:宮永孝『異常な物語の系譜―フランスにおけるポー』


 しばらく大事に仕舞っておりましたが、取り出して読んでみました。


 前半は、ポーのフランスでの受容の詳細や、ポーについての研究評論の歴史が辿られています。なかなかの労作で資料として重宝しそうです。
 後半は、ポーの原文と数種の翻訳の対比(もちろんボードレールが中心)、次にポーの文章とポーの影響を受けた作家の文章を比較していますが、原文を引用して丁寧に吟味解説しているのは、なかなか面白く読めました。作家の比較では、ボードレールリラダンモーパッサンが取り上げられています。実は比較しながら、ポーの美学の特徴が語られているという構図です。


 多くの文献を入手渉猟し、それをもとに執筆していますが、どこまでが著者独自の論考で、どこまでが紹介か不分明なところがあります。というよりもやはり紹介なのでしょう。
 本を購入した時のいきさつ、古本のおやじが何と言ったかにまで筆が及んだり、これは希少な本だと力説したり、あちこちに「著者所蔵」というコメントとともに書影を掲載しているところなど、本好きなところ丸出しで親しみが湧きました。


 アメリカでは当時まだマイナーな作家だったポーが、フランスでの評価によって逆に本国へ人気が飛び火したという点で、ボードレールの果たした役割は大きかったようです。英米で評価が低かったのは、ポーの原文にもともとあった修辞癖による華麗で擬古的な文体が英米人に嫌味として忌避されたからのようで、それがフランス人には、ボードレールの流麗な翻訳が寄与した部分があったものの、歓迎されたということです。この辺は国民性の違いでしょうか。


 ボードレールはポーの「黒猫」を原文でほとんど暗記していたといい、だれかれ構わずポーの素晴らしさを吹聴し暗誦してみせたというぐらいポーに対して情熱を傾けていました。英語もポーを読むために随分勉強し上達したということです。


 いくつかの知らなかったエピソードがありました。
 モーパッサンが高校生のときにたまたま海で溺れかけていた人を助けたが、その人がスウィンバーンで、それをきっかけにスウィンバーンとの交誼が始まり、ポーについての情報もスウィンバーンを通してであったこと。
 ポーの著作に「貝類学入門」というのがあること。
 ボードレール万物照応の理論は、スウェーデンボリの『動物界の組織』にもとがあること。


 恒例により印象深かった文章を引用します。

 生来、どういうわけかボードレールは、珍奇なもの、斬新なもの、異常なものに、飽くことなき偏愛を示したようである。だから、ポーの作品を読んだとき、真っ先に受けた印象は、胸をつかれるような「驚愕」だったのである。かれの親友でもあったシャンフルリは、ボードレールを特徴づけて、「驚愕はかれの人生および文学において大きな役割を演じている。かれは驚かされることを欲したし、人を驚かした」と述べている。ボードレールも「驚かされた喜びのあとで、驚きについて語ることほど大きな喜びはない」と言っている。・・・『悪の華』を次のような言葉で結んでいる。・・・「地獄であろうと天国であろうと構うものか?珍奇を求めて、淵の底、未知の世界の底に、飛び込むのだ。」/p128

ポーもボードレールも同一の世代に属していたから、同じロマン主義的な雰囲気と風土の中で育てられ、その影響を受けた・・・両者はロマン主義の大先達に反抗して、新しい活躍の場を見いだせねばならなかった。・・・ポーは犯罪や狂気をメスで腑分けしながら、異常心理を研究するようになり、ボードレールは感傷性の甘ったるさを中傷し、感覚の抒情性の中に新しい戦慄を探し出そうとしたのである。/p197