:HENRI DE RÉGNIER『Couleur du Temps』(アンリ・ド・レニエ『時の色』)

ルリュール中表紙
HENRI DE RÉGNIER『Couleur du Temps』(MERCURE DE FRANCE 1908年)


 ヤフーオークションで購入したもの。demi-reliure(一部革装丁)の美しい本。この本は1908年刊ですが、全体は4部に分かれていて、それぞれ「LE TRÊFLE BLANC(白いクローバー)」(1899年)、「L’AMOUR ET LE PLAISIR(恋と喜び)」(1901年)、「TIBURCE ET SES AMIS(ティビュルスと友だち)」(1897年)、「CONTES POUR LES TREIZE(13話)」(1903年)として書かれたものをまとめたもののようです。

 書いた時期によりそれぞれの文章に特徴があり、冒頭の「LE TRÊFLE BLANC」は、早い時期のものだからでしょうか、描写がしつこいぐらいに丁寧で、一人称で書かれているにもかかわらず、三人称的な客観性が感じられました。次の「L’AMOUR ET LE PLAISIR」の第Ⅰ章の文章は否定に否定が塗り重ねられ故意にまわりくどく技巧的な文章が続き、訳が分からなくなって久しぶりにお手上げ状態になってしまいました。逆に「CONTES POUR LES TREIZE」の諸篇は極めて平明な文章で速く読めました。

 タイトルどおり時間を意識した作品が多い。幼い日を回顧した「JOURS HEUREUX(幸せな日々)」「LA CÔTE VERTE(コート・ヴェルト)」、友人たちが次々に亡くなり時の経つのを恐れる「LES AMIS(友だち)」、前世紀・前々世紀の時空と交錯する「LE MÉNECHME(瓜二つ)」「LE PÈRE LA SARDINE(イワシ親爺)」「LE PORTRAIT DE LA COMTESSE ALVENIGO(アルヴェニゴ伯爵夫人の肖像画)」、魔の一刻を描いた「L’HÉSITATION SENTIMENTALE(恋愛のためらい)」、再建され始めた鐘楼を見ながら、崩落する前の姿に思いを馳せる「AU CAFÉ QUADRI(カフェ・カドリで)」。

 佳篇が多いなかで、「TIBURCE ET SES AMIS(ティビュルスと友だち)」の連作2篇が圧巻。おそらく実際の友人の死を悼んで作った作品でしょう。切々と語りかける雰囲気が極上で、日本の現代散文詩のような雰囲気もありました。

 各篇がいろんな作家に捧げられていて、それを見るのも楽しみでした。有名どころでは、マルセル・シュオブ、ポール・フォール、ヴォドワイエー、ポール・レオトー、エドモンド・ジャルー、クロード・ファレール、ジルベール・ド・ヴォワザン。


 各篇の概要を簡単に記します。
LE TRÊFLE BLANC(白いクローバー)
◎JOURS HEUREUX(幸せな日々)
 幼い頃、祖父の病気が重くなり母の看護について祖父の家に行った時のこと。二人の叔母の生活、カードゲームに興じる近所のおじさんたち、司祭に勉強を教えてもらったこと、農夫のせがれとの探検遊び、近所の姉妹との甘い思い出を綴る。田舎の自然あふれる風物が克明に描かれている。


〇LES PETITS MESSIEURS DE NÈVRES(ネヴル家の子息)
 手紙形式で、ある高貴な家に起こった不幸を物語る。厳格で行政手腕に優れた公爵にはひ弱だが知性ある長男と、乱暴者だが頑強な次男がいた。公爵は長男を鍛えようとしてかえって死に追いやり、次男を託された医師は、病気になれば乱暴も弱まると念じると、本当に天然痘に罹って死んでしまった。


◎LA CÔTE VERTE(コート・ヴェルト)
 幼い日々を回顧したほのぼのとした一篇。河口の町。友人や姉妹、それに避暑に来ていた女の子と丘に遊びに行ったり海で泳いだりした。秋になり女の子が帰る前日、みんなで別れを惜しんだが、ふとした瞬間に女の子の口が友人の頬に触れるのを目撃する。友人はその後女の子を追って町を出たまま帰ってこない。


L’AMOUR ET LE PLAISIR(恋と喜び)
〇L’AMOUR ET LE PLAISIR―HISTOIRE GALANTE(恋と喜び―艶話)
 修道院時代からの親友二人がそれぞれの夫と一緒に、ある侯爵夫人の別荘でひと夏を過ごした。夫らは未亡人の侯爵夫人を取り合いし、二人の妻はロバでの遠乗りの日々を送るが、ある日、村で隠居している老人から、かつて軍隊にいた時修道院を襲って修道女と愉悦の夜を過ごしたことを聞かされる。写真を見ると二人の師である修道女だった。その修道女はまた侯爵夫人とも知り合いで、隠居の老人に襲われそうになった侯爵夫人に慰めの手紙を書く。いろんな形でつながっている予想外の人間模様。


TIBURCE ET SES AMIS(ティビュルスと友だち)
◎LE DÉPART DE TIBURCE(ティビュルスの旅立ち)
 亡き友ティビュルスへ捧げるオード。夜明け友だちと馬に乗って町を出て近くの森に遊んだ日々を回想する。ティビュルスは亡霊のように随行し、美について語ってくれた。強靭な精神で導いてくれた友が亡き今、啓示を与えてくれた自然も謎めいたアラベスク模様、ヒエログリフのようになってしまったと嘆く。


