CLAUDE SEIGNOLLE『HISTOIRES MALÉFIQUES』(クロード・セニョール『不吉な物語』)

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CLAUDE SEIGNOLLE『HISTOIRES MALÉFIQUES』(marabout 1965年)


 久しぶりに、クロード・セニョールを読みました。中篇、短篇取りまぜて、14篇収められています。中篇「Le rond des sorciers(呪術師たちの輪舞)」は、フランス語で既読なので今回読まず(2019年2月14日記事参照)、「L’âme boiteuse(びっこの霊魂)」、「Le bahut noir(黒い櫃)」、「Ce que me raconta Jacob(ヤコブの話)」、「Les âmes aigries(騒がしい魂)」、「Le Chupador(シュパドール)」の5篇は翻訳(山田直訳『黒い櫃』創土社)で読んでいたので、いちおうフランス語でも読みましたが縮訳まとめは作りませんでした。

 セニョールの傑作群が詰まっている印象。情景描写や心理描写にこだわり文飾に凝っていて、民話蒐集家の割には難しい文章でした。パリを舞台にした話が多く、聞いたことのあるような地名が頻出して懐かしく思われ、パリ市街図を引っ張り出して場所を確認しながら楽しく読みました。また、ジャン・レイによる序文が付いていて、生々しい残虐さを描くセニョールのノンフィクション的な迫力について言及していました。 

 幻想小説でおなじみの分身譚(「Le bahut noir」)、吸血鬼譚(「Pauvre Sonia!(可哀そうなソニア!)」、「Le Chupador」)、狼男(「Ce que me raconta Jacob」)、過去と現在の往還(「Le bahut noir」、「Et si c’était!(もしそうだったら!)」、「Delphine(デルフィーヌ)」)、死霊との契約(「L’homme qui ne pouvait mourir(死ねなかった男)」)、永遠の長寿(「Le millième cierge(1000本目の蝋燭)」、「L’homme qui ne pouvait mourir」)、骨董品の呪力(「Le bahut noir」)、魂が動物になる話(「L’âme boiteuse」、「Les âmes aigries」)などが満載。 

 個々の作品の印象など少し。                                            
〇L’âme boiteuse→翻訳の「びっこの霊魂」の後半部分。
 びっこを引いていた叔父の口から魂が抜け出る場面があるが、魂が鼠の形をしていて、やはりびっこを引いていたというのが面白い。

◎Le bahut noir→翻訳あり
 現在と過去を行ったり来たりする男。自分が老齢になったときが過去の設定になっているとか、25歳で死んだのに老齢となって物語に登場するとか、いくつかつじつまの合わないところはあるが、物語の迫力の前には大したことではない。夜になると、過去に戻る悪夢を見る場面が圧巻。そして夜見た場所を昼に訪れ確認するというところもすごい。第三者(骨董商)の話にしか登場せず、手紙の書き手として、また現実には後ろ姿しか見せない謎の買い手の存在が光っている。

◎Pauvre Sonia!
まだ若いのに娼婦となったソニアは、いつもかび臭い土だらけの服を着ていて、橋の下で寝てるんじゃないかと言われていた。化粧もせず愛想も振りまかず、がっちりした男を見つけては首にかじりついて放さない。ことが終わるとなぜか男はフラフラになって出てくる。私は彼女が気になって後をつける。ある日ペール・ラシェーズの墓地に入って行くところを目撃した。呼びかけの文体が何とも言えない吸血鬼譚。

〇Ce que me raconta Jacob(翻訳では、狼男の独白体の話が後に付属している)
ナチスの親衛隊は実は狼だったという都市伝説のような雰囲気の物語。赤狐の化身と思われるヤコブという偏執狂的な人物の造形が魅力。セニョールの収容所体験が刻印されているのだろう。

