GASTON COMPÈRE『LA FEMME DE PUTIPHAR』(ガストン・コンペール『ポティファルの妻』)


GASTON COMPÈRE『LA FEMME DE PUTIPHAR』(marabout 1975年)


 この作者についても、「小説幻妖弐 ベルギー幻想派特集」所収の森茂太郎の文章で教えられました。12篇が収められた短篇集で、期待して読んでみましたが、はっきり言ってがっかり。理由はいろいろありますが、ひとつは、私の語学力のせいで、著者の衒学的、飛躍的、錯乱的な文章についていけないこと。もうひとつは、悪魔や霊がわが物顔のように出て来て、曖昧模糊とした感じがまったくないことです。

 このコンペールという人は、ウィキペディアによれば、古典文献学の博士号を持っていて、かつ作曲、劇作、小説、詩など幅広い活動をしている方のようです。そのためか、文中にラテン語が頻出するわ、才気煥発風の饒舌で、普段使わないような変な言葉や造語が出て来るわ、語呂合わせの駄洒落が連発されるわで、読みにくいこと限りなし。日本でも、言葉遊びを駆使したりして飛び跳ねたような文章を書く人が居て、ついつい才気煥発を見せつけ得意がってると思ってしまうのは、凡才である私の劣等感のなせる業と思いますが、とにかく心がゆったりと落ち着きません。

 そういえば、前回読んだギュスターヴ・カーンも難しかったし、このところ読んでいる日本語の本でも、意味が頭に入らないことが多かったのを考えると、いよいよ耄碌してきた証拠か、と不安になってきました。が、最後の短篇「L’armoire de sacristie(聖具室の衣裳箪笥)」が、具体的な描写の多い普通の語り口で読みやすかったので、ほっとしました。

 悪魔が直接登場する話としては、冒頭の「Histoire de la comtesse Louise(ルイーズ伯爵夫人の話)」を皮切りに、「Théo-Sophie(テオ-ゾフィ)」、「Absalon-Absalon(アブサロム! アブサロム!)」、「Le petit pentagone(小さな五角形)」、「La femme de Putiphar(ポティファルの妻)」、「Rosier et la rosière(ロズィエと品行方正な娘)」、「L’armoire de sacristie(聖具室の衣裳箪笥)」の7篇。亡霊が出て来るのは、「Barbe-bleue soixante-quinze(75歳の青髭)」、「Cora(コーラ)」の2篇。それ以外の2篇も超常現象、異常現象を扱っています。

 この作者の話の進め方の面白いのは、作家の顔が覗くところです。例えば(訳はすべて意訳)、「彼女が間違ってたことは次の話で分かるだろう」(Histoire de la comtesse Louise,p18)、「いや、そんなことはどうでもいい。私がこれから書く話は、みんなを喜ばせるというより、一部の奇妙なことを知りたがる科学愛好家のためだ」(Absalon-Absalon,p79)、「話の終わりは次のとおり」(La femme de Putiphar,p167)、「ここまで書いて、私は困っている。というのは、書く時の基本は、読者に喜びと感動を与えることだ。こんな不愉快な話で喜びが与えられるだろうか。感動については、私には訳の分からないことを書いてるという自覚がある。自信喪失だ」(Rosier et la rosière,p176)、「ここでロズィエの姿を描写するのはどうでもいいが、ただ一つ彼の髪の毛が赤いことは、ご婦人の読者のために記しておこう」(同前,p184)、「この日の午後のことを長く書き過ぎたようだ」(Cora,p213)など。

 恒例により、各短篇の粗筋を書いておきます(ネタバレ注意)。                                  
Histoire de la comtesse Louise(ルイーズ伯爵夫人の話)
伯爵夫人のルイーズは、骨董商から悪魔を踏みつけている聖ヨハネの像を買ったせいか、その後6人居た子のうち下の3人が次々と死に、伯爵も死んだ。そして驚くべきことに、ルイーズが91歳のとき、妊娠した。淫夢に襲われ聖ヨハネ像の悪魔と交わったと言う。唖然とする医者のもとで悪魔の子を産んだが、司祭が悪魔祓いをした結果、子もルイーズも死んでしまう。遺言で、その聖ヨハネ像は、小作人の私の机の上に今あるのだ。

Barbe-bleue soixante-quinze(75歳の青髭
青髭は妻を娶っては、次々と殺していったが、7番目の妻アリスは妹とともに霊を呼ぶ力を持っていた。青髭は古典的なやり方で妻を殺そうと、地下の部屋には決して入るなと言って鍵を渡す。定石どおりにアリスは禁を犯し、青髭は怒って殺そうとするが、妹が6人の先妻の霊を呼び出すと、霊は一団となって青髭を死に追いやる。青髭譚のパロディ。

Théo-Sophie(テオ-ゾフィ)
3人の美人の知的な処女と難しい議論をする一方、お粗末な女の私には肉体関係を求める男。私が結婚を匂わせても相手にしてくれない。そんな男が古本屋で見つけて来た16世紀の魔道書をもとに悪魔アスモデを呼び出す。円陣の中に五芒星を書いて3人の処女とともに閉じこもるが、物凄い風が吹いて、大混乱に陥る。3人の処女は妊娠したが、私には何もなかった。まわりからますますお粗末と見られているような気がする。

