:FRANZ HELLENS『herbes méchantes et autres contes insolites』(フランツ・エランス『悪意ある草―奇想短篇集』)

           
FRANZ HELLENS『herbes méchantes et autres contes insolites』(marabout 1964年)


 昨年パリの古本屋「L’amour du NOIR」で購入。フランツ・エランスはこれまで『FANTÔMES VIVANTS(幽霊のような人々)』という本しか読んでいません(2011年7月22日記事参照http://d.hatena.ne.jp/ikoma-san-jin/20110722/1311288936)。その時の印象は、大衆的な怪奇小説というよりは奇妙な人物を描いた純文学的な作品というものでしたが、今回はかなり本格的な幻想譚が集められています。

 全15篇。現代風の幽霊自動車の話、古代の魔術の呪い、現代の魔術、心霊術、マッドドクター、分身小説、奇蹟譚、賭博の神秘、失われた大陸の物語、命を吹き込まれた彫像、転生譚、幽霊譚などいろんなヴァリエーションが収められています。

 どの話にも共通しているのは、導入部が巧妙で、自然と語りの中に引き込まれる仕組みになっていることです。ある人物と出会う状況がまず説明され、その男が信じられない体験を語るという構成が多い。ポーの系譜に連なる作家だと思いますが、ポーほどの文章の濃密さはなく、また前回読んだサマンのような過剰な文飾はありません。文章はとてもやさしく、単語もはじめの一篇を除いてそんなに難しい言葉は出てきませんでした。

 どの作品もレベルが高く、オリジナルな奇想が一貫しています。◎作品が多かったなかでもとくに「Le dompteur de voix sauvages(声の調教師)」「Une restitution(返却)」「Le brouillard(霧)」がずば抜けているように感じました。私の好きなのは、「La courge(かぼちゃ)」「Une restitution」のような夢に見た風景が現実に現れるという話。これが何とも幻想味を醸しだしています。


 各篇を簡単に紹介します(ネタバレ注意)。              L’automobile fantôme(幽霊自動車)
 同乗させていた妻を自分の過失で事故死させてしまった夫が、廃人のようになり妄想に囚われる。それは事故でポンコツになった車が夜空を飛ぶ光景だ。最後は新車に生まれ変わった車に乗りこみ高速で走りまわるが、実際はベッドで腐敗した状態で発見される。


◎Tempête au Colisée(コロセウムの嵐)
 導入部の雰囲気が最高。ローマに遊んだ時コロセウムで小石を拾った主人公は宿に帰ってから悪夢にうなされるようになる。宿を換えても、パリに戻ってもますますひどくなるばかり。医者もお手上げだったが、友人のオカルトサークルで自動筆記をしたところ、小石は古代の呪符でそれが原因だと分かる。その小石は願いを叶える力があるが同時に犠牲を要求されるということだった。その小石をある博士に譲るがその博士は…。魔力の恐ろしさが全篇を蔽っている。


◎Le dompteur de voix sauvages(声の調教師)
 声を動物の形で取り出して調教するという奇想天外な物語。美声に憧れ2年間声を預けて啞になった妻に対して夫は傍若無人の限りを尽くし、妻は復讐を誓う。が声を取り戻してみると、いくら怒鳴っても夫はその美声に喜んで手を叩くのだった。それで別の復讐を考えるが、それが洒落た落ちになっている。


◎Le squelette d’or(金の骸骨)
 一種のSF。マッドドクター的要素もある。ナマコ研究者が水槽に入れる委縮液を切らして、倉庫の隅にあった別の容器の液体を使ってみたら、ナマコが金の糞をした。その謎を究明しようと実験を重ねるうちに、自らの骨も金に変じてしまう。骨が金になるという奇想と語りの面白さが魅力的。


◎Un crime incodifié(法律にない犯罪)
 奇想小説。田舎駅で顔見知りの作家と出会う。考えたことを別の人の脳に移す心霊実験をしてから、着想はあってもいざ筆をとると書けなくなる一方、被験者が次々に自分の考えた短篇や長篇を発表して大作家になったと言い、奴を殺しに行くからオルレアンまでの運賃をめぐんでほしいと。電車賃を無心する巧妙な詐欺師の作り話とも考えられる。作家の書き悩む心境が吐露されている。


◎La dame en noir(黒衣の婦人)
 賭博小説。事業資金をカジノにつぎ込んでしまい、すってんてんになった男が黒衣の女性に導かれるままに「2」に連続に賭けて、巨万の富を得て財布にねじ込んだ。だが抑制が効かず半時間でまた全財産をすってしまう。がっかりして列車に乗ると財布の中に初めの持ち金と同額がまだ残っていた。話の運びの面白さとともに乱高下の激しい賭博の狂熱的な雰囲気が伝わってくる。


