MAURICE RENARD『LE MAÎTRE DE LA LUMIÈRE』(モーリス・ルナール『光を支配するもの』)

カバー 本体
MAURICE RENARD『LE MAÎTRE DE LA LUMIÈRE』(TALLANDIER 1948年)


 モーリス・ルナールのフランス書を読むのはこれで7冊目。1933年に、「L'Intransigeant(非妥協)」という新聞に連載された小説で、この本が初版です。細かい字でびっちりと詰まった300ページ弱の本で、老人のしょぼしょぼ目で読めるかどうか心配しましたが、推理小説草創期によくあるように、SFや怪奇小説歴史小説、恋愛小説の要素が入り交じった内容で、面白く読めました。

 この物語を成り立たせている大きな要素は、光の速度を極度に遅くすることが可能な特殊な水晶のようなガラスの存在で、このガラスを通してみると過去がビデオを見るように再現されるというSF的な設定にあります。簡単に内容を振り返って見ますと(ネタバレ注意)。

基本は推理小説で、主人公シャルルの100年前の祖先セザールが殺されたが、その真犯人を追及するというのがストーリーの中心。なぜ真犯人を見つけなければならないかというと、シャルル・クリスティアニが恋した相手がセザール殺しの犯人とされたファビアス・オルトフィエリの末裔リタで、クリスティアニ、オルトフィエリ両家はともにコルシカ出身で長年憎しみあっているというロメオとジュリエットのような枠組みが、もう一つの柱。

シャルルは、旅先でリタと出会い一瞬で恋に落ち、相手もその様子だったが、彼女は本名を明かさなかった。シャルルは彼女がオルトフィエリ家の末裔と知り、また彼女には婚約間近の相手リュックが居るのを知って愕然とする。一方、シャルルは、祖先のセザールが住んでいた田舎の家に幽霊が出るというので、調べに行く。夜、召使と一緒に庭から見張っていると、実際に部屋の中にランプを持った男が現われた。これが怪奇小説的要素。

部屋に突撃するが男は影も形もなく、しかも出て行った形跡もない。窓を見ると、三日月の筈なのに満月が見え、窓から見える屋敷の一部や庭も昔の形だった。次の日またその窓を見ると、古風な衣裳を着て旧式の道具を使ったブドウ収穫風景が見えた。1830年頃の風景だ。シャルルは、このガラスが光をゆっくりと透過する性質を持っているので、幽霊と見えたのは100年前のセザールの姿だと推測する。その夜、寝ていると壁の額縁が光ってるのに気づき、調べてみると、その額には例の特殊ガラスが嵌められていて、見ているとセザールが本棚の奥に何かを隠している姿が映ったので、その本棚のところへ行き探ると、手記が出て来た。

その手記には、セザールがかつてナポレオン海軍の船長だったとき、インド洋で地図にない島に上陸したところ、現地人に捕まり閉じ込められたこと、その部屋で窓に映る太古の恐竜の姿を見て、不思議なガラスがあることを発見し、そのガラス板をフランスに持ち帰ったことが記されていた。そして部屋を監視する目的で、ガラスの額縁を机に置き、晩年またパリへ戻るときも携えて行ったことを知る。シャルルは、このガラス額縁を見れば、殺人事件当日の謎が解明できるかもと喜び、リタに婚約を延期せよと電報を打つ。

シャルルにはコロンバという妹がいて、劇作家ベルトランと婚約している。ベルトランの父親は捨て子で、捨てられたとき傍らに杖と指輪があったといい、ベルトランはそれを大事に手元に残していた。シャルルはパリに戻ると、すぐベルトランのところへ行ってガラス板を見せ相談した。結局、ファビアスの姿を知らなければ画像を見ても検証できないので、ファビアス肖像画を取り寄せることにする。4種類あったが、もみあげがあるということぐらいしか共通点がなく、はっきりしなかった。

セザールが殺された当日は、7月革命を記念し、ルイ・フィリップ王がパレードした日で、王がセザールの家の前を通った時、セザールが殺されると同時に、セザールの斜め前の家から銃が乱射されるというテロ事件が起こった。ファビアスが犯人とされた根拠は、ジャン・カルトゥという警察官が事件直前にセザールの家に入って行く彼の姿を見ていたからだった。シャルルは、7月王政を研究している歴史家でもあり、関係者を集めて、パリの元セザールの部屋で、ガラス板に秘められた映像を見る会を催すことにする。

