:Marcel Brion(マルセル・ブリヨン)“De l’autre côté de la forêt(森の向こう側へ)”

ikoma-san-jin2009-07-01

マルセル・ブリヨン『森の向こう側へ』

 2ヶ月近くかかってようやく1冊読み終えました。高い山に登った気分です。

 まったく見たことのない単語はあまりない文章なのに、長文でどうも意味がつかみづらい。夢と現実の境を行ったり来たりするのみで、具体的な話の展開、起伏が少ないせいもあります。さらにアダージョのような嫋嫋とした文章で、それを生活時間の関係で途切れ途切れに読んだため、ますます意味が分からなくなってしまったわけです。

 しかし今回は分からないなりに文章の海の中を泳いでいる時は気持ちがよく、一種の美しい散文詩を読んでいる気分でした。語学力のせいで意味が読み取れないという事実が、実はうまい具合に作用して、ブリヨンが描こうとした曖昧模糊とした幻想風景とうまく合致したのではないでしょうか。これは負け惜しみでしょうか。
 
 高校の頃、理解力が乏しかったことを良いことに、複雑で入り組んだものの美しさ、理解できないものに対する美を「難解の美学」として尊んだ時期がありますが、再びその頃に戻ったような感覚を味わいました。

 この作品は初版出版年がブリヨン71歳のときなので、60歳以降に書かれたものと思われますが、高齢に差し掛かった人が必ず味わう懐かしさが基調になっていると言ってよいでしょう。子どもの頃の思い出と女性との思い出。

 記憶と想像と幻影と冥界が一続きとなり、黄昏と夜明けの定かならぬ世界、霧と靄の朦朧とした世界をいつくしむ思い、失われたものへの哀惜の情、窓ガラスや鏡を通してみる世界、水面やオパール、ビー玉の半透明な質感、ランプや燭台の明かり、ラテン詩のフレーズ、シューベルトダウランドの楽曲、山の小道、断崖、教会、祭壇画、別荘、庭の小鳥、狭い山道を行く馬車・・・全体を覆う雰囲気はとても共感でき魅力的です。

 物語は『幻影の城』と同じような登場人物、場所の設定、雰囲気で進行します。不思議な町に紛れ込んだ旅行者が主人公です。この作品の場合は、年老いた作家がむかしの思い出のあるバーデンバーデンで作品を書こうと訪れるところから始まりますが、どこからが回想シーンか現実かが分からなくなってしまいます。途中で作者からの警告が入るとおりに、もしかすると、バーデンバーデンに着いたときから、すべてがすでに回想なのかもしれません。

 シューベルトの弦楽五重奏のコンサートをきっかけに若い女性と出会い恋に落ちます。森の空地での語らい突然蛇が現れるシーンはホフマンの「黄金宝壷」を思わせます。突然豪雨に見舞われ二人で避難したホテルの部屋での抱擁など、ブリヨンらしからぬ男女の愛もテーマになっています。中年の作家が若い女性に恋するという設定は、読んでいる途中「ロリータ」や「ヴェニスに死す」の雰囲気を感じさせられました。

 幼い頃に見た中国画のなかで、山道を歩く辮髪の中国人の後姿に声をかけたら一瞬振り返ったという回想や、夜が永遠に明けない夢の中の町、仮面が顔と一体となった女性など、ブリヨンらしい幻想シーンも各所に出てきます。

 「いちど発見したものは決して失うことはない」「失ったものをもう失うことはできない」の対句や、「夢みる者と夢みられる者が一体に」など美しいフレーズも満載です。(訳し方が間違えているかもしれませんのでご注意)

 ブリヨンはシュールレアリズムの時代に出発していると思いますが、小説の組み立て方は、ヌーヴォー・ロマンに近いものを感じました。