MAURICE MAGRE『CONFESSIONS』(モーリス・マグル『告白録』)

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MAURICE MAGRE『CONFESSIONS―SUR LES FEMMES, L’AMOUR, L’OPIUM, L’IDÉAL, ETC... (告白録―女性、愛、阿片、理想など)』(BIBLIOTHÈQUE-CHARPENTIER 1930)


 マグルの晩年(といっても64歳の生涯で53歳のとき)の回想録。25篇からなり、前半は、若き日の作家を目指しながらの貧乏生活を小説風味わいで語り、途中、阿片についての体験や功罪半ばする特質を考察し、最後は、東洋への目覚めと、前世や死後の世界を隠秘哲学エッセイ風に綴っています。

 最良の部分は、過去の愚かさを反省し懐かしむ文章。若いころ、何も知らないのに、虚栄と慢心と妙な考えから愚かな言動をしたという悔恨と、そのときは気づかなかったまわりの人たちの優しさに思いを馳せる回想が胸を打ちます。私自身も、老齢になってわが身を省みれば、同様の傲慢と無知と自己中心的な振る舞いばかりが思い出されて、冷や汗が出てしまいます。

 著者の美点は誠実ということに尽きるでしょう。真実とか美、善を求めて、素直に探求しようという気持ちにはとても好感を持てます。若いころの見栄や屈辱、作家願望、女性への欲望を包み隠さず書いているところ、阿片の持つ功罪両面に真摯に向き合っているところ、世間的な成功が零落であると喝破しているところ、あの世について語る人には教師然とした人が多いと世の中を澄み切った眼で観察するくだりなど。

 初めて本を出版したときに、ファスケルという有名な編集者の事務所の階段を上りながら胸が高鳴ったことが綴られていて、緊張と初々しさが感じられましたが、その後、ファスケルとは笑いながら食事をする仲になったと書いています。この本も出版元の横に、ファスケルとありました。

 作家たちの名前がいっぱい出てきて当時の文壇の様子がうかがえるのがこの本の楽しみの一つです。ピエール・ルイスが世間一般の人たちにも名前を知られた作家であったこと、シャルル・ゲランが貧乏なマグルを励ましていたこと、アポリネールが阿片窟に居て雄弁だったこと。ポール・フォール、アンリ・バタイユアンリ・ド・レニエ、レオン・ドーデ、アルフレッド・ジャリの名前も出てきました。ジッドはなんとなく20世紀の作家と思ってましたが、マグルより10歳近く年長で、マグルが若いころ詩を見てもらっていたというのには驚きました。

 全篇を紹介するスペースもありませんので、心に留まった佳篇を9篇だけ取り上げておきます。
〇Marinette ou l’amitié intellectuelle(マリネットとの知的な親交)
若いころ、向かいに住んでいた娼婦に詩を読んで聞かせたりデートしたことがあった。彼女と男女の関係にならずに何とか知的な面で親交を結ぼうとしたが、文学とは無縁のまったく別世界の住人で分かり合えなかったことを思い出す。

◎L’hôtel de la rue Monsieur-le-Prince(ムッシュー・ル・プランス通りの宿)
パリに着いて、1カ月だけ泊った宿の思い出。その頃貧しさに憧れていて、いちばんみすぼらしい宿を選んだが、とても狭く、また寒風が入ってくる部屋だった。隣人や家主に親切にされ幸せだったことにそのときは気づかず、毎日毒づいていた。何と愚かだったのだろう。

〇La recherche de l’intelligence(知性の探究)
賢くなろうともがいた若い日を思い出す。いろんな作家から知性の秘密を得ようと接近したが、みんな普段の生活は凡庸きわまりなく、何一つ盗み出せなかった。たぶん本人たちも知らないのだろう。書くときだけ別人になっているのだ。酒の力を頼ろうとしても頭が痛くなるだけだったと、バカ騒ぎをした日々を思い出す。

◎La chaine des binefaiteurs(善意の人たち)
さりげなく言葉をかけてくれたり、元気づけてくれたり、身をもって見本を示してくれたり、ただで食べさせてくれたり服をくれたりと、私の人生を支えてくれた人たちの思い出を語り、感謝する。

〇Les invitations à déjeuner(食事への招待)
食事に招待されて、期待に胸を膨らませても、とんだ勘違いということがあった。それに日にちを間違えて、待ちぼうけを食ったこともある。おかしく悲しい食事会の話題。

◎Gaétane et la vie d’illusions(ガエタンヌ、幻影の生活)
虚言症の女に振り回される話。豪華な館に住み、田舎に広大な地所があり、美人の女友だちがいると言う彼女にふさわしい家を借り家具も揃えた。後でことごとく虚言と分かって幻影が崩れ落ちる。家主が雨のなか手押し車を押し著者を励ましながら引越しを手伝ってくれる最後の場面は泣ける。

◎La veille propriétaire et le mystère de l’au-delà(家主の老婦人とあの世の神秘)
部屋の真上に住んでいる老婦人の家主はいつも話しかけたそうにしていたが、おざなりの挨拶を交わす程度。友人を招いて大騒ぎのパーティをした翌日、家主に呼ばれたので、てっきり追い出されると思っていると、明日死ぬから最後のお別れをしたいと言う。あなたは本をたくさん読んでいるようだから、死んだらどうなるか教えてほしいと。自分の知識が何の役にも立たないことを知って、私は愕然とする。

〇Le retour des morts(死者の回帰)
友人、母親、偶然知った女性ら、死んで行った人たちの思い出を一人ずつ語り、今は死者が自分のまわりから一時も離れることはないと、自分も死に近づくなか過去を懐かしみ、死者は同時にいろんな愛する人のところへ行けるのが特権だと、述べる。

Le pays invisible(目に見えない国)
ローズマリーの香をかげばあの世を垣間見できるような気がする。生きている間は死後の世界を気にするなという人もいるが、余生を中国で過ごそうとする人が中国語を勉強しないことがあるかと、生きている間に、目に見えない世界について考える必要性を説く。