吉田敦彦『神話の構造』

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 吉田敦彦『神話の構造―ミト‐レヴィストロジック』(朝日出版社 1978年)

 

 前回読んだシンポジウムの報告と違い、学術的で、扱っているテーマも専門的な話題になり、難しくなっています。内容は、4つの論文から成り、そのいずれもが副題にあるように、レヴィ=ストロースの神話論のいくつかを紹介するもので、とくに最初の3論文ではその欠陥を厳しく指摘していて、レヴィ=ストロースに果敢に挑んでいる印象があります。恥ずかしながらレヴィ=ストロースはまともに読んだことがなかったので、その理論の大胆さに驚いたというのが本音です。

 

 まず冒頭の論文「神話の時間と構造」では、レヴィ=ストロースが、神話を通時的に読むだけでなく、その構造を共時的にも捉えるべきという理論をもとに、オイディプス神話を題材に分析した論文を紹介した後、それを検証し、その試みが破綻していることを指摘しています。複雑でとてもここでは紹介しきれませんので詳しくは読んでいただくしかありませんが、レヴィ=ストロースの神話の分析はとてもドラスティックで鮮やかで、推理小説を読んでるがごとき印象がありました。著者が言うように、たしかに強引な解釈が見られたり、通時的な読み方を捨象するなど無理があることは理解できますが、基本的な考え方には魅力を感じました。

 

 二番目の論文「神話と謎」では、レヴィ=ストロースによるオイディプス神話とペルスヴァル神話を比較した分析を取りあげています。その分析を簡単に紹介しますと、

①まず神話に現われる謎のあり方には、「答えが与えられぬことを予想して出される問」と、その要素を反転させた、「そのための問いが発せられなかった答」の二つがあるとし(p74)、

スフィンクスの謎を解くオイディプス神話は前者で、「聖杯が誰のため何に使われるのか」という質問を最後まで発しなかったために呪いを解けなかったペルスヴァル神話は後者であると指摘(p75)。

③知者でありかつ性的タブーを犯したオイディプスと、無知で性的純潔さを持ったペルスヴァルは、正反対の性質を備えていることに着目し(p76)、

④その隠された意味は、答えられないだろうと出された問に答えてしまうことは、結合してはならぬ者同士の性関係につながり、必要な問を発しないということは、性関係の不毛と純潔を表わすものとしたうえで(p77)、

オイディプスの近親婚によってテバイに引き起こされた疫病の猖獗は自然力の跳梁状態で「過剰な夏」を表わし、反対に、ペルスヴァルが解消できなかった自然力の凍結状態は「恒常的冬」を表わすとしています(p77)。

⑥夏の極端化は腐敗、冬の恒常化は不毛と結びつき、結局はどちらも人間の生を不可能にすることを人々に示し、現行の季節の平衡とその規則的な交代を好ましいものとして、これに従うべきことを教えているというのが結論で(p78)、これもなかなか鮮やかなものがありますが、これに対して、著者は、

レヴィ=ストロースのこうした分析は、各々のケースでいろんな方法を試すという試行錯誤的なもので恣意的であり、何か画期的な新しい科学的分析法が確立されたと思うのは間違いであると警告し(p81)、さらに、

②そもそもテバイを襲った疫病については、もともとオイディプス神話にはなく、後世にソポクレスがペロポネソス戦争の悪疫をヒントに付け加えたものであるとし(p84)、細かい部分で間違いを犯していると指摘しています。

 

 次の論文「ボロロ神話の論理」も詳細を説明するのは大変なので、大雑把に紹介しますが、レヴィ=ストロースがブラジル中央のボロロ族の二つの神話を取りあげ、①親族の内部で過剰な結び付きがある、②それが原因となって宇宙が分離される、③しかしその分離は新しい媒介者の出現によって補填される、という三段階の共通の構造があると分析していること(p104)、また、ボロロ族と、北米のオジブワ族、ポリネシアのティコピアには、もともと多数あった部族が現在の部族数になる原因を語る神話があるが、共通の構造として見られるのは、連続が不連続になる経緯が説明されていることで、無作為に選別がなされ不連続になるのと、何らかの基準があって選別され不連続になる二つのパターンがあることを指摘していると紹介し(p124)、そのうえで、また細かいところで作為的な誤謬を犯していることを暴露しています(p183)。

 

 最後の「死の神話の起源」は、上記3論文とは毛色が異なり、死の起源神話についての著者自らの考察が中心で、火の起源と死の起源を同時に説明する神話が日本でも世界でも見られることから始まり、男が女と性の交わりを持つようになって死が始まったという話も世界共通で、さらに、死の起源が農耕と結びつく神話も多いことが指摘されています。

 

 この章では、レヴィ=ストロースの理論については最後に少し紹介されているだけですが、ここでもレヴィ=ストロースの眼力は鋭く、ブラジルの各地にある神話をいくつか取り上げ、「腐木の呼びかけに答えた」や「蛆のわいた肉を持つサリエマ鳥の鳴き声に誘惑された」ことで人間に死が訪れるようになったという神話や、「臭いフクロネズミを食べた」途端に老人になる話の共通要素として、「腐ったもの」が人間の聴覚、味覚、嗅覚に触れたことが人間の死の原因になるという構造を見抜いています。

 

 いくつかの魅力的な神話的断片を引用しておきます。

竜の歯を抜き取り、それを作物の種を播くようにして、耕した地面の上に播いた。すると竜の歯が播かれた畝の中から、完全武装した戦士たちが生じた/p12→ハリーハウゼンの特撮映画を思い出します。

子供は母をもっとよく探そうとして、一羽の鳥に変身し、バイトゴゴの肩に糞をかけた。するとその糞から、彼の肩の上に、ジャトバの大木が生えた/p91

ボロロ族の間では、死者の遺体はまずいったん、村の広場に埋葬され、その後でまた掘り出されて、肉を取られた骨だけがきれいに洗われ、色をぬられ、モザイク状の羽飾りを貼りつけられて、籠に入れられ、湖か川の水に沈められる・・・ボロロ族が水中にあると信じている霊魂の村に行って、死後の生を生き、かつまた地上に再生する可能性を持つことができる/p96

ついに好奇心を押さえきれなくなって、目隠しを持ち上げ、一人の男を見た。すると彼の視線を浴びた男は、雷に打たれたように、たちまち死んでしまった/p118

少年たちは、途中でフクロネズミを殺してその肉を食べた。すると彼らはたちまちよぼよぼの老人に変わってしまい/p158

地下の世界では、地上が夜の間太陽が輝き、地上が昼になると夜になった/p160