函 中
植田実『真夜中の家―絵本空間論』(住まいの図書館出版局 1989年)
澁澤龍彦『城―夢想と現実のモニュメント』(白水社 1981年)
異質な二冊ですが、建築関連で同時期に読んだので、一緒に取りあげました。『真夜中の家』は先日読んだ『真夜中の庭』の前篇というべきもので、小説、絵本、漫画のなかの建築や空間を題材にしたエッセイ。『城』は、雑誌「新劇」の3回連載をまとめたもので、日本の城や西洋の城館に関連した評論・紀行。
植田実の本では、よく知っている名前が出てきて懐かしく思いました。渋谷から宮益坂をあがったところの中村書店は、私も東京にいたころよく行った古本屋。途中にあった古色蒼然としたはかり屋さんのことも出ていたのでそのときの情景が浮かんできました。それから個人的なことになりますが、私の知り合いの名前が出てきてびっくりしました。著者が、同僚の自宅の2階に間借りしていたとき、その弟の森田君から青い函に入った城昌幸の『みすてりい』を見せられたとありました。森田さんとは大学の頃からの知り合いの古本酒仲間です。ちなみに青い函の桃源社版の『みすてりい』は高校の頃読んだ記憶があります。
私は児童書や絵本、漫画は疎いほうなので、いろんな知らない、あるいは名前しか聞いたことがない作家、また作家の未読の作品を知ることができました。列挙すると、諸星大二郎の漫画『地下鉄を降りて』、ビアトリクス・ポターの『のねずみチュウチュウおくさんのおはなし』、ルネ・ドーマルの『類推の山』、ウィンザー・マッケイの『スランバーランドのリトル・ニモ』と『チェスターチーズ狂いの夢』、井上直久『イバラード物語』。本ではありませんが、福岡の天神地下街も面白そう。
共感できるのは、ひとつは、現在の都市空間が地下街的になっていることへの嫌悪感です。地下街と超高層の構造がひとつとなり、地上には自然の風景がないと嘆いています。これは「1960年・・・竣工したての、頭部の平たい箱状のチェースマンハッタン銀行が、それまでの尖った山状のタワー群の上限を越えて、そのなかに割り込んだ写真を見たとき、私はそれ以前にニューヨークを訪れる機会がなかったことを心から悔んだ」(p100)という言葉に通じるものがあります。
もうひとつは、簡素であってもアンティームな場所を求めている姿勢。その場所は『のねずみチュウチュウおくさんのおはなし』の穴ぐらであったり、イギリスの湖水地方の自然と生活を反映した『ピーター・ラビット』のミニアチュール圏であったりします。その延長線上だと思いますが、緑が建築を侵食していく建築・都市観を表現したピーター・クックによる「アルカディア・シティ」に触れ、「緑に覆われていく都市のイメージには、廃墟の意味が醸成されている」(p57)とコメントしています。これは藤森照信の草屋根に通じるものがあるように思います。
『城』は、三部に分かれていて、真ん中に、サド侯爵の城を訪れたときの紀行を中心に、西洋の王や作家たちの城館との関わりについての論考を置き、第一部に、安土城を中心に、日本の城について西洋を対比する文章、第三部に、姫路城を舞台にした鏡花の『天守物語』やヴェルヌの『カルパチアの城』などを軸に、城の空間を論じた文章を配しています。
久しぶりに澁澤龍彦の本を読みましたが、一気に書いたものらしく、澁澤にしては、歯切れのよくない印象がぬぐえませんでした。悪口ついでに書きますと、澁澤の持ち味の博引旁証ですら、私の一世代上によくある何でも知った風な書き方が鼻につきました。「さすがに目のつけどころがいいな、と私はバルトに同感せざるを得ない」(p124)といった上から目線は、もう少し謙虚になれないものでしょうか。それが澁澤らしいところではありますが。
主張のひとつは次のようなことでしょう: 城が、「君主たるべき者は世界の中心に玉座を据えなければならない」という権力の凝集した場所であることはもちろんだが、サド侯爵、ベックフォード、さらには、ユイスマンス『さかしま』の主人公デ・ゼッサント、ビアズレーの『ウェヌスとタンホイザーの物語』の騎士タンホイザーらを見れば、現実に専制君主でなくても、空想の世界で絶対権力に酔うことは可能で、文学の領域では、城は失われた権力のイリュージョンを醸成する舞台となる。また牢獄が監禁と同時に夢想の場所となることを考えると、牢獄とは裏返しにされた城であり、城とは裏返しにされた牢獄である。
先日、『迷宮1000』と『メトロポリス』についてこのブログで触れましたが、ともに高層ビルの上層階には独裁者や上流階級がいて、下層に住んでいる労働者や奴隷たちと敵対する構図がありました。この本でも、鏡花の『天守物語』には、天守の美しい妖怪の世界、地上は醜い人間の世界という垂直構造が見られ、この作品は、妖怪世界と俗世間との対立を契機に動き出す鏡花の小説パターンと城とが見事に一致した例と指摘していました。