L’exécution(処刑)
日曜日のパリで堂々と行われたスペクタクル、それは中世の処刑劇だった。セーヌ川を厚板を積んだ平底船がやってきたとき、私だけが異変に気づいた。4人の赤いレオタードの男たちは市役所広場に素早く演壇を作ると、鉄球のついた武器で処刑劇を演じ、パトカーのサイレンで早々に逃げた。その直後、オープンカーが広場の街灯に激突し、運転手は、落ちて来た電球で処刑されたかのように八つ裂きになった。

〇Les âmes aigries→翻訳の「びっこの霊魂」の冒頭部分
第二次大戦で破壊された村の教会の跡地に群がる青蠅は死体から湧き、羽音で死者の悲しみを伝え死の国に誘おうとする。また呪われた土地の教会の石に群がるナメクジも死者の魂で、この石を運び終えないとわしらは天国に行けないと嘆き、お前が死んで力を貸してくれと言う。民話ふうの味わいがある短篇。

◎Le millième cierge
蝋燭の火が燃え尽きると死んでしまうので、ずっと火を絶やさないようにしなければならなくなったというたわいもない話だが、それが明かされるまでの導入部や、かつて美人だったが今は零落した女乞食との生涯続く確執を告白する男の語りが迫真的。お互い憎しみ合っていたはずだが、男の死を知った女乞食は最後に涙する。不覚にももらい泣きをしてしまった。

◎Le Chupador→翻訳あり
血管の中を有刺鉄線でかき回され、大動脈が静脈や毛細血管ともども引き抜かれ、自分の血だまりが窓と家具の間で網のように固まっているのが見えたり、天井から注射針が降りて来て心臓を突き刺したりという血を吸い取られる悪夢の場面が凄い。シュパドールの描く責め苦に満ちたシュールレアリスム的奇想絵画と共鳴している。

Le Faucheur(鎌を持った男)
死神を見た男の話。鎌を抱えた土のにおいのする農夫をヒッチハイクでトラックに乗せた。なぜかスピードがどんどん上がって農夫は嬉しそうだった。気持ちを抑えるために話し始めると、今度はつまらなそうにした。気を引こうと鎌にまつわる話をあれこれし、鎌名人を讃えると農夫は何か決意したようにガソリンメーターを指さした。ガソリンスタンドで、前のタイヤがパンクしてるのを教えられ、農夫にお礼を言おうとしたら、誰も居ない。

L’homme qui ne pouvait mourir
奴は悪魔と契約した、と村人たちが噂する老人がいた。祖父の時代のさらに前からすでに老人で、飛び回って村の噂を集めていた。子どもだった私が老人のあばら屋を覗いて真相が分かった。奥には墓地があり、契約の相手は現世の情報を知りたがる死霊だった。2世紀ものあいだ死なしてくれないのだ。

Un petit monstre à louer au quart d’heure(15分間だけの化け物)
月に一度現われて上客を取っていく街娼が噂になっていた。私は正体を見届けようと毎晩待ち、ついにその女が客を連れて建物に入って行く後をつけた。鍵穴から覗いてみると…。大きな胸と思っていたのは実は折りたたんだ脚で、女は巨大蜘蛛だったのだ。奇想天外だが怖さがにじみ出ている。

Et si c’était !
乞食がたむろし悪漢が跋扈する危ない場所に惹きつけられていた私は、ある夜、乞食に追いかけられて逃げ込んだ場所で、見えない相手に2回も殴られた。同じ場所で同じ曜日に、額を怪我する者が続出し、みんな襲った相手を見ていないという。過去にヒントがあると考え図書館で調べると、そこは100年前に袋小路で壁のあった所だった。

◎Delphine
深夜、パリの市内を散歩中に出会った少女はときどき立ちどまり恐怖の表情を浮かべた。一世紀前の服装をしていたが目がキラキラしていた。一目で恋に落ちた私はデルフィーヌという名前だけ知る。それから夜ごと、彼女を待ちかまえるが、いつも同じ場所で恐怖の表情をする。そして最後に分かったことは、彼女はバリケードが築かれた1830年の革命の町を歩いていたことだった。プレゼントした赤い服がかえって目立って彼女を死なせてしまうことになった悔恨が余韻として残る。