村山貞也『人はなぜ匂いにこだわるか』

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村山貞也『人はなぜ匂いにこだわるか―知らなかった匂いの不思議』(KKベストセラーズ 1989年)


 読み始めて、前回読んだ『匂い遊びの博物誌』に比べると、緻密で科学的な書きぶりだと思いましたが、それは最初の部分だけで、あとはきわめて文学的、事例の羅列という印象を受けました。とくに小説の引用が多い。というか逆に考えると、においの世界は混沌としていて、系統だった筋道をもっては語りがたいものなので、事例を見て行くしかないのかもしれません。ただ残念なのは、自分の持っている知識を全部詰め込もうとして、焦点がぼやけてしまっている感じがします。

 においについての分析的な記述は下記のようなものです。
①嗅覚は遠隔感覚であるが、実は、においを発するものから出てくる化学物質に触れて感じるという意味で、味覚と同じ接触感覚である。目と耳も遠隔感覚であるが、こちらは外部からの電磁波や音波の刺激を物理的に受けるのに対し、鼻は口と同様化学的な受容をする。

②「鼻腔」は、三つの甲介によって三段の棚のように仕切られており、その間を、三つの「鼻道」が奥に通じている。鼻から吸った空気の大部分は下・中鼻道を通って、気管を経て肺に送られるが、上鼻道に入った空気は、表面が粘液状の嗅上皮に触れて、嗅繊毛がにおいを感知する。においを感じると、電気信号を発し、神経を通じて脳のなかのにおい担当部位へ伝えられる。脳中枢には過去の諸経験の記録が刷り込まれていて、よい匂い、不快な臭い、危険なにおいを判断する。

③嗅覚については、視覚や聴覚のように、補助的な機器は開発されたなかった。例えば、視覚では、眼鏡、拡大鏡、顕微鏡、望遠鏡、レーダー、テレビ、聴覚では、補聴器、集音器、スピーカー、ラジオ、マイクなど。人間は嗅覚に対し抑圧さえしてきた。

④においをだすものは、40万種とも50万種とも言われるが、きちんと分かれているものではないから、においに数はないと考えたほうがよい。世のなかに「音」がいくつあるかなどと考えるようなもので、ナンセンスである。

⑤においには、白、赤、黄、緑、青、藍、紫といった色の名前のようにしっかりとしたことばの区別がほとんどなくて、「何々のようなにおい」というように、付臭物の連想で説明されることが多い。


 事例として面白かったのは、
正倉院御物の蘭奢待は、特別上品(じょうぼん)の沈香で、蘭奢待という三つの文字の一部を取りだすと「東大寺」となり、聖武天皇東大寺建立の悲願をあらわして名づけられている。→いま読んでいる本によれば、東大寺の知恵のある僧侶が武将の関心を得ようと、室町時代に考え出したのではないかと書かれていた。蘭から草冠を取ると闌となり「猛し」という意味で、奢はおごる、待は侍の扁に一画多い。二重に意味が隠された言葉だったのだ。

②日本では昔から、「はなひる」こと、すなわち、くしゃみすることは好まれなかった。西洋でも、くしゃみは不吉の前兆としておそれられた。

③日本では、江戸時代まで歯ブラシもなく、髪に粘りと汚臭を発する香油を使っていたので、明治の文明開化に直面して、長い間順応してきた悪臭を除かなければ、ヨーロッパ先進国人と心地よい交際はできないと考えた。→西洋に対しては、先進技術に対する劣等感とともに、そうした劣等感もあったわけですね。

 ほかに、熱帯林のなかにいるあるダニは獣の皮膚から発散する乳酸のにおいだけを感知し、下を通る野生の獣の上に正確に落ちて生活する仕組みになっていること、ラベンダーの語源はラテン語の「ラヴァレ」であるが、これは洗うという意味で、ラベンダーを入浴に使ったことからつけられたものであること、などを知りました。また近松門左衛門浄瑠璃「けいせい反魂香」の一場面が印象的。「六角の家来らが、元信を捕まえると、元信は自らの肩を口で食い破って、口に血を含み、それを襖戸に吹きかけて猛虎を描く。血で描かれた虎は生きて襖から出、元信を助ける」(p224)。

 においにを感じさせる句がいくつか紹介されていましたので、引用しておきます。

蜜柑の香染みたる指を洗はずに(山口誓子

壺焼や醤油の香の潮の香(迷堂)

そのにほい桃より白し水仙花(芭蕉