:ALBERT SAMAIN『AUX FLANCS DU VASE』(アルベール・サマン『壺絵集』)


ALBERT SAMAIN『AUX FLANCS DU VASE』(GEORGES CRÈ ET Cie 1914年)


 サマンを読むのは、短篇集『Contes(物語)』以来二冊目(2017年8月10日記事参照)。サマンの生前出版された第二作品集の再刊です。25篇の本編と、付録として、この詩集のために書かれたが何故か本にするとき省かれた4篇の詩、それにサマンが友人に宛てた手紙3通が収録されています。手紙にはいずれも『壺絵集』について言及があり、その理由で収録されたようです。この本は、口絵にはポール・コランの木版画、またそれぞれの詩のページの最上部と末尾に装飾が施されていて味わい豊かな体裁になっています。画像を少し載せておきます。
口絵
上部の装飾

 巻末に、詳細な異文の紹介がありました。それによると、ほとんどの詩篇が出版前に雑誌に発表されているもので、「メルキュール・ド・フランス」1895年4月号に2篇、1897年4月号に5篇、「両世界評論」1897年12月号に6篇、1898年8月号に10篇、合わせて23篇。初版は、メルキュール・ド・フランスから1898年11月22日に589部限定で刊行され、すぐ絶版になり、著者死後2年経った1902年に、再版『Aux Flancs du Vase, suivi de Polyphème et de Poèmes inachevés』(Société du Mercure刊)が出版されたとのこと。

 『壺絵集』と意訳しておきましたが、直訳すると『壺の腹に』となるのでしょうか、ギリシア壺の腹にはいろんな情景が描かれていますが、この詩集は一篇一篇がそうした壺絵の一コマとして書かれていると思ったからです。『古代壺絵集』とでもすればもっと雰囲気が出るのでしょうが、それはやり過ぎだと控えました。内容は、古代ギリシアを舞台にしたとても平明な詩で、ピエール・ルイスの『ビリティスの歌』を思わせます。『ビリティスの歌』の方が若干早く出版されているので、その影響は充分考えられます。詩の形式は、音綴の数え方にまだ習熟していないのではっきりとは分かりませんが、12,3音綴で韻も踏んでいて、aabbccddeeという形になっているようです。

 抒情的な調べがありますが、完全な抒情詩という訳でもなく、物語あるいは物語の断片のようなものが歌われています。古代ギリシアの牧歌的な情景や、夕暮れの風景を背景に、若い女性や恋人同士の姿が描かれています。ギリシアの神々やギリシア風の名前が頻出し、異教的ムードを盛り上げます。サマンの純朴な心情が溢れていて、やや気恥ずかしくなるぐらいです。

 サマンは三通目の手紙でも書いているように、友人に対して、「君は僕が生来の地を捨てギリシア文明に逃げたと言うが決してそんなことはない。私の詩のギリシアは表層だけで、羊飼いの名前がギリシア風なだけさ。現実を青い海の金色の島々に移し変えたものだ。僕は教会を捨ててないし、遠くから心に響いて来るのは村の夕べの鐘、十字架が傍らにある窓明かりだ」と、キリスト教への変わらぬ帰依を告白しています。


