦」が日本語化したことばにすぎない。「麦(ばく)」の「ば(ba)」の呉音のb音が次に入って来た漢音でm音に変化して「む(mu)」となり、また「く(ku)」のk音と「ぎ(gi)」のg音は喉の形が同じで転換したもの。
紙を意味する「かみ」も外来語で、渡来した漢字は「簡」で音は「かむ」、それにに「i」が付いて「かみ」ということばになった。
一方、書くという意味の「かく」は、文字を書くことのなかった古代日本にすでにあった和語である。掻いて表面の土や石を欠くということばだった「かく」を「書く」という意味に転用したのだ。


 個別の言葉の由来について、いろいろと面白い例が紹介されていました。これには著者の推測も含まれています。
①顔の部分を表わす言葉「め(目)」「はな(鼻)」「みみ(耳)」「は(歯)」は植物のことばと似ている。「め(芽)」「はな(花)」「み(実)が二つ」「は(葉)」。これは偶然の一致でなく、植物の成長過程や部分との共通認識があったということである。

②「つめ(爪)」とは「つめ(詰)」で、手の先にある末端だから「おしまい」という意味。

③「かみのけ(髪の毛)」は、上のほうにある「かみのけ(上の毛)」というところから来た。

④「ひ(日)」がさまざまな派生語を生んでいる。「日知り」から「ひじり(聖)」が生れ、「ひる(昼)」ということばを生み、
「ひ(日)」はまた「か」とよばれ「ふつか(二日)」「みっか(三日)」となり、「かよみ(日読み)」から「か」が「こ」に転じて「こよみ(暦)」となった。

⑤季節のことばでは、「はる(春)」は、張る、晴る、墾るの時期だから、「あき(秋)」は、収穫の時期で十分に食べることができたので「あき(飽き)」と名付けられ、「ふゆ(冬)」は「ひゆ(冷ゆ)」から来た。「なつ」の語源は、「あつ(熱)」が変化したという説があるがよく分からない。古代ギリシャでは夏という季節がなく三季だったともいう。

⑥「あめ」は、「あめ(天)」「あめ(雨)」「あめ・あま(海)」を全部含むことばで、古代の人々はもともと「天」を指し示す言葉として使い始めたのではないか。似たことばに「そら(空)」があるが、これは実のないことを意味する「そら(虚)」で、「そらごと(空言)」「そらみみ(空耳)」「そらんずる」などと同類。

⑦水が一杯の「うみ(海)」は昔は「み」とも言い、「みず(水)」の古語は「みづ」で、これも「み」と言った。さらにあふれることを「みつ(満つ)」と言った。

⑧「こころ」ということばは、「ころころ」の詰まったもので、「たま」と同じく丸いものと考えられていた。一方、欧米では心臓はハート形、中国では小さな四角形の「方寸」と考えられていた。

⑨「あそぶ」の「あそ」は「ぼんやりとした状態」。「あそ」と「うそ」は仲間のことばで、「うそ(嘘)」とは、ぼんやりとした中身のない話のこと。似たものとして使われる「いつわり(偽り)」は、間違った内容をいい、まったく異なる。

⑩回転することをいう「まわる」は、旋回する「まう」に「る」が付いたことば。「まう」と「おどる」では動きが違う。「おどる」の古語は「をどる」で、「をど」とは上下運動をいう。この「をど」は、「おどろく」とも関係があるかもしれない。

⑪男女が新たな縁をつくることを意味する「むすぶ」と、発生する、生えるを意味する「むす(生す、産す)」、生命が生まれるような湿度が高くて熱い状態を意味する「むす(蒸す)」には、生命の誕生という共通点がある。「むす」に「こ」や「め」が付いたことばが、「むすこ」と「むすめ」。

⑫「はし」には本来「間」の意味があった。「はし(箸)」も「くちばし(嘴)」も二本の間でつかむから「はし」、「はし(橋)」も両岸をつなぐから「はし」と言った。


 仲間語として、挙げられていたものは次のようなものです。著者は、発音の細かい差は気にせず、意味の上から仲間語として考えた方がいいと主張しています。
「さき(咲き)」、「さけ(酒)」、「さかり(盛り)」、「みさき(岬)」
「ひ(日)」、「ひ(火)」
「はる(晴る)」、「はる(春)」、「はる(張る)」、「はる(墾る)」、「はら(原)」、「はらう(祓う)」
「あき(飽き)」、「あき(秋)」、「あきらかにする(明らかにする)」、「あきらめる(諦める)」
「とこ(常)」、「とき(時)」
「うつつ(現)」、「うつる(映る)」「うつす(移す)」


 結論としては、漢字が日本語のもつ働きの意味を奪ってしまっているので、漢字から日本語の意味を考えることをやめて、ひらがなで考えることが重要と主張しています。漢字の使い方をもう少し慎重にして、ひらがなでじっくり考えるようにしたいものです。

