:『城と眩暈』

                                  
野島秀勝ほか『城と眩暈―ゴシックを読む』(国書刊行会 1982年)
                                   
 472頁、17篇の評論と1篇の散文が収められています。ゴシック小説がテーマですが、ひろく幻想文学、18、19世紀文学全般、絵画や建築にまで議論がわたっていて、なかなか読みごたえがありました。

 ゴシックムーヴメント全体を見渡した評論が冒頭に、次に本場のイギリス、アメリカ、ドイツ、フランス、ロシア、イタリア、中南米、日本の各国別の評論、最後に個別のテーマに沿った評論という具合に、3部に大きく分かれています。

 大づかみな議論としては、古典主義美学の反動かつロマン主義の先駆けとしてのゴシックムーヴメントの位置づけが語られ、英米独仏などヨーロッパで相互に影響しながら流行していった様子が描かれ、その美学の特徴としては、崇高、不均衡、垂直性、幽閉空間、犯罪性、残酷性、自然への崩壊を指摘するものが多かったようです。

 とりわけ面白く思えたのは、野島秀勝、高山宏石川實沼野充義高田衛池内紀各氏の作品。


 以下、主だった評論の簡単な感想と印象深かった文章の引用を記します。
◎英国ロマン派とゴシック小説(野島秀勝)
 ゴシックを概括する巻頭にふさわしい一篇。ゴシックの感性が生まれた「閉ざされた庭」という土壌の説明から始まり、ウォルポールラドクリフ、ルイス、コールリッジ、キーツなどのゴシック作品の例をあげながら、奇数への偏愛、無限、崇高、恐怖といったゴシックの美学を解き明かしている。

かかる「無限」の自然風景は、それを眺め陶酔する自我の「無限」性の知覚でもあった。ということは、「自然」の拡大と氾濫は、自我の拡大と氾濫でもあったということである。/p17

「開いた自然」という自由のイメージが上昇超越の夢が憧れたものとすれば、「閉じた自然」という呪縛のイメージは、下降失墜の悪夢が喚起したものといっていいだろう。・・・上昇にせよ下降にせよ、それは垂直ヴェクトルのプラスとマイナス、超越の正反ないし明暗の様態にすぎない。/p29


◎目の中の劇場(高山宏
 18、19世紀の幻想文学は視覚が重要な役割を担い、絵画から多くの財産を得ているとし、その絵画的光景が、ラギッドネス、巨大空間、廃墟など崇高美を特質としているとして、数多くの絵画を例にとりながら説明している。同時代の光学機械や風景カードの流行など社会の動向と並行して描いているのが面白い。豪華絢爛な引用を鏤め、同じことを何度もいろんな形で言い換えて繰返す文章そのものがバロックを実現し、学術講談とも言うべき一つの芸を確立している。およそ静謐さの対極にあるが。

ロココ美学に対する反動から、不規則、不均斉、屹立したもの、突兀たるもの、峨々たるものへの憧憬が噴きでてきた。・・・突き立てる、ふりおろす、のぞきこむという垂直運動が、やがてゴシック絵画の中で中心的な身振りとなろう/p41

我々が恐ろしいものと危険なく通じている時ほどにはっきりと感じられ、また強力に作用することはない。この「危険なく」というところが、十八、十九世紀の視覚文化の究極的構造である。彼らは・・・徹底的に「見る」のである。/p47

世界を絵のように見る感性は、文化が「見る」から更に「読む」へと移行していくのに応じて、世界を小説のように読む悪癖と分ちがたくなっていった。/p68

幻燈器がゴシック絵画を生みだしたように、写真機がラファエル前派の細密リアリズムを生んだことはよく知られている。/p77

二次元のカンバスというものは、見るものに一瞬にしてメッセージを伝える。けだし時間は「見る」文化からは消滅した、というより時間の忌避が「見る」文化を生んだのである。/p82


