:ピエール・ギロー『言葉遊び』


ピエール・ギロー中村栄子訳『言葉遊び』(白水社 1988年)


 引き続きクセジュ文庫のピエール・ギローを読みました。『フランスの成句』ではギロになっていた。小さな本の割には、とても読み応えのある盛り沢山な内容で、参考になりました。言葉遊びがテーマだけに、例文も多く、翻訳も大変だったと思いますが、フランス語の地口などもうまく日本語に移しています。またギロも書いているように、言葉遊びのかなりの部分が猥褻な、口に出すのも憚れるようなものが多いので、困惑されたことと思います。


 相変わらずギロの論旨は冴えていて、ヤコブソンやソシュールの考え方を援用しながら、言葉遊びの特質を解明し、分類し、発生の源を辿ろうとしています。かなり網羅的で、用語も難しいうえに、この本を読むまでフランスの地口やなぞなぞにまったく接していなかったので、理解できていない部分もたくさんあり、また誤解しているかも分かりませんが、私なりに整理してみますと、
①言葉遊びは、文字通り言葉遊びで、観念について遊ぶ機智と区別される。その判別は他国語に訳されてその魅力を失うか失わないかということである。
②言葉遊びの本質は掛け言葉で、曖昧な両義性を利用している。ひとつは一語がいろんな意味を持つことを利用するもの、もうひとつは同じ発音の別の言葉を滑り込ませるもの。
③言葉遊びは、言葉を機能不全に陥らせることにより、人々を社会的束縛から解き放つことが効用のひとつとして考えられるが、笑い、跳ねとび、顔をしかめる子どものように、自然な発露として生まれるものである。
④言葉遊びをする人は、自ら馬鹿と化す、あるいはおめでたい人を演じる俳優となる一方、ある対象を諷刺し嘲笑する機能も持っている。とくにベル・エポック期に芸術家がブルジョアを揶揄することで盛んになった。
ソシュールの用語を言い換えて、《遊ぶもの》と《遊ばれるもの》を考えた場合、《遊ばれるもの》が予期されかつ正常であるほど、《遊ぶもの》が予期されずかつより突飛なものほど、その不意打ちの効果が大きく、よく笑わせられる。
⑥言葉遊びは大きく二つに分類することができる。ひとつは地口など代入によるもの(ヤコブソンの範列軸にあたる)、もうひとつは尻取り言葉など連鎖によるもの(連辞軸にあたる)。
⑦言葉遊びに隣接するものとして、言い間違い、誤植、勘違い、あるいは方言があり、言葉遊びに利用されている。
⑧言葉遊び的な文彩により詩は美しい効果を引き出しているが、この種の文彩は常に技巧と無意味に堕す危険を孕んでおり、言葉の遊戯に陥る寸前にある。
⑨集団の遊戯の目的のひとつは、参加者も予期しない、滑稽な組み合わせを作り出すことにある。超現実主義者たちは、それをもとに、「妙なる死体」や、その変種の「もし、…するとき」という新しい文学創作法を編み出した。


 尻取り言葉、地口、もじり、アナグラム、回文、折句、語順転換、くびき語法、全押韻詩、分節詩、妙なる死体、かばん語、造語、判じ絵やカリグラムなど、いろんなパターンの言葉遊びが紹介されています。一つ一つを説明するのはとても手に余りますので、いくつか具体例を引用するに留めておきます。
comment vas-tu yau de poêle?「ごきげんいかがストーヴの煙突」/p9→前文とまったく意味がつながらないが音だけは同じという、尻取り言葉の例
Par le bois du djinn où s’entasse de l’effroi/ Parle! bois du gin ou cent tasses de lait froid.「恐怖の巣くう、鬼神の森をこえて、/ 語れ! ジン酒の木だるよ、あるいは百杯の冷乳よ。」/p20→音が同じ全押韻詩の例
la mairie de son arrondissement「彼女の居住の区役所」→La mère rit de son arrondissement「母親は自分の腹部肥大をわらう」/p22→同音異義の文を使った複合地口の例
en flagrant délit「現行犯として」→en flagrant du lit「姦通の現場を押さえられて」/p34→成句の音を微妙に変えると同時に意味も変える、もじりの例
Vêtu de probité candide et de lin blanc「純真なる誠実と純白なる麻布をまといて」(ユゴーの詩)/p48→違った意味分類に属する語をつなぐ、くびき語法の例
Révolution française「フランス革命」→Un veto corse la finira「コルシカの拒否権が革命を完成するだろう」/p67→アルファベットを入れ替え別の文を作る、アナグラムの例
vigneron「ぶどう作り」→ivrognne「酔っぱらい」/p70→これもアナグラム、でき過ぎではないか。
Qunad mon verre est plein/ Je le vide/ Quand il est vide/ Je le plains「私のグラスがいっぱいのときは/ それを飲みほし/ グラスが空のときは/ わたしはなげく」(ラウル・ポンションの詩)/p82→単語を前後入れ替える、語順転換の例、551の宣伝みたい
Elu par cette crapule「この放蕩者によって選ばれた」/p83→後ろから読んでも同じ文になる、回文の例
Ga→J’ai grand appetit「私はたいへん食欲がある」/p107→音によって意味を喚起する、判じ絵の例
majalecter「マージャンを無上のたのしみとする」/p131→新しい語彙を創造する、造語の例


 サン・アントニオ(フレデリック・ダールのペンネーム)の探偵小説を「言語錯乱に近い隠語、地口、比喩的な表現の充満する文章の魅力」(p175)を持つものと評価して、彼の作品から多くの例文を引用しています。以前も書いたような気がしますが、むかしフランス語を読む練習に探偵小説なら読めるかと、たまたま手に取ったのがサン・アントニオの小説で、読もうとしてまったく意味が取れずに自信喪失し、しばらくフランス語から遠ざかったことがありましたが、ようやく納得がいきました。それでか!運が悪かった。