:MAXIME AUDOUIN『Contes Fantastiques』(マキシム・オードゥアン『幻想小説集』)

                                   
MAXIME AUDOUIN『Contes Fantastiques』(VERMOT 出版年不明)
                                   
 二年前、パリのブラッサンス公園の古本市で買った本。タイトルと表紙の絵に誘われて買いました。著者についてネットで調べてみましたが、よく分かりません。この他に数冊本を書いているようですが、それらの年代から類推すると、19世紀終わりか20世紀初頭の出版物のようです。

 子ども向きの本でしょうか。トリック的要素のある犯罪小説5篇と怪奇小説2編が収められています。非情な盗みや残酷な殺しが題材になっているのは、子ども向きではなさそうですが、話の運びや登場人物の類型化、お涙ちょうだい的なところや勧善懲悪的な要素が見えるのは、子ども向きのような気もします。また、それが残念なことに物語を浅薄にしている原因となっています。

 筆力は十分にある人で、例えば冒頭の短編「漂流物を盗む女」の最後の海辺描写などは情感にみちていて素晴らしい。無名の作家ですらこんな美しい文章が書けるというのはフランス文学の土壌の豊かさが背景にあるからでしょう。

 2、3ページに一枚の割で添えられている挿絵がいいので、少し添付しておきます。
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各短編のご紹介を簡単に(ネタバレ注意のこと)。           
○La pilleuse d’épaves(漂流物を盗む女)
ブルターニュの海辺の伝説。話者が人から聞いた伝説と感慨を込めて語る。内容は、溺死体から金品を奪う老女を懲らしめようと、若者が死んだふりをして脅かす話。荒涼とした海辺の風景がなんとも言えない。


Race de Caïn(カインの末裔
親の遺産をめぐり兄弟殺しをした男が、臨終の際、息子兄弟が見守るなか、「野原」と言っただけで息絶えた。どうやら宝を隠した場所らしい。息子兄弟はその言葉を頼りに野原で宝探しをするうち、お互いに憎しみが生れ、兄が弟を殺してしまう。そうして兄弟殺しの呪われた家系が受け継がれるのだった。


La Justicière(正義の味方)
かつて粉屋で働いていたが粉を盗んだために解雇された従業員が、今は成り上がり、町を支配している。落ちぶれた粉屋の主は、地所を奪われさ迷ううちに、老いた母親を寒空で亡くしてしまう。しかし偶然の事故で列車が成り上がりの首を刎ねるという形で神の裁きが実行された。


Sous le couperet(ギロチンの刃の下で)
信義を重んじる男の話。家族を窮地から救ってくれ、亡き父に代わり自分の面倒を見てくれた代父の恩義に報いるため、無実の罪を敢えてかぶろうとする主人公の英雄的行為が描かれている。推理小説としては前半から真犯人の予想がばれてしまっていて拙い。かろうじて文章力で読ませている。


La maison morte(死の家)
怪奇小説。かつては華やかなパーティが繰り広げられていたが、いまは誰も住んでいない隣の館。主人公は幼いころ、女中に「悪さをすると隣の家に棲む化物が食べちゃうよ」と驚かされて育ったが、大人になったある日、誰もいない筈の隣の家の庭に男が立っているのに気づく。後をつけてみると、館の中は迷宮のようになっていて、洞窟に男たちが囚われていた・・・。翌日夢でなかった証拠に梯子が隣の庭の塀に立てかけられていた。前半の不気味な感じが結末の尻切れトンボで拍子抜け。


Chasse à l’homme(追跡)
列車のなかに置き忘れていた書類の断片、郵便局でたまたま聞いた会話、話者が偶然に出会ったふたつの出来事がつながり、話者の推理によって凶悪な事件が明るみになる。都合の良すぎる設定をカモフラージュするためか、最後に本当の体験だとわざわざ弁明している。


○Jean-le-Rouge(赤毛のジャン)
怪奇小説。夢の中で、赤毛の男が老人を殺し、その遺体が鼠に齧られるのを目撃する。それが実際に殺人事件として新聞の報道に出ていた。遠い町にある事件の現場に行ってみると、夢と同じ建物があり、そこを窺っていると赤毛の男がまたやってきたのだ。そして後をつけると・・・闇の中での殺人犯とのにらみ合いの場面は怖い。鼠に齧られて白骨化するというイメージが死の恐怖を盛り立てる。