JEAN LORRAIN『LA MANDRAGORE』(ジャン・ロラン『マンドラゴラ』)

 

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JEAN LORRAIN『LA MANDRAGORE』(LE CHAT ROUGE 2018年)

                                   

 フランス書を読むときは、原文を5分の1程度に要約しメモしながら読むようにしていますが、途中でパソコンが壊れたので、そのメモが全部消えてしまい、またやり直さないといけなくなりました。ただ、この本は一種のアンソロジーで、ほかで読んだ作品が多く、実際読んだのは、短篇3篇と、エッセイ1篇、序文評論と、略年譜で、80ページほど。

 

 LE CHAT ROUGEという出版社は、幻想小説が専門らしく、この本の編者で序文も書いているGérald Ducheminという人が出版企画に深くかかわっているようです(自分の小説を2冊も出している)。この前読んだJean Richepinの『Le Coin des fous』のほか、Catulle Mandès、ジャン・ロランの作品、『Les Décadents』というアンソロジーなどがラインアップされています。

 

 この本は、ジャン・ロランのなかで、小動物が大きな役割をしている作品を集めたものです。序文で、編者のジェラルド・デュシュマンは次のように書いています。美しい王妃が蛙の子を産むという「La Mandragore」と、水飲み場で蛙と対面した幼時の恐ろしい体験を回想した「Le Crapaud」を比較すると、前者では憐れみが感じられるが、後者では蛙の気持ち悪さを声高に書き、読者に嫌悪の情を催させようとしている。ロランは自分の悪徳を含め醜いものを吹聴して楽しんだ節があり、親友のラシルドが「悪徳のほら吹き」というあだ名をつけたぐらいだ。本作は、もっとも醜い人間の写し鏡としての動物の話を集めるという観点から編集した。ロランはしばしば美をゆがめるが、それはボードレールからポー、バルザックにも見られる病的な美学の追求に基づくものだ。彼はわれわれの心のうちにある暗黒を一つずつ目覚めさせる。

 

 略年譜では、「La Mandragore」初出時の挿絵を描いたJeanne Jacqueminのプライベートを揶揄した批評で彼女から訴えられ敗訴し、罰金を払うために『La Maison Philibert』を書いたという以外には、とくに目新しい発見はありませんでしたが、ロランの葬儀に「弔問に訪れた半数は、普段から憎んでいたので、本当に死んだか確認に来ただけ」というのが衝撃的でした。

                                   

 短編とエッセイの概略を下記に。

〇Le Chat de Badaud Monier(バド・モニエの猫)

街道からはずれたあばら家に老婆と猫が住んでいたが、その猫がある日喋った。近所の大評判になったが、気ままな猫で、村の助役が来ても知らんふりをしたりした。不思議なことに喋っているとき口は動かないのだった。腹話術を心得ているのか。ある日、猫がお前さん呼ばわりをするのを聞いて、老婆は高熱を発して寝込んでしまい、そして猫は姿を消した。近所の人が看護をしていたら屋根裏で足音がするので、捕えてみると大きな梟だった。しかし老婆は猫の声を聞き続けて死んでしまう。梟を猫と取り違えただけの話と言うこともできるが、老婆のなかではあくまでも猫なのだ。

 

〇L’Egrégore(エグレゴラ)

サロンでの演奏を前に知人が耳元で言う。エグレゴラは吸血鬼や淫夢魔と違って、普通の人間のようにして近づき、犠牲者の心の中に食い入り、心に根を生やして幻惑し死に至らしめる。あそこにいるヨーロッパ随一と言われる歌姫と作曲家の二人がエグレゴラで、歌姫の弟のピアニストが犠牲者だという。演奏中に観察すると、歌姫と作曲家の唇は血のように赤く、弟は血を吸われたように青白くなっていた。サロンでの束の間の幻想。芸術の悪魔的側面を比喩として描いた物語とも読める。

 

〇LORELEY(ローレライ

酔った男たちが一人の娘をめぐって殺し合い10人が死んだ。娘は群衆に取り巻かれ糾弾される。行政官は死刑の前に教会に連れて行けと言い、司祭は修道院に行って二度と男たちの前に姿を見せるなと言い渡す。が人々は許さず彼女を癩病患者収容所へと送る。娘は、3人の護衛に監視されながら収容所へ向かう途上、美しいだけで罪になる理不尽な世を呪い、ライン川を見下ろす岩から身を投げる。ローレライ伝説の前説となるような話。

 

〇LES CONTES(お伽噺)

子どものころ炉端で聞いたお伽噺の思い出を語る。ニューファンドランドから帰ってきた船乗りの話には、霧雨、雪、海の香りがした。それは北の海で雪の女王の橇を見たという話だ。北極の海の彼方に雪の女王の氷の宮殿があるという。その話が頭にこびりついて、深夜の窓から女王の冷たい眼が見える気がして、窓に貼りつく樹の形をした氷も女王の仕業と、子ども心に妄想が広がる。散文詩のようなエッセイ。

 

 少しのあいだ、このブログをお休みします。