〇Le double(分身)
 少し変わった分身小説。優しいが臆病で怠け者だった男が、ヨガの修行で自分の分身を作り出す。変っているのはそれが女性だったことだ。と同時に性格が激変、開拓者だった一族の血が復活し煙草農園で大成功する。分身との間に子どもができるとさらに激変し、従業員を殺す情け容赦もない暴君と化した。が分身とその子が消えると元の優しさを取り戻していた。


◎L’amour fait des miracles(愛は奇跡を起こす)
 ホロリとさせる奇蹟譚。大胆で幻想的な設計の野心に燃えていたが、町の人々の要求に応えているうちに凡庸なものしか作れなくなった設計士のところに、億万長者から夢の宮殿の依頼があった。昔思い描いた設計を思い出そうとするが、すでに20年を経て頭が空っぽになっていた。夫を愛することだけを目的に生きていたけなげな妻がその窮地を救う奇蹟を体験する。


〇Récit de Joseph-Arthur Ardisson-Jude(ジョゼフ・アルトゥール・アディソン・ジュードの物語)
 失われた大陸の物語。SF的要素も濃い。イースター島北東にアトランティス大陸が沈んだと確信し、海底に古代の遺跡を見つける。帰ろうとして島を見つけ上陸すると、その地中深くに煌びやかな宝石の装飾のある宮殿があり、古代の生存者が一人残っていた。彼は古代の科学の知によって何千年も生きながらえていたのだ。話の導入部が魅力的だが後半荒唐無稽な感じがある。


〇L’habit du mort(死者の服)
 妄想小説。大男だった父が礼服を着ている時に死に、同じく大男の息子は父を棺に入れる前に、その服を脱がして自分の礼服とした。葬儀は盛大に行われ、市長を交えた会食も次第に饗宴の様相を帯びてきた。突然誰かに「死臭がする」と言われた息子は動揺のあまり飲みつけないワインをがぶ飲みしフラフラになってしまう。妄想が次から次へ展開する中、最後に「服を返せ」という父の声に誘われるまま死ぬ。


〇Le portrait récalcitrant(反抗する胸像)
 命を吹き込まれた彫像のテーマ。アブラムが50歳の誕生日に贈られた自身の胸像。ある彫刻師がアブラムを盗み見しただけで正確な像を作りあげたものだ。アブラムはその胸像に満足し毎日眺め暮していたが、自分の顔色が悪くなるにつれて、胸像の顔色がよくなっているように思え、胸像の顔を石灰で白く塗ってしまう。すると顔色が元に戻った。幸せな日々を送るかに見えたが、ある朝石灰のように真っ白な顔をして死んだ。妻が胸像を見るとその顔は生気に輝いていた。


◎La courge(かぼちゃ)
 自らの過去を幻視する転生譚。お土産のカボチャの水筒を見ていると、東洋の風景が眼前に広がった。何度か幻影に遊ぶうちに、自分がカボチャの水筒を携えた隠者として登場し、その隠者が喉の渇きに苦しめられながら死ぬのを追体験する。その時唱えていた言葉を調べるとヒンドゥーの経文であることが分かり、自分がかつて東洋の隠者だったと知る。哲学に縁遠かった男が生存の神秘に触れるが、カボチャを通じてというところに、何かしらおかしさがある。


◎Une restitution(返却)
 夢のお告げにより過去の問題を解決する転生譚。夢に繰返しあらわれる町と人物。主人公は仕事も手につかなくなり夢で見た固有名詞を頼りに町を探し当てる。そこでかつて夢の中の人物が借金を返却しないと訴えられた未解決の裁判があったことを知る。その男の子孫の家を訪ねると、夢に見た男の肖像画があり、その傍らの鏡を見ると、その肖像画とそっくりの顔が映っていた。その人物は遠い過去の私だったのだ。逆に夢の中で私を見たという男とめぐりあい、訴えた人の子孫と分かり、借金を返済して長年の懸案が解消する。


◎Le brouillard(霧)
 幽霊譚。ある画家が異国の町に仕事で滞在していた時、宿の老女が猫を連れて毎晩話にやって来る。若い頃宮殿にマッサージ係として勤めていたことがあると言い、あなたは仕えたルイ2世によく似ていると髪の毛に手を入れたそうにする。その老女が死に猫だけが訪れた晩、机に向かっていると背後に老女の気配がして…。霧の町の描写が素晴らしい。


〇Herbes méchantes(悪意ある草)
 詩や箴言のような一篇。植物には自然があるだけで悪意はない。ただ花壇の秩序を乱すなど人間の規準に照らしてだけのことだと謳う。墓石に閉じ込められた死者は、植物の根っこをしゃぶりながら休む愉しみを奪われたと訴えていると言い、人間の手が自然の浄福を汚していることを糾弾する。