Absalon-Absalon(アブサロム! アブサロム!)
80歳の産婦人科医のところへ、堕胎を希望して来た頭のおかしな婦人。黒人に孕まされたが逃げられたという。断って2週間後に偶然出会うが、子を堕ろしたと言いながら、まだ子がお腹にいるかのように呼びかけている。その後彼女と付き合うようになって、彼女が咳をした拍子に黒い頭が寝着の裾から覗いたり、サッカーの観戦中に、歓声に驚いた黒い子が腹から飛び出して、群衆の中に消えたりした。彼女が瀕死だと連絡があり、診に行くと、そこに黒人が居た。

La disparition du Grand Nègre(背髙黒人の失踪)
二人の子を残して妻が死に、子を育てている主人公。二人の子は子どもとは思えない難しいことを言って父親を辟易させる一方、孫に関して何かと口出しをしてくる亡き妻の父と同居することになる。父は元教授で、いつも黒い服を着て、胆汁質で真っ黒の顔をしている。初日から元教授が女中と関係したりして、てんやわんやの毎日を送るが、最後は、主人公が子どもらの寝顔を見て心が安らぐ場面で終わる。

〇Reperiens quem devoret(貪り食う人を見つける→グーグル翻訳そのまま)
教室で威圧的な教師が質問を浴びせている。授業そっちのけで、腹が減った、外へ遊びに出たいと考えている主人公。すると、目の前に小さな生き物が現われた。ペンでつつくと身をよじらせるので熱中し、インクを垂らして真黒にしようとしたりする。教師が主人公に呼びかけているが、何を言ってるか聞こえない。ついに教師が横に来て、小さな生き物を取りあげようとした。慌てて食べると人間の肉の味がした。

Le petit pentagone(小さな五角形)
結婚してから妻の重圧に小さくなっている夫。煙草は禁じられこっそりと吸う有様。悪魔を呼ぼうと秘かに書き付けていたメモも見つけられ、これは何だと詰問された。悪魔を呼ぶには呪文が要ると、魔導書を見つけて来て、ある日、五角形を描いて呪文を唱えた。すると現われたのは何と…妻だった。意識を失って倒れたら、左手が五角形の外へ出てしまったので食べられてしまう。

Avant d’oublier(忘れる前に)
眠るのが好きだが眠れない男。同じ階の娼婦から優しくされている。彼女がテレビを持ち込んできた。教化臭がするのでテレビは嫌いだったが、夢うつつで見ていると、知らぬ間に自分が番組の中に登場していた。美人の司会者があれこれ質問するのに、非道徳な答えを言って番組がめちゃくちゃになりディレクターが飛び出てくる始末。放送は打ち切られ、男はまた部屋に戻ってうつらうつらする。しばらくまた居眠りできるだろう。

〇La femme de Putiphar(ポティファルの妻)
どんどん太り120キロになりながらも仕事に精を出している引っ張りだこの売春婦を小悪魔の軍団が応援する。女主人から施設を買い取りその地方で大評判となった。大悪魔が怠惰の悪魔を憑りつかせようとするが、小悪魔たちが防御し、さらに彼女の歌を流行らせて国中の評判となる。孤児院を併設した売春基地が海外も含め10ヵ所まで拡大し、国王や教皇までもが訪れるようになった。400キロにまでなった彼女は奇蹟を起こし、最後は、聖人に列せられるまでになる。破天荒な一篇。

Rosier et la rosière(ロズィエと品行方正な娘)
ビスケット商の娘が修道院の寄宿学校へ入る。私は2歳上の幼馴染で彼女に惚れている。彼女は新しく雇われた運転手が誘惑しようとするので、母親に解雇するよう迫るが母はなぜか言うことを聞かない。ついに夏休みに実家に戻ったとき、その運転手に犯されてしまう。子どもを産むと悪魔の尻尾が生えていた。運転手は地獄から派遣された悪魔だった。実は私の母親は二級の魔女で、私は母から娘を誘惑するよう言われて困って運転手に頼んだのだった。

Cora(コーラ)
将軍夫人がある画家に肖像画を依頼し続けもう52枚目になる。彼女は結婚1週間前にその画家と関係を持っており、それから30年が経っていた。画家の妻は画家の身持ちの悪さを嘆きながら死んだ後、溜息として現われるようになった。52枚目の肖像画は青い服だったが、知らぬ間に赤い色が上塗りされていた。誰がやったか分からない。妻の霊か。ある日、画家が二日酔いで寝込んでいた時、将軍夫人が絵を見に来て、階段から転げ落ちて死んだ。犯人は? もしかすると画家は夢遊病の二重人格者なのか。

〇L’armoire de sacristie(聖具室の衣裳箪笥)
衣装箪笥を蒐集している男が、ある村の教会を訪れた。司祭は聖体パンを鶏の餌にしている変人。聖具室の衣裳箪笥が気に入って交渉すると、べらぼうな高値を吹っ掛けて来た。しぶしぶ承諾して祝酒を飲んでいたら、急に目が回り、司祭とその甥が襲ってくる。何とか逃げ出した二日後召使とともに再び教会に向かうと、魔宴の最中だった。扉を開けると、豚が振り返ってニヤッとし、後ろから甥が飛びかかってきた。慌てて閉めた扉に甥の手が挟まれちぎれ落ちると、それは豚の足だった。司祭と甥はその日から姿を消した。3ヶ月後、後任の司祭から無事に衣装箪笥を購入することができた。中には秘密の空間があって、二つの骸骨があり、片方は手のない子、もう一方は僧衣を着ていた。