:jean louis bouquet『MONDES NOIRS』(ジャン=ルイ・ブーケ『闇の世界』)


jean louis bouquet『MONDES NOIRS』(UNION GENERALE D’EDITIONS 1980年)

                                   
 初めてパリのブラッサンス広場古本市へ行った時に買った本。この本を買うときに、店の人が「この本は面白い。いい作家だ」と聞きもしないのに喋ってきたことを覚えています。ブーケの本は、これまで三冊読んでいて、いずれも緻密でよくできていますが、文章がやや難しい印象があります(2011年5月24日、2012年11月5日、2013年11月13日参照)。この本も文章が読みにくいうえに、一頁に48行もあって、なかなか読み進めませんでした。

 この本は、ジャン=ルイ・ブーケの全容を知るのに、いちばんふさわしい本と言えます。というのは、冒頭にフランシス・ラカッサンの解説、巻末に著者とラカッサンとの対談、書誌を収めているからです。冒頭の解説(これは読後に読んだ方がいいと思う)では、ブーケの作品の特徴を描き出すとともに、ブーケの晩年の悲惨な生活、そしてその中でこの本が編集される経緯が語られていて、胸が熱くなりました。ブーケが失意のうちに病院を転々とするなかで破産宣告され、ゴミ収集車が回収に来る直前に、ラカッサンが窓ガラスが割れ真冬の寒風の入る家の中で、原稿を拾い集め整理したと言います。ラカッサンがいなければこの本はできなかったでしょう。

 巻末の対談は、ブーケの幻想小説に対する創作態度がよく分かって、貴重です。要点をいくつか挙げると、①ブーケの幻想趣味は生家の壁面の悪魔の装飾で培われたこと、②当初映画で表現していたが(ブーケはシナリオライター)、実現するための予算や大衆の趣味と合わないことから、文学に傾いていったこと。③幻想小説は、長編では複数のテーマが必要になり、散漫かつ大げさになって来るので、中・短篇がふさわしい。④読者に真実と思わせる土台を作ったうえに幻想的描写を入れるのが効果的。⑤直接恐ろしいものを描かないまま、説明のつかない危険を描くことで、読者に漠然と恐怖を与えることを心掛けている。⑥マルセル・ジュアンドーの悪魔小説『Astaroth』を新しい形の幻想小説として推薦している。

 巻末に収録されている「Liminaire pour le Visage de Feu(『炎の顔』の冒頭部)」は、以前『炎の顔』を読んだ時にも読んでいて、感想では「読解力のなさが露呈してほとんどよく分かりませんでした・・・何かしらおどろおどろしさのなかにある種格調が感じられたという程度」と書いていましたが、今回は朧気ではありましたが少しは理解できたように思います。7年経って少しは進歩したか。


 10の短篇と、1つのエッセイ風短篇、1つのラジオ台本が収録されていますが、簡単に内容を要約しますと(ネタバレ注意)、
◎La Recluse de Cimiez(シミエの隠遁女)
ニースの別荘地を散歩中に中近東の音楽が聞こえ、あとで演奏者に聞くと、ベランダに向けてセレナードを演奏するのをときどき頼まれると言う。そこから別荘の主に関する探索が始まる。イタリア人画家がその別荘の主から借りた古代の女神の頭像を描いた絵に関する挿話、考古学者がキプロス島でヴィーナス信仰に名を借りた高級売春に誘われる挿話を経て、その売春勧誘者が殺されるという事件に別荘の主が絡んでいるらしいということが分かる。そしてセレナード演奏の日に主人公が別荘に忍びこむと、別荘の主は女神像の頭像に対して秘密の儀式をしていた。すると頭像が微笑みかけて…。異教崇拝と中近東の香りが立ち込める、謎の牽引力が発揮された一篇。レニエの短篇にも似ている。


◎Laurine ou La clé d’argent(ローリーヌ、銀の鍵)
女子修道院学校の寄宿舎の隣室からガラスのオルガンを弾いているような妙なる音楽が聞こえてきた。新しく引っ越してきた若い男というので少女たちは色めき立つが、深紅のカーテンは閉ざされたまま。一人の少女だけがその男を垣間見ると、なぜか男から手紙が来て深夜の密会が始まる。銀の鍵を渡されるが昼には来るなと言う。その話を聞いて嫉妬した友だちが昼には別の女がいると彼女をけしかけて・・・。その男は吸血鬼のように昼のあいだ寝て、霊液で命を長らえている不老の男だった。