◎ドイツ恐怖小説とゴシック小説(石川實
 シュトルム・ウント・ドランク運動からドイツ恐怖小説が生まれたこと、シラーが恐怖小説の季節の幕を切って落したこと、イギリスの読者がドイツの小説を読むきっかけになったのがドイツ恐怖小説であったこと、ドイツの恐怖小説の類型として「疑似歴史小説」「秘密結社小説」の二つがあることなどを述べ、ムゼーウス、ファイト・ヴェーバー、ナウベルト、チンク、グローセなど、あまり知られていない18世紀のドイツ恐怖小説を紹介していて貴重。

啓蒙主義の時代・・・合理的秩序に神性と善への意志を結びつけたのに対して、今や神性を完全に失った世界を支配する必然の力には、悪魔的な、人間破壊的な色彩が付与されることになる。ここに「道徳的世界秩序」に代って、人間を抗い難く破滅へと導いてゆく力という表象が生まれてくるのである。/p232


◎彷徨と喪神(沼野充義
 ロシアではロマン主義とゴシックが同時期に流行したなど、あまり知識のなかったロシアの幻想小説の状況がよく分かった。ミハイル・ニコラエヴィチ・ザゴスキンやヴラジーミル・フョードロヴィチ・オドエフスキー公爵という面白い作家がいることやA・K・トルストイがフランス語で怪異小説を書いていること、ドストエフスキー幻想小説など、貴重な情報が得られた。

A・K・トルストイの『吸血鬼』を賞讃したのが、神秘主義哲学者ヴラジーミル・ソロヴィヨーフ・・・「幻想文学の本質は〈ためらい〉である」と主張するツヴェタン・トドロフ幻想文学論の中で、ソロヴィヨーフのこの論旨が援用されることになる/p280

十八世紀末の伝統的な「中世的・牧歌的ゴシック調」は、・・・ここでは「都市のゴシック調」に変化している。かつての鬱蒼たる森の中の彷徨、ゴシック様式の城といったものは、ここでは都会のうらさびれた場末や、煙突を持った醜怪な工場にとってかわられている。/p283


◎江戸期小説・幻想と怪奇の構造(高田衛
 江戸時代の読本や歌舞伎には、人工の風流世界が腐食と風化によって、原始の茅薄の繁る荒野と化す妖奇的世界が出現するが、作者の狙いは精霊、妖精がうごめく原始的自然を修辞的に再現することにあると言う。ところどころ原文の引用があるが、江戸時代の文章の喚起力の凄さにあらためて感じ入った次第。

ひとにぎりの上層町人・・・豪富町人たちのサロンによって練りあげられた「粋」や「洒脱」とはまったく別途に・・・「野卑」と「絢爛」を、闇の世界の「悪」の描写の中に見出してゆく、大衆の側の「悪」定立の美学が波動していた/p352


◎聖堂譚(池内紀
 池内紀にしては珍しい荘重な語り。モノトーンの散文詩的な雰囲気の中で、聖堂の歴史の物語が綴られている。


○暗黒の美学とフランス、あるいはフランスにおけるゴシック小説の影響と発展(私市保彦
 英仏間で作家同士が相互に影響しあっていたことを踏まえたうえで、フランスでのゴシック流行が、第一次のウォルポールラドクリフ、ルイスらと、第二次のマチューリンの二波にわたった状況を紹介し、その影響で生れたゴシック作品であるバルザックの初期小説を解説している。バキュラール・ダルノー、シブリアン・ベラール、ダルランクールなど新しい作家の名前も知ることができた。

ゴシック小説とともに、近代小説のなかに内的幻覚の世界、つまり夢のヴィジョンが大手をふってあらわれだしたのは、あきらかである。/p237

フランスでのゴシック小説の受容の歴史は、古典主義美学の崩壊の歴史でもあった。とはいえその半世紀に近い古典主義の時代の前には、フランスにおいても、バロックの夢幻劇の世界もあれば、マニエリズム風の残酷美の世界もあり、/p238

