GÉRARD PRÉVOT『L’INVITÉE DE LORELEI』(ジェラール・プレヴォ『ローレライからの招待』)

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GÉRARD PRÉVOT『L’INVITÉE DE LORELEI』(FLEUVE NOIR 1999年)


 プレヴォの長篇3つ、短篇23、それに日記断片が収められている総ページ数635の大部の本。このうち短篇の19は『LE SPECTRE LARGE(大きい幽霊)』(2015年11月19日記事)で読んでいたので省略。それでも485ページはあったので、くたびれてしまいました。

 ジャン=バティスト・バロニアンがプレヴォとの出会いや編集作業について語った序文と、「Pas de fantômes sans fumée(煙のないところに幽霊はおらぬ)」に付された編集部の序文があり、ともに有益な情報が得られました。

 バロニアンの序文は、プレヴォとの出会いと晩年の作家との5年間の交流を語っており、20歳も年長の作家と旧知の友人のように打ち解け、冗談を言い合ったりしている様子が面白く、愛情のこもったものです。バロニアンは、Jacques Van Herp、Henri Verneの後を継いで、幻想小説の老舗として名高いマラブ社の編集主幹となり、ジャン・レイ賞を創設したのもバロニアンだったとのこと。

 また、「Pas de fantômes sans fumée」に付けられた序文は、1950年前後フランスでアメリカハードボイルド小説が大流行した様子を語っており、あまりの人気ぶりに、アメリカ小説からの翻訳と偽って、フランス人がアメリカ風のペンネームを使って、類似のハードボイルド小説を濫作したことが書かれていました。この「Pas de fantômes sans fumée」も、プレヴォがDiego Michigan名義で書いたものですが、そのディエゴ・ミシガン名義はいろんな作家がたらいまわし的に使って、全部で21作あるということです。

 長編3作のなかでは、「La Fouille(荷物検査)」がもっとも幻想小説風で、次に「L’Invitée de Lorelei」が半ばミステリー的。「Pas de fantômes sans fumée」は、「La Fouille」と同一人物が書いたとはとても思えないハチャメチャぶりです。

 「La Fouille」は、悪夢のような世界を彷徨する小説。プレヴォユダヤ人かどうかは知りませんが、第二次世界大戦で辛い目に遭ったのかと思わせるほど、強大な権力に監視され、迫害される様子が描かれています。途中で視点が変わったり、主人公のメタフィクション的な独白が挿入されるなど、プレヴォにすれば実験小説的な試みをしようとしたと思われますが、若干若書きの感があり読みにくい。評価は大きく割れるでしょうが、私はこの茫洋とした雰囲気が好きです。

 「Lorelei」は、大衆小説的な面白さがあり、文章はいたって平明、一読でだいたい理解できました。途中で、三人称から登場人物の一人称で語る文章になったり、別の登場人物の目線になったり、また三人称に戻ったりと、飽きさせない工夫がありました。前半は、謎が深まりスリルが増して、どんどん話に引き込まれましたが、途中から幽霊が現われるなど荒唐無稽な感じになり、また粗雑な展開になってしまいました。

 日記断片のなかで印象深かったのは、幻想小説が散文ジャンルのなかでは詩と同一の位置を占めると喝破した部分、文章を書くにはふたつの眼以外の眼をもって見なければならないと説く部分。

 では、恒例により、各篇の紹介を(ネタバレ注意)。  
〇L’Invitée de Lorelei
代々伝わる魔術と儀式を守り続けている一族。次々と美女を誑かしてはデンマークの誰も寄りつかない砂漠の館に連れ込んで、湖に捧げていた。新しい生贄として連れて来られた女性はいったん救出され、一族の頭も焼け死に館も燃えるが、魔力の力は強く、女性も、女性の失踪を追求しようとした友人の男も、彼に協力した女性も、犯人を捕らえようとした元警察官も、次々に葬られ、最後は一族の孫が登場して魔術の伝統が高らかに復活する。荒涼とした北方の風光のうちに展開する希望も何もない陰々滅滅な話。

