:GÉRARD PRÉVOT 『LE DÉMON DE FÉVRIER ET AUTRES CONTES FANTASTIQUES』(MARABOUT 1970年)(ジェラール・プレヴォー『2月の悪魔―幻想短編集』)


 ベルギーのマラブ社幻想小説シリーズの1冊。これも学生時代購入の本。ずっと大事に読まずにおいていました。いま読んでみると、文章は難しい単語も少なく、比較的やさしい。

 ネットで調べてみると、「幻想文学3号 特集:幻想純文学」に「ダム町の道化」(今回読んだ短編集に入っていた)、「小説幻妖 弐号 ベルギー幻想派」に「複製」という作品が訳されている程度で、あまり翻訳は出ていない模様。


 この短編集は全部で21の作品が収められていますが、悪魔もしくは悪魔的存在が登場する怪奇譚、過去の記憶にまつわる狂気や幻想を扱った話が中心で、お伽噺や民話風のものもあります。第二次世界大戦の記憶を引きずっている作品もいくつか見られました。

 いずれの作品にも、どこかミステリー風の味付けがあるように思います。最後の段になって、主人公が悪魔、あるいは話者が幽霊、また主人公が単に話を聞きに来ていたのではなくて殺しに来ていたなど、落ちのある話も多い。

 物語の骨組がしっかりしていて、余計な抽象論議や内面的告白に脱線して曖昧になることがなく、単純明快なところが読みやすさにもつながっています。それでは軽文学的かと言うと、文学的香気のある幻想短編(「ビーチー岬の死体」や「ライン河からのレポート」)もあり、凡庸な怪奇作家ではないことが分かります。


 印象深かった作品の概要をご紹介します。(ネタバレ注意)
◎L’affaire du Café de Paris(カフェ・ド・パリの出来事)
主人公が未来と思しき幻を一瞬かいま見、そのとおりのことが起きてしまうという典型的な怪奇物語。主人公の見た幻は、黒真珠のリボンがついた銀髪の女性の生首だが、しばらくして知人から紹介された婚約者が銀髪で同じリボンをしているのを目撃する場面は一瞬ヒヤッとする。


○Les amours de Pergolèse(ペルゴレーズの恋人)
幼い頃への追憶の雰囲気が素晴らしい幽霊譚。45歳の詩人が少女の幽霊を見る。どうやら子どもの頃勉強を教えてもらっていた年上の女生徒らしい。その思い出と淡い恋を回顧する。


○Le guitariste de minuit(深夜のギター弾き)
チェスを打つ自動人形がギターを弾く自動人形に嫉妬する。その嫉妬が原因で大火が起る話。ポーの「メルツェルの将棋指し」の話をもとにしているようだ。


○Par temps de pluie et de brouillard(雨と霧のなか)
スリに財布をすられたと思い、スリとおぼしき男に詰め寄って財布を返してもらうが、家に帰ってみると財布を置き忘れていただけ。結局自分が強盗になっていたというどんでん返し。


○L’amnésique(記憶喪失の女)
記憶喪失者が真実を思い出す話。あまりに恐ろしい真実なのでずっと記憶喪失のふりをしていようと決心する。屋根裏部屋に発見した彫像と同じ男が目の前に現れる場面はショッキングである。


○Le diable dans la forteresse(砦の悪魔)
悪魔を信じない男が悪魔に滅ぼされる話。砦に悪魔がやってくるという予言に対抗して、予言された日に砦に近づいてきた者を全員殺すが、真夜中落雷で砦は燃え男は死んでしまう。殺した男の子が手にしていた一輪の薔薇が廃墟の中で咲き続けた。悪魔は薔薇の形をして訪れていたのだった。


○Les fous de Damme(ダム町の道化)
民話風の怪異譚。ネコを塔から投げ落とす奇習のある町に主人公が愛猫といっしょに住むはめになったが、3年続いて猫を落とす役割の男が塔から落ちて死ぬ。最後は伝統を守るために市長自らが投げ役を買って出るがやはり死んでしまう。そのネコには魔女の呪いがかかっていたのだ。


◎Le cadavre de Beachy Head(ビーチー岬の死体)
若い時に夫と死別した寡婦が、晩年本のなかに、夫と同じ生涯をたどった文豪(シェリー)を発見する話。ボルヘスの不死の人に比すべき驚愕のストーリー。よく分からない謎(読解力のなさのせいで)もあり魅力的。


○La doublure(分身)
分身に殺人を命じる女の物語。最後は分身に命じて自分を殺してもらう。本人の内側では分身のなせる業として論理が組み立てられているが、それは彼女の狂気が作っている妄想で、単に本人が殺人を犯しているにすぎない、というのが本当らしい。だがらしいのであって、幻想物語では両義に取れる曖昧さが余韻を残す。


○La trajectoire(軌道)
大言壮語のほら吹き譚。雨と寒いところが好きな放浪癖のある息子が両親や親戚の期待に背いてアメリカにわたる。ある日息子の友人から、息子さんは月へ行こうとして失敗し永遠に宇宙を彷徨うことになったとの手紙が来て、母親は悲しみのあまり死に、親戚みな仕事が手につかなくなってしまった。実はその手紙は本人が架空の友人名を騙って出したもので、北極近くの観光地でビールを飲みながら気楽に暮らしていたことが分かる。


○La petite gare de North Berwick(北ベリックの小駅)
最後に話者が幽霊だったという落ちのある幽霊譚。スコットランドの海辺の町で新しい駅舎の建設が始まり、仮小屋に寝泊りすることとなった監視番が幽霊を見る。幽霊は、工事に携わった者は怪死を遂げ、列車は海に落ちるだろうと予言する。監視番は気が狂い工事の従事者が次々怪死を遂げるなかでようやく駅が完成したが、落成式で列車のブレーキが利かなくなり壁を突き破って海へ落ちる。「まじめな話この町には幽霊なんか居ない、というのは私は隣町の幽霊だから」との言葉で終わる。


◎Le rapport venu du Rhin(ライン河からのレポート)
宿命の女の魅惑に呪縛された男二人の物語。軍務に服している主人公が別の部隊に所属する友人の失踪の追及を命じられる。スパイの可能性もあると言う。足取りを追ううちに共通の知人である女性の存在が浮かびあがる。その魔女(シレーヌ)のような魅力を持つ女性を探し深い森のなかの別荘に辿り着くと、そこには友人の車も停まっていた。ワグナーの音楽が鳴り響くような太古の魔女の力が感じられる。