Émile Verhaeren『Le Travailleur étrange』(エミール・ヴェルハーレン『奇妙な仕事師』)


Émile Verhaeren『Le Travailleur étrange』(Ombres 2013年)


 この本は、8年前ぐらいにジベール・ジョゼフでたまたま目にした「PETITE BIBLIOTHÈQUE OMBRES(影叢書)」の一冊で、この叢書には、以前読んだPaul Févalの『Le Chevalier Ténèbre(暗黒騎士)』も入っていて、ラインアップが私の好みに合っていたので、買ったものです。13の短篇に、Frans Masereelという人の木版の挿画が54も収められています。

 ヴェルハーレンについては、むかし高村光太郎訳の『天上の炎』というのが文庫本で出ていたのを覚えていますし、同じ訳者による『愛の時』という詩集も所持しています。読んだことはありませんが、白樺派的な明るく実直な作風との印象を持っていました。象徴詩の解説本では、よくローデンバッハと並んで紹介され、神経衰弱三部作『夜』、『壊走』、『黒い松明』という病的な詩もあるとは目にしていましたが、そうしたテーマの散文作品があることも、ヴェルハーレンが自殺を図ったことがあるというのも今回初めて知りました。

 裏表紙の広告文に「du fantastique et de l’insolite(幻想的で異様な)」という文句がありましたが、まさしくinsoliteという言葉がふさわしい異様で頽廃に満ちた短篇が集まっていて、とくに凋落、崩壊、惨劇の場面で筆が冴えます。文章は、散文詩のように凝縮され吟味されているのと、それぞれの短篇が、例えば、「Visite à une fonderie d’art(彫像工場訪問記)」では鋳物用語、「Noël blanc(ホワイト・クリスマス)」ではキリスト教用語、「À l’Éden(エデンの園)」では劇場用語、「À Saint-Sébastien(サン・セバスチャンにて)」「Les arénes de Haro(アーロの闘牛場)」では闘牛用語など、そのテーマに沿った特殊な言葉が使われていて、久々に辞書を引きまくりました。

 各篇に共通するいくつかの特徴がありました。  
①何かをきっかけに世界が変貌する作品があること:芸術作品に囲まれ豪奢な社交生活をしていた一家が凋落する「La villa close(閉じられた別荘)」、キリスト絵画が闖入したことによる異教世界の崩壊を描いた「Contes gras(粘つく話)」、危険な町が一転平和で平穏な町になる「Un soir(ある夕べ)」、劇場終演後に降霊術師の指揮により悪霊が跋扈する「À l’Éden」、単なる田舎の教会が、クリスマスの夜だけマリアや天使が降臨し聖なる光で充満する「Noël blanc」。後の2作品は善から悪、俗から聖という好対照の物語。

②①も含まれるが宗教的な視点のある作品が多いこと:異教の肉感性がテーマの「Visite à une fonderie d’art」、熱心なキリスト信仰を伝える「À Saint-Sébastien」、キリスト教奇蹟譚の「Le travailleur étrange(奇妙な仕事師)」。

③極度の芸術愛好家が登場する作品がある:彫像や絵画、陶磁器の蒐集家が出てくる「La villa close」、卑俗な異教の芸術に浸り夢のなかでも淫する隠居が主人公の「Contes gras」、彫像に聖性を吹き込もうと奮闘する職人の登場する「Le travailleur étrange」。

④心の動揺、神経の苛立ちを内面から描いた作品があること:スリ、泥棒、売春婦の跋扈するスペインの廃れた町を旅し、相棒が居なくなった時に感じる孤独と恐怖感を描いた「Un soir」、廃業寸前の旅籠を運営する兄弟間の憎しみを描いた「À la bonne mort(良死亭)」、仲良し老女三人の何気ない会話に、かつて三人が熱愛し嫉妬し合った美青年の面影が去来する「Les trois amies(三人の仲良し女)」。

⑤ベルギーの農村生活や自然が描かれていること:村人が誇りにしている教会の塔を火災から守ろうとする「Au village(村で)」、農村の馬市の様子と惨劇を描いた「La foire d’Opdorp(オプドルプの市)」のほか、いたるところに村の生活が出てくる。とくに、ヴェルハーレンが幼少期に近くで育ったというエスコー河が何篇かに出てきて印象的。余談ですが、やはりベルギー作家のフランツ・エランスの「エスコー河の潮」というのを読んだことがあります。

 各篇の内容を簡単にまとめてみます(ネタバレ注意)。
1.Visite à une fonderie d’art(彫像工場訪問記)
無骨な労働者の手から美しいヴィーナスが誕生する工程を現場レポート風に綴っている。半裸の労働者たちは裸の女体像にまったく目もくれず作業をしており、ヴィーナスはそれを見て微笑んでるかのようだった。

〇2.La villa close(閉じられた別荘)
芸術品に囲まれ社交的で華やかだった一家があるきっかけで村八分になって財産も破綻、二人の娘と父親はともに病気で死んでしまう。家も、部屋は黴だらけ、家具は傷み、絨毯は虫食い、階段の手すりも外れ、壁にも亀裂が入った。明日には崩壊するだろう。不幸と凋落の美学が横溢した一篇。

