:CLAUDE FARRÈRE『LA SONATE À LA MER』(クロード・ファレール『海のソナタ』)


CLAUDE FARRÈRE『LA SONATE À LA MER』(FLAMMARION 1952年)

                                   
 何年か前、パリの古本屋の店頭均一コーナーで見つけた本。ファレールの晩年に書かれた作品のようで、「NUIT TURQUE(トルコの夜)」「L’ILE AUX IMAGES(心のなかの島)」「RÊVE ET CAUCHEMAR(夢と悪夢)」の中編三篇が収録されています。前回読んだ『Dix-sept Histoires de Marins(船乗りの物語17話)』と同じくフランス海軍の生活が描かれ、若い士官の冒険や恋、南洋の島の美しさへの愛情が語られています。


 概要はあとに回して、気のついた細かな点を列挙しますと、
 『Dix-sept Histoires de Marins』と同工異曲の部分がいくつかありました。「NUIT TURQUE」のなかで、怠惰で反抗的な船乗りが営倉に入れられるが、いざという時に活躍するという場面。今回は軍法会議にかけられるところを、艦長の機転でトルコの水に酔った酔っぱらいの不始末ということにしてもらって逃れるというおまけがついていました。

 鷹揚な艦長が若い船員を大事にするというパターンも前回読んだなかに出てきたのと同じです。「RÊVE ET CAUCHEMAR」では、艦長が船上でのダンスパーティーを自ら主催し、現地滞在のフランス人家庭を招き、若い船員に若い娘と接触する機会を設けるという一駒がありました。

 ファレールには阿片を主題とした作品がいくつかありますが、その片鱗が「L’ILE AUX IMAGES」で、かつての船員仲間と一緒に阿片を吸う一場面に出てきました。また怪奇を扱った主題の作品も書いていますが、その片鱗が「RÊVE ET CAUCHEMAR」の50メートルの長さの海蛇(海龍王)を目撃するシーンにうかがわれます。

 ファレールは日本びいきだったと言われ、昭和13年に作家として日本に来たこともあるみたいで、この本のなかでも日本にいくつか言及がありました。「いつも日本の着物を着ている」という記述(p91)は日本びいきの証拠。ところがまた別に「極東の蛮軍」という記述(p193)があって、これは文脈からどう考えても日本のことみたいなので、第二次世界大戦で日本が嫌いになったんでしょうね。

 ファレールの師とも言うべきロティの名前があちこちに出て来たのは不思議とも思いませんでしたが、Segalen(セガレン)の名前と『Les Immémoriaux(記憶なき人々)』という作品名が出てきたのにびっくりしました。セガレンとは友だちだったようです。

 「RÊVE ET CAUCHEMAR」の末尾の「死後25年も経つ死者に対しては、さよならと言うよりまた会おうと言うべきだ」というフレーズは心に残りました。


 3篇の概要を紹介します(ネタバレ注意)。
○NUIT TURQUE―L’AN 1322(トルコの夜―イスラム歴1322年)
フランス艦船の二人の士官の片やフランス娘、片やトルコ娘へのそれぞれの恋の模様を、ボスフォラスの海の美しい風光のもとに描いている。士官たちがトルコ娘の後宮に忍び込んだり、追手が回って海へ飛び込んで逃げたりなど、波瀾万丈な展開もある。反抗的だが泳ぎのうまい船員が軍法会議免除の恩義を感じて、漁網にかかって溺れかかった士官を助けたりする。終わり方が尻すぼみで残念。 


◎L’ILE AUX IMAGES(心のなかの島)
ある日作家は、昔の愛人から、あなたの昔の知り合いが相談したいと言っていると深夜に呼び出され、着いて見ると茣蓙に座った痩せ衰えた男から阿片を勧められる。海軍で一緒だった男だ。壁には絵がいっぱいかけられていたが、海軍を辞め南洋の島で暮らした男が、島の美しさを忘れられず自分なりの描き方で段ボールに写したものだった。作家はその絵にプロにない魅力を感じその男が希望した個展の開催に奔走する。無事個展に漕ぎつけると飛ぶように絵が売れ、男はその金でまた島に向けて去って行く。作家は行ったこともないその島に実際に行った所よりも愛着を覚えるようになった。第一次世界大戦のどさくさのなかでその男は島で死んだが、残された絵の一部は、島の住民たちが思い出として守った。住民たちもその絵によって島の美しさに目を開かれたのだった。南洋の絵描きになった海軍仲間へのオマージュ。


○RÊVE ET CAUCHEMAR(夢と悪夢)
私と海軍同期の見習士官の友人はまだ若いがお洒落で剣の達人、その彼がハノイに住んでいるフランス娘と婚約をし娘の父からも承認を得、私の忠言で、愛妻と一緒に生活することの少ない海軍を辞め、婚約の許可をもらうべくフランスに帰る。ところがその後彼からはばったりと音信が途絶えてしまう。数年後ブレストの町角でうらぶれた彼の姿を見て衝撃を受ける。どうしたのだろうか。50年近く経ってようやく婚約が破棄された理由を知ることになるが、それは彼が死んだと思っていた父親の犯した犯罪が理由だった。どちらにも罪がない二人が引き裂かれることになる悲恋。