:MAURICE LEVEL『la malle sanglante』(jacques glénat 1977)(モーリス・ルヴェル『血まみれのトランク』)


 これも生田耕作旧蔵書の一冊。一篇目の終わりに1984年10月15日の書き込みがあります。比較的晩年に読まれたもののようです。


「LA MALLE SANGLANTE(血まみれのトランク)」と「LAQUELLE?(どちらが?)」の二編とFrançois LIVIÈREによる「序文」が収められています。
 
 ボリュームが少なく、文章も比較的易しかったので、1週間ほどで読み終えました。このところ読んでいる幻想味あふれるフランス書のなかでは、いちばんまともな本でした。ひとことで言うと、推理サスペンス小説。

 序文の著者は、ボアロ=ナルスジャックフレデリック・ダールに先行するサスペンスの技巧であると評価していて、ラブクラフトも残酷小説の書き手として高く評価していたとのことです。英語にたくさん翻訳され、アメリカに熱狂的ファンが多いとも書いています。


 ルヴェルは、以前、創元推理文庫田中早苗訳『夜鳥』を読んだとき、グロテスクな雰囲気のある「闇と寂莫」、のっぴきならぬ状況がグロテスク度を盛り上げる「乞食」、息子の最後の決断が泣かせる「父」、過去の名声への愛着を断ち切れない芸術家の郷愁を描いた「蕩児ミロン」など、奇抜な落ちに感心しましたが、この二篇はそれに比べると若干物足りないところがありました。(田中早苗の訳が素晴らしく、原文はそれほど読みこなせないからかもしれません)


 簡単に紹介します。(ネタバレ注意)
LA MALLE SANGLANTE(血まみれのトランク)
サスペンス小説。女が忘れて行ったハンドバックの中の金(実はカード博打で取られた金)を山分けしようとしているところに女が戻ってくるという状況。その後なりゆきのままに女を殺してしまった男二人がトランクの中に死体を隠し、旅行に出かけた先でトランクを遺棄しようとしたところに管理人が滞納金を請求しに来たり、女の愛人が捜しに現われたりして、なかなか出て行くことができない状況。そうこうしている内に税務署がやってきて金を払うか財産差し押さえかの選択を迫り、財産を列挙していった最後に目の前のトランクを開けろと言われる状況。こうした切羽詰った状況に耐え切れなくなった片方の男が発狂し「トランクにはびっくりするものが入っているんだぞ」とトランクを開けてしまう。


LAQUELLE? (どちらが?)
双子姉妹のどちらがどちらか見分けがつきにくいことが鍵になっている。夏の海辺の避暑地に集まった人々、女性に持てる主人公、アメリカから来た双子の姉妹や有閑夫人たち。嫉妬のあまり断崖の上のゴルフ場から主人公の愛する夫人を突き落としたのは姉妹のどちらか、また主人公が愛し愛されたのは姉妹のどちらだったのか。双子でそっくりな上に、ゴルフでできた傷痕も同じ箇所にあり犯人を捜そうとしても見分けがつかない。夫人は事故だったと姉妹をかばい結局事件にはならなかった。姉妹の片方から夫人宛に罪を詫びる手紙が届き、姉妹はアメリカに戻って行く。曖昧模糊とした終わり方がいかにもフランスらしい余韻を残す。主人公が夫人と双子姉妹の一人をともに愛しているのもフランスらしい。突き落とされた夫人の名前がBlackwoodというのは何か意味があるのだろうか。