◎3.Contes gras(粘つく話)
異教の神々が裸で跋扈する芸術を愛し、天井や壁に張り巡らしていた男が、遺贈された中世の宗教画を部屋に置いた途端に、天井から雫が落ちてきた。雫が雨のようになり、次々と壁の絵が溶解し、部屋がどろどろになって、太鼓腹の中国人形も骸骨のようになってしまった。この絵のせいだと、外へ放り出したが、溶解は止まらない。

◎4.Noël blanc(ホワイト・クリスマス
クリスマスの夜になると、雪で真っ白になった村を銀の衣裳に身を包んだマリア像が教会に向かって歩いてくる。空からは天使が舞い降り、教会のなかでは、天井、祭壇、壁龕、ステンドグラスに居た聖人たちも降りてきて、マリア像が教会に入ると、教会のなかは光で満たされた。翌朝明け方に、鐘突きの若者が教会に着く頃にはまた元へ戻り、若者は何も気づかない。

〇5.À l’Éden(エデンの園
劇場の幕が下り、客たちが馬車に乗って散って行った後、誰も居なくなった劇場のなかでは、隠れていた降霊術師が合図をすると、照明が点き、幽霊が集まってきて、建物を飾っていた神々と大道芸師も混じり、一体となって魔宴を繰り広げる。クレッシェンドのかかる音楽を感じさせる物語。

6.Au village(村で)
村人が自慢する教会の塔に雷が落ちた。村人は何とか火災から守ろうと、教会のまわりに集まり、バケツリレーをするが、火の回りが早く、鐘が落ちて死人が出、騒然とするなか風見鶏が溶け、梁が燃え、塔も崩れて、瞬く間に教会は燃え落ちた。救援隊が駆けつけたが時すでに遅し。これも凋落の一篇。

〇7.La foire d’Opdorp(オプドルプの市)
毎年、馬の市が開かれ、近隣の町から馬を買い付けたり、葬儀社が豪華な4頭立て霊柩車を出品して有名だったが、ある年に、荒れ馬が霊柩車を引っ張り回し、何人かが死に、大勢が負傷するという事件が起きてから、町には不吉なことが連続し、今や市の日もカレンダーから削除されようとしている。荒れ馬の引き起こすカタストロフの描写が眼目。

8.À Saint-Sébastien(サン・セバスチャンにて)
いつもキリスト像に祈りを捧げている女将の宿に、闘牛士の夫妻が泊った。夫が牛と闘っているあいだ、妻は女将とともに、キリスト像の前で無事を祈ったが、夫が牛に殺されたと知ると、闘牛場に駆けつけ、牛の角についた血をハンカチに浸し、取って返してキリスト像に塗りつけた。女将は泣き妻もその横で泣く。

9.Les arénes de Haro(アーロの闘牛場)
剣も赤い布も持たずに牛と対峙する闘牛士がやってくるというので、町は彼の噂で持ち切りだ。真っ白な衣裳に身を包み彫像のように微動だにせず立ち、オーラで牛を立ち去らした彼の姿に、娘たちは夢中となり、牛を殺したほかの闘牛士には目もくれない。

〇10.Un soir(ある夕べ)
スペインの廃れた町に泊まり、親友が外出したあと不安になり探しに外に出るが、乞食や疥癬病み、売春婦に取り囲まれ、這う這うの体で宿に戻る。すると何者かが部屋の前で様子をうかがっており、怖くなって、外に出て夜警を連れて戻ると、メダルを入れた箱がなくなっていた。親友が戻ってきて、明日警察に行こうということになったが、朝起きてみると、町の平穏な様子が気に入り、メダルのことはどうでもよくなった。不安から神経質になる様子を内面から描いた一種表現主義的作品。

11.À la bonne mort(良死亭)
フランドルからの巡礼を大勢受け入れている旅籠だったが、戦争で教会が破壊され、日曜日に、近くの町から呑み助が集まる程度になっていた。父と二人の息子がいたが、父が死ぬと、兄弟の仲が悪くなり、口も利かず、お互い罵るのに手紙を書く始末。ついに客も来なくなった。女中も病に伏せたとき、兄弟はひそかに相手の皿に毒を盛って、同時に死んでいった。旅籠の名前とは裏腹の救いようのない結末。

12.Les trois amies(三人の仲良し女)
毎週木曜午後4時に集まる老女三人。お菓子を食べながらたわいもない話に耽っていたが、教会でミサの途中に亡くなった老人の話となり、三人は心穏やかではなかった。というのは、三人はかつて美青年だったその男に恋し、嫉妬し合っていたからだ。

〇13.Le travailleur étrange(奇妙な仕事師)
昼は独楽や人形の職人だが、実は夜秘密の仕事をしていた。大聖堂のからくり時計の預言者像の一つが半身毀れ、それを直そうと全霊を打ち込むが、どうしても最後の魂が吹き込めない。自分の命と引き換えにと思いながらも自殺は考えなかった。が、鑿で膝を傷つけてしまいそれがもとで死ぬと、なぜか一晩で預言者像は元どおりになっていた。キリスト教奇蹟譚。