:Alexandre Dumas『La main droite du sire de Giac et autres nouvelles』(アレクサンドル・デュマ『ジアック侯の右手ほか短編集』)


Alexandre Dumas『La main droite du sire de Giac et autres nouvelles』(Gallimard 2011年)
                                                                      
 大阪のK書店で新刊で購入したデュマの短編集。103ページしかない薄い本です。三編収録されていますが、いずれも怪奇風味のあるものを選んでいるようです。うち一篇「Histoire d’un mort racontée par lui-même(死者自らが語る話)」は昨年パリで買った別の短編集に収録されていてその本のタイトルにもなっています。

 どんどん話が展開して手に汗握る場面がいたるところにあります。長い目の複文もところどころある文章ですが、内容が具体的でかつ活劇的なので読みやすい。デュマが多作家ということで先入観があるのかもしれませんが、書きなぐったような文章の粗さも感じられました。しかしそれも読みやすい原因のひとつです。ときどきほとんど辞書を使わないページもあって、フランス語も少しは上達したのかと錯覚してしまいそうになりました。

 デュマの小説は日本で言えば大衆小説にあたるものだと思います。純文学と大衆小説との間にどんな違いがあるかと考えると、真面目さ(悪く言えば生真面目さ)ということがひとつの判断の目安となると思います。別にどちらか一方を貶めようとしているのではありませんが、大衆小説では作家の顔が見えて、ゆとりのある表情で読者を面白がらせようとしているのが見えるように思います。純文学では作家の顔は見えず、あるのは息がつまるような作品空間のみです。


 内容を簡単にご紹介します(ネタバレ注意)。
La main droite du sire de Giac(ジアック侯の右手)
悪魔に右手(魂ではなく)を売った男の話。怪奇譚的なところはごくわずかで、大半は愛国者の武勇伝の高らかな調子が続く。
百年戦争の時代を舞台に、大きく二つの物語からなる。前半はだらしない王につかえながらもフランスのために英軍と戦う元帥の勇猛果敢な姿を描いた物語。後半はその元帥から戦費をくすねたとして捕えられた王の側近の話で、妻の不貞に復讐するために悪魔と契約し右手が穢れてしまったので、処刑前の最後の贖罪を受けられず、右手を切り落とす話。


○Histoire d’un mort racontée par lui-même(死者自らが語る話)
ある原稿が持ち込まれるまでのいきさつが語られた後、その原稿のなかで、ひとりの医者が仲間内に語る話という枠物語になっている。ゴーチェの「死女の恋」のような雰囲気が漂う佳作。
真夜中に往診を頼まれ行った先の女性に恋い焦がれ、そのあまり死んでしまうが、二日後悪魔の誘いでよみがえり墓から抜け出してその女性のところへ行く。ちょうど舞踏会の最中で、二人は愛を告白しあい結ばれるが、翌日また訪ねると、門衛がその女性は二か月前に死んでますと告げる。話が終りそれでお前は死んだままなのかと友人が聞くと、結局夢だったという落ち噺。


Un bal masqué(仮面舞踏会)
ジャン・ロランなど世紀末の作家がよく描いた仮面舞踏会だが、この舞踏会の場面にも同じような不気味な雰囲気があり、まさしくグロテスクという表現がぴったり(文中にもgrotesqueという言葉があったp94)。
全身びしょ濡れになって転がり込んできた友人が語る話。仮面舞踏会である女性と知り合うが、その女性は夫の不倫を探りに来ていたのだ。夫と相手の女性が潜りこんだ桟敷席の隣で、聞き耳を立てているうちにその女性が突如友人に身を差し出した。顔も名前もわからないまま女性が去り、友人は恋焦がれて探し続けるうちに10カ月が経ち、昨日彼女から手紙が届いたが「もう死んでいるからお墓に参りに来て」というものだった。「死者自らが語る話」と同様、最後は拍子抜け。