CLAUDE SEIGNOLLE『HISTOIRES VÉNÉNEUSES suivi de LA BRUME NE SE LÈVERA PLUS』(クロード・セニョール『毒のある物語集―「もう霧は晴れることはない」併載』)

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CLAUDE SEIGNOLLE『HISTOIRES VÉNÉNEUSES suivi de LA BRUME NE SE LÈVERA PLUS』(MARABOUT 1976年)

 

 新年初のフランス書。クロード・セニョールを読んでみました。セニョールを読むのは、『HISTOIRES ÉTRANGES(不思議な話)』を読んで以来(2010年12月31日記事参照)。その時、そんなに文章は難しく感じてなかったようですが、今回は、とくに「毒ある物語集」が意外と文章が難しく、単語も知らないのが頻出して読むのに難渋しました。 

 この本で出色だったのは、後半に収められた中篇「La brume ne se lèvera plus(もう霧は晴れることはない)」で、セニョルにしては珍しく、現代の都会が舞台、文章も平明で物語の中に引き込まれてしまいました。動詞がずっと現在形で語られていますが、これは生々しさを伝えるためでしょうか。肝心の細部の魅力は伝えられませんが、あらすじは次のようなものです。

3年間のインドシナ戦線兵役から脱走してきた主人公。それも一目金髪の恋人テレーズに会いたいがためだった。彼女の実家、勤め先、彼女が転職した先、さらに囲われた貴族の館と次々に訪ね歩くが、結局交通事故を起こした後誰かに連れ去られたと分かる。街をさ迷っていると、カフェの前で人が殺され、主人公は殺人犯の疑いをかけられそうになるが、カフェから見ていた女性が逃げる手助けをしてくれる。それがテレーズとよく似ているが、髪の色と声が違う。彼女はアンナと名乗り、街の暗黒組織の手先として働かされている。一緒にいる間に、ますますテレーズと思えてくる一方、彼女も自分がテレーズであるかのように振舞い出し、二人で南仏へ逃げようとする。しかし暗黒組織は主人公を巧みにおびき出し、非情にも葬り去る。 

 全体のトーンは、女の居所をつぎつぎと捜し歩き、悪の組織に立ち向かうというハードボイルドな雰囲気に包まれていますが、すこし見方を変えてみれば、一人の女性を追いかけるオーレリア譚のようでもあり(冒頭ネルヴァルに言及したエピグラムがつけられている)、女性の変身譚のようでもあり、記憶喪失者の物語のようでもあります。最後に救いがたい絶望的な結末を迎えるのは、セニョールならではです。

 冒頭から終章まで随所で、霧が立ち込める街が描写され、全体を茫洋として暗い雰囲気にしています。果たしてアンナは本当にテレーズなのか。交通事故で顎を損傷して声が変り、髪の毛は昔金髪だったのを染めたと言いますが、主人公の話を聞きながら、テレーズに化身しようと合わせている可能性もあり、これも茫洋として分かりません。悪の組織の親玉は教会でオルガンを弾く老人で、痩せて胴体に鉄のコルセットを嵌め、頭皮に粒々のある奇怪な姿ですが、主人公はその老人のまわりにボッシュの「聖アントニウスの誘惑」の怪物たちの幻影を見たりします。老人の雰囲気や主人公とのやり取りの場面はグロテスクで、ブリヨンの小説を読んでいるかのような印象もありました。

 

 「毒のある物語集」は、8つの短篇からなりますが、いずれも辺境、未開、迷信、邪教、中世の呪い、幽霊などが描かれ、つるつるした近代の感触とは正反対のどろどろした世界が展開しています。語りの巧みさは素晴らしいがやや技巧的な印象も受けました。「毒ある物語集」各篇の紹介を下記に(ネタバレ注意)。

Ouverture

De qui venait ce sang?(この血は何?)

冒頭、物語が始まったかと読み進んでいくと、セニョールがおどろおどろしい土着の物語を紡ぐきっかけとなった若い頃のある体験を語る「まえがき」だった。 

Histoires vénéneuses

〇Le venin de l’arbre(樹の毒)

お昼になると村の森に出かける狂女を崇拝する少年。狂女は少年に別世界の話をする。森の大樫に病気で汚れた下着をかけると治るという古代からの迷信があり、少年は別世界へ旅しようと樫の前に溜まった汚水で体を浄めた。弟も別世界へ行きたいと言うので、水を汲んできて飲ませると・・・。次々と視点を変える語りで、狂気と古代の迷信が混淆した世界が浮かび上がる。

〇Chaque chose à sa place(物は決まった場所に)

幼い頃、故郷を出て出世をして帰ってきた男が、骨董商で古物を買い集めるうちに、古びた騎士館を見つけ、恋人とともにそこに住む。不思議なことに買い集めた骨董は昔その騎士館にあったものばかりだった。そしてある夜・・・。意志を持つ骨董の命令のままに中世の惨劇が繰り返される恐怖。 

〇Une veillée(深夜の団欒)

悪魔話を語り合う村人の深夜の団欒で、皆怖がっているのに、一人だけ笑っている男がいた。その男が「悪魔の所へ行く勇気のある奴はいないのか」と強がるのを懲らしめようと、女中が立ち上がって出て行った。男はすぐさま狼皮のマントを被り後を追いかけたが・・・。夜語りの雰囲気がリアル。 

〇La Vierge maudite(呪われたマリア様)

かつては豊穣の信仰を集めたロマネスク教会。今世紀になって何度修復しても、マリア像だけはすぐに壁面が腐敗し穴があく。一人の画家が壁面を焼いた後、婚約者をモデルにマリア像を描くとうまく行った。と婚約者の両親から娘が顔に皮膚病を発して死んだと連絡が。絵を見ると顔が以前のように崩れていた。反奇蹟譚。 

L’Odile(オディル)

羊飼いの娘オディルは孤児で、頭も弱くニコニコしているのにつけこみ、男たちが言い寄るうちに子どもができた。村の女たちは悪魔のせいにし、司祭は火炙りの刑になると脅す。主人からも叩き出され、オディルは焼身自殺をしようと枝を集めて火を点けるが・・・。最後には救済される聖なる愚か者譚。

La fille gagnée(賭けのかたになった娘)

幽霊譚。なぜか昼だけ館に来る女館主。彼女はかつて父親の賭けのかたにされ無理やり嫁がされた。夫が死に、父親もツキが出て愛人のために壮大な館を建てる。娘は私のものと強引に館に住まい、父親は呪いながら死んだ。それ以来、夜になるとベンチに父親が座るようになった。 

〇Les roses d’en-haut(上階の薔薇)

幽霊譚。上の階の住人がうるさいので文句を言いに行くと、かび臭い無人の部屋で、40年前の手紙が落ちていた。探っていくと、不幸な恋人たちの逢引きの場所だったことが分る。二人とも40年前に死んでおり、思い出を残したいという遺言に従って公証人が部屋を借り続けていたのだった。 

◎L’Impossédable(所有できないもの)

ある若い女と知り合うが、忘れた頃に女は夜やってきて朝去っていく。恋い焦がれた男が、別の男といる女を見て詰問すると、自分は死人で、死人は誰のものでもないと言いはる。気違いかと思って念のため墓地へ行くと、女の名の墓があった。徐々に怪異へ引きずり込んでいく語りの巧みさ。死女の恋のテーマ。