〇La Fouille
どこへ行くかも分からない列車に延々と乗りつづけ、地の果ての国境の荷物検査で、4人の男から尋問を受け、殺人事件の犯人に仕立て上げられそうになる。他の乗客たちは仮面を被っていて自分の顔は鏡で見ると別人になっている。ようやく生まれ故郷と思われるアルグという町で下ろされ、友人の家に招かれたりするが、カジノに入ったところで、また4人の男に取り囲まれ、結局銃殺される。その後アルグの町は崩壊し海の中に没していく。列車というのがあの世へ行く列車で、アルグの町は黄泉の国を暗示しているのではないだろうか。物語は、列車の乗客である男の視点、アルグの町の税関吏である男の視点、ふたたび列車からアルグの駅に降り立った男の視点、そして最後に年代記作者の視点と移りかわる。

Pas de fantômes sans fumée
両親がなく富豪の祖父に育てられた女性を恋人に持つ主人公のルポライター。恋人の祖父が亡くなり二人で葬儀に出向くが、遺産は20年ほど音沙汰のなかった従兄弟が全部相続することになった。恋人はその従兄弟がまるで別人みたいになっていると言う。調べようとした矢先に恋人が連れ去られてしまう。従兄弟は収容所で死んでいて別人が成りすまし、その男が属する武器密輸団の謀略であったことが分かり、主人公は記者仲間や警察の協力のもと、一味を追い詰めていく。ロンドン、イギリスの地方、ブリュッセル、ベルギーの片田舎、パリを行ったり来たりしながら、物語は目まぐるしく展開する。タイトルは犯人たちがオリジナルの煙草を製造していて、幽霊屋敷と恐れられている場所に密輸の武器を隠していたところから来ている。

 以下は短篇。
〇La Taverne des Etangs(池畔亭)
生活から逃げ出したいと思い始めた50歳の男に突然不幸が山をなして襲って来る。息子が戦死し、妻は男と逃げ、会社は首になり、大家からは出て行けと。池畔亭という宿で、何か起こりそうな予感を抱きながらも身を落ち着けていると、20年ぶりの旧友とばったり出会う。彼の家に一泊することになったが、深夜その娘がやってきて、娘の部屋に連れて行かれる。そこには女が男を殺す場面が描かれた絵がたくさんあり、男の顔は全部自分の顔だった。振り返ると…。彼の運命は定められていたのだった。

Le Dé noir de Nora(ノラの黒い指ぬき)
多くの男を虜にしたあと次々と死へと導くノラ。ノラの恋人だった友人から、死の間際、彼女への復讐を依頼され、黒い指ぬきに注意するよう言われた。その私もノラに恋し、順番で、指ぬきの魔力で死に至らしめられる。幽霊となった私は、再びノラの館に戻るが…。

〇La Louve de la rue Vaneau(ヴァヌー通りの雌狼)
飲み屋で知り合った友人の12歳の甥がパリへきて、3人で幸せな時間を過ごしていた。家の近所で子どもの失踪事件が頻発し、親元へ帰そうとした前の晩、わずかな隙にその子も行方不明になってしまう。推理を働かした主人公がある場所に踏み込むと、狼の顔をした裸女が…。袋を担いだ鳥屋の姿が不気味。パリの通りの名前がたくさん出て来て楽しい。

Le Balustre ostendais(オステンドの手すり)
オステンドの海に面した宿に住み着いていた幽霊。その宿にバカンスにやって来た若い女性に幽霊が恋をした。秋になって彼女が出て行くと知った最後の夜にはベッドで添い寝し、出発の日も妨害工作をするが虚しく、彼女は列車に乗って去って行った。嘆息する幽霊。が、実は彼女もミュンヘンの墓から出てきた幽霊だったのだ。フレデリック・トリスタンが、若いころダニエル・サレラというペンネームで詩を書いていたことを知った。