Paul Féval『Le cavalier Fortune』(ポール・フェヴァル『幸運という名の騎士』)


Paul Féval『Le cavalier Fortune』(OLIVIER ORBAN 1982年)


 ポール・フェヴァルは、10年ほど前に読んだ『Le Chevalier Ténèbre(暗黒騎士)』以来です(2014年1月11日記事参照)。chevalierとかcavalierとか騎士がお好きな人みたい。フェヴァルの本は日本ではまだ訳されてないようですが、序文のHENRY MONTAIGU(アンリ・モンテギュ)によれば、新聞小説家の走りで、デュマが『三銃士』で切り開いた道を追随し、18世紀のオルレアン公フィリップの摂政時代からブルボン王朝の王政復古にいたる時代を舞台にした活劇小説を書き、デュマよりも多作だったとのこと。ちなみにフランス長篇推理小説の祖と言われるガボリオはフェヴァルの秘書だったとのこと。

(ここからはネタバレ注意)
 推理的要素のある大衆小説だけあって、冒頭からわくわくさせられました。大きな謎が物語を引っ張って行きます。まず主人公の出生の謎、幼いころ大きな館で育った記憶があり、いじわるな兄弟の悪戯をいつも自分のせいにされ叱られていて、誰も居なくなった時だけ頭を撫でてくれる男の人が居たこと。次に、マドリードから目的地の分からない伝令を命じられ、言われた行先に着くと次の行先の指示があるという形で旅を続け、左右の肩の高さの違う男には決して話しかけるなと注意され、その男が行く先々で姿を現わすこと。旅の道中、高貴なフランス女性とたびたび擦れ違い、公爵様と呼びかけられたりするなど。

 物語を面白くする要素として、そっくりな顔立ちの二人の登場人物があり、人違いが事件を巻き起こしたり、わざと衣服を交換して混乱を助長させたり、さらに喜劇のメーキャップ係が変身を助け、そっくりの人物が当人に成り済ましてみんなを騙すなど、いろいろと仕掛けがあること。また、江戸川乱歩怪人二十面相に代表されるように、冒険探偵ものには欠かせない変身の要素があり、旅の途中に、主人公が、神父の姿から、騎士、次に農婦、石工の作業着姿と、めまぐるしく服装を変えたり、溺死体のぼろぼろの服を奪って屍体のふりをしたり、男が女装してお目当ての貴族令嬢の家に女中として入り込んだりします。それと、これも冒険ものに特有ですが、地下牢から隠し通路を通って脱獄したり、殺人犯が地下通路を使って出没したりなど、秘密の通路が事件の鍵になっていること。 

 なにせ448頁もある大作で、舞台となっている18世紀のフランスの政治状況が混沌としているうえに、公爵や伯爵や侯爵さらにその夫人や娘らが入り乱れる人間関係が複雑で、さらに追い打ちをかけるように私の仏文読解力のお粗末さが拍車をかけて、頭が混乱したまま。物語の要約は難しいので、以下に、要素だけをいくつか示します。

主人公の幸運の騎士は、その名のとおり、万事塞翁が馬を人格化したような人物で、盗賊に襲われたが一文無しだったので逆に財布を恵んでくれ、がそれが盗品で捕まって牢屋に入れられたが丁度その夜泊まるはずだった宿屋が火事で命拾いをし、脱獄してまた捕まってローマで絞首刑になるところ綱が切れ、フランスへ帰る途中アルジェリアの海賊に襲われアフリカにつれて行かれたが、まともにマルセイユに戻っていたらペストで死ぬところだったという幸運児。

彼は、ブルボン家の母親が、結婚する前に、リシュリュー家の男に騙されて生まされた子であり、現リシュリュー公爵とは腹違いの兄弟。物語の最初ではそれを知らない設定。またアルデ嬢というブルボン家の美女とも腹違いの兄妹関係であり、彼女に持参金を持たせて、知り合ったコートゥネ家の貴族に嫁がせたいと思っている。

物語の背景にあるのは、当時のフランス政治の中心人物である摂政フィリップ・ドルレアン公から、ルイ15世に実権をとり戻させようとする動きで、主人公が密使となってマドリードからパリへスペイン王の誓約書を運んだり、ブルターニュの騎士たちが陰謀をめぐらせたりする。物語の枠組みのもう一方として、大金持ちのシザックという男が、金に欲が絡んで次々と買収し、殺人を重ね、そのなかでバダンというにわか成金を殺す事件があり、主人公が犯人と間違われて逮捕されるという展開がある。

殺されたバダンの娘はテレーズと言って、アルデ嬢と双璧を成す美女。その二人の美女比べの夜会の企画が持ち上がったりもする。アルデ嬢とテレーズはともに美男のリシュリュー公爵にぞっこんだが、アルデ嬢にはさきのコートゥネ家の貴族が心を寄せ、テレーズにはルネという青年が居て、幸運の騎士がなんとか仲を取り持とうと画策するのが、物語のもう一つの枠組み。物語の結末部で、幸運の騎士は、この二組の結婚を成就させ、自分も幼馴染の女性と結婚し、さらに主人公の友だちの仲の悪い喜劇役者夫婦のよりを戻すという3組半の結婚に寄与し、めでたしめでたしで終わる。

 物語の山場としては、地下牢からようやく抜け出た主人公が袋小路の屍体安置所に辿りつき、そこからまた脱出する方法として、屍体に成りすまして横たわりながら突然動き出し、警備係らが恐怖で身動きできなくなった隙に外に出るという場面や、主人公がリシュリュー公爵の服を着てなりすまし夜会に出てみんなを騙し、一方、リシュリュー公爵は仮装夜会のために主人公の兵士の服を着て入れ替わったところを、女装の男にぼこぼこに殴られ、公爵に成りすました主人公が仲裁に入ったうえに、兵士姿の公爵に対して居丈高に命じる場面。

 主人公は料理や酒に目がなく、旅での注意事項として、酒と賭けを禁止されていたにもかかわらず、酒を呑んで酔っぱらって正体を無くしたり(そのせいで殺人犯に仕立て上げられる)、人の話にもろくに耳を貸さず料理に舌鼓を打ったり、また、腹違いの妹の結婚の持参金を作ろうと賭場に行って、密使でせっかく得た謝礼を全部すったりもして、愛嬌がある。


 フェヴァルには、他に、生田耕作が「フランス小説ベスト…選」で挙げている代表作の『Le Bossu(せむし男)』やバロニアンが『フランス幻想文学の展望』で『Le Chevalier Ténèbre』とともに幻想小説作品として挙げている『La Ville-vampire(吸血鬼の村)』、『Les Drames de la mort(死のドラマ)』があるので、何とか手に入れてまた読んでみたいものです。