
葛原妙子『孤宴(ひとりうたげ)』(小沢書店 1981年)
幻想短歌を語るには、大御所の葛原妙子を外すわけにはいきません。葛原妙子の短歌に初めて接したのは、大学時代、三一書房から鳴り物入りで出た『現代短歌体系』の初回配本に、塚本邦雄と並んで収められていたのを見たのが最初です。それまで名前も知らなかったはずで、その本を買ったのは、ただ塚本邦雄を読もうとしてだったからです。
当時も個々の作品に〇や◎をつけて熱心に読んだ跡がありますが、実際読んでみて、塚本邦雄より近しいものを感じたように覚えています。今回は、作品をまともに論評するのはあまり自信がないので、まず随筆を取り上げてみました。
「薔薇玉」、「歌人日乗」、「木の間道」の3部に別れていて、「あとがき」に、昭和36年から54年の文章から選んだと書いてありましたが、年代順の別でもなさそうで、どういう区別かよく分かりませんが、どうやら、「薔薇玉」が、濃厚な散文詩的味わいのある諸篇で、「歌人日乗」、「木の間道」は、その名のとおり、日常を題材にした諸篇というところでしょうか。
読み始めてすぐに、短歌の表現に見られるような奇抜かつ想像力豊かで詩的な文章に感じ入りました。例えば次のような文章。
シャーベットのように淡い一枚のハンカチを膝にひろげながら、私は、私の生涯に私の手から紛失した数しれないハンカチをおもった/p12
一粒の葡萄を口中に潰した瞬間、ふと片方の目が暗くなったりした/p15
→これは、「口中に一粒の葡萄を潰したりすなはちわが目ふと暗きかも」(『葡萄木立』所収)という短歌のもとになった体験ではないか
花は毎日少しずつ衰えて厚みをうしない、やがては薄荷のように透きとおった/p22
清水を湛えたコップが一つ置いてあるからだが、コップの中には夕方の赤い雲がひとひら沈んでいた/p23
きくところ、チェコスロバキアのボヘミアの森には、白い鹿が群れているとのことである。涙のように透きとおったボヘミア硝子の産地に、全身まっ白な鹿が、その細い脚で黄葉した森の中を駆け抜けたり、立ちどまったり、たわむれたりするさまは、聖画のような光景ではないだろうか/p219
女雛の丹紅(たんこう)の唇がちいさくちいさく開いていて、その隙間に針の先ほどの舌があった。親王の唇もまた然り。ああ雛に舌あることのエロティシズム。私は嘆息した/p225
また他の人の文章ではあまり見かけないような面白い比喩や表現があちこちにありました。
むかしこの県の丘という丘は百合の根のうろこにみちていて、月の夜には踊りくるうほどの花が咲いたのであった/p23
才能は養うものだと信じる以上、ときには目が腐るほど本を読む必要があったし、あるときは、後頭部がおかしくなるほど考えにふけることがあったりして/p30
ちょっと断りたいところである。理由はこの部屋の構造に関係していてそれはガッチリと船室的なのであり、こういう所では人はキツネじみてくる感じがしたからである/p45
ところどころに、葛原妙子の短歌論のようなものがありました。まず、自らの短歌に対する思いは次のように吐露されています。
不可思議な光景や、ありうべき経験や、現象の不可解を、短歌という信ずべき日本古来の詩の形とするのが私の夜の時間であり役目なのである/p15
私のもっとも好ましい歌のあり方を述べるならば、私は歌うことで訴える相手をもたないということである。故に歌は帰するところ私の独語に過ぎない/p15→と書いた後、古典短歌の中にも独白的な作品があることを例証している。
短歌の技法に触れては、「一つの言葉の繰返し、つまり絵で言えば一つの色の塗りかさねによって歌の単純化を図り、同時に一首を強くあざやかにしようと試みている」(p41)と明かしています。また、短歌や文芸の本質について、「歌とは事実に対して『虚』だというかねがねのわたくしの信念」(p120)と語り、文芸の基本は「比喩」だとしているのは同感です。
引用されている自作歌はいずれもすばらしいが、特筆すべきは次のとおり。
あやまちて切りしロザリオ転りし玉のひとつひとつ皆薔薇/p32
わが服の水玉(ドット)のなべて飛び去り暗き木の間にいなづま立てり/p34
つくつくぼふし三面鏡の三面のおくがに啼きてちひさきひかり/p35
青めける月夜野にして狐たちよりあへばその身黄金色せり/p101
ふかしぎのことならざるもうす青き夜空よりほそき雨は降りゐる/p166