◎Naamâ ou la dive incestueuse(ナーマ、近親相姦の神)
レストランで昔の愛人と似た女性と出会い、自分の娘かも知れないと胸がときめいていたとき、友人から託された手記が同様の話を綴っていた。友人の知り合いで南国の農園経営者の男が魔術師に妻の不感症を治す施術を頼んだせいで、生まれた娘は古代の女神が悪霊となって取り憑いたのか、成人になって男を3人も淫楽殺人するようになる。父親は娘を東屋に監禁し魔術師を呼んで悪魔祓いを試みるが、娘は亡き妻の姿となって父親を誘惑する。そして手記の話とレストランの女の現実がオーバーラップしていく。


〇Annie grand nez(鋭い鼻のアニー)
12歳の少女が浴場を装った娼館に興味を示したり、同級生が少女マニアの男から金を貰ったりすることを聞いて、よく知らない大人の世界へ興味を抱く。その同級生が殺され、少女はマニアの男を告発して一躍英雄視されるが、真犯人は別にいた。ミステリーの味わいもある。


〇L’Obsession de madame Valette(ヴァレット夫人の幻覚)
アマゾン探検家の若い妻がサンゴヘビを見て以来、蛇の幻覚に襲われるようになった。何人もの医師によっても症状が治らず、精神医学の権威の教授が挑戦することになった。質問の後に施術に移り、いったん成功したかに見えたが、幻覚の蛇に触れさせ何もないことを分からせようとしたところ、その蛇に噛まれて死んでしまう。手には蛇の噛み痕がくっきりと残されていた。


Prodiges au vieux pays(古い村の不思議な出来事)
モルヴァン地方の村の二つの奇妙な話。いずれも真偽が分からないまま終わる。
〇Ⅰ L’ETRANGE MADAME ENFANT(妙なアンファン夫人)
亡き夫の霊を呼び出す霊媒として評判の若夫人には、夫の財産目当てで結婚し、かつ降霊術もいかさまという噂があった。主人公は存在しない兄の霊を呼び出してもらいインチキだと知る。その後夫人は財産を持ったままパリへ高飛びした。降霊術を妄信している亡き夫の従兄弟が追いかけて、最後にもう一回と頼むと、夫人は自らの死を予言するとともに、その場で死んでしまった。インチキだったのか本当だったのか。


◎Ⅱ LA BELLE A LA TOQUE VERTE(緑の帽子の美女)
モルヴァンの森の奥の小屋にずっと昔から住み銀鉱の番人をしているという噂の白鬚の老人。野菜しか食べず砂糖が好きで、村に買いに来てはピカピカの銀貨で支払う。春には緑の帽子の美女がその小屋を訪れる。その老人が盗賊に殺された後、親戚らしき若い男が小屋に住み着くが、一年もすると老人と同じ姿になった。そしてまた緑の帽子の美女の姿が目撃されたという。散文詩のようなお伽噺のような佳篇。


〇La Preuve(証明)
「敵対する考古学者に恋人を奪われた上に、発掘品が偽物だと業績を批判され、学界も追認して私は追放された。それは先生をも侮辱するものだ。でも、その発掘品の魔力を使って批判した男を殺してやった。それが発掘品が本物だったことの証明だ」と亡き師の墓の前で独白を続ける男。墓地の守衛はまたあの狂人が来たと一笑する。


Le Soleil noir d’Ermenonville(エルムノンヴィルの黒い太陽)
エルムノンヴィルを訪れた主人公が、この地に関わりのあった三人の文学者思想家を回想。タッソー、ルソー、ネルヴァル。いずれも狂気に駆られ、自殺したり不審死を遂げた。とくにルソーの死と彼を招いたエルムノンヴィルの館主ジラルダン侯爵のオカルト趣味について詳細を語っている。エルムノンヴィルへのオマージュが感じられた。


Annexes(付録)
Rendez-vous avec le Démon, pièce radiophonique(悪魔と会う約束、ラジオ台本)
農村の民俗・伝説の研究者と妻、研究者の従兄弟の3人が暮らす家に、研究者の依頼で村の祈祷師の女二人が降霊術で悪魔を見せるとやって来る。実は妻と従兄弟とは密通していて、以前妻が夫に毒薬を混ぜた煎じ茶を飲ませ、夫が死にかけたことがあった。降霊術が始まると、悪魔が憑いた祈祷師は、妻に向って毒をまた盛ろうとしていると告げる。果たしてこれは真相を疑った夫が妻に仕掛けた創作劇か?しかし悪魔は祈祷師から錯乱した妻に乗り移り、妻は毒をあおぐ