何かの気配を感じさせる音楽 その①

 以前、ヴュータンのヴァイオリン協奏曲第4番について書いたときにも触れたことがありましたが(2011年10月29日記事参照)、ロマン派以降の曲で、何かが起りそうな気配を感じさせ、不安を掻き立てるような揺らぐ響きを聞くことがよくあり、それが最近また気になってきたので、どういう曲にそういった部分があるか、しばらく追いかけて見ようと思います。

 最初にはっきり意識したのは、ずいぶん以前に、『ロシア音楽の祭典』というCDを聴いたとき、最初の曲のバラキレフ「タマール」の冒頭の異様な雰囲気が気になり、そのまま聴いていると、ほかの何曲かにも似た曲想があって、それがとても魅力的に感じられたことがありました。その後、他のCDを聴いている時にも、同じ印象を受ける部分があり、その後いろんな曲を聴くたびに、同じテイストがないか探したりしました。しばらくして、象徴主義について、あれこれ本を読んでいるうちに、象徴主義の手法である「暗示」や「不可解さ」と共通するものがあるのではないかと思い当たりました。

 今回は、まず『ロシア音楽の祭典』のなかで、そういう印象受けた5曲について、どんなものかを説明し、さらにその作曲家のほかのCD作品にも言及したいと思います。今回、音楽の引用をユーチューブにアップすることで、聴けるようにしてみました。90秒以内なので引用として認められるとの判断です。
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『ロシア音楽の祭典』(キングレコード、KICC8130)
エルネスト・アンセルメ指揮/スイス・ロマンド管弦楽団

 バラキレフの「タマール」は20分ほどの曲。冒頭部の異様な雰囲気というのは、いきなり暗雲が垂れこめたようなティンパニーのトレモロで始まり、すぐに弦が上下にうねるように不安を掻き立てるフレーズを繰り返し、それに乗って重金管(こんな言い方はないと思いますが、適当な表現が見つからないので)が重苦しい長音を鳴らします。わずか30秒ぐらいですが(https://youtu.be/HPbTVcZAkgc)、また30秒ぐらいしてから15秒ほど続き、しばらく途切れ途切れに出ては消え、開始から4分20秒ぐらいから違った曲調になります。うねるようなフレーズが出てきても、もう不安感はなく明るく快活な雰囲気です。最後の方で少し雲行きの怪しくなりそうな感じが見え隠れしますが、何事もなく終わります。

 次は、リャードフの「ババ・ヤガー」。3分ほどの曲。冒頭部(~1分20秒ぐらいまで)が「禿山の一夜」を思わせるおどろおどろしい雰囲気で、何かがやってくる感じ(https://youtu.be/BllJ27ZJ5lU)。蝙蝠が飛び回っているように思えるところもあります。2分ぐらいから荒れ狂いの度を強めますが、急速にしぼんで、さらりと終わります。

 同じくリャードフの「キキモラ」(と書けば香山滋の『キキモラ』を思い出す人がいるかも)でも、冒頭に低弦が長い音を続け、木管群が揺れるような音を乗せ、その上にオーボエが悲しそうなメロディを奏でます(https://youtu.be/0oHqjorhdv8)。この冒頭部わずか30秒ほどが気配を感じさせる部分で、その後は、ピッコロやフルート、弦のピチカートなどで気まぐれに跳びはねるようなフレーズが出てきて、予想がつかない動きをし、次第に音楽が高鳴って盛り上がりますが、最後は「ババ・ヤガー」と同様、さらりとした終わり方をします。

 このCDのなかでいちばん濃厚にこの技法が表れているのが、次のリムスキー・コルサコフ組曲『サルタン皇帝の物語』の第2幕前奏曲「樽に乗って漂流する皇妃と皇子」だと思います。冒頭ファンファーレの後、弦が揺らぐような曲想を奏でますが(https://youtu.be/33bUkDY4L0o)、この「揺らぎ」が曲全体を支配していて、時にチェレスタのような甲高い音が断続的に入り、時に強く、また弱くなったりしながら、最後まで延々と続き、静かに終わります。朝靄の大洋を船がゆっくりと進んで行くようなイメージ。未知のものを前に冒険するような恐怖、不安を感じさせます。

 最後の曲、やはりリムスキー・コルサコフの「サトコの伝説によるエピソード」もこの傾向が強い曲で、冒頭3音からなる短い音形がゆっくりと繰返されます。昔のテレビシリーズ「世にも不思議な物語」の音楽に似ているような気もするが、それが6回目の繰り返しぐらいから倍のスピードで細かくなり、低音部で弦がうねるように長い音を奏でたり、管楽器が加わったり、そのうち遠くから雷が鳴るかのように、ティンパニーが轟いたりします(https://youtu.be/6cBUeRLGPs0)。開始後2分ごろに突然ティンパニーが連打されると、しばらく嵐に揉まれるような荒々しい調子になりますが、それもすぐ穏やかになり、3分ごろから明るい雰囲気の別の主題に取って代わられます。終わり頃また3音のフレーズが復活するが、支配的にならず終ります。

 これらの作曲家の別のCDをいくつか聴いてみました。バラキレフについては持ってなかったので、まずリャードフから。
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『Anatol LIADOV Orchestral Works』(MARCO POLO 8.220348)
Stephen Gunzenhauser/ Slovak Philharmonic Orchestra

 全10曲のうち、「ババ・ヤーガ」、「キキモラ」以外では、次の3曲に私の探し求めている技法がありました。
 4曲目の「魔法にかけられた湖」は、不安に搔き乱されるようなところはないものの、最後までゆったりとしたテンポを保ったまま夢幻的な世界を描きだしています。冒頭、ハープの打弦をベースに、弦が持続音を小さく奏で続け、30秒ほどするとハープがグリッサンドを繰り返し、弦の音が次第に大きくなって、音が上下しながらうねるようになり、そこに木管系の高い音が鳥の囀りのように入ってきます(https://youtu.be/B8TAjbWhsEU)。霧がかかった湖の風景を思わせます。徐々に音量が大きくなるほかは、とくに目立ったメロディもないのが特徴ですが、これはマーラー交響曲9番あたりの感じに近いものがあります。作曲が完成した年代もほぼ同じのようです。

 6曲目の「Nénie」は、冒頭は、木管がゆったりと音を持続させるなか、背後で弦が上下する音を奏で、夢みるような感じです(https://youtu.be/u_ZZ2B0uPlE)。全体にゆっくりとしたテンポで、「魔法にかけられた湖」とよく似て茫洋とした雰囲気。少し違うのは、弦が中心となって若干メロディらしきものを奏でるところでしょうか。

 10曲目の「黙示録からの断片」は、全体的に標題どおりのまがまがしい雰囲気があります。冒頭部は、金管に、弦のトレモロやハープのグリッサンド、それにティンパニーの強打などが入り混じりますが、全体としては朧げな雰囲気で始まり(https://youtu.be/CHsnZcV_Gsk)、終結部も、7分40秒あたりから暗雲が覆うような感じになり、ティンパニ―の乱打が余韻を残して終わります。曲が長すぎるせいか、まとまりのない印象があるのが残念。
 このCDでは、ほかに「インテルメッツォ」が繰り返しのフレーズで組み立てられており、何かが進んで行くような感じがありますが、初期の作品らしく、おどろおどろしさや不安感はありません。

 長くなりますので、今回はここまでとして、続きは次回に。