何かの気配を感じさせる音楽 その③

 気配を感じさせる音楽がないかと、『ロシア音楽の祭典』のCDに入っていた作曲家を追ってきましたが、これまで取り上げた以外のロシアの作曲家では、ムソルグスキーに濃厚に現われているようです。私の知っているのは「展覧会の絵」と「禿山の一夜」ぐらいですが、ともにリムスキー・コルサコフが遺稿に手を加え、「展覧会の絵」ではピアノ原曲をさらにラヴェルがオーケストラ用に編曲しています。
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展覧会の絵、はげ山の一夜』(PHILIPS PHCP-1688)
リッカルド・ムーティ指揮、フィラデルフィア管弦楽団

 「禿山の一夜」は、気配を感じさせる音楽の筆頭に挙げるべき作品で、全篇そうした雰囲気に貫かれています。とりわけ冒頭の小刻みな高弦のリズムと重金管(こんな言葉あるかな?)の咆哮が出色です。あまりに有名なので引用するのもどうかと思いますが(https://www.youtube.com/watch?v=rwZXdxQCHj0)。その後、グロテスクで滑稽な節回しがところどころ挿入され、最後は、悲哀、寂しさの混じった弔鐘が嫋々と奏でられます。

 「展覧会の絵」では、全般的に描写的で、何かを感じさせる気分が濃厚ですが、とりわけ、次の3カ所にそれを強く感じました。2曲目の「こびと」は、冒頭から50秒ぐらいまで、何かが蠢いているように音を引き攣らせたような短い弦のフレーズと、木管群や鈴で奏でられる下降する音階の二つの部分が交互に応答する構成で、とくに下降する音階が何かを予感させます(https://www.youtube.com/watch?v=3fynmDVSLmg)。12曲目の「カタコンブ」は、朗々と鳴り渡る重金管の響きに想像力をかきたてる不気味な調子があり、14曲目の「バーバ・ヤガーの小屋」は、強烈な打音で始まる冒頭から1分10秒ほどして、ファゴット?の奏でる怪異なフレーズと弦の揺らぎに、何かの気配が感じられました(https://www.youtube.com/watch?v=keh4RvN3sRc)。

 恥ずかしながら、ムソルグスキーのそれ以外の作品をあまり聞いたことがなく、たまたま手もとにあったCDに収められた「コヴァンシチナよりペルシアの奴隷の踊り」(『Exotic Dances from the Opera』)を聞いて、冒頭の不安定なメロディに少しそうした部分を発見したぐらいです。

 気配の音楽を書いたロシアの作曲家として次に挙げるべきは、やはりストラヴィンスキーになるでしょう。実際にそれらの楽曲を書いたのはフランスでなので、ロシアの作曲家とするのは異論もあると思いますが、ロシア生まれ、かつリムスキー・コルサコフの生徒だったので。
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バレエ音楽火の鳥』(全曲版)(PHCP-3625)
コリン・デイヴィス指揮、王立アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団

 やはり「導入部」の冒頭にものすごい気配を感じます。宇宙が誕生するかのように初めは聞こえないほどかすかな音が次第に凝縮して、もやもやとした気配を形成していきます(https://www.youtube.com/watch?v=P-d2oP65J9U)。これは次の第Ⅰ部「カスチェイの魔法の庭園」まで続きます。その後、カプリチョスという言葉がふさわしいくらい、目まぐるしく飛び跳ねるような曲想が展開し、仙境にいるかのような夢幻的な美しさの「火の鳥の嘆願」の後半にまた気配のフレーズが復活したり、「イワン・ツァレヴィチが突然現れる」のホルンの悠揚とした響きに答えるように弦がトレモロで不安げな音を奏でたり、「夜明け」の終りから「魔法のカリヨン」にかけて何か起こりそうな慌ただしい雰囲気が巻き起こったり、そして「不死身のカスチェイ到着」で弦の震えが不気味さを煽ったりなどしますが、最後の「カスチェイの宮殿とその魔力が消えうせる…」でも終わる前にほんの少しだけ気配が現れます(https://www.youtube.com/watch?v=YO1vo-y-rjM)。蛇足ですが、最後の方にある「子守歌」は「展覧会の絵」の中に入っていても見分けがつかないような曲です。

 『春の祭典』はストラヴィンスキー自らが指揮している下記のCDです。
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バレエ音楽春の祭典』、バレエ音楽ペトルーシュカ』(ANC-39)
ストラヴィンスキー指揮 コロンビア交響楽団

 全体の印象を述べれば、「展覧会の絵」の直系という感じで、初めから終わりまで気配に満ちていて、どの部分を紹介すればいいか迷うほどです。序曲の冒頭からもやもやとした蠢動があり、徐々に騒がしくなり形を成してきますが、2分半ほどして冒頭のもやもやが再び現れる部分が気配が最高で(https://www.youtube.com/watch?v=s0xRMhT2wU0)、次の「春のきざしと若い娘達の踊り」の激しいリズムにつながり、そのまま気を緩めることなく進み、「誘惑の遊戯」、「聖者の行進」、「大地の踊り」でも渦巻くような音の洪水のうちに緊迫感が持続します。第2部の「序曲」も冒頭からしばらく冬眠から覚めるような感じの気配が立ち込め(https://www.youtube.com/watch?v=LTschDyMwPE)、最後の「いけにえ」においても、何か進行していくような強いリズムが刻まれます(https://www.youtube.com/watch?v=0tiyVnHbUak)。

