GÉRARD PRÉVOT『LE SPECTRE LARGE et autres contes fantastiques』(marabout 1975年)
GÉRARD PRÉVOTは、これで4冊目です。タイトルどおり幽霊譚、しかも幽霊が復讐する話が多いですが、彷徨譚あり、酩酊小説あり、ミステリーあり、ドタバタSFあり、チェス小説まであるという多彩な作品集。が、ここでも共通するのはオーステンデや北方の町の寒々とした風景です。
ガリマール書店の原稿下読みをしていた人らしい。文章が読みやすく、内容も私の趣味に合っています。嬉しくなってつい読んでない長編3篇の入った本をフランスへ発注してしまいました。
以下、各作品の簡単な紹介(ネタバレ注意)。
Le spectre large(大きい幽霊)
かつて女性に裏切られて自殺した男の霊が、精薄の男に乗り移って復讐を果たす話。行ったことのない地方から何度も謎の電話がかかってくるというのが不気味な雰囲気を盛り立てている。
○La simultanée(同時対局)
チェス小説。若島正氏はこの作品をご存じだろうか。元アマチュア棋士がふらりと立ち寄った町で、一人のプロが16人のアマチュアと同時対局するチェスの試合に気まぐれで参加する。順調に勝ち残った時、観客のなかに、かつての愛人を見つける。不思議なことに彼女から盤面ははっきりと見えない筈なのに、正確な打ち手を以心伝心で伝えてくるのだ。ついに主人公とプロの一騎打ちとなり、プロは焦燥の末に「この勝負なかったことにしませんか」と小声でささやいた。主人公が拒否して観客席を見ると、彼女はもういなかった。読後、絶望と後悔の余韻。
Swiss Made(スイス製)
映画評論家が、ある女性の復讐心から、監督やプロデューサー、映画雑誌編集者に喧嘩を売るように仕向けられたあげく、捨てられる。仕事も干されてしまい、最後は、目覚まし時計のベルが鳴ると同時に拳銃で自殺しようとする。スイス製の目覚ましが狂言回しのような役割を果たしているが、何ということもない一篇。
○La Putain bleue(青い娼婦)
抽象画が徐々に具象画に見え始める恐怖。これは新しい切り口で新鮮。奔放な女と知り合ったが、一緒に過ごすうちにその振舞いに耐え兼ね、酒に酔い潰れたあげく家に火をつける。彼女一人だけ火事で焼死したが、誰も彼を犯人と糾弾するものはいなかった。ある日友人の画家が訪ねてきて抽象画を残していった。初めは色と線だけだったのに、見るたびに殺した女の姿に近づいて行くのだった。
Le portail(門)
古典的な幽霊譚。列車で乗りあわせた老人から聞く不思議な話。軍隊でスパイ活動をしていたが、引退した後も、敵のスパイ組織から刺客を送り込まれる。窮地を救ったのは、亡き母が、生前散歩から帰って来た時によくしていた門を叩く合図の音だった。
◎L’interview(インタヴュ)
筒井康隆ばりのドタバタSF。ロボット研究第一人者の教授がラジオのインタヴュに招かれるが、放送中に狂態を演じはじめる。教授と思ったのは教授を殺してやってきたロボットだったのだ。
Le vendredi 13 décembre(12月13日の金曜日)
魔術師の息子が幽霊の信奉者になり、親を馬鹿にする話。魔術師対幽霊の魔法合戦のような雰囲気もあり。
◎Le temps se casse à chaque instant(刻々と時は崩れ行き)
最後は浦島太郎譚の趣きのある散文詩のようなタッチの彷徨譚。旅先で見知らぬ街なのに人々は旧知のように主人公を迎えてくれる。話のつじつまを合わせようと思いつくままに話を作るが、みんな驚きもせず聞いている。ある町に着くと、妹だという女性が肩に泣き伏し、他の人々も大喜びに湧くが、彼一人何も覚えていず淋しい気持ちを抱く。そして長い放浪の果てに故郷に戻ると、今度は親しかった友人の誰一人として彼のことが分からない。今や彼はどこにもいないのだった。
○La perle noire de Madras(マドラスの黒真珠)
そこはかとなくユーモアの漂うミステリー短篇。9か国から集まった外交官の会議の席で、忽然と黒真珠が消え失せた。身体検査をしようというフランス代表の発言にドイツ代表一人が蒼い顔をして拒否する。一斉に疑いの目が注がれたが、真珠はテーブルの下から見つかった。じゃ何故ドイツ代表は拒否したのか・・・。フランス人とドイツ人の対比が鮮やかに描かれている。
