『書物の王国2 夢』


東雅夫編『書物の王国2 夢』(国書刊行会 1998年)


 『書物の王国』シリーズは、新刊で出た当時は、知っている作品が半分ぐらい入っているので、買うのも何となく損をしたような気になり若干敬遠気味でしたが、この前、同シリーズの『架空の町』を読んで、知らない作品のなかに佳品があり、やはり買っておくべきだったと思い直しました。

 先日読んだ「幻想文学 夢文学大全」で、夢テーマの読みたい作品がたくさん出てきましたが、今回はうまい具合に、そのなかの宮部みゆき「たった一人」、芥川龍之介「死後」、中勘助「ゆめ」ほか、清岡卓行石川喬司天沢退二郎などが、収録されていたので、なおのことよかった。

 小説、神話、エッセイ、詩など全部で、30作品が収められています。いちばん長いのは宮部みゆき「たった一人」の44頁、短いのは干宝「蟻の穴の夢」(『捜神記』)の4行。次の4篇が出色(ネタバレ注意)。
清岡卓行「帰途」:見知らぬ夜の町を彷徨いながら、早く家に帰りたいと思っている。さいわい駅前に出ることができた。しかし聞いたことのない駅名だ。切符を買おうとしても、自分の家の最寄り駅の切符はないと言われる。仕方なく東京駅までの切符を買って電車に乗るが…。どんどんと家から遠ざかっていく悪夢が展開する。私の好きな彷徨譚。

トゥルゲーネフ斉藤陽一訳「夢」:母親と暮らしている17歳の息子が語る。7歳で父を亡くしたが、夢の中では、家族から身を隠して生きている父が出てくる。夢の意味はどうしても分からない。ある日、夢の中の父とそっくりの男がカフェの店先に座っているのを見つけた。きっかけを見つけて話をすると、同郷人だが長くアメリカに行っていたという。一方、母親は、友人に起こった出来事だと、男に襲われた話をするが、何か秘密が隠されてそうだ。そして町を歩いていると、今度は、夢の中の父が住んでいる家を発見した…。家族の秘密と夢の芒洋とした雰囲気が溶けあった謎めいた一品。

宮部みゆき「たった一人」:なぜか毎晩同じ夢を見る女性がその夢の場所を探してほしいと探偵事務所を訪れる。女性が夢を思い出しながら描いた絵を見て探偵は表情を変えた。そこは探偵が新米警察官だったときにパトロールしていて、少女の声を聞いて立ち止まった交差点だった。もし立ちどまらなければ殺人犯と遭遇して殺されていたはずだ。その声の少女が依頼主の女性に成長していたのだ。しかし、次に女性が事務所を訪れると、まったく別の会社になっており、探偵が生きていたという証もすべて消失していた。タイムスリップの眩惑感が秀逸。

パピーニ河島英昭訳「〈病める紳士〉の最後の訪問」:〈病める紳士〉とみんなから呼ばれている奇矯な人物が朝早くやってきて告白した。私は誰かに夢見られている存在で、誰に夢見られているのかを探し続けていると。その人物の目を覚まさないようにといろんな努力をしてきて空しく、反対にこの惨めな喜劇に終止符を打ちたいと人物の目を覚ませるために極悪非道なこともした、しかし何の成果もなかったと、悶々とした表情で去って行く。→その〈病める紳士〉が作者に夢見られた存在であることはたしかだ。

 その次の作品としては以下のようなものでしょうか。
中勘助「ゆめ」:オランウータンから自分の子と思われ抱きしめられる場面が面白い。また、死の川を舟で運ばれつつ遠くから誰かに呼びかけられる場面が夢幻的。中勘助らしい優しく美しい文章。

多田智満子「初夢」:みかんの皮を剥くと老人が中から顔を出して「まあお入り」と誘われ、碁を打つ。またみかんの皮を剥くと、別の老人が現われ…。壺中天のような小宇宙。

石川喬司「夜のバス」:なぜか深夜バスに乗っている。夢の中でいつも訪れている夢書房の親爺と一緒に、2年前に亡くなった友人に会いに行くところだった、と思い出した。が結局それも果たせず目が覚めてしまう。

天沢退二郎「竜の道」:悪い奴らが襲ってくる情報を得て、町のこどもらは結束して、悪い奴らが行き来するときだけに一瞬現われる〈竜の道〉を探し出す。それに乗って猛スピードで滑っていく。子どもたちの夢の世界。

三橋一夫「夢」:河原で夕食の支度を待つのを至上の喜びとしていた男が招集され、戦場で独りはぐれ河原で休んだところを銃撃される。薄れる意識のなか、故郷の河原に居て戦場の夢を見ていただけと思うところが悲しい。

サヴィニオ竹山博英訳「『人生』という名の家」:二十歳の男が母と住む家を離れ旅立つが、上陸した島で、ヴァイオリンの音に惹かれて、とある家の中に入ると…。自分の一生の痕跡をめぐった後、鏡には老人の顔が映っていた。

ボルヘス鼓直訳「円環の廃墟」:夢の中で一人の人間を生み出そうとした男が、様々な試みと失敗を経て、幻である息子を創りだすが、最後に自分も誰かに夢見られている存在だと悟る。ボルヘスらしい入り組んだ構造。

澁澤龍彦「夢ちがえ」:他人の夢を乗っ取って幸せになった成功例を真似しようとするが、細部で手抜きをしたため逆に不幸を背負いみんな死んでしまう。エッセイが受肉して小説化したような作品。

筒井康隆「夢の検閲官」:夢の舞台に出る前に、夢見者にショックを与えないようにと、検閲官らが夢の素材を変形し演出する話。筒井康隆らしいユーモアたっぷりで何でもありの想像力が炸裂。

花輪莞爾「悪夢志願」:悪夢を見る方法をあれこれ考えた作家の手記を公開した後、その作家の悪夢の症例を示すが、どうやら作家は人を殺したらしい。


 『書物の王国』は、あと『分身』と『人形』を所持しています。また読むのが楽しみです。