:アレクサンドル・デュマ鈴木豊訳『赤い館の騎士』(角川文庫 1972年)


 ポルトガル旅行の帰りの飛行機のなかで読了。長旅にはうってつけのぶ厚さと面白さです。
大昔古本屋で200円で買っていたものですが、734ページもあり、コストパフォーマンスは最大級。


 物語は、フランス革命の真っ只中という不安定な時代が舞台で、主人公モオリスは革命派の国民軍の中尉でありながら、幽閉中のマリー・アントワネット救出の策謀をこらすグループの女性ジュヌヴィエーヴに恋するという矛盾に引き裂かれ、そのことがストーリーをドラマティックにしています。

 主人公と、同じく革命派パトロール隊の伍長ローランとの男の友情が話のもうひとつの軸となっていて、最後は、ジュヌヴィエーヴ、モオリス、ローラン3人並んでギロチンにかけられ、3人の首が同じところに転がって並ぶという強烈な終わり方。死をものともしない3人の友情と愛が高らかに歌い上げられて物語が閉じます。

 か弱い女性を救おうとする勇敢な青年騎士、男同士の友情、王妃への忠誠心、夫への貞節など、一昔前の典型的で強靭な徳がいたるところで称揚されています。

 主人公と赤い館の騎士とは、英雄的行為と高潔な精神を持つ人物として、お互いに尊敬しながらも、主人公は騎士をジュヌヴィエーヴの恋敵と思い込み煩悶しますが、後半にはジュヌヴィエーヴの兄だったということが判明します。そして策謀の中心人物だったのです。

 マリー・アントワネット救出のために、いろんな細工がこらされます。食べ物のなかに手紙を仕込んだり、花売り娘の花のなかに手紙を仕込んだり、借家の地下から幽閉されているところまで地下道を掘り進めたり(これは江戸川乱歩などでよく出て来た)など。

 この物語の魅力は、登場人物の意図の及ばない力が働いて、意図とは反対の方向へ物語が展開して行くという、運命の力を巧みに取り入れた劇的なストーリー展開にあると感じました。
 例えば、主人公が足しげく通っていた恋人の家がどうやらアントワネット救出の首謀者赤い騎士の本拠であり、自分の純粋な恋が利用されていたことが分かった時の主人公の衝撃と苦悩。
 アントワネット救出の策略を見破って告訴した女が、結果的に自分の娘である花売り娘を死刑に追いやってしまう悲劇。
 ふたつのグループの救出計画が同じタイミングで進行しそれぞれがうまく行きそうになっていたのに、同じ時間同じ場所で錯綜したためお互いに邪魔し合って双方が失敗してしまうこと。
 地下道で救出を計ろうとするが、それが愛犬のふとした行動でばれてしまうことなど。

 先日ご紹介した『ロカンボール』と同じく、読者の意表をつくこうした話の展開の仕方は、新聞連載小説の技法なのでしょう。また手紙が物語の展開に大きく寄与するひとつの小道具になっているのもロカンボールと共通しています。

 一ヶ所日本の花瓶が出てくるところがありますが(p602)、この物語が連載されたのは1945〜6年なので、その時点では中国はよく知られていたでしょうが日本はまだ珍しかったはず。日本に言及するかなり初期の部類に属する作品だと思います。