:MAURICE RENARD 『L’INVITATION À LA PEUR』(モーリス・ルナール『恐怖への招待』)

                                   
MAURICE RENARD 『L’INVITATION À LA PEUR』(TALLANDIER 1958年)

                                   
 この本も生田耕作旧蔵書。
ルナールの本は昨年の『LE VOYAGE IMMOBILE SUIVI D’AUTRES HISTOIRES SINGULIÈRES』(2011年8月11日記事参照)に続いて2冊目。


 このルナールという人はなかなかの筆力の持ち主だとあらためて感じました。この短編集にはいろんな種類の話が集められていて、ブリヨン風幻想譚であったり、マッドサイエンスものであったり、太古の森の神話的な幻想譚があるかと思えば、ほろりとなる秘蹟譚もあり、考古学的な恐竜の現われる物語や、あげくは馬鹿殿様(マッドサイエンティスト)を周囲の人々が気づかないふりをしながら助けるという喜劇タッチのものまでありました。

 共通しているのは、19世紀末から20世紀初頭にかけての科学信仰の時代を背景に、科学的な知識が物語のベースになっている作品群ということです。(「LA BERLUE DE MADAME D’ESTRAILLES(エストライユ夫人の幻覚)」と「LA CANTATRICE(歌姫)」の二編は科学臭が希薄ですが)

 科学的な説明を延々と続けるなど、ところどころ難しい文章もありましたが、読者の好奇心を刺激する文章で、全体的にはとても読み易く、小説巧者という印象を持ちました。

 巻末の目次に生田先生が〇とヽの評価をつけてられますが、私の趣味が異なっているらしく、少し違った評価になっているのが面白いところです。


 以下各短篇をご紹介します。(私の評価と生田先生の評価も書き添えておきます)ネタバレ注意                            

       
LA RUMEUR DANS LA MONTAGNE(山のなかのざわめき)―私◎生田ヽ
風景画家が山のなかで不思議な物音を聞きつけ、それが別世界からの物音と思い込み、少年時代に読んだ蜃気楼の町を思い出し夢中になるが、ある日ダイナマイトを使った工事のために物音がばったりと聴こえなくなり、探し回るうちに崖から落ちて死んでしまう。起伏のない話だが、作者の筆力で、豊かな世界を創りだしている。マルセル・ブリヨンの短編を髣髴とさせる。


MONSIEUR D’OUTREMORT(死の向こう側氏)―私○生田〇
何世代にもわたる貴族と平民との攻防の果てに、貴族が科学の力を借りた遠隔操縦車を使って、革命騒ぎで広場に集まった民衆に仕掛ける残酷な復讐譚。死んだはずの貴族が運転する車が右に左に民衆をなぎ倒す場面は死神が魂を刈り取る様相を呈す。生田先生は前作は評価せずこの短篇に〇をつけてらっしゃるが、貴族趣味がお気に入りだったのか。


L’HOMME AU CORPS SUBTIL(体の希薄な男)―私、生田ともに無印
身体を希薄化し、壁を通り抜けることができるようにする装置を発見した博士が、悪漢の銀行襲撃の計画に加担させられそうになり、計略で希薄化した悪漢を地球の奥深く埋葬してしまう話。この悪漢Morandはルパンやロカンボールを髣髴とさせる。Renardの悪い面、荒唐無稽なところが目立つ。


LA BERLUE DE MADAME D’ESTRAILLES(エストライユ夫人の幻覚)―私〇生田〇
 貴婦人が語り手の女友達と一緒に夫に会いに行く旅の途上、森の中で葦笛の音につられてふと紛れ込んだ古城のなかで、好色さを芬々とさせた一人住まいの城主と出会う。城主が巧みに注ぐワインの酔いで語り手が束の間居眠りをしているあいだに、貴婦人はその城主とアヴァンチュールをした様子。城主は好色な牧神だったのか。科学の要素は出てこないが好編。


L’IMAGE AU FOND DES YEUX(目の奥底の残像)―私無印生田ヽ
大富豪が眼に恐怖の残像が残る奇病に犯され、医者の元に通い眼に光を当てる治療を受け続けるが、その病院で日々貧しい子どもたちと接することで、病が徐々に癒されていく。一種の秘蹟譚。


LE BROUILLARD DU 26 OCTOBRE(10月26日の霧)―私〇生田〇
霧のなかでいつのまにか古代の時空に移動して人類の祖先の翼人を見る話。翼人に腕時計を奪われ銃をぶっ放す。現代に戻った後、目印と記憶を頼りにその場所を発掘すると、銃で撃たれた痕跡のある頭蓋骨や、腕時計を腕にした骨が出てくる。その時計にはパリオペラ通りの時計店の銘が入っており、また針は襲われた時刻をさしていた。荒唐無稽と分かっていても胸がわくわくしてくるのは不思議だ。語り手である植物学者と地質学者との掛け合いで物語は進行するが、その掛け合いが対比的で面白い。


LA CANTATRICE(歌姫)―私三重丸生田ヽ
『フランス幻想文学傑作選③』所収で一度読んだもの。音楽の魔力、神話的な世界が描かれ、背景にある海と夜が神秘さをいや増す。そして後半、謎の多い夫婦にさらに新たな謎の男が加わるが、その男が語り手と瓜二つという不思議さ。物語の魅力が横溢している。


L’HOMME QUI VOULAIT ÊTRE INVISIBLE(透明人間になろうとした男)―私〇生田〇
ルナールはH・G・ウェルズの信奉者だったようだが、この作品はウェルズの『透明人間』をベースにしている。透明人間マニアの科学者で独身の叔父を下宿させることになる一家が舞台。叔父は自ら透明人間になろうとし実験中爆発して一時的に視力を喪失してしまうが、透明人間は眼の暗室に焦点を結べないので盲目のはずだという理論に従って、自分が透明人間になっていると思いこんだ。そこで家族みんなで叔父が透明人間だというふりをして叔父を喜ばせる。マッドサイエンティストの滑稽で愛すべき一面が描かれている喜劇譚。