ミッシェル・ジュヴェ『夢の城』


ミッシェル・ジュヴェ北浜邦夫訳『夢の城』(紀伊國屋書店 1997年)


 あまり読んだことのないタイプの小説です。18世紀のフランスの夢研究者を主人公に設定して、その試行錯誤を叙述するかたちで、夢の生理学的研究の今日の成果をほのめかしているという組立てです。どこまでが科学で、どこからが小説かが区別がつきにくい。率直に感想を述べれば、小説にしなくてもいい話で、むしろストレートに学説を述べた方が分かりやすかったのではないでしょうか。余計なことを書き過ぎていて、それが面白ければいいですが、そうではない、つまり小説としては、あまり成功していないのではと思います。生理学の知識がちりばめられていて、こういう本でもなければ一般の人にはそうした知識に接することがないという意味では貴重ですが。

 以下、内容の紹介です(ネタバレ注意)。
作者自身が蚤の市で買った大櫃に夢の研究記録の束が入っていたので、それを紹介するという前置きに続いて、18世紀の外科医の自然科学愛好者が行なった夢に関する探究が語られている。まず自分の夢を1500記録し、その内容を①いつの出来事がベースになっているか、②どんな色が出てきたか、③視覚、聴覚、味覚、触覚のどれに関わるか、またその内容の吟味、④水、火、空、大地のどれに関わるか、などいろんな切り口から分類している。

次に、観察が大切という信念のもとに、実験により、いろんなタイプの人間の夢を調べる。盲人の夢、唖の夢、シャム双生児、無脳児(脳がなく生まれた児)の夢。そして人はいつの時点から夢を見るようになるのか、乳児の夢、胎児の夢を調べ、寝ている間の眼の動きや性器の勃起など人間の観察も行なう。結論としては、失明するまでに見る体験をしていた盲人では夢のときだけものが見え、失明してからの年月が過ぎるにつれそれもなくなって来るということ、聾啞の子どもたちは手話で夢を見ていることが分かる。すなわち夢というのは経験の再現に他ならない。

人から次に動物に移り、夢を見るのはどんな動物からかということで、眼や指の抹消で夢の兆候が見られるかどうかを観察し、猫・犬から始まり、魚・亀・蛙・蛇・鳥など卵生動物を調べる。結論としては、哺乳類は夢を見ている兆候を示すが、卵生動物では認められなかったこと(解説者によれば、現在鳥類では夢が認められており、鳥類と爬虫類の間にどうやら境目があるとのことであった)、また哺乳類でも差異があり、動物の身体が大きいほど、夢の持続時間が長くなることが書かれていた。

後半、夢を見ている人間と、セックスしている一組のあいだを電線でつないで、電流がどう流れるかを調べるという奇想天外な実験が語られるが、その根拠としては、電気が夢を起こす目に見えない原因と考え、また夢と覚醒時の愛の歓びが持続時間などにおいて類似していると見たからである。結局この実験は失敗に終わる。脳の中の脳下垂体に夢の鍵があると考えたり、燐に似た物質が夢に関係していると見て、兎の脳下垂体を電気で破壊したり脳髄を蒸留して燐を抽出したりなどいろんな実験をするがうまく行かず、最後に、海に棲む哺乳類のイルカが夢を見るかを調べるために、極東への探検隊に加わり、イルカを調教し話を交わす人々の居るリクウ王国に単身上陸して消息を絶ってしまう。(著者の調べで、リクウ王国というのは琉球王国のことで、実際に上陸したのは西表島ということが判明する)。


 その他、夢に関する考えとか、いくつか研究成果とも言えるものが開陳されていました。

脳は霊魂あるいは精神と積極的に関わっている。完全なる霊魂には忘却というものがないはずだから、夢を支配するのは脳ということになる/p27

顔のイメージは風景のイメージよりも壊れやすい/p65

夢は延髄や脳橋にある動物精気によって引き起こされるに違いない/p149

脳の血流は夢を見ている時に増加する/p157

精液・・・静脈に吸収されて、どこかに貯められるのだと思います。体液の循環にのって、養分のあるリンパ液と結合し、そして『体液の精』と私が呼んでいるものになって、身体中の組織を強化し、丈夫にします。ですから、男は女よりも強く出来あがるのです/p216

脳の一部に何らかのイメージが残っていれば、感覚神経が外界から何らかの変化を受けた時に引き起こされるイメージと同じ種類のものが霊魂の中で興奮し振動する、これを想像という/p223

阿片チンキが睡眠量を増やすこと、しかし、夢を抑えるということは、つい最近分かったばかりである。だから、夢と睡眠とは別のものだ/p238