GILBERT DE VOISINS『LE BAR DE LA FOURCHE』(ジルベール・ド・ヴォワザン『岐路の酒場』)


GILBERT DE VOISINS『LE BAR DE LA FOURCHE』(DU HOUBLON 発行年不詳)


 生田耕作が、「私の選んだ『フランス小説ベスト…』」の中に入れていたのと、廣瀬哲士の『新フランス文学』で、エドモン・ジャルーやジャン・ルイ・ヴォドワイエーらとともに、アンリ・ド・レニエの弟子筋の一人として紹介されていたので、読んでみました。ANDRÉ COLLOTという人の版画の挿絵が、単色のものが各章の上半分に20ヵ所、カラーのものがところどころに7枚挿まれていて、雰囲気を盛りあげています。
  
 「Fourche」の訳語として、横尾忠則らが使っている「Y字路」が流行りのようなので、それにしようかとも考えましたが、意味からいって「岐路」の方がふさわしいと思い、「岐路」としました。ちなみに生田耕作は、「岐れ道」としています。

 ヴォワザンについてはほとんど知らないので、ウィキペディアを見ると、若い頃から、ヨーロッパ各地やアフリカを旅し、ヴィクトール・セガレンと一緒に中国にも行っているようです。ジョゼ・マリア・ド・エレディアの娘のルイーズと結婚していますが、ルイーズは、ヴォワザンの昔からの友人ピエール・ルイスと離婚した後、ヴォワザンと結婚したということです。

 生田耕作推薦、またレニエの弟子筋ということで、幻想小説の風合いを予想しましたが、それではなくて、人間に潜む闇の部分を描いていて、奇怪なもの、グロテスクへの嗜好が感じられました。この物語の軸になっているのは、オルストの性格造型です。身体のうちの御しがたい情熱に操られ蛮行を繰り返すところは、極端に解釈すれば、狼男的と言えます。直情的で自然児としての魅力にあふれています。語り手の16歳のオリヴィエが、それに魅せられ憧れながらも、反撥する様子が描かれていて、どこか少年の成長物語のようなところがあります。

 もう一つ、この小説の特徴をあげるとすると、登場人物がそれぞれ個性の強い人物ばかりということです。色情狂的に男を追いまわす容貌スタイルとも醜い女、彼女をキャンプで待っているやはり醜く蟹股の夫、悲劇を朗唱し即興で喜劇を演じるイタリア人、聖書を引用し讃美歌を歌う酔っ払いの大男、ポーカーでカモにされているがほんとは強いユダヤ人、酒場を経営しながら売春している女店主、知恵遅れだが純朴な彼女の息子など、そうしたなかでひときわ目立つのは美人だが冷ややかな娘。

 ここ数年のうちで、いちばん読みやすく感じました。フランス語がやさしいこともありますが、舞台が、西部劇でおなじみのゴールドラッシュ時代後期のアメリカで、無法地帯で繰り広げられる展開の面白さがあったからです。以下、簡単に物語を紹介します(ネタバレ注意)。

話者16歳のオリヴィエは、プロテスタント信者で頑固な父親とのいさかいがきっかけで家出をし、線路工夫の仕事に就く。儲けるアイデアを思いつき夢中になったところで、馬車に轢かれ、腕を骨折、その馬車に乗っていたのが、物語の主役オルストで、熱心に看護してくれる。

治癒後、オルストが西部の鉱山でひと稼ぎするというのについて行くと、川船に乗り合わせた連中は個性者ぞろい。上陸して、二手に分かれ、オルストらはイエロー・クリークに向かう岐路のキャンプに身を落ち着ける。オリヴィエは、住み込みで酒場の給仕の仕事に就く。

岐路のキャンプに、オルストが5年前一緒に釣りをしたスミスとその娘アニーがいたことで、事件が展開していく。オルストは、5年前から美しいアニーを思い続けていた。そしてアニーに近寄る男を次々に排除していく。一人目は、娘を強引に抱き寄せようとしていたので、ナイフで決闘して刺し殺し、二人目は、イギリス貴族の息子で、アニーをイギリスに連れて帰ると聞き、鞭で顔を切り裂いたたうえ、キャンプから追い出す。三人目は、樵のフランス人でアニーが彼を好きになったので、決闘で撃ち殺した。

オリヴィエは、オルストに命じられて、一緒に樵のフランス人の屍体を木の上に隠す。その後、オルストはスミスに娘を嫁にほしいと申し入れるが断られ、アニーにも嫌いだから絶対に結婚しないと言われる。なおもしつこくスミスにせまり、押し問答しているうちに、罵られてカッとなり、スミスを壁に叩きつけて殺してしまう。岐路のキャンプの人々も、オルストの蛮行に戦々恐々としてきた。

醜い夫婦の妻が、夫がアニーと浮気をしているとオルストに訴え、誰も信じなかったが、夜、みんなで現場を押さえに行く。するとそれはほんとだった。愕然として死んだも同然のオルストに、アニーは、好きな人や父親を殺した復讐だと、みんなに命じてオルストを縛り上げ、樵のフランス人の骸骨の胸に巣くった蜂の群れをけしかける。顔中蜂だらけで腫れ上がり苦悶するオルストを楽にしようと、オリヴィエは、頭を銃で撃ち抜くのだった。ここでオルストの物語は終わるが、どうやらオリヴィエがアニーと結ばれたらしいことが、最後に暗示されている。


 骨組みだけで、物語の味わいがうまく伝わらないのがもどかしいですが、この物語に頻出するもう一つの軸は、人間の性欲の激しさということでしょうか。最初のほうで、オルストが宿の女中に1ドルを与えて、スカートをまくり上げ襲いかかる場面にまず面喰いますが、醜い夫婦の妻は、船中でフロリダの少年をかどわかそうと付きまとったり、キャンプでは、冗談でちょっかいをかけたイタリア人を本気と思って追いかけまわしたり、酒場の女店主の息子を誑かして森の中でまぐわったり、主人公にまで寝ないかと誘い、あげくにオルストにも関係を迫るなどやりたい放題。岐路の酒場では女店主が、キャンプの男たちを相手に次々と売春に励み、主人公もついに性にめざめます。一方、美人のアニーも、なんと!無理やりとはいえ3年間も人知れず醜い夫婦の夫との関係を森の中で続けていたのです。

 文体は、ひとつの文章が短く、具体的な描写が中心。一例として、酒場の中で、オルストがスミスに娘を嫁にくれないかと切り出す場面は、客たちの息詰まる沈黙の中で、聞こえてくる僅かな音による描写が出色です。端折ったうえに意訳していますが次のような感じ。「奇妙なことで、僕は小さな音を数え上げた。今でも覚えている。まず、外から聞こえてくる風の音と、室内のマリアの編針の音が絶えず聞こえ、次にときおり、外から梟の鳴き声と樵の旅人の馬の嘶きが聞こえた。室内では、トランプを繰る音、スミスのグラスの音、オルストの木をこそぐ音、ポーカーの役を発する声、ニコデムの溜息に、カルレッティの咳。耐え難い沈黙だった。蝙蝠が窓を叩いた。こんな日にポーカーをするのが間違いだ・・・密かに何かを窺っている人々を観察してると面白かった。キッドはときどきスミスとオルストに目をやり、ニコデムは曖昧なまま、カルレッティの目は素速く動いた。モーゼは二人を優しく見守った。みんな無関心を装いながら、不安を隠せなかった。10分ほどしただろうか、突然、オルストがナイフをテーブルに突き立て、頭を上げて口を切った」(p170)。