清水茂の二冊

  
清水茂『遠いひびき』(舷燈社 2015年)
清水茂『翳のなかの仄明り―詩についての断想』(青樹社 2004年)


 先日読んだ『詩と呼ばれる希望』に続いて、清水茂を読んでみました。『遠いひびき』は、11章のそれぞれが独立したテーマをもった随想集、『翳のなかの仄明り』は、長年、著者が考察や感想を書き溜めていたノートから、いくつかをまとめた一種のアフォリズム集で、二冊の性格は異なります。

 『遠いひびき』は、『詩と呼ばれる希望』の翌年の出版で、冒頭のボヌフォワの思い出を綴ったエッセイは、その続篇のような性格ですが、そのほかは、死や別れ、喪失としての死、この世に残す記憶、あの世につながる扉や橋、手紙などのテーマをめぐって、静謐でもの悲しさが漂う随想が収められています。ここには清水茂の最上の部分があるように思います。

 例えば、少し長くなりますが、次のような文章。「いちばん遠いひびきは何だろうか。私がまだなかば夢のなかにいたときに、はじめて耳にしたひびきは何だったのであろうか。何も覚えていない。あれやこれやとひっきりなしに音楽を聴きたがったり、自然のなかのさまざまな物音に耳を傾けていたがったりするのは、もしかすると、いまだに想い出すこともできないその遠いひびきを探し当てたいと思っているからなのではあるまいか・・・そして、自分の人生の最後の瞬間に、もう一度だけ、それがはっきりと聞こえてくるということもありはしないだろうか」(p200)。

 一方、『翳のなかの仄明り』のアフォリズムという形式には、短さゆえに説明不足で分かりにくいところがあり、またひとりで悦に入っている自己満足的な印象もあり、あまり好感が持てません。内容も、クラシック音楽の話題をちりばめたり、海外生活の一コマに触れたりと、典型的な文化的エリートのにおいがする。私は、そういう点で、断然、『遠いひびき』の方が好み。


 このテイストの違う二冊から、共通のテーマのようなものを私なりに探ってみますと、大きく4つのテーマが見えました。
①宇宙の記憶という神秘主義的な考え方:ギリシアの墓碑に死者の記憶を永遠にとどめようとする意思を見、中世の壁画のおぼろげな色彩にはかなさを覚えた著者は、記憶が失われることへの無念さに心を痛める。著者は、神、あるいは記憶し回想し夢想する宇宙というものを想定し、「神あるいは宇宙の記憶に委ねる」という言葉に救いを求めようとしている。存在したというその事実そのものはどのような時間の作用によっても否認することはできないと。

②詩や芸術の原初のかたち:幼な児は、一切が名をもたずに実質そのものとしてそこに在る原初の世界に放り出される。成長とともにものの名を知ることにより一つの世界が開かれると同時に原初の世界は閉じていく。しかし幼な児のなかに宿り続けた原初の記憶は詩の温床となる。詩の欠如とは、人々がなまの世界との接触をとおして自らの世界像を作らなくなってしまったことから生じるものだ。

③(②の変奏として)癒しとしての芸術のあり方:かつて芸術は、中世の大聖堂のようなものも含め、苦しみを癒してくれる力を持っていた。が、現代にあっては多くは意味を放棄し苦痛や暴力を語るものになってしまっている。本来は、小鳥が巣をつくるように、魂が居場所を整えようとするのが音楽や絵画や詩である。そこには魂にとっての、どこか遠い故郷の匂いのようなものが宿っているはずだ。鳥の囀りを聞くとき、居合わせたよろこびに心を震わせるだけで、鳥の囀りを他のものと比較はしないのに、人々は、オペラ劇場で、「このまえ聴いたソプラノのほうがもっと上手だったわね」と言う。
→一方、清水は、娯楽の芸術というものに対しては、存在は認めるが、自分にとっては、それに対する批評も含めて無意味だと言う。このあたりが、文化的エリート臭があって残念だ。

④詩の意味とリズムについて:言葉には二つの側面があり、一方は意味作用だが、詩においては当然音の要素が重視される。翻訳もまた詩でなければならないとすると、リズムは作者自身の固有のものであり、翻訳者との隔たりは免れ得ないので、テクストのリズムを完璧に蘇らせることは決してできない。

J.-H.ROSNY AINÉ『LA FEMME DISPARUE』(J=H・ロニー兄『消えた女』)


J.-H.ROSNY AINÉ『LA FEMME DISPARUE』(COSMOPOLITES 1925年?)


