Remy de Gourmont『Histoires magiques et autres récits』(Union Générale d’Éditions 1982年)
新書サイズですが、読んでいる途中でページがバラバラになってしまうほど分厚い本。グールモンは、「フランス世紀末叢書」の『仮面の書』(2010年11月13日記事参照)を読んだとき、読みづらい文章だったという記憶があり、また『Une Nuit au Luxembourg(リュクサンブール公園の一夜)』(2018年3月20日記事参照)でも、神学問答風の文章に辟易したのを覚えていたので、あまり気乗りしない読書でしたが、案の定、的中してしまいました。
「Histoires magiques」(18篇)、「PROSES MOROSES(陰鬱な散文)」(28篇)、「LE Fantôme(幽霊)」(12篇)という3つの短篇集、それに「L’AUTOMATE, conte philosophique(自動人形、哲学的小話)」、「LE PÈLERIN DU SILENCE(沈黙の巡礼)」、「LE CHÂTEAU SINGULIER(奇妙な城)」という独立した短篇、さらに「THÉÂTRE MUET(無声演劇)」(2篇)の演劇的散文と、「LE LIVRE DES LITANIES(連祷の書)」(3篇)という散文詩からなっています。各篇が、『仮面の書』同様、いろんな文人へ捧げられていて、当時の文人総覧といった感じ。
なかでは、「Histoires magiques」や「PROSES MOROSES」の諸篇、独立した短篇群が、具体的な物語で読みやすく、比較的面白く読めました。しかし「魔術物語」という本のタイトルの雰囲気からは遠く、主として、19世紀末から20世紀初頭の社会を反映した男女間の恋愛が中心で、不倫があったり、男の妄想、女の妄想があったり、女性遍歴が語られたり。
幽霊が出たり、神や牧神を幻視したり、不思議な伝承があったりと、怪奇的要素のある作品もあることにはありましたが、あと一つ、何か魅力に欠けていました。おそらく知性が勝ち過ぎたグールモンの資質なのでしょう。心底から神秘に溺れるということがなく、幻想味のある物語や詩を書くには向いていない人だと思います。
「Histoires magiques」は少し長めの短篇、「PROSES MOROSES」は掌編とも言える程短く、「LIVREⅠ―QUELQUES-UNS(何人かの男たち)」、「LIVREⅡ―QUELQUES-UNES(何人かの女たち)」、「LIVREⅢ―QUELQUES AUTRES(そのほか何人か)」の3部に分かれ、「LIVREⅠ―QUELQUES-UNS」では、プリマリーやパリエタル氏という共通の人物が登場する連作的な部分もありましたが、内容はいまいち。「LIVREⅢ―QUELQUES AUTRES」の「Chambre de presbytère(司祭館の部屋)」以降の数篇は、建物や部屋を想像力豊かに描写したり、古代を回想する文章になっていて、比較的佳篇が揃っていました。
最悪だったのは、「LE Fantôme」の諸篇で、ダマススとヒアシンスという男女二人が登場し、会話を繰り広げる連作短篇で、本質と形式をめぐっての哲学問答があったり、キリスト教の教義に関する神学問答があったり、抽象的で分かりにくく、この本でもっとも苦痛な読書となりました。が「Les Figures(聖像)」の次のアレオパギタの一節は貴重。「神は魂でなく数でなく秩序でなく大きさもなく平等でなく類似でもなく相違もない、神は生きておらず生命でなく本質でも永遠でも時間でもない、神は知識もなく賢くもなく統一も神性もなく善でもない、誰も神の何ものかを知らず、また神が何も知らないことを知らない、神は言葉でもなく、思考でもなく、名づけられもせず、理解もされない」。
「PROSES MOROSES」や「LE Fantôme」のなかでも、散文詩的な作品がありましたが、「LE LIVRE DES LITANIES」は完全な散文詩で、薔薇、花、樹の名前を百科事典のように網羅しながら、それを人間の姿や態度に擬えて描写し評価しています。
特別感じいった作品はありませんでしたが、何とか佳篇と思われるものをいくつかあげておきます。「Histoires magiques」では、次の5篇。
Les Fugitives(逃げていく女)
一人の女性の中にすべての女性を見、街中の見知らぬ女を追い求める男の欲望の果てしなさを描いたボードレール風散文詩。
Sur le seuil(戸口で)
「絞首台の館」と呼ばれる館には「牧師さん」と呼ばれる尊大な鷺が住み着いていた。領主の老侯爵がその鷺に「後悔」という別名がついている理由として、昔の思い出を語る。物心がついたとき、薔薇の花を摘めばすぐ萎れることを知り、そこから欲望はそれ自体を楽しみ決して実行してはならぬという哲学を身につけた。幼い頃から一緒に育てられた従姉妹を愛し欲望を感じたが、つねに戸口にとどまった。彼女が死ぬ際に、愛を告白されて、ようやく自分が愚かだったことを知ったと。
La Marguerite rouge(赤いマーガレット)
侯爵の未亡人の身体は誰も見たことがなかった。家系に伝わる伝説では、祖先が魔女狩りにあい、マーガレットの刻印を胸につけられ、その刻印が代々母から娘に受け継がれていて、愛した男はすぐ死ぬという。親戚の若い男が、その伝承を語ったあと、二人は恋に落ちた。侯爵夫人の胸には、実際に刻印があり、男は死んだ。未亡人は、その後激しい修道生活に入り、教会を呪いながら自殺同然に死んで行く。
La Magnolia(木蓮)
瀕死の婚約者のベッドの横で、司祭によって結婚式か通夜式か分からない式を挙げ、新郎は、木蓮の花を口に当て木蓮の下で待ってると言い残して死んだ。新婦はそれから毎晩、木蓮を見張り、ある夜、男の姿があったので駆け寄ったが、蛇のような腕で抱きしめられ殺された。みんなが倒れていた新婦をベッドに運び込むと、その手には萎れた木蓮の花があったという。
Danaette(ダネット)
一種の散文詩。夫人は、密会の約束があるというのに、雪が降り続けるのを呪っていた。「雪は空で天使が戦った結果落ちてくる羽根の破片」という女中の言葉が呪文のようになり、夫人は、雪の幻想の中で、雪に愛撫され、永遠の雪の世界へ旅立っていく。
「PROSES MOROSES」では、「LIVREⅢ-QUELQUES AUTRES」の後半の2篇。
L’Entrée des hommes d’armes(武人の入城)
中世の古城が今は旅籠になっている館。中庭で昼食をとりながら、中世の騎士の入場を思い浮かべる。
Nouvelles des Iles Infortunées(不幸な島からの知らせ)
無人島で連れ帰ってくれる船を待つ男。野生の四つ足の女の群れを発見し、一匹を連れて帰るが、その眼に魅惑されてしまう。やがて立ち上がって人間の姿になった女に支配され、反対に自分が獣のように四つん這いになって草を食むことになる。船は迎えに来ない。
Hubert Juin(ユベール・ジュアン)の「PRÉFACE(序文)」では、
グールモンが国立図書館に勤めていたときに、子ども向けの要約本を書いていたのが賞を受けて、そこから作家への道を歩み始めたこと、
ベルト・クリエールという金持ちの夫人と出会ったことで、いろんな作家や画家と知り合い、文壇への登竜門が開かれたこと、
「愛国心遊び」というエッセイが当時の対独強硬派の逆鱗に触れ、国立図書館を解雇され、またその後雑誌への寄稿を拒否されるようになったこと、
そのころ、グールモンに顔の皮膚が爛れるという悲劇が襲い、隠遁するようになったこと、晩年は科学への関心が高まったことなど、
新しく知ることができました。