:日本の幻想小説2冊

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天沼春樹『猫町∞』(パロル舎 1997年)
私市保彦琥珀の町―幻想小説集』(国書刊行会 1998年)
                                   
 今回は日本の小説にまた戻りました。2冊ともずっと以前に新刊で買って積んでいた本。私市保彦は『幻想物語の文法』『ネモ船長と青ひげ』とベックフォードの翻訳を読んでいたので知ってましたが、天沼春樹という人は知りませんでした。タイトルが面白そうだったので。

 両者に共通するのは、児童文学風の味わいがあるところでしょうか。


 あまり期待してなかった『猫町∞』が意外と面白い。文章がこなれていて読みやすく、書き慣れた人という印象を受けました。冒頭と結末に同じ場面を持ってきて枠取りし物語を挟むという形になっていて、その場面は猫の隠微な雰囲気と女性の神秘性が重なって不思議な雰囲気を醸し出しています。物語は皮革会社の資材調達係として猫を捕獲する人たちの話で、この猫捕り人という設定に話が面白くなる要素があります。

 この「猫町」は、人が猫になっているのを幻視する朔太郎の「猫町」と違って、猫捕り人が猟場にしている猫のたくさんいる町というだけの意味ですが、「道自体が植物のように勝手に枝を伸ばし、絡み合って町全体を結んでいる。あるいは、町を閉ざしているのだ(p51)」というような町で、一種の迷路になっています。またこの町にはどこかしら外部の人に対して秘密を隠しているような雰囲気があります。猫捕り人たちは話が進むにつれて、その町にどんどん深く入り込んでいき、そして最後に冒頭の場面につながって行くのです。

 登場人物も生き生きとしていて、とくに主人公の相棒で中学を出たばかりの癖に大人びた「洋ちゃん」が面白い。最後に洋ちゃんが忽然と消えてしまいますが、読後はその印象の方が強いという感じさえあります。

 各章の扉にエジプトのミイラ壺の絵があり、文様がひとつづつ変わっていくのも趣向としてよく考えられています。天沼春樹は他にもいくつか同じような趣向らしき小説を書いているので、また読んでみようと思います。
                                   
                                   
 『琥珀の町』は9篇を収めた短編集ですが、細部が凝縮された美しい場面に富んでいて、「蒐集家」では、骨董屋で美人画を見つける導入部、櫛にまつわる因縁話、「砂時計」では、風変わりな砂時計群、砂時計がみせる幻想場面、「今浦島鼈甲師物語」では、職人の遍歴譚の部分に、濃密な幻想小説の味わいがありました。

 どうやら著者は、職人が精魂込めて作るものに霊気が宿るといった芸術家小説に思い入れがあり、また真価を発揮しているようです。作風としては、泉鏡花(「蒐集家」の長い髪の女)や、佐藤春夫「砂時計」の穏やかでモダンな雰囲気)を思わせるところがあり、また「手無し娘曼荼羅」「崖の下」などは子どもの頃の思い出を軸にした久世光彦の作品にも似ているように感じました。

 新作がまた出ているようなので、これも読んでみたいと思います。