○Histoire de Marie Gadoue(マリー・ガドーの物語)
大人になることの寂しさがよぎる一篇。女の子が大事にしていた恐ろしい顔をした汚いゼンマイ人形は子どもたちの守護神だった。女の子が森のなかで狼に襲われたり、強盗に人質になったりした時、どこからか人形が現れ助けられる。少女になり魔女だという噂が立って遠い国へ逃げるが、人形を呼べるのは子どもだけなので、もう二人は会えないのだった。赤ずきんちゃんやジョスランの子守歌などが文章のなかに見え隠れしている。
○Le bal du rat mort(死鼠舞踏会)
幽霊の復讐譚。語り手は仮装して、仮面舞踏会へ行き、カジノで昔恋人だった女性の姿を見る。彼女はいま付き合っている男を破産させ、新しい金持ちに色気を振りまいていた。棄てられた男は間もなく海に身を投げるだろう。金持と一緒に車に乗り出て行こうとした所に主人公が立ちはだかり、車は道を外れて燃上する。語り手は以前その女性に捨てられ自殺した男の幽霊だったのだ。
○La mort à marée haute(満潮に死す)
これも幽霊の復讐譚。二隻の船が1日を挟んで、満潮時同じ港で防波堤にぶつかって難破した。小舟で船を誘導した男が逮捕され、船会社の女性が調査員として派遣される。その調査員が語るうちに、自らがかかわっていることが明らかにされていく。調査員は遭難した船に2回とも乗る予定だった。真相は調査員に棄てられ自殺した恋人の霊が小舟の男に乗り移って起こした事故だった。そして3回目ついに。
La fiancée de l’Ecluse(エクルーズの婚約者)
中年にさしかかり、女性も遠ざけた孤独な画家。ダッチワイフを手に入れて、婚約者であるかのように愛す。ところが町で出会った友人の連れの女性が画家を好きになって、家に訪ねてくるようになった。ダッチワイフと私とどちらを取るのかと迫られ、最後は捨てるように言われて、ナイフを突き立てると・・・落ちが見え見えなので興が半減した。
Un dimanche à Oursel(ウルセルのある日曜日)
愛人ができた妻に殺された霊が、寒村の冬に戻ってきて語る恨み節。ため息まじりの散文詩のような雰囲気だがあまりに茫洋としている。
◎La balançoire(ブランコ)
余韻の残る謎めいた一篇。恋人と森はずれの城を訪れた画家。この風景はどこかで見たことがあると思い当る。森の中を散歩中に恋人がいなくなり、見たことのあるブランコに初恋の人が当時の年齢のままでいた。かつてしたようにその初恋の人と会うために馬車で待ち続けていると、すべての輪郭、意味がほどけていき茫洋としてくるのだった。
10, rue de la Colline(コリーヌ通り10番地)
友人の振りをした女に裏切られた男が、祖母の霊の宿った猫の助太刀を借りて復讐する話。
Les tourterelles(小鳩)
誰からも相手にされない不具の娘には食品商が飼っている小鳩が生きがいだった。うるさく鳴かせるなら喉を掻き切るぞと脅す男がいて、夜小鳩とともに外に出る。戻ってきたら食品商の主人が喉を掻き切られて死んでいた。よく分からない一篇。
◎Une soirée à l’auberge des Gueux de mer(居酒屋の一夜)
酩酊状態を活写した一篇。水兵に連れて行かれた飲み屋で独り沈潜する男。客がどんどん入れ替わるなか夢とも現実ともつかない時間が流れる。霧が深まるなか孤独な雰囲気と酔いの感覚が歌われている。主人公は精神病院を脱け出した患者なのか、水兵はさまよえるオランダ人ではなかったのか、それとなくほのめかしがあるだけ。
Le bunker(トーチカ)
13歳の頃から砂浜のトーチカでよく遊んだ男女、18歳になってトーチカで結ばれ結婚する。しかし何年後かの誕生日に彼女は愛人がいることを告白する。それはトーチカにいたドイツ兵の幽霊だと言うのだ。男の嫉妬に彼女は去り、男はトーチカに行ってドイツ兵の幽霊と出会うが、その帰り交通事故で死に、トーチカの幽霊と友だちになった。それから何十年もして死んだ女がトーチカにやって来たが、男二人はカード遊びに熱中して見向きもしない。前半の面白さが持続しないのが残念。