Claude Seignolle『La Malvenue』(クロード・セニョール『異子』)

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Claude Seignolle『La Malvenue』(Phébus 2000年)

 

  これまで読んだセニョール作品のなかでは最高作と思います。物語の展開がとても興味を惹くようにできていて、これが日本語なら巻措く能わずというところでしょう。フランスの横溝正史、あるいは夢野久作か。長編の醍醐味が堪能できました。

 

 少し長くなるかもしれませんし、要領が悪いので意味が分かりにくいかもしれませんが、ストーリーを記しますと、

(現在)ソローニュの農場が舞台。祖父の代から、禁忌の沼の伝承がある。17歳のジャンヌはみんなから「異子」と呼ばれ、額に星印がある。どうやら生まれる時に何かあったらしい。行くなと言われていたマルヌーの沼から顔の一部のような石のかけらを拾ってベッドの下に隠している。麦の収穫が終わり、みんなでお祝いをしようという前の晩、ジャンヌは何かに導かれるようにして麦束の山に火を点け、臨時雇いのよそ者の老人の靴にその火種を入れる。使用人がその一部始終を目撃している。翌朝、よそ者が警察に連れていかれ、使用人がジャンヌに見たと言うと、誰にも言うなと命じる。使用人はジャンヌが好きだったが、ジャンヌは隣家の息子が好きだった。使用人に命じて、マルヌーの沼の茂みに捨ててある石のかけらを集めて家まで運ばせる。使用人は以前のある事件を思い出して恐怖に震える。

 (過去)それは先代の主人がヌーの沼の土地を耕している時、埋まっていた古代の石像に犂が当って、首が捥げ、それを持ち帰ったことから始まった。女中に命じて石を洗うと美人だが意地悪な微笑が浮かんでいる。石を犬小屋の前に置いたが、その晩犬が呻く声がして、翌朝見ると犬は消え、石の口には犬の毛がこびりついている。主人が石を骨董屋に売りに行くと、骨董屋はマルヌーの沼は昔ガリア人が信仰した泉で、石像に触ると子宝に恵まれるという伝承があると言う。翌年、妻から身ごもったことを知らされる。

 (現在)使用人は石のかけらの入った袋を豚小屋に隠す。ジャンヌは沼で隣家の息子と出会い言い寄られるが、悪魔が乗り移った彼女は自分の家に火を点けるのと交換よと告げる。しばらくしたある夕方、ジャンヌと使用人がまた沼に行き、兎を追いかけて沼の深みに入った時、頭のない洗濯女が白い布を沼で洗っている姿を見る。使用人はジャンヌを置いて恐怖で家に逃げ帰る。

 (過去)春になり粉屋が麦を挽いた粉を持ってきた時、主人は納屋にまた石があるのを見つけ、聞くと、骨董屋が恐れをなして戻して来たと言う。粉屋も沼から出てきたものは危険だと忠告する。実際、屋根裏に上げようとした石が落ち、危うく粉屋に当たるところだった。二日続けて夜屋根裏から物音がするので、主人は見に行くが、戻ってくると高熱を発してうなされ祈祷師を呼べと言う。石が動きまわっていたらしい。祈祷師は、石の呪いがかかっていると言い、高熱を下げる呪文を書いた紙きれを飲むように処方する。

 (現在)ジャンヌは沼に沈むところを駆けつけた家の者に救い上げられる。一方、使用人は夜うなされて石のことを喋ったので叩き起こされ詰問される。ジャンヌに唆されて沼から運んだと告白し、ジャンヌは石のかけらを沼に捨てに行くよう命じられる。途中で隣家の息子と出会い、石を捨てるのを手伝ってもらうが、捨て終わった途端、雷雨となり、二人は泥の中で結ばれる。約束は守るよと隣家の息子は言うが、悪魔が去ったジャンヌには意味が分からない。家に帰ると、ベッドの下の石のかけらを捨てるのを忘れていたことに気づく。用事のついでに父の墓に詣でると、墓石が持ち上げられた痕があり石が欠けていることに気づく。その夜、娘のことを悪く言われた主人が使用人と取っ組み合いの喧嘩をし使用人は追い出される。ジャンヌが夜寝ていると、郊外の墓の方角から何者かが近づいてくる気配が、次々に犬が鳴くことで分かる。床を見ると例の石片が落ちていたので、外へ捨てに行くがすぐ誰かによって窓から投げ返される。外を見ると隣家が燃えている。

 (過去)主人は紙切れを飲んで復調したので、沼を見に行く。帰ってから屋根裏で物音がするので見に行くと、雇人頭が気まずそうに出てくる。追い返した後奥に誰かいるので見ると、妻が顔を伏せて泣いている。その夜、主人は石の頭を石像にくっつけようとして沼で溺れる夢を見たので、慌てて祈祷師の所へ相談に行き、帰って来ると麻縄で石を柱にぐるぐる巻きにする。すると家全体が大きく揺れる。次に沼へ走って石像を見つけた場所を掘りあてようとするが見つからない。今度は石の頭を沼に返そうとするが、屋根裏から石を持って階段を降りる際、石が女のように絡みついてきて転落して死んでしまう。女中は石の頭をハンマーで小石に砕く。と同時に妻が額に印を持つ女の子を出産した。それが異子だ。

