何かの気配を感じさせる音楽 その②

 前回(5月6日記事参照)の続きで、不安を掻き立てるような揺らぐ響きのある音楽について書きます。書いているうちに分量が多くなってしまったので、今回はロシアの作曲家のなかでも、リムスキー・コルサコフだけにします。リムスキー・コルサコフのCDは何故かたくさん持っていました。いくつか重複している曲もあります。
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スペイン奇想曲他』(LCB-088)
『サトコ』、『見えざる町キテジ』、『金鶏』は、いずれもスヴェトラーノフ指揮、USSR交響楽団
 このCDはコルサコフの歌劇の管弦楽作品を中心に名曲を集めたものですが、きわめて録音が悪い。それはともかく、前回書いた「サトコの伝説によるエピソード」の縮小版のような歌劇『サトコ』「前奏曲」以外には、次の3曲に何かが起りそうな気配を感じさせる空気を濃厚に感じました。いずれも冒頭部分です。

 歌劇『見えざる町キテジと乙女エヴローニャの物語』組曲の「荒地への讃歌」は、冒頭、ホルン?と低弦が長音を奏でるなか、ハープがグリッサンドを繰り返し、弦がさざめくようなリズムを刻むのが、何かの予兆を感じさせ、木管が鳥の囀りを模すなど、自然描写が1分30秒ぐらいまで続いて、メインの主題に繋げます(https://www.youtube.com/watch?v=3Quc76IkRHM)。途中、弦や管が一斉に音を打楽器的に出して驚かせる部分があり、終結部も弦と管が一斉に音を出した後、ハープのグリッサンド、弦の震えとともに終わります。

 同組曲の次の「ケルゲニッツの戦い」も、冒頭、同じ短いフレーズが絶えず繰り返され、風雲急を告げ、何かが迫ってくるような慌ただしさを感じさせます。たぶん戦闘が迫っているのでしょう。弦の小刻みなリズムが強まったり弱まったりするなか、冒頭のフレーズが木管から金管へと楽器を変えながら、1分ほど続きます(https://www.youtube.com/watch?v=3GYIStEipK8)。その後主題らしきものが登場し、やがて戦闘が始まったのか大混乱の騒ぎになります。

 歌劇『金鶏』第1幕「序曲」は、勇ましいファンファーレが15秒ほど鳴り渡った後、すぐだらりとした気分になり、その後不安感やおどろおどろしさはないものの、夢幻的で神秘的な雰囲気が全曲を通じて持続します(https://www.youtube.com/watch?v=9iJIari2re8)。中心の楽器は、クラリネットとハープで、クラリネットの旋律には東洋的なテイストがあり、催眠術を掛けられるような感じになります。最後はまたファンファーレが鳴り響き、唐突に終わります。

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『ANTAR』(hyperion CDA66399)
SVETLANOV/ The Philharmonia
 この曲は、当初は交響曲第2番として作曲されたものですが、後に交響組曲として編成され直され、死後出版されたもののようです。最初の曲「ラルゴ」の冒頭部分に、何かの気配と煽るような曲調が感じられました。ホルンらしき低音が夜明けを感じさせるように重々しく響くなか、3音のフレーズをいろんな楽器が繰り返していきます。背後にはティンパニーが小さくやはり3音を打ちます。それが延々と続き、次第に高鳴って行くのが、何かが起りそうな予感を抱かせます(*)。2分ぐらいして、少し悲しみを帯びた主旋律が登場しますが、ティンパニーの3音がまだところどころで不気味に鳴ります。開始後4分ぐらいから5分過ぎまで、また何か起こりそうな気配が少しあります。2曲目の「アレグロ」も冒頭、風雲急を告げ差し迫ったものを感じさせるようなパッセージがありますが、1分ほどで終わります(*)。(*の2ヶ所を引用しようとしたらHyperionからたぶん著作権の関係でブロックされました)。

