中平解のフランス動植物随筆二冊

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中平解『風流鳥譚―言語学者とヒバリ、その他』(未来社 1983年)
中平解『鰻のなかのフランス』(青土社 1983年) 


 この二冊は、中平解のなかでは、『郭公のパン』と並んで、かなりまともな随筆の部類ではないでしょうか。『語源漫筆』や『フランス語博物誌』では、フランス語やラテン語が頻出して専門的な印象がありますし、『フランス文学にあらわれた動植物の研究』にいたっては、フランス語がページの大半を占めていて、フランス語を知らないととても読めません。『フランス語學新考』、『フランス語学探索』は完全な文法書のようです。中平解は初めは言語学の道を歩んでいましたが、徐々に「フランス文学の背景学」とも言うべきジャンルに踏み入って行ったようです。

 かなり高齢になってからの執筆なので、自らの研究について回顧する言葉が多いのが特徴です。いくつか拾ってみますと、「フランスのことを知ろうというのは、大それたことだ、と言う人があるにちがいない。いや、わたし自身がそう考えている者である」(『風流鳥譚』p74)とか、「フランス語・・・これだけ広大無辺なものを、人間一代できわめようとするのは、どだい無理なことなのだから、何代もの時間をかけて、少しずつほぐして行くよりほかに方法があるまい」(同p49)と探究の困難について語り、あげくに、「自分の眼で姿を見、耳で声を聞いたわけでもないフランスの鳥のことを、専門家でもない文学者の書いたものを根拠として、厚かましく書いて行くのがいやになった。だから、ここで筆を捨てるのが一番いいのだが、それでは敗けたことになる。たとえ、このような不正確な記述があろうとも、恐れずに書き続けて行くことにしよう」(同p100)と煩悶を綴っています。

 フランスで生活したことがないのを悔やむ言葉が多いですが、「フランス人だからと言って、フランスのことが何でもわかるわけでないのは、日本人だからと言って、日本のことが何でもわかるわけではないのと同様である」(同p86)と開き直って、物事を深く注視することの大切さを説いています。「ぼんやりとした人生しか送らなかった者は、ぼんやりとしたまま死んで行くのであろう」(同p80)という言葉は耳が痛い。とにかく詳細を知ろうとする執念には狂気さえ感じます。


 この本の記述のなかのいくつかを、わたしが習っているフランス語の先生に確かめてみました。
①フランスの林檎は日本のより小さい(『鰻のなかのフランス』p118)。→先生によれば、日本では、間引きしたりして大きく育て1個単位で売っているが、フランスでは自然のまま小さく数多く育て、キロ単位で売っているとのこと。

②フランス人は西瓜を食べない。あるフランス人は、スイカアルジェリア人が食べる果物だと言った(同p141)。→フランスでも北の方に住んでいる人は夏に水分をそれほど欲しないので、あまり食べないとのこと。このフランス人の発言には差別のニュアンスがあるとも。

③フランスでは、ヒバリを食べ、鏡の光でヒバリをおびき寄せる鏡猟(chasse au miroir)という言葉があり、その鏡のことをmiroir à alouettesと言う(『風流鳥譚』p13、p62、p64)。→ジビエとして食べていると思うが、ヒバリとしてレストランに供されることはない。Le miroir aux alouettesという言いまわしがあって、「ピカピカしたものに魅かれて行ったがつまらなかった」という意味とのこと。


 その他これらの本には、いくつか面白い話題がありましたので、要約してご紹介しておきます。
①戦前の日本人はいろんな鳥の肉を食べていたらしい。著者も鶴、雁、キジ、ヤマドリ、ツグミなどを食べている。
戦前は石川、富山、福井、群馬、栃木などの各県で山の稜線に霞網を張って渡り鳥をとらえ、年間約400万羽の鳥を焼鳥として賞味していたという(『風流鳥譚』p19、p56)。→ネットで見ると、戦後、霞網猟は禁止されたとのこと。

②日本人は千年以上もの間、鶯をウグイスだと思い込んでいるが、ウグイスにあてている漢字の鶯は、中国では別名黄鳥と呼ばれている鳥で、ウグイスではない。フランスではこの黄鳥のことをloriotと呼んでいる。この言葉は「黄金の」を意味するラテン語から来ているから、中国とフランスとで命名の動機が等しい(『風流鳥譚』p101、p103、p144)。

③中国では鮎はナマズのことである。鯰という漢字は日本人の考え出した国字であり、アユのことは、中国では香魚と呼ぶらしい(『風流鳥譚』p146)

④「棚から牡丹餅」を待つことを、フランス人はattendre que les alouettes tombent toutes rôties(ヒバリが焼鳥になって落ちてくるのを待つ)と言う(『風流鳥譚』p22)。

⑤日本はかつてフランスから大量のウナギのシラスを輸入していた。昭和52年度の農林水産省の調べによると、フランスから、日本産シラスの十分の一弱が輸入されていた(『鰻のなかのフランス』p32)。


 『鰻のなかのフランス』で、フランスで食べたリンゴや梨が甘くておいしかったというのを読んでいたら、猛烈に、フランスへ行って食べてみたいという思いが強くなりました。焼き栗も。あと、赤ブナと言われる大きな樹や結局学名しか分からなかったPrunus Pissardiという樹も見てみたい。