 (現在)追い出された使用人が隣家の火事を見て、これもジャンヌの仕業と思い警察に行く。警察署では署員一同がよそ者の老人の言動に心酔していたが、老人に声をかけようとして牢から消えているのを発見する。一方、隣家では火を点けた犯人を銃で撃ち皆で追う。途中でジャンヌの妨害に遭うが、結局息子が犯人だと分り全員呆然とする。ジャンヌは自分が命じたと言って家に逃げ帰る。と部屋によそ者が現れて「石を沼に戻しなさい」と言う。そこへ使用人が警察を連れてやってくる。ジャンヌは石を持ったまま沼に向かって走り、石とともに沼に沈む。主人と警察らで沈んだ辺りを捜索し、手ごたえがあったので引き上げると、それは古代の石像で頭がなかった。

 

 小説の構成としては、現在と過去が交互に語られていく形で、しかもその二つの話が同じ構造を持っています。というのは先代の主人は元雇人頭が先々代主人の娘と結婚して跡を継いでおり、現在の主人も元雇人頭で、先代主人の妻と浮気をしていて、先代主人が階段から落ちて死んだ後、結婚して主人となっています。二つの物語に共通するのは石の呪いや沼の禁忌が主人と一家を圧迫していることで、先代と現在の主人に共通して仕えているのが女中と使用人。

 

 幻想小説のパターンとしても、いくつかの読み方ができるようです。基調となっているのが石の呪いで、これはメリメの「イールのヴィーナス」を思わせるところがあります。頭のない夜の洗濯女や墓から抜け出た魂がさまよう場面をみると幽霊小説ですし、ジャンヌ対よそ者という悪魔と神の対決物語とも読めます。あるいは普段は穏やかな美人なのに悪魔が憑りついたときは額の印が赤くなり邪悪になるジャンヌを見れば、「ジキル博士とハイド氏」のような二重人格小説の要素もあります。雰囲気を盛り上げるお膳立てとしては、田舎の農場、禁忌の沼、骨董屋、祈祷師、墓場、数々の伝説、紙に書かれた呪文、霧、雷雨など。

 

 もっとも印象的だったシーンは、深夜、墓地から帰ってきたジャンヌが布団の中にいると、遠くの墓地で犬が鳴くのが聞こえ、次に途中の犬が連鎖するように鳴く。何かが近づいてくるようだ。なぜか分からないまま歩数を数えてみると、ちょうど隣家の辺りへ来たところで、隣家の犬が鳴く。さらに数えていると、どんどん近づいてきて、ちょうど家に着いたぐらいと思っていると、家の扉が開き、自分の部屋の方へ歩いてきてついに戸が開き、ベッドの方に向かってくるという恐怖を煽る描写。これは幽霊小説でも珍しいパターンではないでしょうか。

 

 この本でも先日読んだ本と同様、J.-P.Sという人が序文を書いていますが、的確にセニョールの魅力を言い当てているので、当方で脚色した形で紹介しておきます。「セニョールは若くして師のヴァン・ジュネプについて多くの民間伝承を蒐集し、いつかは民俗学の知識を使って小説を書こうとした。ちょうどバルトークが作曲するのに、収集した民俗音楽から出発したように。だからセニョールの創りだす幻想は薄っぺらな幻想でなく、土壌に根づいた集合的無意識的な迷信の力を利用したもので迫力がある。当初は、サンドラルス、マッコルラン、ロレンス・ダレル、ユベール・ジュアンなど一部の識者から激賞されたものの一般からは評価されなかった。マラブの幻想小説叢書に入ってから、多くの読者の熱狂に迎えられた。がこれは逆に文学を重んじる人たちからは下位ジャンルに属するものとして軽蔑の眼で見られることになった。本来は質の高い文学作品であるのに」。

 

 民間伝承の雰囲気を色濃く残しているフランスの文学作品は、これまで読んだなかでは、ジョルジュ・サンドの『フランス田園伝説集』(岩波文庫)がありますが、ここでも石ころが目を開けてこちらを見るという話や夜の洗濯女が登場していました。また、アレクサンドル・デュマの『Les mille et un fantômes(千一幽霊譚)』にもそうした味わいの作品があったように思います。

 

 原題の「Malvenue」は辞書を見ると、「発育の悪い人」という名詞と、「場違いな、発育の悪い」という形容詞がありましたが、普通の子ではないという意味で「異子」と訳してみました。異子が果たして誰の子か、というのもこの本を読んでいての興味のポイント。先代主人か、奥さんと浮気をしていた雇人頭(現在の主人)か、それとも奥さんが少し触れただけの石像か? 私が思うには石像の子。