Georges-Olivier Châteaureynaud『Le Jardin dans l’île et autres nouvelles』(Librio 1996年)
久しぶりにシャトレイノーを読みました。シャトレイノーを読んだのはこれで7冊目。この短篇集は、比較的初期の短篇集で、10篇の作品が収められていますが、『La Belle Charbonnière(美しき炭焼き女)』と同様、私好みの佳作が揃っていました。冒頭の「LE JARDIN DANS L’ÎLE(島の庭園)」を読み始めた途端、何か期待させるわくわく感があって、これが私の求める小説だと嬉しくなりました。
いろんな種類の幻想譚が収められています。悦楽郷に入りこむ「LE JARDIN DANS L’ÎLE」と「FIGURE HUMAINE(人間の顔)」、反対のディストピアを描いた「ZINZOLINS ET NACARATS(赤紫党と赤橙党)」、タイムスリップの結末のある「LA NUIT DES VOLTIGEURS(兵士たちの夜)」、亡き人が憑依する「HISTOIRE DU PÂLE PETIT JEUNE HOMME(蒼ざめ小柄な若者の話)」、貧乏神に取り憑かれる「L’IMPORTUN(邪魔者)」、神人譚でもあり骨董譚でもある「LE COURTIER DELAUNAY(仲買人ドロネー)」、おかしな建物が出てくる「L’INHABITABLE(とても住めない)」。
別の角度から見ると、「LE JARDIN DANS L’ÎLE」、「LA NUIT DES VOLTIGEURS」、「FIGURE HUMAINE」の3篇は、男のためのファンタスム的なお伽噺。ほかに幻想譚とまではいきませんが、ミステリー風味のある懐旧譚「CHÂTEAU NAGUÈRE(シャトー・ナゲール)」と、狂気を感じさせる男が登場する「L’ENCLOS(庭のある家)」がありました。とくに印象深い名篇は、「LE JARDIN DANS L’ÎLE」を初め、「CHÂTEAU NAGUÈRE」、「LE COURTIER DELAUNAY」、「FIGURE HUMAINE」、「ZINZOLINS ET NACARATS」の5篇。
シャトレイノーの魅力は、幻想的なテーマもさることながら、語りの細部が彫琢されていて、物語のなかに没入できるところにあります。作家としての手腕が傑出しているということでしょう。物語のテーマに沿った的確なエピソードの挿入、日常の観察にもとづいた現実味のある状況描写、現実と回想・妄想の微妙な混在、外面的な描写と心理的な描写の同時進行、地の文と会話体の巧みな接続、それに適切な省略・言い洩らしといったところでしょうか。
各短篇を少し紹介しておきます(ネタバレ注意)。
◎LE JARDIN DANS L’ÎLE
一度パーティで出会っただけの女性画家の住んでいる島に、夜汽車で向かう男。はたして会ってくれるか、男が居るんではと疑心暗鬼に苛まれる。荒れた海で激しい船酔いのあと、知り合った島の男から彼女についての情報を得る。独身だが、島の男たちは彼女に憧れていても前に出るとみな子どものようになってしまうという。女性を訪ねるという核心部分に向かって行くにつれ、男の期待と不安が募る。男の馬鹿さ加減と、女が寛容で与えてくれるものがいかに多いかが、対比的に語られている。
〇LA NUIT DES VOLTIGEURS
オートバイに追いかけられ、かろうじてある家に逃げ込んで気を失う。気がつくと、老婆が気付け薬を手にしていた。若い女性と二人でソファに運んだという。酒を飲みながら話しているうちに、若い女性の声や姿に魅惑される。彼女が帰る際、送ろうと申し出て、目隠しをするならと、手を引っ張られて着いた先は、パリとも思えない静かな彼女の部屋だった。真夜中に彼女の家から出る際も目隠しをされたが、銃声が聞こえ、思わず目隠しを取ると、前世紀の戦乱のただ中に居るのだった。異なる時空へタイムスリップする夢幻譚。
〇HISTOIRE DU PÂLE PETIT JEUNE HOMME
老作家である私は、ある亡き作家を偲ぶ会で、知らない若者に声をかけられた。亡き作家の伝記を書いているがいくつか質問したいと言う。亡き作家に会ったこともないはずのに、その場に居ないと分からないようなことまで知っているのに驚いた。その伝記が出版されると、大ベストセラーになったが、肝心の著者は死にかかっており、最後に言い遺したいことがあると、驚くべき告白をした。死後の魂が懐妊の瞬間の受精卵に憑依するという話。