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『Kashcheï the Immortal』(VL2018-1)
Samuel Samsud/ Moscow Radio Choir and Orchestra
 歌劇『不死身のカチュシェイ』全一幕の完全版ですが、これもきわめて録音が悪い。全部で3場あり12曲が収められています。
 1曲目の冒頭40秒ぐらいまで、低弦のうねりとトレモロで始まるのが、何かが起こりそうで、次の木管で奏でられる下降音も不気味な感じがします(https://www.youtube.com/watch?v=ANmcQ2SuT_A)。
 4曲目の4分20秒あたりから、弦が目まぐるしい旋回するようなフレーズを細かく持続させ、主旋律が断片的に混じるのが、不安定な印象があります(https://www.youtube.com/watch?v=9aBgL_v_njA)。7分40秒ぐらいからは、今度は弦の下降音がひとつのパターンとなって最後まで続くのも不安を余韻として残します。
 5曲目も、冒頭1分ぐらいまでは4曲目の不安感を引きづっています(https://www.youtube.com/watch?v=1jWd_wK_6n4)。その他の曲にもところどころ反復技法などがありますが、あまり記憶に残りませんでした。

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SCHEHERAZADE』(DECCA443 703-2)
RICCARDO CHAILLY/ ROYAL CONCERTGEBOUW ORCHESTRA
 これは『千夜一夜物語』にインスピレーションを得た有名な作品で、ヴァイオリン協奏曲的な色彩もありますが、交響組曲という位置づけになっています。昔からよく聞いたものですが、期待していた雰囲気には出会えませんでした。
 かろうじて1曲目。1分40秒ぐらいから、弦がひとつの波形を繰り返し続け、その上に木管や弦が主旋律を奏でます。この波形は船を漕いでいるようなリズムを感じさせます。この波形はずっと続き、途中少し曲想が変わりますが、5分ぐらいから次第に強いリズムが刻まれて、ティンパニも轟き、音量も大きくなってきます。これは、タイトルが「海とシンドバッドの船」ということですから、船が大洋に乗り出して大海原に出ていく感じがします(https://www.youtube.com/watch?v=EAHWvGdLQYs)。弦や木管のうねりが反復するのが、波を現わしているかのようです。

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『Suites:The Snow Maiden/ The Golden Cockerel他』
Donald Johanos/ Czecho-Radio Symphony Orchestra
 このCDには、『雪娘』、『金鶏』、『ムラダ』の歌劇をそれぞれ管弦楽組曲にアレンジしたものを収録していますが、『雪娘』と『金鶏』に少し気配を感じる曲想が含まれていました。
 『雪娘』の「Introduction(序奏)」は、初めから終わりまで、不安定な情緒が支配しています。冒頭強い音で始まるとすぐ穏やかな曲調に変じて、弦の小刻みなリズムの上に木管が鳥の声を奏します(https://www.youtube.com/watch?v=Hec570te82Q)。1分50秒頃から旋回するような弦のフレーズが繰り返し背景で演奏されるのが、何か煽るような感じ。しばらくすると低弦の重々しいフレーズが登場し暗雲の垂れ込めたような雰囲気になります(https://www.youtube.com/watch?v=N0crbffPWdw)。
 『金鶏』は四つの組曲に直されたもので、最初の「Roi Dondon dans son plais(宮廷のドドン王)」は初めに書いた『スペイン奇想曲他』のCDの第一幕「序曲」と重複しているようなので割愛。
 2曲目の「Roi Dondon au champ de bataille(戦場のドドン王)」は、冒頭から重々しく始まりますがすぐ冷め、1分40秒あたりから再び同じ重々しい楽想が繰り返され、何かがやってくるような雰囲気に包まれます(https://www.youtube.com/watch?v=O8Wpys0FTeE)。
 最後の曲の「Mariage et fin lamentable du roi Dondon(婚礼とドドン王の哀れな末路)」も冒頭から弦が小刻みに音階をあげていき、何かの兆しを感じさせる雰囲気(https://youtu.be/mTLl1C_-7aI)。がすぐに金管のファンファーレで中断され、また弦が現われ、という具合に交互に繰り返され、やがて楽しい曲想になりますが、また突然おどろおどろしいテーマが現れ、混迷を深めていきます。

 コルサコフは、このほか、ピアノ協奏曲、五重奏曲、弦楽六重奏曲、ピアノ三重奏曲や歌曲のCDも所持していますが、これには該当する部分はありませんでした。
 ロシアの作曲家はまだいますが、また次回に。