Frédérick Tristan『HISTOIRE SÉRIEUSE ET DROLATIQUE DE L’HOMME SANS NOM』(フレデリック・トリスタン『名無し男の真面目で滑稽な物語』)


Frédérick Tristan『HISTOIRE SÉRIEUSE ET DROLATIQUE DE L’HOMME SANS NOM』(Balland 1980年)


 フレデリック・トリスタンを読むのは、これで三冊目。これまでの二冊は長篇小説で、エピソードが織り込まれながらも全体を統一したストーリーがありましたが、本作は一種の短篇連作。サン・ジェルマン伯爵を思わせるような不死の名無し男が14世紀から18世紀にかけて体験したことを語るという設定で、ばらばらの物語を繋げています。

 「ある夜、シュレーゲル兄弟とシュライアマッハーが雑誌の相談をしていた家に、昔その家に住んでいたという男が迷い込んできて、自分はいくつもの人生を生き何回も死んだと語り、これまでの体験を綴った原稿を託して去って行った」というこの本の由来を語る序文が劇的で、これから面白い物語が始まるという予感でわくわくしました。この序文の筆者Adrien Salvatというのは、実はフレデリック・トリスタンの別名。

 全部で15のエピソードが語られていますが、序文でも、「話すにつれ、ちょっと頭がおかしい虚言症ではと思うようになった」と、筆者の精神状態を疑っているように、どれもこれも、まさしく虚言症の男が書いた大風呂敷の嘘満載の物語。なかで想像力の飛躍が秀逸と思われるのは、第2章の「高名な魔術愛好家で隠遁者ハリー・スティープンウッドとの出会い」(原題は長いので略)、第3章の「皇帝ルドルフの蒐集品とゼーヌなる人物の役割」、第12章の「ハノーヴァーのコンラッド公爵の葬儀とその後の顛末」。

冒頭第2章の逸話は、昨年読んだ『Dieu, l'Univers et Madame Berthe(神と宇宙とベルト夫人)』のなかの挿話「暗闇での仕事(Opus in tenebra)」(第12章)とまったく同じで、そのまま流用したのかと思ったら逆で、『Dieu, l'Univers…』(2002年刊)のほうが本作を流用しているようです。内容は、2022年10月10日の記事を参照ください。

(以下、ネタバレ注意)
第3章「皇帝ルドルフの蒐集品とゼーヌなる人物の役割」は、皇帝ルドルフの蒐集癖を満たすため、世界中へ珍品名宝の数々を収集する部隊が派遣され、博物館には6部門を掌握する研究大臣、3部門を統括する管理大臣が居て、ムハンマドの顔を描いた布の入った聖遺物小函、スイッチを押すと心臓が動き血が流れまるで生きているような解剖人形、雛が交代交代に顔を出し最後には黒人が出てくる駝鳥の卵、天気やそれを見る場所によって七変化する絵画、腹部が開いてオルガンが現われる銀でできた犀などが紹介される。最後には驚きの仕掛けも。

第12章「ハノーヴァーのコンラッド公爵の葬儀とその後の顛末」は、マリア聖墓騎士団の公爵がクレバスに落ちて亡くなり、遺言の精密な指示にのっとった豪華絢爛な葬儀が描かれる。祭壇の飾りつけ、葬儀の進行はもちろんのこと、驚くべきは、弔辞の文言が公爵自身によって書かれ、葬列参加者の順序、人数が名前や服装とともに指示され、欠席の場合の予備者まで記されていたこと、それに宮殿から大聖堂まで1247歩、大聖堂から墓地まで1732歩と歩数まで決められていたことである。葬儀の2年後、ある瀕死の僧が会いたいと言っているとの報せがあり、修道僧の案内で独房へ行くと、そこには公爵が居て、自分が演出した自身の盛大な葬儀を見たいがために、殺人を犯したと告白する。

 次に面白かった話は、池や泉、噴水、洞窟、それにトリック噴水を大仕掛けに張り巡らした庭園で客をもてなす異教的な世界を描いた第5章「ゴッツィ皇子の秘密の噴水仕掛け」、ヴェニスペスト菌を持ち込もうとした悪魔的人物を追及しているうちに逆にペスト菌を持ち込んだとして火刑に処されてしまう第8章「ヴェニスのペストの原因と持ち込んだ人物追求」、みんなに馬鹿にされながらも機械仕掛けで聖書の場面を再現しその成果物とともに天に召されることとなった時計師が、地上での唯一の理解者であった名無し男にその劇場を一瞬見せてくれたという第10章「神々の劇場と、時計師ヌンシンゲンの思い出」。

 それぞれの短篇のテーマとしては、宗教に関するものが多く、天使からのお告げを聞く少女(第6章「ラトゥノー氏の天使のお告げとその実態」)、中国でのキリスト教布教活動に対する論争(第13章「イエズス会ドミニコ会が中国で無益なつばぜり合いをした思い出」)、顔を見た者を恋焦がれ死にさせる皇女に憑りついた死の天使(第14章「皇女に恋して死の天使と出会った顛末」)、スウェーデン女王のカトリックへの改宗(第16章「スウェーデンの女王、クリスティーヌの驚くべき生涯とその秘密」)を題材にしたものがありました。また、寓意の図像とその解釈にまつわる話も多い(第4章「錬金術師ゴビノーの書斎」、第5章「ゴッツィ皇子の秘密の噴水仕掛け」、第15章「ガロパンの皇子バルタザール親方の諸々の謎を解く」)。

 次は、同著者の初期の傑作と言われている『Le dieu des mouches(蠅たちの神)』を読みます。