 一篇ずつ内容を簡単に紹介します。
〇LE REPAS PRÉPARÉ(食卓の用意):娘に食卓の準備を促す。果物や冷水のシズル感が漂う牧歌的情景。
LE BOUCHER(屠殺人):一転、屠殺の血みどろの光景、だが残酷な子どもたちは無邪気に喜ぶ。
◎AXILIS AU RUISSEAU(小川のアクシリス):春の夜明け、笛を吹く牧人は清らかな自然に包まれ自失する。
LA BULLE(シャボン玉):シャボン玉に興じる子。景色を鏡面に映して輝くが、パチンと消えてしまう。
◎LE SOMMEIL DE CANOPE(カノプの眠り):夕闇のなか海辺で恋人たちが黙って寄り添う。三日月と星のもと、眠りに落ちた女性へのキスは限りない平穏をもたらす。
〇LE CORTÈGE D’AMPHITRITE(アンフィトリテの一行):ギリシアの神々たちが薔薇色の海で繰り広げる明るく爽やかな光景。
〇MNASYLE(ムナシル):浜辺で山羊の交わりを見ながら倦怠の時を過ごす流刑の美青年。
LE MARCHÉ(市場):チーズ、果物、蜂蜜、卵。喧騒渦巻く市場で買い物をする母と娘。娘は大喜びで得意げに籠を下げる。
〇AMPHISE ET MELITTA(アンフィズとメリッタ):湖のほとり、夕暮れのなか手を取りあう恋人同士。貴重で神聖なひととき。
LA GRENOUILLE(蛙):少女の手に捕らわれた蛙。ひんやりとした蛙の小さな心臓が脈打っていた。
〇XANTHIS(クサンティス):裸身を水辺に映すクサンティス。が森の陰からサテュロスの角が見えおののく。短篇の「クサンティス」とは直接関係がなさそうだ。
LE PETIT PALÉMON(幼いパレモン):8歳の子が雄山羊と格闘して組み伏せ小屋に連れ戻す様子を母親が得意げに見守る。
〇HERMOINE ET LES BERGERS(ヘルミオネと牧人):夕暮れ、15歳で花のように優しいヘルミオネは牧人たちが奏でる音楽を聴き、大人の心へと脱皮する。
◎RHODANTE(ロダント):洞窟の暗がりの裸のロダント。外光が美しい身体を際立たせると、闇の中で半獣神の金の眼が瞬く。
LE LABOUREUR(耕す人):3月は耕作の始まり。朝早くから夕刻まで、牛と共に畑を耕す精勤な農夫の姿を描く。
LES VIERGES AU CRÉPUSCULE(黄昏の生娘ら):敏感な年頃の生娘二人が、お互いの不安な気持ちを語りながら宵闇迫るテラスで抱き合う。
MYRTIL ET PALÉMONE(ミルティルとパレモーヌ):若い男女の無邪気な戯れの途中乳房が剥き出しになった途端、真剣な瞬間が訪れる。
LES CONSTELLATIONS(星座):カシオペアアンドロメダ。夜、星座の名前を当てながら、空を眺める恋人同士。眼を閉じると心のなかに星空が広がるのだ。
NYZA CHANTE(ニザは歌う):5人の娘の賑やかな家庭。夏の暑い夜、父親の願いで歌の上手いニザが歌う。父親は皆と一緒にいるのも最後だと盃を傾ける。
LA TOURTERELLE D’AMYMONE(アミモーヌの小鳩):若いアミモーヌの胸の上の小鳩。雪のような羽根が肩に触れ、優しく愛撫されるのを思う。
〇DAMOETAS ET METHYMNE(ダメタスとメティムヌ):賢人と詩人が世界の神秘に触れる会話をする傍ら、田園の中で牛たちは草を食み鳴く。
〇PANNYRE AUX TALON D’OR(金の踵を持つパニル):ヴェールを旋回させてパニルは踊り、花となる。が急に止まると、ヴェールが身体にまとわりついて裸身を現わすのだった。
LA MAISON DU MATIN(朝の家):海辺に建つ白い家。子どもたちが貝殻を拾いに浜辺に駆けだし、家の前で母親が見守りながら清い空に酔いしれる情景。
LE BONHEUR(幸福):子に乳を飲ませ寝かしつける母親と、傍らで古書を繙き考えに耽る夫。一つ家のなか三つの魂が寄り添う幸福の姿。
LA SAGESSE(智慧):神に匹敵する智慧を持った老人の話を聞き、牧人はもっとすべてを知りたいと迫った。が、老人は黙ったまま。牧人は非礼を悟る。
APPENDICE(補遺)
〇CLYDIE(クリディ):色とりどりの束糸をほぐしていくクリディとお手伝いをするパレスの長閑な情景。
〇NÉÈRE(ネエル):まだ肉欲も知らぬ若いネエルは、サテュロスの悪だくみで、蜜の菓子と交換にキスをする。
L’AGRÉABLE LEÇON(心地よいレッスン):ティルスの笛を恋人のエグレが私もと練習するうちに、二人はキスをし、笛は足元に落ちる。
◎SOIR PAÏEN(異教の夕べ):アドニス、パン、ニンフ、ディアナ、エンディミオン。異教の神々が織りなす色彩と香りに満ちた一篇。


LETTRES D’ALBERT SAMAIN(サマンの手紙)
Ⅰ 1897年9月12日、マニーにて。
親しい友人に、自分の創作の態度についての悩みを打ち明けるとともに決意を語る手紙。他の人のようにひらめきを持続させることができず、束の間の情熱も次の日には醒めてしまう。生まれつき気力がなく、文学には向いていないと思うこともある。『王女の庭で』の次作(『壺絵集』?)のことを思うと眠りもできない。母親ももう歳だし、私ももう40歳になろうと言うのに、事務仕事に束縛されたままだ。しかし友情を頼りにして、とくに君のために詩作を続ける。今この場所しかないという覚悟を持って。

Ⅱ 1897年12月16日木曜
新聞に載った自分に関するさまざまな記事への感想。なかではメルキュール紙のレニエの記事に慰められたこと。本来あるべき位置に評価が定まってきていることと、新しい詩集の出版が約束されたことの喜び。調和と簡素な美を追求した古代風の詩はまた別の形で出版したい、と書いているのはこの詩集のことだろう。バレスの「根こそぎにされた人々」とワグナーの「マイスタージンガー」への評。

Ⅲ 1897年12月
両世界評論に掲載された詩についての友からの感想に対する意見。私のギリシア風は表層のもので、自分には北方のキリスト教の血が流れていると書く。