ラシーヌ・・・『アタリー』の第二幕第五場に語られる悪夢の場面は・・・ほとんど前期浪漫派的暗さにみちている。古典主義の崩壊は、外圧によってはじまったというより、内的な必然過程でもあったといえよう。/p239

この第二のゴシックの波は、ヴェルテル、『オシアン』、スコット、バイロン、トーマス・ムア、シェリーなどの紹介と流行とつよめあい、一体となってフランスの若い世代に衝撃をあたえはじめる。/p249

バルザックのなかに暗黒の美学が生きつづけたというのは、その手法が・・・『ふくろう党』などの作品に見事に生かされていたり、『神に帰参したメルモス』『不老長寿の薬』、あるいは『続女性研究』にふくまれている物語『グランド・ブルテーシュ綺譚』といった暗黒小説の名残とでもいえるような小説があるという意味ばかりでなく、彼が悪夢の世界を日常生活のなかに、市民生活のなかに視て、『人間喜劇』にそのドラマを現出せしめたという意味において、人間の内なる悪、内なる地獄を描きつくしたという意味においてである。/p261


○『修道士』の対比構造(富山太佳夫
 完璧な読みで、ルイスの『修道士』を腑分けしている。少女と修道士の物語の途中に出てくる、幼女マチルダと修道士の話、スペイン貴族レイモンドとマルグリット、レイモンドとアグネス、エルヴィラと貴族の男など、すべての挿話が必然性を持ち、メインの物語と対比させられながら作品のテーマを支えていることを見事に解説している。それは肝心の物語の魅惑を殺してしまうほどだ。

『オトラント城』以来、作品の冒頭に全体の展開を暗示する〈予言〉を置くことはゴシック小説の定石となっており/p375

原型的な侵犯者をよく演技する者として聖職者を選ばざるをえないのは、キリスト教の論理の必然でしかない。/p388


アメリカン・ゴシックの誕生(八木敏雄)
 アメリカのゴシック小説は、C・B・ブラウンによって、イギリスゴシックの中でも変わり種のゴドウィンにつながる形で始められた。それは城主や修道士のかわりに「野蛮な」インディアンを、古色蒼然たる古城や地下牢のかわりに「自然」の原野や洞窟を用いたところに特徴があったと指摘している。

英国では反主流派だったゴシック小説が大西洋を渡って新大陸に移植されると、今度はそれが主流派となって繁盛するという文学史の図式は、英国国教の反主流派ピューリタンの、そのまた「分離派」が新大陸に本拠を移すと、そこでは宗教上の絶対的な主流派となり、それが醸成したピューリタニズムの精神は綿々たる水脈となって今日まで続くという精神史の図式と似る。/p141

アメリカの恐怖小説の伝統は、その暴露の対象が社会制度や支配階級などの「外」ではなく、人間の自然の部分である無意識やその動物の部分であるイドなどの「内」なのである。/p172


○現代アメリカ小説におけるゴシックの裔(志村正雄)
 崇高概念について語ったり、イギリスゴシック小説について語ったりで、なかなか本題に入らず、半ば以上を過ぎてから、ようやくポーとアーヴィング、トマス・ピンチョンと書き進んだところで、紙数が尽きたからジョン・バースやイシュメル・リードまで筆が及ばぬと言われたら、読者はどうすればいいのだろう。

ものを恐ろしくするためには「不明瞭さ」が必要とされる。危険―苦痛を与えるもの―の範囲を知り尽くしていれば、恐怖心の大部分が消えてしまうであろう。/p175

「アッシャー家の崩壊」は取りもなおさずエントロピー増加の物語と言えよう。/p200


 先日読んだモーリス・ポンスの短編集『甘美な恐怖』のタイトルは、エドマンド・バークが「崇高美」の条件のひとつに数えている無限性を説明する際に使っている用語だと、遅まきながら知りました。