 ストラヴィンスキーの他の楽曲では、『ペトルーシュカ』は『春の祭典』に比べるとおとなしく、かろうじて、不思議な雰囲気のする「見世物小屋」や不気味な「ムーア人の部屋」、何かがやってくるような「熊をつれた農民の踊り」などに気配を感じさせる部分がありました。『Scherzo fantastique』と『三楽章の交響曲』の冒頭も、もやもやしてヴェールに包まれたような空気がありますが、凝縮した力は感じられませんでした。

 ロシアの作曲家というと、第一に、チャイコフスキーとなりますが、手元にあるCDはごく僅かで、下記の2曲ぐらいしか思い当たりませんでした。何かありそうなので、また発見すれば取り上げたいと思います。
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PETER TSCHAIKOWSKY『Symphonie Nr.6 《Pathétique》』(Grammophon 427 220-2)
CLAUDIO ABBADO/ Wiener Philharmoniker

 「悲愴」は、引用するまでもない有名な曲ですが、第1楽章は、ファゴットが暗いフレーズを奏で、小刻みな弦が溜息のように音を吐き出して、暗澹たる気分で始まります(https://www.youtube.com/watch?v=KHzT7J0oQ38)。これはこの先に何かあるという感じではなく、全体をひとつの気分が覆っているという印象です。第4楽章も同様の気分が全体を支配しています。

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チャイコフスキー:バレエ組曲白鳥の湖』ほか(JPCD-1002)
渡邊曉雄指揮、日本フィルハーモニー交響楽団

 バレエ組曲白鳥の湖』、1曲目の「情景(白鳥のテーマ)」では、冒頭一瞬気配を醸成しますがすぐ主旋律に入ってしまうのが惜しいところ。6曲目の「情景(オデット姫と白鳥たち)」で、不安げなメロディを奏でる木管群にかぶせるように、金管ティンパニーが嵐のように暴れ、弦の揺らぎが感じられる部分が該当するでしょうか(https://www.youtube.com/watch?v=uYmu_12t66s)。『くるみ割り人形』については手元にCDがありませんが、「アラビアの踊り」などは、展覧会の絵とよく似た、東洋的な物憂さがあったように思います。

 グラズノフバラキレフに見出され、リムスキー・コルサコフの弟子だったので、気配の影響を受けているかと、持っているCDを片っ端から聞いてみましたが、下記の曲に、少し該当する部分があったぐらいです。
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『SALOME/THE KING OF THE JEWS』(CHANDOS CHAN9824)
Valeri Polyansky/Russian State Symphony Orchestra

 「サロメの踊り」が冒頭からしばらく夢幻的な雰囲気が続き何かもやもやとした気分が醸成されます(https://www.youtube.com/watch?v=R-drqIOXKD4)、その後の曲想はとてもオリエンタルな感じ。劇のための音楽『ユダヤの王』の「序奏」も夢幻的雰囲気があり、終わりかけには弦のリズムが何かありそうな予感を漂わせます(https://www.youtube.com/watch?v=ZiAmrSNibgs)。「第三幕第1場の間奏曲」では、「序奏」で予感させた弦のリズムが冒頭から大きく奏され、その後『展覧会の絵』の荷車が近づいてまた遠ざかっていく曲のような気配の音楽が続きます(https://www.youtube.com/watch?v=g6v8K_aHkvo)。

 19世紀のロシアの作曲家といえば、グリンカや最近よく聞いているルビンシュタインとダヴィドフ、それにアレンスキーなどがいますが、いまのところ思い当たりませんので、また見つけたら報告します。20世紀の作曲家はまた別項を設けて書くつもりですが、ショスタコヴィッチの交響曲第5番などは、気配の雰囲気をうまく生かした曲だと思います。

 ロシア作曲家のなかでの影響関係を考えると、バラキレフ(1837年生まれ)がいちばん年長、ロシア五人組のリーダー格で、リムスキー・コルサコフ(1844年)とムソルグスキー1839年)に作曲を教えています。リャードフ(1855年)はコルサコフに学んだようです。アレンスキー(1861年)、グラズノフ(1865年)、ストラヴィンスキー(1882年)もコルサコフから学んでいますが、アレンスキーは途中で破門されたと言います。ここで、バラキレフムソルグスキーコルサコフ-リャードフ-グラズノフストラヴィンスキーという「ロシア気配の音楽系列」が考えられると思います。プロコフィエフ(1891年)はリャードフとコルサコフに、ショスタコーヴィチ1906年)はグラズノフに学んだようです。

 ロシアの作曲家だけで、これだけいっぱいになってしまったので、先が思いやられます。次回からは、19世紀の同時代のフランス、ドイツなどの作曲家の作品、さらには20世紀中葉の次世代の作曲家にどう継承されたか、またこれらの作曲家たちに影響を与えたと思われるひとつ前の時代の作曲家についても書いていきたいと思いますが、私の能力にあまる課題で、うまく続けることができるか不安です。