中村禎里『回転する円のヒストリア』

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中村禎里『回転する円のヒストリア』(朝日新聞社 1979年)


 中村禎里という著者についてはまったく知りませんでしたが、理系と文系が融合したような随筆で、面白く読めました。「数理科学」という雑誌に連載されたものを中心にまとめています。理学部ご出身の方で主として生物学がご専門のようですが、科学全般や思想全体に対しても大局的なパースペクティヴをお持ちで、また日本の習俗や文学にも詳しく、古今東西の歴史的蘊蓄が散りばめられていました。

 冒頭の一篇「金の輪」は、病気の男の子が夢のなかで、見知らぬ男の子と二人で金の輪を回しながら白い道を走るのを見たあと亡くなる、という小川未明の「金の輪」の話を紹介したもので、「虹のように美しくはかない『金の輪』の話に、あるいは未明の長女・晴代の死が投影しているのかもしれない・・・金と白の配色に、亡き子の安住の地が燦然無垢であるように願いをこめ」(p6)と書いてあるのを読んで、科学者なのに、ウェットな感性がうかがえて驚きました。その前に読んだM・ルルカーの『象徴としての円』が哲学的理念的な記述に溢れていたので、余計にそう感じたのかも知れません。

 ときたまユーモアの溢れた文章に出くわすことがあり、人柄に好感が持てます。例えば、「テープがそうである。吹きこんでおいた名曲名演奏を聴こうと思い見当をつけて回しはじめると、ぞっとするほど迷調子の炭坑節がひびきわたったりする。昨年、忘年会にそなえた練習の苦心のあとであった」(p43)とか、「回転運動には手足はいらない・・・プラトンの宇宙動物は・・・ひたすら回転する孤独な動物であった。私がそこに連想するのはタンク・タンクローであるはずがない」(p86)など。

 設問の設定の仕方がユニークで、理系らしい面白い着眼点を持っています。設問としては、日本ではなぜ馬車が発達しなかったのであろうか(p7)、螺旋が左まきに上がるか右まきに上がるかの違いは、どこから来るのだろうか(p33)、ボクシングやプロレスのリングは四角いのに、土俵はなぜ円いのか(p70)、それに関連して、力士をとりかこむ観衆はなぜ輪をつくるのか(p71)、円への憧憬がどのような理由によって説明されるべきか(p108)、日本人にとって赤とは何を意味したのだろうか(p109)など。

 面白い着眼点がうかがえる指摘としては、例えば、
①かつては車を忌避していた日本で、血しぶきを上げながらでも自動車が全盛をきわめているのは、人々の機械信仰、すなわち利用者にとって制御可能なものという確信から来ているとしているところ(p9)。

②ルーレットの36分割とサイコロの6分割の同類性に着目して、赤と黒の2種類のサイコロでルーレットと同じ36種を振り出すことができると考えたり、その二つを結ぶものとして中国のヒネリ独楽を発見したりしているところ(p19、47)。

③円と渦巻との違いについて、円環は完結し閉鎖した集団を包むが、渦巻の最大の特徴は開放性であり、絶えず異分子をとりこみ、自己を分解しては吐きだしてゆくと見ているところ(p40)。

④しかし、閉鎖性のシンボルとしての円にあっても、円環上の回転する実体はじつは不変ではなく、例えば、山手線の車輛で運ばれる乗客はたえず変動しているし、血液と各細胞はたえず物質を変換している。形式的には閉鎖循環の系であっても、実質的には開放的なこともある(p104)。

⑤螺旋壁画を天地の方向に圧しつぶすと、絵巻、巻物となる。書物の最初の形態は巻物であったが、巻物は中途からの読みや読み戻りには不向きだったので、羊皮紙や紙の登場によって、次第に冊子形式にとって代わられた(p42)。

⑥土俵はなぜ円いのかという理由について、人垣の輪に見られるように、すべての観衆がひとしく競技者に近づくには円形が都合よいことと、ボクシングやプロレスなどでは競技者が外に逃げ出せないようにロープを張るためにはどうしても四角でないといけないが、相撲ではその必要がないこと(p71、72)。

⑦太陽は、仏像の光背、キリスト教聖像の光輪などさまざまなものに円形のシンボルとして表れているが、太陽から抽出可能な視覚要素は円にはかぎらない。太陽は赤色でもあり日本の古墳期には呪術的な用途で朱色が多用されていた。太陽の赤は、血液の赤と炎の朱をつなぐものでもあった(p109、110)

 知らないことを教えられた部分もありました。舞台の早変わり仕掛としての回り舞台は日本人が考案したそうで、創案者は大坂の狂言作者・並木正三(1758)だと言われていること(p46)、寛文(1661~73)ごろの相撲は、輪形の土俵と、四本柱を縄でむすんだ正方形の土俵が併存競合していたこと(p71)、「輪入道」と「朧車」というふたつの恐い絵があること(p10)。

 「日本人は、とくにまろやかさ、そり、ゆがみを嗜好する民族であった。吉村禎司はその例として、縄文土器のうねり、草仮名書のながれ、屋根・石垣・鳥居・刀のそり、茶室の床柱のゆがみなどをあげている。ここに、西欧合理主義の円とも、東洋神秘主義の宗教的・呪術的円とも異なる、美的な円みを見いだすことができる」(p119)という文章を読んで、日本美についての本も読みたくなってきました。