◎LES AMIS(友だち)
 ティビュルスの死の最後の時を語り、友だちが形見分けの品を披露する。それぞれの思い出を語ってみんなの心は一つになった。だがそれも遠い昔の話で、友らはそれぞれの品と同様朽ち果て死んでいった。私も砂時計をもらったが、もう引っくり返したりはしない。時間が進むのが怖いから。


CONTES POUR LES TREIZE(13話)
〇UNE RUPTURE(破局
 旅先で惹かれた女性には男がいてかなり親密な様子。嫉妬するより女性へのそっけない態度が気に障った。ある日女性が別れを告げるのを盗み聞きする。別れ話にも無頓着な様子で煙草を燻らし旺盛な食欲を見せ続ける男。が暫しの後突然自殺したその顔には激しい絶望の表情が浮かんでいた。


〇L’INCUSE(古銭)
 ある骨董屋で高い鏡を買ってしまったと嘆く若い店主に、どんないい事が待ち受けているかも知れないと、昔古銭を手に入れたことで、古銭マニアの夫の妻を愛人とするに至った体験談を語る。イタリアを舞台に、古銭趣味と男女の愛をテーマにしたレニエらしい一篇。


◎LE MÉNECHME(瓜二つ)
 ヴェルサイユ宮殿を訪れ王の部屋でルイ十四世の浮彫を見た帰り、雨が降ってきて馬車に飛び乗ると見知らぬ老人と相席になった。老人が館の前で降りる時明かりに照らされたその顔を見ると、さっき見た浮彫と瓜二つ。老人が残した硬貨には1701年ルイ十四世の刻印が押されていた。


L’AVEU(告白)
 中東での長旅から帰ってくると、かつて愛した女性が今は友人の妻になっていた。女性は賭博に明け暮れた父への反動から平静な生活を望んだのだ。束の間彼女と再会しまた旅に出ようとした時、彼女からの手紙で、冒険的な生活への憧れを密かに告白される。


〇LE PÈRE LA SARDINE(イワシ親爺)
 若い頃従兄弟の家で、その地で有名なイワシ親爺とあだ名される狩りの名手を紹介される。策略を弄するような顔立ちが印象的だった。15年後入手した18世紀の回想録には女性を篭絡する手管が書いてあり、署名はイワシ親爺の本名と同じ名前だった。2世紀を隔てて二人の人物が呼応する。


〇L’HÉSITATION SENTIMENTALE(恋愛のためらい)
 女性に対して荒っぽく掻き口説くほど粗雑でもなく、申し出を待っているだけの臆病でもないと、繊細な手管を駆使してうまくやっていた男。しかし新しく目をつけた夫人には恋い焦がれて何もできなかった。ある日、夫人が買ってきた牧神像の魔力が乗り移ったおかげで、ついに夫人と結ばれる。


LA BAGUE(指輪)
 これまでの愛人たちは喜びも与えてくれたが苦しみの方が多かったと、新しく出会った優しい夫人との恋愛に期待をかけるが、彼女の指輪を手に取ろうとして落としたら、彼女が一瞬にして夜叉に変貌した。女性には期待しない方がいいと説く。


LE COUP D’ONGLE(爪の一撃)
 「人を危険に導く総量は同じだから、小さな危険に挑むことで危険の総量を小出しにしていく」との哲学で馬や車など危険な遊び方をする男。それは25年前に目撃した事件、平々凡々と規則正しい生活をしていた人の突然死から得た教訓だった。


LE RENDEZ-VOUS(デート)
 「昔の女性より今の女性は扱いが難しい」と口を滑らしたばかりに、「男が不器用になっただけ」と反論され、初めてのデートで二つの商店のあいだの家をデートの場所に指定され、恥ずかしくて行けなかった体験を例に諭される。


〇LE PORTRAIT DE LA COMTESSE ALVENIGO(アルヴェニゴ伯爵夫人の肖像画
 昔の生活に憧れてヴェニスの古い館を買い、以前の持ち主の伯爵夫人の所有していた家具を買い集めて暮らしていた男。はじめ誰かの気配だったのが次第に伯爵夫人の幽霊になり生身の姿を現すにつれ、今度は自分の体が軽くなって透き通り幽霊と化していく幻想に陥って死んでしまう。


CHAMBRE 18(18号室)
 好きな人との結婚を反対され、男から遠ざけるために各地のホテルを転々と連れまわされている娘が、両親とすんなりと手を引いた恋人に復讐するために、ホテルの隣室へ忍び込んで見知らぬ男と交わる。友人の体験談を羨ましがりながら語る話しぶりが面白い。


L’INEXPLICABLE(説明しがたいこと)
 自殺をする前に友に宛てた手紙。何も辛いこともなく、悲しくもなく、虚栄心からでもなく、酔っぱらってもいないが、これから自殺する。理由は説明し難い。ただある女性とのふとしたことがきっかけなだけだ。と旅先の中東で出会ったある女性とのほのかな恋の一瞬を物語る。


AU CAFÉ QUADRI(カフェ・カドリで)
 男の追想ヴェニスで一人暮らしの夫人に恋し、はじめ告白にもなびいてくれなかったが、サンマルコの鐘楼に登ったことで愛し合うようになる。二人でパリに旅していて鐘楼の崩落が報じられたと同時に、彼女はどこかに消えてしまう。永遠に続くと思っていた幸せもはかないものだった。1902年に崩壊したサンマルコの鐘楼を題材にした1903年の作。鐘楼は1912年に再建されたらしい。