◎CHÂTEAU NAGUÈRE
ハイヤー運転手が訃報欄に11年前に乗せた客の名前を発見し思い出に耽る。見るからに貴族然としたその老婦人がパリからボルドーへ行く旅のお供をした。彼女は30年前の地図を見ながら、途中いろんなところへ回り道をして、廃墟となったシャトーにたどり着くと涙した。帰路のホテルで、そのシャトーの1938年のワインを飲みながら彼女が告白した内容は、戦争でパリを脱出し母や弟を亡くしながら最後にそのシャトーにたどり着き葡萄作業に従事したという若き日の悲惨な話で、その道のりを辿る旅だったのだ。過去を懐旧する情がワインの熟成と響きあいながら溢れる名篇。行動の謎が結末で氷解するという一種のミステリー仕立て。
◎LE COURTIER DELAUNAY
骨董店主のところへ辣腕で有名な仲買人が取引を希望してきた。以前組んでいた店主が亡くなったという。彼と組んだ結果、客からのどんな注文の品でも、1週間もすれば見つけてきたので、利益は3倍にもなった。とてもこの世に存在しそうにない思い付きの品を頼んでみても、すんなりと持ってきた。私立探偵に尾行させると、家からほとんど出ないし電話もないという報告を受ける。好奇心に負けて、部屋に忍び込むと、骨董仲買人とは思えないがらんとした部屋だった。あの世を彷徨する幻想小説の断片を見つけ持ち帰ったが、翌日仲買人から取引を解消される。思い付きの品を頼んだとき、その品に店主の頭文字が刻印があるなど、その仲買人はすべてを見通し創造する神のような存在であった。
〇L’INHABITABLE
子どものころから、住んだ場所のせいで、閉所恐怖症になったり広場恐怖症になったり、喘息になったりと、住まいについて恵まれない男の話。絶えず発火する部屋や幽霊の出る部屋にこりごりして、大きな屋敷を借りることにする。駅からも近く申し分ないので下見もせずに契約した。と、とんでもないことに、家具などありとあらゆるものがすべて大理石でだまし絵風に彫られていて、館全体が一つの大理石から切り出した芸術作品だった。椅子も動かず、水も出ず、3日目に、今度は、太陽の照りつける南洋の藁小屋を目指して旅立つ。
◎FIGURE HUMAINE
事故で醜い顔となり今は声優で食いつないでいる元人気俳優。人々が目を背けるなか、一人の女性が温かく接してくれ、自宅で開いている夜のパーティへの招待を約束してくれる。出かけて行くと、10人の美女が集まるなか男は俳優一人だった。俳優が中心となって、みんなからちやほやされる。3回パーティがありその都度別の女性と深い仲になれた。時が経ち、招待してくれた女性はパリを去り、邸宅も建て替わった。俳優は邸宅のあった場所を訪れ、かつての楽園を思い出すのだった。男にとってのもてなしの究極を見せてくれる西洋版現代竜宮城。
L’ENCLOS
幼いころから孤児院で育てられた男。8歳のとき、ある家の庭を手入れしている夫婦を見て、エデンの園のアダムとイヴのようだと思い、女友だちをその家の前に案内し自分の実家だと嘘をついたりもする。努力して印刷所の主任となり、その家の権利を買い取ることを人生の目標とした。ついに契約の日が来て、男の緊張は絶頂を極めるが、男の異様な執念に夫婦は戸惑う。
L’IMPORTUN
子どもの頃、砂場で出会って以来30年、ずっとある男に付きまとわれた主人公。憧れの眼差しで見つめられ、歯の浮くようなお世辞を言われるが、襤褸を着ておできだらけで汚いので、まわりの人はみんな逃げて行く。それで主人公の起こした事業も結婚も何度も失敗した。警察へ駆け込むと、精神病院で鑑定を受けさせられた。絶望の極に陥った主人公はセーヌ川に身を投げるが、付きまとい男も同時に身を投げた…。疫病神に取り憑かれた物語。グロテスク・ユーモアの世界か。結末が尻すぼみなのが残念。
◎ZINZOLINS ET NACARATS
ある国で何世代にもわたって攻防を繰り広げた二つの勢力。反乱分子を制圧した赤紫党は、捕虜たちを、むかし蛮族が籠城した山上の砦に幽閉することにし、監視人もろとも下山できないように橋を壊し壁を閉じた。自給自足ができるように計画されていたが、やがて病気や飢えで死ぬものが続出し、気が狂う者も出る。囚人たちの3度にわたる反乱も何とか鎮圧したが、60年もの歳月が流れ、最年少者も80歳を越え、最後はよぼよぼの囚人と監視人が一人ずつ残るのみとなった。ようやく厚い石壁を爆破して下を見おろしてみると、見たこともない近代的な市街が広がっていた。異空間の建設と崩壊が叙事詩的に語られ、最後に現代の世界に引き戻される。