 幻想小説アンソロジーでよく掲載されているロニー兄の作品です。以前、『L’ÉNIGME DE GIVREUSE(ジヴリューズの謎)』という分身を扱った超自然的小説を読んだことがありますが(2022年11月5日記事参照)、本作は、幻想小説やSFのジャンルに入る作品ではありませんでした。

 大衆冒険読み物といった感じで、結局は一種の探偵小説。冒頭から自然を舞台とした追跡劇があり、一気に物語に引き込まれました。今回は謎解き小説で、ネタバレが致命的になるので、犯人解明の最後の部分は略しますが、およその物語は、次のようなものです。

若くして美貌のフランシスカ夫人は、手紙を持って、幼馴染の兄妹のところへ行こうと、森のなかを馬車で進んでいると、悪漢3人に襲われた。御者は殺されてしまうが、彼女は子どものころから森でよく遊んで熟知していたので、巧みに追っ手をかわして逃げる。一方、夫人の到着を待っていた幼馴染のシモーヌは、夜になっても来ないので、村長に連絡し捜索隊を出してもらう。捜索隊は、襲われた馬車を見つけ、中にあったスカーフを犬に嗅がせて、あちこち探す。森の湖の近くで彼女の帽子が発見されたが、ついていたダイヤがなくなっていた。近くに小舟があり、血しぶきの痕があった。

翌日、予審判事、パリから凄腕で評判の刑事もやってきて、調査が始まる。シモーヌフランシスカ夫人が何か不安に怯えていたと証言する。がそれが何かは分からない。刑事は、フランシスカをねらった事件か、単なる追剥か、決めかねた。捜索隊が、犯人を追い詰め、3人のうちの一人の確保に成功した。問い詰めると、3人組の一人元骨董商の男に誘われたという。その男は刑事もよく知っている狡猾な盗賊だった。捜索隊はまた、手袋を湖の対岸の岩場で見つけたと知らせてきた。次に、森の狩番から、こんなものが郵便受けに入っていたと封筒を持ってきた。それは、フランシスカから彼女の恋人シモーヌの兄ミシェル宛に書かれたものだった。

タイミングよく、兄が遠方から急を聞いて駆けつけてきて封を開けると、身の危険を感じているから、遺産の一部を兄妹に分けるという内容で、ほかに死んだと思っていた娘が生きていたという密告があったことを明かしていた。3人組のうちもう一人も、森で隠れているところを発見された。男は帽子についていたダイヤを持っていて、ミシェルが問い詰めると、フランシスカは小舟に乗って逃げたという。死んでなかったと知ってミシェルはホッとする。フランシスカ失踪の報を受けて、彼女の姪とその叔母の独身婦人もシモーヌの家にやってきた。ほどなく、パリに逃げていた元骨董商が愛人とともに捕まったという知らせがあった。

二人を村へ連れもどして尋問すると、この事件の首謀者は別の男で、その男からたまたまバーで依頼されたということが分かった。愛人はシモーヌになら話すと言い、首謀者の風貌について詳しく話す。その後、フランシスカの目撃情報ももたらされた。が、その周辺に聞き込みをしても収穫はなかった。刑事たちが戻ると、家に居たシモーヌはもう一度戻りましょうと提案した。シモーヌは医者も同行させ、聞き込みの際は知らないと答えていたフランシスカの友だちの家に直行すると、奥の部屋でフランシスカが譫妄状態で寝ているのが見つかった。さらにシモーヌは、驚くべき推理を働かせ、首謀者の人相書きを描いて、事件の真相を暴いていく。


 予審判事、凄腕の刑事らプロたちが事件に取り組むなかで、失踪した女性の幼馴染が素人なのに次々に謎を解いていくという痛快な探偵ものとなっています。登場人物の個性の描き分けが面白くて、次のような感じです。

予審判事は、静かで分別があり正確に仕事をこなすが、自らの洞察力の欠如を感じていて、事件が混み入ってくると、観察を続けて時が解決してくれるのを待っている。事実はそのうち自ら語り出すものだというのが持論。捜査を先頭で進めている者の意思を邪魔しないというのが取柄。

パリから来た刑事は、難事件を次々と解決する辣腕で評判で、現われただけで刑事と分かるような雰囲気、尋問する態度にもいかにも刑事らしい怖さがある。調査を進めながら、さまざまな可能性を推理し、それをみんなに披露する。シモーヌが次々謎を解いていくのを素直に悔しがる。

シモーヌは、予審判事の寛容さに感謝し、刑事の推理の中からヒントを得ながら、持ち前の想像力と女性の勘とで、事件の謎を一つずつ解決していく。悶々としている兄ミシェルの心を見破り、フランシスカ夫人との仲を取り持つのも彼女。 


 フランシスカ夫人の娘の名が、ロザリオから途中でロザリトに変わって、また最後にロザリオに戻りましたが、単なる印刷ミスか、呼び名がもともと変化するものか、よく分かりませんでした。