「ユリイカ 特集:空中庭園」

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ユリイカ 特集:空中庭園」(青土社 1996年)


 建築のテーマからの流れで、これからしばらく庭についての本を読みたいと思います。まず建築と庭の両要素を兼ね備えた空中庭園から。というのはバビロンにあったという空中庭園は幾重にも層をなした露壇に土を盛ったもので一種の建造物と考えられるので。雑誌という性格上、玉石混交、話題もまちまちでしたが、そのなかでとりわけ分かりやすく記述も面白かったのは、澁澤龍彦「バビロンの架空園」、竹下節子「蛇の追憶」、原研二「陰惨なサルタンの庭園」、高遠弘美「匂い立つアモールの国へ」の4篇。

 澁澤龍彦「バビロンの架空園」は、大洪水やバベルの塔など古代の伝説が科学的な発掘により次々と実証されていくなかでバビロンの架空園も実在が証明されたこと、伝説とは違って造ったのはセミラミスではなくネブカドネザル二世であること、メソポタミアでは前15世紀から噴水の伝統がありそうした技術力のレベルの高さが空中庭園を可能にしたこと、などを叙述しながら、古代王国のかつての栄光に思いを馳せている。話題の繋げ方が澁澤龍彦ならではで魅力的。

 竹下節子「蛇の追憶」は、聖書からミルトンまで連綿と続くエデンの園のヴァーチャルな趣のある描写に触れ、大航海時代の探索の原動力にはエデンの園の痕跡と宝の島への希求があったこと、中東の楽園には「知恵の樹」の要素がないことに注意を促し、また西洋の造園の根底には原罪で追われた楽園の模倣があること、中世の二大造園テーマは「閉じた庭」と「歓びの庭」でありその二つが時として重なっていることなどを指摘し、西洋の伝統の根底にあるエデンの園と黄金時代の系譜を総覧している。

 原研二「陰惨なサルタンの庭園」は、舞台表現やレオナルドの飛翔器械、教会天井の騙し絵などを挙げながら、16,17世紀は浮遊を夢見る時代だとし、それはまた、浮遊が現世を離れる願望だという点で庭園につながるものであり、現実の庭園だけではなく、料理を風景に見立てるパジャントや、図と詩を組み合わせるエンブレーム、パノラマを背景とするオペラ、風景を寄木細工に閉じ込めたインタルジアなど風景引用術ともいうべき表現が続出する時代であった。高山宏と同様、見ることに関連した奇怪な図柄に満ちた驚愕の論文。

 高遠弘美「匂い立つアモールの国へ」は、「匂える園」という東洋の愛の技法書に「園」という言葉があることに着目し、庭園には性愛の含意があるとして、『旧約聖書』「雅歌」から、古代エジプトの写本の詩、プルースト、『千夜一夜物語』、モーリス・バレスを引用し、またサマンやレニエの詩、「ルバイヤート」にも言及し、エロスと香気に満ちた束の間の幻想世界を開示している。マルドリュスが晩年になって訳したという恋物語『L’Oiseau des hauteurs(高みの鳥)』はぜひ読んでみたい。


 次に面白かったのは次の各篇。
高山宏「庭という絵『空』ごと」:18世紀末には、建築で廃墟崇拝、文学では断片記述という新機軸が登場し、庭園では、回教寺院とキリスト教会の廃墟が併置され戦慄の美として珍重された。断片とコラージュが架空庭園のキーワードのようだ。

三宅理一「フリーメーソンの地下庭園」:18世紀末はまたフリーメーソンの時代で、各地にエゾテリック庭園が造られた。そこには地底に降り土・火・水・空気の体験を経て賢知に迎え入れられるという構図があり、モーツァルト魔笛」の最後を飾る「清め」の場面と共通している。

松浦寿夫「絵画の庭」:絵画が、時間のなかで筆触によって形姿を出現させていくのと同様に、庭園にも散歩者の眼前の広がりの様相が絶えず変貌するという特性がある。内面の無限性と外枠(額)との関係も論じている。絵画と庭の比較論。

安西信一「埋められた不協和音」:一枚の絵画から、キュー庭園を造った皇太子フレデリックの家族の不協和の関係を絵解きし、その庭園は政治的なエンブレムに溢れていて、啓蒙主義の庭を目指していたと説く。当時の西欧にとって中国が理想郷だったというのは驚き。

飯島洋一「庭が消えた」:人口を抑制することは環境に対する義務という考え方が世の中に存在する。20世紀初頭にエコロジーをまっ先に唱えたのがナチスで、その環境保護運動ユダヤ人大量虐殺が同時並行的に進行していた事実は衝撃的。

尾形希和子「王侯の密やかな愉しみ」:エトルリアの冥界趣味、洞窟や森(ボスコ)の偏愛、巨大志向など、ラブレーを愛読していた貴族が愉しみとして造ったボマルツォ庭園の特色を列挙。当時造られたいろんな庭園の水の仕掛けが面白い。

岡部真一郎「爆発を続ける庭園」:20世紀初頭、単に響きだけでなく楽曲の起承転結を司っていた機能和声の枠組みを破壊してしまい、構成の基盤を喪失した作曲家たちが、文学や演劇の力を借りたり、ミニアチュール作品に特化するなど、暗中模索を続けた様子を活写する。


 澁澤の「バビロンの架空園」は雑誌(「血と薔薇」)や単行本(『黄金時代』)で発表されているものの再録ということから考えると、この雑誌は澁澤へのオマージュとして編集されたのではないでしょうか。そのまわりを澁澤の影響を受けて登場してきた年代の書き手たち、高山宏、原研二、竹下節子高遠弘美が取り囲んでいるという印象です。とくに高山宏と原研二の文章には澁澤龍彦の影響が色濃く感じられました。

 先日テレビを見て得たにわか知識ですが、日本の前方後円墳も、遠くから見えるように土を盛り上げ、上には壺を置いたり、樹々や花を植えていたと言いますから、一種の空中庭園だったに違いありません。