:渦巻と螺旋についての本2冊

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千田稔『うずまきは語る―迷宮への求心性』(福武書店 1991年)
ジル・パース高橋巌訳『螺旋の神秘―人類の夢と怖れ』(平凡社 1983年)


 先日この欄でも紹介した篠田知和基『ヨーロッパの形』で螺旋や渦巻について関心を抱いたので、上記2冊を読んでみました。

 ひとこと印象を言えば、渦巻や螺旋を語る人はなぜこうも理屈っぽい人が多いのかということです。

 まだ千田稔のほうが、説明が丁寧で、理屈が通っていて分かり易く感じました。また自分の関心領域である古代史にひきつけて、語っているところに説得力があります。ジル・パースになると、文章の醸し出す雰囲気が一方的威圧的託宣的で、神がかり的な境地に達しています。

 図版や例証には、千田稔とジル・パースに共通するものがけっこう見られましたが、同じ螺旋を扱えば、似てくるのは仕方がないということでしょうか。


 千田稔『うずまきは語る―迷宮への求心性』では、渦巻型が世界各地に、またいろんな時期に見られる理由として、形の単純さを指摘した後、渦巻図形の特徴として、動的であること、連続性即ち時間性を持つこと、無限に続く運動であること、中心を持つこと、ある領域で展開するという性格を列挙しています。ちなみに螺旋は渦巻を立体的にしたものということです。

 そして現象として、水の渦巻、宇宙の渦巻など自然現象を皮切りに、柱を中心に回る古代の踊りから、中国の太極の思想、植物の螺旋的性質からDNA、ケルトや縄文など装飾文様としての渦巻、巡回するマンダラや仏像の螺髪まで、幅広い領域に見られる事例を数多く取り上げています。

 渦巻きに自然がもっている激しいエネルギーや宇宙の根源を見、また魔除けとして物を繋ぎとめる鉤のような役割を見、神とつながる神秘的な力を見ます。そして最後に都市のなかに迷宮的な渦巻くものを見て論を閉じています。


 ジル・パース高橋巌訳『螺旋の神秘―人類の夢と怖れ』は、先ほども書いたように、抽象的観念的で思い込みの世界が展開されていて、論理的に理解しようとすると非常に分かりにくいところがあります。書かれていることに対して疑義を呈さずに、信者になってひたすらこの本を崇め奉るのが正しい読み方なのかもしれません。

 この本が追求しようとしていることをおおざっぱに言ってしまえば、マクロコスモスとしての宇宙と、ミクロコスモスとしての身体が、螺旋という道を通じてつながっているという認識をベースに、人がある技法を用いて宇宙のエネルギーとつながることを模索してきたこれまでの歴史を振り返り、ヒントにしようとしていると言えばいいのでしょうか。


 この2冊の本を読めば、篠田知和基が「ヨーロッパの形」として呈示した螺旋は、世界のどこにでもあることになり、せっかく数多くの例証を挙げて力説したことが、むなしくなってしまったような気がします。「ヨーロッパの形」というなら、他にはないということを証明しなければなりません。


 印象に残った文章を引用しておきます。

ダ・ヴィンチが、水の渦巻の中に生命体としての水の力を見い出そうとした・・・それは「霊(ち)」のことではないか・・・「いかづち(雷)」「をろち(蛇)」「いのち(命)」の「ち」/p12

蔓を巻いて螺旋状にのびる植物は、いかにも天を目指しているかのごとく見える・・・だからこそ世界各地の唐草文が人々の好むところとなったのであろう/p63

縄文時代に山の信仰があったのではないかと思われる事例を、富士山の周辺・・・このあたりでは、富士山の頂を見出せるような所に、点々と祭祀遺構と思われるものが存在する/p82

ブレスレットやネックレス、あるいは指輪のたぐいも、本来はそのような魂を縛りつける道具であったと考えられる/p90

そのように肉体から精神が抜け出して浮遊している空間という意味で都市は「冥府」なのだ/p161

なぜ都市は迷宮として表現されるのか・・他者に束縛されない自由な人間関係が保証されているのだ・・・その快感を得るために人々は迷路の試練を自らに課すのだ/p169

以上『うずまきは語る―迷宮への求心性』より

たがいに発生、原因を異にするこれらの自然現象が同一の渦巻形式を、単なる外見だけでなく、数学的な構造においても示しているということは、われわれの因果律の法則を越えた、高次の宇宙秩序が存在するということ、そしてそれらがこのような高次の秩序の下に存在しているということを、暗示しているのかも知れない/p5

「ほどける」とは、大自然の呼吸の吐息のことであり、拡張することである・・・意識的に行なわれる呼吸法はあらゆる種類のメディテーションにとって、重要な役割を演じている。人間はそれによって、宇宙の永遠の創造と解体のリズムとひとつになる/p8

胎児が臍から成長していくように、神は臍から宇宙を創造しはじめ、臍から宇宙はあらゆる方向に拡がった・・・胎児も臍から螺旋状に成長する/p13

いったい物は盛んに繁茂するが、それぞれにその根もとに帰っていくものだ。根もとに帰っていくことが静寂といわれ、静寂であることが運命に従うことだといわれ、運命に従うことが常といわれる/p14

レオナルドの連結文・・・宇宙という多様で複雑な編み物を表現しており、迷宮やイスラムアラベスクと同様、一見見通し難いが、しかし一本の糸によって作り上げられている。この糸をほどけば、しれはアリアドネの糸のように、われわれを自然の心臓にまで導いてくれる/p43

伝統的に、右廻りの渦は上方への道を、左廻りの渦は下方への道を指示する/p123

以上『螺旋の神秘―人類の夢と怖れ』より