「幻想と怪奇6 夢境彷徨―種村季弘と夢想の文書館」


「幻想と怪奇6 夢境彷徨―種村季弘と夢想の文書館」(新紀元社 2021年)


 幻想系雑誌としてはいちばん新しい部類でしょうか。初めて読みます。こういう雑誌はずっと続いていって欲しいですね。ぶ厚いですが、活字が大きく読みやすいのはありがたい。昔の雑誌は、ページ当たりの活字を増やしてお得感を出すために、小さな活字にしていて、ひどいのになると3段組4段組というのもありました。

 特集は、「夢境彷徨」となっていますが、はっきり夢をテーマや舞台にしているのは、「種村季弘とドイツ夢幻譚」に収められた諸篇と、「メデュウサ」、「金の鋏」、「アルバート・モアランドの夢」、「静かに!夢を見ているから」ぐらいで、全体の半分ぐらい。他は、幻を見たり、悪夢のような体験をするという一般的な怪奇小説です。

 なかで抜群に面白かったのは、次の4篇(ネタバレ注意)。
H・C・アルトマン垂野創一郎訳「緑の封印がされたお告げ(抄)」:数字にちなんだ夢のお告げが番号順に90まで並んでいる奇想の充満した散文詩。11、21、40、50、62がまとまっている。味わいがよく分かるように62の全文を引用しておく。「君が31枚の金歯を持つチェコスロヴァキア人の夢を見て、その男が緑色に塗られた柵を一飛びで越えながらズボンを破かず、追いかけてくる犬からもやすやすと逃れ、一軒のバーに入って、服を整え、ネクタイを締め直し、生(き)のウィスキーをダブルで頼んだなら、すぐさまロトで62の番号を選びたまえ。ただし売り子の名はKで始まらねばならない」。他の数字でもロトがよく出てくるのは、アルトマンが日ごろからロトをしていた証拠か。

マイクル・マーシャル・スミス嶋田洋一訳「闇の国(改稿新版)」:何ということない日常生活に少しずれが生じ、見知った実家の内部が見たことのない様子になっていることに気づく。恐ろしいのは時間の経過に連れてその変容ぶりが激化してくることだった。新しいはずの冷蔵庫が1950年代の古びたものになったり、廊下にはごみが散乱していたり。呼び鈴が鳴ってドアを開け、近所のおばさんと話をし振り返ると、家の中は元どおりになっていた。が裏口を開けると、また変容が始まり・・・。とても詳細は書ききれないほど奇怪な出来事が次々と起こり、主人公はグロテスクな状況に追い込まれる。最後には家の中が闇のなかのジャングルになってしまうというのが凄い。多次元SFの不条理な世界。

フリッツ・ライバー若島正訳「アルバート・モアランドの夢」:芸術家小説の一種とも見える。天才チェス師が毎晩見る夢は前の日から連続しており、見たことのない変わったチェス盤で敵と戦うというものだった。敵の姿は見えないが、どうやらその相手ははるか昔に人間を創った宇宙的存在で、自らが創造した世界の運命をチェスの勝敗で決しようとしているのかもしれない。チェスの駒は段重ねになった塔、墓石を思わせる多角形、植物とも動物とも分からぬ物体など、この世界の想像力から隔絶したものだった。天才チェス師は夢の中で戦いながら、寝言でその様子を伝えていたが、ある朝ついに姿を消し、ベッドにはその代わりに地球上には存在しない奇妙な生き物が居た。夢が現実の中に浸透してくる恐怖が抜群。

アルジャーノン・ブラックウッド渦巻栗訳「トルネード・スミスの大冒険」:几帳面で勤勉な株式仲買人が、ある朝前の晩に見た夢のせいか異様な多幸感に包まれながら出勤した。いつもと違って職場へ行きたくないなと思っていたら、少年が近寄ってきて、どこにでも行ける切符はいかがですかと言う。切符に書いてある文言にしたがって、その場所へ行き、そこでヨットに乗り一人冒険に繰り出す。一角獣や竜が登場する壮大な冒険ファンタジーが繰り広げられるが、最後に扉を開けると、そこは職場で、15分遅刻しただけだった。邯鄲の夢と少し似ている。


 次に面白かったのは、現実と夢の世界の落差が面白いグスタフ・マイリンク種村季弘訳「商務顧問官クーノ・ヒンリクセンと贖罪者ラララジュパット-ライ」、古典的幻想冒険譚、海洋小説で、セイレーン姉妹を取り巻く白骨の山という風景が凄いエドワード・ルーカス・ホワイト夏来健次訳「セイレーンの歌」、最初はおぼろげだった怪異が徐々にくっきりしていく過程が描かれているヘンリー・S・ホワイトヘッド植草昌実訳「影」、みんなして犬を探している妙な町に紛れ込んでしまい住人らとうまく意思疎通ができないまま犬にされてしまう悪夢を語るラムジー・キャンベル植草昌実訳「悪夢」、ローマ時代と現在の時空を超えた二つの夢が語られ、最後に過去の彫像が現在の痕跡と混じり合う井上雅彦「メデュウサ」の5篇。