暗殺当日を見る前に、ベルトラン、コロンバとともに、それ以前の1カ月間の画像を見ていると、セザールが女中がわりにアンリエットという孤児を引き取って後見人にしていた様子が映っていた。どうやらアンリエットには恋人がいたようで、セザールが交際を認めなかったこと、そしてその恋人がベルトランの形見とそっくりの杖を持って登場し、アンリエットにこれもそっくりな指輪を嵌める場面があった。恋人はセザールから激しく叱責されていた。そうすると、セザールを殺したのは杖の男か、アンリエットか、そうなれば今度はベルトランとコロンバの婚約が危うくなる。

38人の見守るなか映写会は行われた。7月革命記念の行進の際のルイ・フィリップ王へのテロ事件が刻々と描写される場面は、迫真的で、歴史小説的な味わいがある。いよいよ、セザールに向けて銃を撃つ男が映し出されたが、もみあげはあるもののファビアスかどうかはっきりしない。杖の男でなかったのでベルトランたちはホッとする。男が何かを喋り、セザールが答えているが、音がないので内容が分からない。そこで後日、シャルルは、読唇術に長けた聾啞学校の先生と生徒に画像を見てもらうことにする。「俺を覚えてるだろうな、船長」というのが犯人が言った言葉だった。

これだけでは何の決め手にもならないが、セザールに怨恨を抱いていた人物を探すことにする。シャルルは、まずコロンバとベルトランの結婚式に来ていたクリスティアニ家直系のドルエという老婦人に頼んで、彼女がセザールから受け継いだ家具類を見せてもらいに行くことにする。もしかして手紙など何か資料が出てこないかと。住まいにはセザールの部屋にあった家具や置物があったが、お目当ての資料はなかった。半年後、いよいよなすすべもなく諦めて旅に出ようとして、最後にドルエに挨拶に行った日は、ちょうどアルジェリア統治100周年のパレードが行われる日だった。

ドルエの部屋からパレードが見おろせたが、隊列が音を立てて近づいてきたとき、部屋の隅から、「俺を覚えてるだろうな、船長」という声が聞こえ、続いて、「ちくしょう。ジャン・カルトゥだな」という応答が聞こえた。行ってみると、ドルエがセザールから受け継いだ長生きの鸚鵡が居た。鸚鵡がパレードの賑やかな音に反応して昔覚えた言葉を喋ったのだ。そういえば、セザールの手記に、船長時代に罰を与えた船乗りの名前の中にジャン・カルトンというのがあった。真犯人は、ジャン・カルトゥだったのだ。そして、意外なことに、リュックの本名はルシアン・カルトゥと言い、警察官カルトゥの子孫だと告白し、リタとの婚約を諦めた。シャルルはリタとめでたしめでたしの大団円となる。


 激しいネタバレになってしまいましたが、読唇術と、鸚鵡が覚えた声が事件の解明のカギとなっています。決定的な証拠となったのは、ジャン・カルトゥが死ぬ間際に書き残した懺悔の告白でした。リュックは初めからそれを知っていて、隠していたのでした。

 モーリス・ルナールは、いつも荒唐無稽な設定を物語の土台に据えているのが特徴で、真面目な読者から見放されるような危ういところがあります。この小説では、宇宙の星々から来る光は何百光年も先の光だというところから発想して、光が通過するのに時間がかかるある特殊な物質を想定すれば、過去の映像が見られるということで物語が展開します。目的の年代のできごとを知るために、ガラスを薄く剥がして途中の光を見るという話ですが、そんなに簡単にガラスが剥がれるものでしょうか。また、シャルルが額の絵が光ってるのを見て、絵を通して映像を見る場面がありますが、これも不自然。それに、ガラスは両面あるので、片方の面は向こうの景色を映しますが、反対から見れば逆の景色が見えるわけで、双方の光はガラスの真中で衝突するのでは、という素人考えも浮かんできます。こんなことを詮索するようでは、SF的な物語は楽しめないのかも知れません。