入沢康夫の詩集四冊

      
入沢康夫詩集』(思潮社 1992年)
入沢康夫『声なき木鼠の唄』(青土社 1971年)  
入沢康夫『かつて座亜謙什と名乗った人への九連の散文詩』(青土社 1978年)
入沢康夫『牛の首のある三十の情景』(書肆山田 1979年)


 異空間をテーマにした詩としては、「ランゲルハンス氏の島」の入沢康夫をはずすわけにはいきません。今回、手元にあった入沢康夫の詩集7冊にざっと目を通してみました。その中から、上記4冊の詩集に収録されていた異空間をテーマにした詩「ランゲルハンス氏の島」、「『マルピギー氏の館』のための素描」、「『木の船』のための素描」、「かつて座亜謙什と名乗った人への九連の散文詩」、「牛の首のある三十の情景」の5作品について書いてみたいと思います。『声なき木鼠の唄』に収められている「マルピギー氏・・・」と「木の船・・・」は『入沢康夫詩集』に入っていますので、実質は3冊の詩集ということになります。『声なき木鼠の唄』をわざわざ書いたのは、持っているのを誇示したいだけの話。

 不勉強で間違ってるかも知れませんが、おそらく、架空の空間を設定してそれを舞台に散文詩を展開させる試みを最初に行なったのは入沢康夫ということになるのではないでしょうか。岩成達也、多田智満子、井辻朱美、高柳誠など、いくつか思い浮かぶ作品は、すべて「ランゲルハンス氏の島」刊行(1962年)以降の作品です。                                          


 「ランゲルハンス氏の島」は、28篇の散文詩からなり、最初と最後の数篇を除いて、全体を貫くようなストーリー性はなく、各篇はそれぞれ独立した話になっていて、並び順は入れ替え可能です。カレイドスコープを見ているような感じで、全篇に語りの面白さがあり、読者のまっとうな素朴な読み、想像力の限界を裏切る奇想がちりばめられています。手品、イリュージョンを見ているような展開。ここで、思い当たったのは、詩人が奇想を実現するためには、架空都市という設定が実に便利ということです。

 例えば、
語り手が、ランゲルハンス氏の島で目覚めたとき、部屋のなかで少女が身うごきもできぬほどに括りつけられているが、それはなぜか(p48)。

その少女はランゲルハンス氏の令嬢で、鳥のドドを描いた絵を「お父さまの肖像」が逆さになってると言い張るが、ひっくり返してもやはりドドが逆さまになっただけの絵(p49)。

魚市場で冷凍の巨大な眼球が売られており、それは象の目玉であるが、やはり市場では魚として取扱うという(p50)。

配られたビラを持って帰って台所の壁に貼ると、ビラに書かれた器具が本物になる。亭主が気がついて買ってくるという話かと思えばそうでなく、ビラの絵がそのまま本物になるという(p52)。

絨毯屋の店主が絨毯の棒に化けているのを、「お前さん、また変な気をおこしたんじゃないだろうね」と、おかみさんに咎められると、たちまち頭のはげ上った店主の姿に戻り、こそこそと壁に立てかけられた絨毯の間にもぐりこんでしまう(p60)。

夏至の夜には広場は一面の泥深い沼に変る。その翌朝、窓の下には泥まみれの芙蓉の花が沢山落ちており、広場は完全に煉瓦で舗装された元の広場に戻っている。数日後の雨の日、そこを通りかかると、広場中央のブロンズの裸像に何万というかたつむりがびっしりと取りついている(p63)。→凄い情景ですね。

初版は200部で、落合茂という人の洒落た装画が付いているようです。ネットで調べるととても高値ですが、復刻版でもいいから安く手に入れたいものです。


 「『マルピギー氏の館』のための素描」(初出1967年)は、3~5行程度の短い散文詩29篇から構成されていますが、「ランゲルハンス氏の島」が島で起こったさまざまな別個のエピソードを連ねていたのに対し、外側から館について観察・憶測した内容を報告するような形で進行します。一貫して館が話題に取り上げられており、館自体が主人公と言ってもいいでしょう。奇想は相変わらず健在です。

 例えば、
館について、蛆、蚕、巨大ななめくじ、ついで蚕から大なめくじへとつながっている一本のパイプ、ビルの窓から地上へ垂らす人命救助袋のようなもの、と次々とイメージを展開したあげく、館は実在していると言い切り(p4~5)、

館の中では、奇妙な因果律が支配しているとして、壁が黒くなったり、翌朝再び白くなったり、ドアの上方につけられた獣帯記号や紋章も自由に変わったり、いや部屋は実は壁であり壁こそが部屋と言ってみたり(p8~10)、

入口から入るものは無限に入口から入口を入らねばならず、出口から出るものは無限に出口を出つづけなければならないとも(p14)。

そして、マルピギー氏に会おうと思ったら、中庭のプールのほとりで時を待たねばならない。きみがこれまでに殺して来たものの一列が目の前を過ぎ、その列の一ばんしんがりに、赤いはらわたをひきずって走る幻のような獣の一群が見え、次の瞬間に、それが水に映った館の影と二重うつしになって消えるのを認めたなら、マルピギー氏は、あの獣の一匹に身を借りて、きみの前に姿を現わしたのだ、と言う(p15)。

