
リチャード・モリスはやし はじめ訳『光の博物誌―神話・絵画・写真・現代物理学etc.』(白揚社 1980年)
この古本は買ったときからカバーが外れていました。以前、2019年10月に3冊ほど光に関する本を読みましたが、今回は、その続きとして、その後買った本も含め5冊ほど読んでいきます。まずは総論的に、博物誌から。博物誌というのは私の好きなジャンルで、学生の頃は、澁澤龍彦や種村季弘の奇妙な博学知識がちりばめられたエッセイに耽溺し、その後、多田智満子の神話的博物誌やバシュラールの詩的博物誌(文学誌?)の洗礼を経て、魂、色、水、火、香、文様、塔、鏡、庭、円や多角形、数などについての博物誌的な本の蒐集に励み、このブログでも、このうちのいくつかについて書いてきました。
それらの本の題名を見ていると、博物誌という言葉はなくても、博覧会、宇宙誌、物語、漫遊記、神話学、地誌学、文化誌、文化史、文学誌などがあり、博物誌というものが、歴史、地誌、神話、民俗学、哲学、文学など幅広い領域から探求されていることが分かります。この本も、著者の経歴からすると、基本は物理学が専門のようですが、光について、神話、宗教、美術、写真などからも多面的にアプローチをしています。
物理の専門的な記述になると、途端に理解を越えたおまじないのように思えてくるし、それ以外のところは、だいたい知っているようなことが多かったので、身についたかどうか分かりません。科学の分野では私の分かる範囲で、新しく知り得た、あるいは忘れていて思い出したことをいくつか紹介しておきます。
まず、冒頭、宗教の視点から光についての考察がありました。その要点は、
光の主と闇の精霊が戦い合う二元論的宗教のゾロアスター教がキリスト教に与えた影響は大きかった。神と光を同一視し、光明がサタンに率いられた暗黒の軍勢と闘うという構図は、『新約聖書』全体を通してあちこちに見られる。ユダヤ教はすでに信仰体系が確立していたので、キリスト教ほど影響は受けなかったし、仏教もゾロアスター教的モチーフとしては、光輪や光明の仏としての阿弥陀仏があるくらいである。
次に、古代中世の哲学者、科学者が光をどう考えていたかについての記述も面白く読めました。
①ギリシアの哲学者のなかには、光が微粒子であると考えた人たちがいる。ピタゴラスは物体から放射される微粒子が眼に当たると視覚像が生ずるとし、100年後のエンペドクレスは、逆に、眼から放出された何ものかが物体に衝突して視覚が生ずるとした。両者とも光が太陽と関係があるとは思っていなかった。
②光の速度については、ガリレオが、夜、1.6キロ離れたところに助手を配置し、お互いに覆いをつけたランプを持って、片方が覆いを取りその光を確認すると同時に他方も覆いを取るという方法で、光の速度を測ろうとしたが反応のズレの方が多すぎて失敗。それに対し、そのほぼ30年後に、レーマーが何百万マイルも離れた木星の月を観測することで、光の速度を計算した。→調べてみると、木星の月イオが木星の裏側に隠れて消える現象が、地球と木星の間の距離の近い時は短く、遠い時は長くなることに気づき、その差は、光が地球の公転軌道の直径分を進むのに要する時間だと考えて、計算したということだった。
絵画が光をどう表現してきたかについては、
①光と影によって立体感をもたせようとする明暗法は、一部ヘレニズム時代のギリシア画家やローマの芸術家にも用いられたが、中世には忘れ去られた。その結果、ルネサンス以前の芸術の大部分について光の不在が特徴となった。
②それ以後の画家で、光の画家と言えるのは、光源がないように見える幻想的な光を描いたブレイク、ロマンチックなシンボルとして光を描くことを追求したターナー、対象を描くのではなく、対象を見せている光を描こうとした印象派の画家たち。
写真についても興味深い指摘がありました。
①カメラ・オブスクーラの原理は、12世紀には早くも知られていて、アラブの学者アルハーゼンは日食を観察するのにその仕掛けを用いていた。17世紀までには、持ち運びのできるカメラが開発され、19世紀初期には普及して、画家たちは透視図を描く際の補助として使ったり、ガラスに薄紙を重ねて自然の風景をなぞったりした。
②写真を作るには三つの要件がある。第一には映像を作り出すカメラ、第二には映った像を記録する何らかの感光物質、第三に、その映像を恒久化する何らかの方法。写真が誕生するまでには、第二と第三の部分で苦労があり、いろんな技術的な試みがなされた。
現代物理学に関する分野では、私の無知を曝け出すようで恥ずかしいかぎりですが、次のような話が刺激的でした。
①大爆発(ビック・バン)によって宇宙が創造されたとすると、それ以前には何があったのか。しかしこのような問いは、時間そのものが大炸裂の中で作り出されたとすると意味がなくなる。
②現在宇宙は毎秒数千キロというもの凄いスピードで膨張しているが、それは全体の星雲についてであって、星雲内で重力によって互いに結びついている星の距離は変わらない。
③宇宙が誕生したとき、原初の火の玉状態では、光が支配的であり、物質は脇役にすぎなかった。光があまりにも強かったので、最初の70万年のあいだは、安定した原子が作られなかったからである。その後は、物質支配期となった。200億年が経過していると考えられている。
④空間の湾曲というのはイメージしにくいものだが、一つの類推がある。トランポリンのように平たく引き伸ばされたゴムのシートの上に錘を乗せると凹みができるが、錘の近くに小石を置いてみると、小石は錘の方に滑っていく。小石に適当な速力を与えることによって、錘の周りを回らせることができる。これは錘が力を及ぼしたからではなく、空間が湾曲したためなのである。











