:西尾哲夫『アラビアンナイト―ファンタジーの源流を探る』(NHK出版 2010)


 いつの頃からか、「アラビアンナイト」や「千夜一夜」と書いてあるだけで、わくわくするようになってきました。そんなわけで、著者の本も、アーウィンの訳書に始まり、『図説アラビアンナイト』、岩波新書など出版される都度読んでいます。

 この本は岩波新書や『図説アラビアンナイト』とかなりダブるものの分かり易くまとめられていて面白く読めました。


 印象に残ったところを例によって抜粋してみます。

ワークワークの国は・・・倭国という日本の古名との関係から、これは日本をさしているのではないかということが言われてきました。黄金を産するというワークワークの島は、幻想郷でもありました。中世アラブの歴史家たちは、ワークワークの島に生えるという不思議な木について書き記しています。この不思議な木はアラビアンナイトに入っている「バスラのハサン」という日本の羽衣伝説に類似した物語にも登場し、「(ワークの島には)人間の頭と同じ形をした枝のある木が生えている」と記されています。人間の頭と同じ形と聞いて、『西遊記』に登場する人参果を想像された方も多いのではないでしょうか。さらに面白いことに、中国での人頭果は遠く「大食(アラブ)」の国に産することになっていました。この話は日本にも伝わり、江戸時代には挿絵入りの書籍も出ています。つまり洋の東西で同じ不思議現象を相手に結びつけて理解していたことになります。ちなみに人頭果の正体は『日本人の中東発見』(杉田英明)で解明されています。/p39

バグダード滅亡後にイスラーム世界の文化的中心地となったカイロから見れば、マグリブ(日が沈む場所の義)は辺境地帯つまり何か不思議なできごとが起こる場所でもありました。・・・イスラーム世界にとっての中国とは、不思議な話、幻想的な物語が生起する文学的トポスでした。明治以後の日本ではこれと反対の状況が生じ、中東こそがファンタジーの本場と考えられることが多くなりました。/p49

アラブ文学では奸智をめぐる話が一つのジャンルとなっており、バグダードやカイロで暗躍した実際の泥棒やペテン師をモデルにした作品群もあります。アラブ世界でのヒーローは悪をやっつける側ではなく、悪知恵を使って成功する悪党のほうなのです。/p61

ご存知名探偵シャーロック・ホームズは、外見からその人の職業を言い当てるという特技の持ち主でした。このようなホームズ像は、作者であるコナン・ドイルの恩師であったジョゼフ・ベル博士がモデルになっているとされています。・・・アラビアンナイトにもベル博士のような人物が登場します。・・・外の様子から内に隠されたものを見抜くという・・・推測のやり方は、アラビア語フィラーサと呼ばれています。/p142

 その他、ノーベル文学賞受賞者のナギーブ・マフフーズが『シェヘラザードの憂愁』(河出書房新社)という本を書いていること、ベックフォードがエジプトで作られたアラビアンナイト写本からいくつかの物語を訳していること、酒井潔によるマルドリュス版の抄訳が出ていること、『A Motif Index of the Thousand and One Nights.』という便利な本が出ていることなどを知りました。


 西尾氏はまたプレイヤード版の『Album Mille et Une Nuits』の図版に関しても協力していて、世界的に活躍されているようです。この本は図版が豊富で、アラビアンナイト物語が西洋に与えた影響を、文学以外にも絵画、音楽、舞台、映画の多岐にわたって記述しており、またマルドリュス訳が当時のフランス文学者たちに与えた衝撃が事細かに報告されていて、とても優れた本です。