館は端の方から次第に腐っていくとか、このような館は亡び去るべきだと書き、今日もあこがれを石でたたく音が柱廊にこだましているという言葉で終わる(p16~17)。


 「『木の船』のための素描」(初出1969年)は、付記によると、補陀落渡海の舟や、古代史の舟葬の舟をイメージしたものらしいが、それを知らずに読めば、西洋の大型船だと思わせるような描写があります。この作品においても、詭弁的な非論理的な因果律が支配しています。次のとおり。
①乗組員はこの船の全景を知らず、細長い船室が上下左右前後に50~70連なっている。

②廊下がなく船員は船室のドアを通って移動する(金井美恵子『春の画の館』の構造に似ている)。

③なので船外の景色を見たものが居ない。

④これが船であるのも疑わしいが、波に揺れるような感じがあるのと、どこからか汐の香りがすることで、船員たちは船であると思っている。

⑤汐の香りは一つの船室から漏れており、節穴から中をのぞくと、内部に海があった。

⑥もし外部からこの船を見た場合は、「この船は一個の木箱に過ぎない・・・それが岩ばかりの国の果の、荒涼とした峡門を見おろす崖の上で、石の台座に据えられてかすかに腐臭を発している」(p24)という。


 「かつて座亜謙什と名乗った人への九連の散文詩」は、巡礼者兼建築家と言われる座亜謙什が陰の主役であり、座亜謙什の作った庭、絵図、「昨日見たときは階段のなかった家が、今日見直すと、階段はあって廊下がなくなってゐる」(p8)といった生きて動いている建物の群が出てきます。ひとつの架空空間を描く散文詩の系列からは若干外れますが、一種の異空間をテーマにしているという点で、「ランゲルハンス氏の島」からの散文詩の系譜上に位置するものと考えます。

 ただこの作品は、今回取り上げたほかの作品とは違って、詩法の実験といった意味が強いと思われ、詩の内容は簡単には把握できません(そもそも詩とはそういうものですが)。座亜謙什という謎の人物を追って旅する一行が呼びかける9の詩篇エスキスとして提示され、それが次々と第九のエスキスまで変奏されて行く構造になっていて、ひとつの詩よりも、詩集全体を考え構成した作品です。音楽で言えば、交響曲のようなものでしょうか。

 9篇×9エスキス=81篇となるはずですが、ひとつのエスキスの8番めが欠如しているのと、第二と第七のエスキスがないので、8篇×7エスキス=56篇が印刷されています。『声なき木鼠の唄』に収められている「声なき木鼠の唄の断片」と「声なき木鼠の唄の来歴」とで試みた詩法をさらに大掛かりにしたものとも言えます。


 「牛の首のある三十の情景」は、これまでの奇想を一段と磨き上げ、土着的で血縁的な雰囲気を醸成しながら怪奇なイメージを詩的文体に凝縮させた佳篇。私が読んだなかでは、入沢康夫の最高作ではないでしょうか。20年前に一度読んだときの読書ノートには、「はじめの数首の詩に圧倒されて思わず買ってしまった」と書いていました。

 「牛の首のある六つの情景」、「牛の首のある四つの情景」、「『牛の首のある八つの情景』のための八つの下図」、「牛の首のある三つの情景」、「牛の首のある二つの情景」、「牛の首のある七つの情景」の合計30の詩篇があり、そのうち最初の一篇の冒頭の「昨日の昼屠殺された牛どもの金色の首が」という具合に、直接牛の首が登場するのが17篇、「二本の角」とか「牛小舎」、「牛のように頸の太い」とか、比喩で触れられている詩篇が6篇、それ以外は牛の影らしき暗示が感じられる程度です。

 「太鼓のすり打ち」、「山羊が次々と咽喉を裂かれ」、「檻の中にゐるのは・・・私の娘だ」、「原色の羽毛で全身を飾った男」、「祭列の先頭には、張り子の牛の首が担がれ」、「牛の首をした精霊たち」など、どこか土着的共同体的な雰囲気が立ち込めている一方、「廃止された駅の建物」、「宿の廊下」、「階段を降り続けている」、「橋」、「病院めく建物」、「運河」、「舗装道路」、「都市の広場」、「塔」、「街の角々に立つ石の標柱」、「地下室」、「爆破された教団の跡地」など、どこかの近代的な町の部分部分が情景として出てきます。これはまさしく架空の町をテーマとした散文詩と言えるでしょう。


 他に、少し異空間を感じさせる散文詩としては、『入沢康夫詩集』に収録されていた「転生」(詩集『夏至の火』所収)、「お伽芝居」(詩集『季節についての試論』所収)を挙げることができます。異空間テーマにこだわらずに面白かった詩は「石」、「虫」(いずれも詩集『夏至の火』所収)がありました。