夢と日本古典に関する二冊

  
酒井紀美『夢語り・夢解きの中世』(朝日選書 2001年)
江口孝夫『夢と日本古典文学』(笠間書院 1974年)


 今回も日本の古典文学、説話の中に取り上げられた夢に関連した本。『夢語り・夢解きの中世』は、著者自らも冒頭で、『古代人の夢』に感銘を受けそれに続く中世を探究しようとしたと書いているように、前回読んだ『古代人と夢』の続篇として位置づけられるもの。『夢と日本古典文学』は、とても勉強熱心な人らしく、日本の古典以外にも、中国の古典文学、さらには夢に関する広範な著述を参考にしながら、著述しています。


 『夢語り・夢解きの中世』は、親切な書き方で文章が易しく、またいろんな話の引用があって面白く読めました。古代日本の夢についての考え方は中世にも引き継がれており、夢が神や仏からのメッセージとして受け止められていたこと、人々は夢を貰おうとして聖所で夜籠りをしそのための空間が仏堂の内部に準備されていたこと、吉夢は貴重で人に盗られないように他人には喋らなかったことなど、西郷信綱『古代人と夢』と共通した指摘がありました。

 『古代人と夢』に記述がなかった、あるいは中世において新しく出て来た夢のあり方は、次のようなところでしょう。
①中世においては、自分の夢に出て来て危ない目に遭いそうな人に対し、夢の内容を伝えて忠告したり、悪夢を見たときは、そのままにするのではなく「鬼気祭」を行なって祓おうとしたこと。神仏に何かを伝えたくてその場に来臨してもらいたい時は、金属音を響かせたこと。寺社の由来や言い伝えの多くは、神仏による夢のお告げが契機となっていること、など。

②今日、夢という言葉には、将来に向かっての抱負とか希望という意味がある。もともと中世の夢においては、夢は神仏からのメッセージであり、それを信じて生きることが希望に通じていた。これが今日、単なる夢と、希望としての夢の二つに分離したことは、夢に対する重要性が失われて行ったことに通じるものではないだろうか。柳田国男の居た昭和初期ぐらいまでは、夢を信じる夢語りということも残っていたのではないか。

 この本のもう一つの魅力は、若い世代らしく、日本の中世文学を語るのに、西洋の文学を借用しているところで、『鏡の国のアリス』から、「きみはどこにもいないんだ。だって、きみはただ、王さまの夢の中でだけ生きている存在にすぎないからさ。そこの王さまの目がさめたら、きみは消えちゃうんだ」という言葉を引用したり、魔術師が、実は自分も他者の夢見る世界の中でだけ存在していたことを悟るというボルヘスの短篇「円環の廃墟」を紹介していました。


 『夢と日本古典文学』は、古文や漢文が原文のまま引用されていて読みにくく、かつ説明不足で十分に理解できないところが多々ありました。古典文学の夢に関する文章の引用が豊富なところは、面白く読めました。大きく二つの部分に分かれていて、前半は、夢そのものについての考察、後半は、中国の夢書と、それに影響を受けた江戸時代の夢占いの書についての詳細な紹介。ただ、江戸時代の夢占い書は紋切り型が多く、かつ「舌の上に毛生ゆると夢見れば位いつまでもかわることなし」など、実際には見ないような夢ばかりが記述されていて、煩雑でうるさくなってきたので、若干読み飛ばし気味。

 いくつかの面白い指摘がありました。
①夢を見る一つの要因として外部よりの刺戟があり、一般的に直前に体験したことが夢に作用するのはよくあるが、面白い例として、蛇が股間にもぐり込んだことにより交接の夢を見た話や(今昔物語)、外部の刺戟により夢が変化する例として、お経の声に驚いて夢の中の鬼が逃げて行った話や(野守鏡)、外部の声がそのまま夢に現われたり(これは夢ではなく半睡時幻覚とされていた)、外の声で夢が破られることが示されていた。

②近世になると、夢を客観視できるようになり、文学において夢が利用されるようになった。馬琴は現実の物語のなかに夢の幻譚を持ち込んだが現実と夢の境界がはっきりしている。一方、源氏物語では現実と幽界が絡み合って共存しており、秋成の場合は、逆に夢幻界を創造するために現実界が利用されているとしている。

 そのほか、「夢は書き留められた時にはすでに夢でないものになっている」(p59)、「夢は歴史の事実をなぞって作られた」(p76)など、箴言のような含蓄のある文章が眼にとまりました。また、中国書『夢占逸旨』のなかに、夢の中での創作の例として、蘇軾の回文の詩、李長吉の玉楼記から鄭述祖の琴譜等30例があげられていることが紹介されていました。

 一つ不思議な印象を残す話として次のようなものがありました。浄蔵法師が金剛山の谷で独鈷を持った死骸を見、本尊に祈請すると、第五日の夜の夢に人が現われ、「これは汝の昔の骨である。速やかに加持し、彼独鈷を得よ」と告げられたという話(古今著聞集)。自分の昔の骨(死骸)というイメージは何とも凄い。

 いくつか夢の呪法を紹介しておきます。
早く寝付く呪法:「わすれてはうちなげかるる夕べかな/われのみしりてすぐる月日を」の歌を3回唱える。

恋しい人を夢見る呪法:衣の袖をかえして寝る

悪夢の力を削ぐ呪法:獏の絵を枕や布団に画けば悪夢を啖ってくれる。または、「見しゆめをばくのゑじきとなすからに/心もはれしあけぼののそら」の歌を3回唱える。最も原初的な呪法は、悪夢を紙に書いたのち破り捨てる。

悪夢を吉夢に転じる呪法:「唐国のそののみたけに鳴鹿も/ちかひをすれはゆるされにけり」の歌を3回唱える。